第137回 インスタントコーヒーから学んだこと
インスタントコーヒーを飲まれたことがある方。コーヒーの粉末を入れてお湯を注ぎ、スプーンでかき混ぜると、スプーンとコップのぶつかる音が、徐々に高くなっていくことをご存知でしたか?
1992年、ある女子高生(Oさん)がそのことに気がつき、物理の先生にそのことを告げました。
多くの先生は、「そんなのは、気のせいだろう」と済ませてしまうに違いありません。その先生も、最初はそう思ったそうです。
しかし、この方は少し違っていました。実際に自分でインスタントコーヒーを入れてみたのです。
すると、確かに音が高くなっているように聞こえるではありませんか。
まず、実際の音を録音し、サウンドモニターソフトで音を数値化。物理的に音程が上がっていることを確かめました。「気のせい」とか「空耳」ではなかったことを証明。
そこから、先生とOさんを始めとした生徒たちの原因探しが始まりました。
以下の仮説を立てて、ひとつひとつ実験を重ねていったのです。
・お湯の温度が冷めていく「温度差」が原因? >> NO
・粉末飲料であるから? >> YES
・「砂糖」「食塩」を溶かしたら? >> NO
「粉末」をお湯に溶かすと起こる現象であることが判明します。
・「飲み物」である必要は? >> 必要なし (入浴剤で実験)
こうして、先生と生徒たちの原因探しの旅は続きました。そして、様々な試行錯誤の後、一つの仮説にたどり着きます。粉末が問題なのではなく、液体に気泡が含まれていることが原因で、気泡に内包されている空気が音程の変化を起こしているのではないか、と。
そして、ついに、音が高くなっていっているのではなく、もともと高い音であるものを、空気が音を吸収することで最初は低くなってしまうのだという結論にたどり着きました。(ちなみに、気泡を含むコーラでも、同じ現象が起きるそうです)
と、話はそこで終わりませんでした。先生は、本当に先行研究がないか調べることにしたのです。これは学問上の重要な手続き。どんなに正しい結果を自ら導き出したとしても、過去に誰かが証明していることであれば、学術上意味はありません。実は、実験する前に、国内の論文はすべて調べ
ていたのですが、海外論文は調べていませんでした、、、すると、なんと、1996年アメリカで同様の論文が発表されていたのです。
原因にたどり着いたプロセスもほぼ同一。25年近く前、異国でまったく同じことに気がつき、同じプロセスをたどり、同じ結果にたどり着いた人たちがいたのです。
学術研究としては、日の目を見ることがなかった、先生と生徒たちのこの研究プロセスをどう考えますか?
先生が、始めに国内だけでなく海外での先行研究を調べ上げて、Oさんに結論だけを伝えたとしたら、、、Oさんや生徒たちが得たものはまったく違っていたでしょう。
個人的には、先生が海外での先行研究を知らなかったことが、Oさんや生徒たちにとって恵みであったと思えてなりません。
何かわからないことがあるとすぐにインターネットに飛びつく、部下にやってもらう仕事を最後まで詳細に指示してしまう。。。そんな日常を振り返させられるエピソードでした。
皆さんは、どうお考えになりますか?
『
ヘンな論文』 サンキュータツオ 角川学芸出版 より
「コーヒーカップとスプーンの接触音の音程変化」 塚本浩二 『物理教育』第55巻 第4号
(2015年6月16日)