第108回 「前提は自分が思っている通り」、なんだろうか。
朝、目ざまし時計を使って起きています。最近では携帯電話の方もいると思いますが、朝、決めた時間
に音を鳴らして自分を起こしているという方は多いのではないでしょうか。
先日の朝、目ざまし時計を止めながら、今が起きるべき時間であることを自分が100%信じきっている
ことについて、不思議な感覚を持ちました。
もちろん現実的には、前の晩に時間が合っていて、時計も普通に動いていることを確認しているから
なのですが、夜中に時計が止まったり、何かの影響で時間が狂ったりすることもありえます。
「ものごとの前提は自分が当たり前だと思っている通りである」と結構単純に信じきっているものだな・・・。
これは、人とのコミニュケーションの際にも当てはまる話だ、とベッドの中でぼんやりと考えてしまいました。
私がオーストラリアの会社で、それまで日本で行われていた仕事を引き継いだときのことです。
オーストラリアのほとんどの州では夏時間が導入されており、私のいた場所が夏時間になっているとき
は、日本と最大2時間の時差がありました。そのことが原因で対応時間について日本から不満が出て
いるとの連絡がきました。日本での仕事が佳境に入ろうとするときに連絡が取れないことが多く不便だ、
何でそんなに早く帰ってしまうのか、と言う人が少なくないと。
そこで、引き継ぎが行われてちょうど3カ月たったということもあり、日本の担当者が現地を見にくること
になりました。
彼が数日私たちのオフィスで過ごしてみて驚いていたのは、2時間という時差の「大きさ」でした。
日本のオフィスはフレックス制が導入されていたため、全員が揃うのが10時。一方、オーストラリアの
オフィスは全員が8時30分から始業しているため、日本が本格的に仕事を始める頃にはランチタイム。
既に一日の折り返し点でした。
「『たった2時間の時差なんだから、どうにかなるはず』と単純に考えていたけれど、感覚的にはもっと
開きがあるように感じるのでびっくりした」と言っていたのが印象的でした。
その後、そうした感覚の違い、仕事に対する価値観の違いなどを共有して課題を解決していきましたが、
お互いの前提になっているものの違いを最初に実感し共有しておかなかったら、話は想像以上に食い
違っていき、最後には埋めがたい溝が出来てしまったでしょう。
先日友人と話をしているとき、彼が自分の部下を表現するのにある言葉を使いました。その先の話を
聞いていても、どうにも私の中で彼の部下が像を結びません。私にとってその言葉はネガティブな意味
を含むのだけれど、彼は部下を認めているようだからです。
そこで、「そもそも、●●ってどういう意味で使っている?」と聞いてみました。すると彼はその言葉を、
「仕事」という文脈ではニュートラルから若干ポジティブよりの意味で使っていたことがわかりました。
これでは私が混乱するのも当たり前です。
ただ、彼がその言葉を仕事の際には一般的に使われるときよりもポジティブな意味で使っているという
点について質問をしたことによって、彼の仕事観が見えてくるという副産物を手にすることができたのも
事実です。
自分が当たり前だと思っている前提を相手と本当に共有できているか。自分が考えているよりもズレが
ある可能性があると考えた方がいいのでは?
そしてズレや違いがあること自体は悪いことではなく(かえって思いがけない発見があったりする)、
そのことに鈍感であることに問題があるのだろう、と考えさせられた数日間でした。
(2012年3月1日)