第141回 食物は食べることによってではなく、消化によって我々を養う


何年も前に購入したのに、ずっと本棚に眠っていた『読書について』(ショウペンハウエル・著)。年明け早々、思い立って読んでみました。これが、思っていた以上に面白く、考えさせられるものでした。「読書について」といいながら、初っ端から、本ばかり読むな、自分で思索せよ、という話から始まります。正直、どのように読書をすればいいのかについて、古典から学ぼうと思って手にした一冊です。それなのに、いきなり沢山本ばかり読んでいる輩はダメだ、ときて面を喰いました。

ショウペンハウエルは、18世紀後半から19世紀半ばに生きた哲学者です。確かに、150年を超えるの時の流れを感じさせる内容、発言はありますが、根幹をなしている考え方は、驚くほど現代に生きる私への警鐘として響きました。

なぜ、読書ばかりしていてはいけないのか。それは、自分でモノを考えなくなるからだ、とショーペンハウエルはいいます。

「数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ蔵書の効用はおぼつかなく、数量は乏しくても整理の完璧な蔵書であればすぐれた効果をおさめるが、知識の場合も事情はまったく同様である。いかに大量にかき集めても、自分で考え抜いた知識でなければその価値は疑問で、量では断然見劣りしても、いくども考え抜いた知識であればその価値ははるかに高い」 

「紙にかかれた思想(書物)は一般に、砂に残った歩行者の足跡以上のものではないのである。歩行者のたどった道は見える。だが歩行者がその途上で何をみたかを知るには、自分の目を用いなければならない。」

このメールマガジンを作成するたびに、書評のために何冊かの本を読みます。確かに、その時が一番「楽しい」のです。このまま本を読み続けられたらいいなあ、などと思い、さて原稿書き、とPCに向かうのに結構気力がいります。なんとなくうろうろしたり、別の仕事をしてしまったり、お茶を入れに行ったり。
自分の考えを人に伝える文章にしていく作業は、結構頭を使う作業で、ある苦しさを伴うことを経験的に知っているからです。

昔、ある人から、「趣味を聞いて、『読書』です、という人とは仲良くなれない」と言われたことがあります。そのときはピンときませんでした。今でもその意見に共感するわけではありませんが、彼が言おうとしていたことが、何となくわかった気がします。

読書だけではありません。今は、インターネットにつながれば驚くほどの情報が流れ込んできます。ひとつの記事を読もうと思ったのに、まわりにいろいろなリンクがあって、気がつくと、1時間くらい、あっという間に経っていたります。そして、それらを読んでいるだけで、なんとなくモノを考えている気になり、何かを知った気分になります。しかし、それで本当にそのものの本質を理解しているのか、そうした種類の知識の量を増やすことばかりにに時間を費やしていていいのか、この本を読んで考えさせられました。

もちろん、世の中は知らないことばかり。おそらく今年もたくさんの本を読むことになるでしょうし、インターネットの世界から様々な情報を得ていくでしょう。しかし、

「食物は食べることによってではなく、消化によって我々を養うのである」

というショウペンハウエルの言葉を忘れずに、一年を過ごしたいと思います。


読書について


(2016年1月14日)


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