第142回 "一人前"になったことで失うもの
先日、随分前に何度か営業を受けたことがある営業担当者に会いました。
その頃はまだ新入社員プラスαという感じで、私が話す課題を一生懸命に聞いて、それに対して何ができるのかを考えていたのが印象的でした。
その時は提案内容や金額が折り合わず、発注には至りませんでしたが、私の中で、いつかタイミングが合えばという気持ちになっていました。そして、久しぶりに連絡を受けて、話を聞くことになったのです。
その担当者に以前合った頃からは我々のビジネスのスケールも変わり、マーケティングの方向も少し変化していました。とはいえ、小規模の会社が大きな企業と戦っていくためには、頭に汗をかいて知恵を絞り続けるしかないことには変わりがありません。
私は、彼が持っている定型のメニューをベースにするのではなく、まずは実現したいことを伝えました。そして、それができるかどうかも含めて、提案をしてほしいとお願いしました。
少しして出てきたのは・・・そもそも定型メニューとしてあるものを、大規模企業が利用した、いくつかの例でした。「この中で、イメージに近いものはどれでしょうか」と。
彼は営業マンとして。「正しい」ことをしました。自社がもっているメニューを、できるだけ効率よく売っていく。そこに何の間違いもありません。月の、四半期の、年の売り上げ目標を達成するために、受注単価と受注数を想定し、逆算をして接触するすそ野を十分に確保し、着実に効率よく接触していく。
数年の経験を摘んだ彼は、見事に「営業マン」になっていました。
しかし、私のニーズはまったく満たされませんでした。そもそも、時間を使って説明したことは伝わっていませんでした。それなら最初から、こういうメニューのなかから選んでください、と言って、それに私のニーズが合わなければ、お互いに時間を無駄にせずに、さようならをすればよかったわけです。
業務を科学的な視点で捉えて遂行していく。これは営業に限らず、私が関わる人事の世界でも、昨今よく言われることです。私たちは人材データベースの構築と活用という面で、そうした分野にに大きくかかわっています。また、私自身は営業にも関わっていますから、その意義や大切さはわかっ
ている方だと思います。
しかし、それだけではないのでは、と今回の経験で考えさせられました。
小さいとはいえ、彼はビジネスになるかもしれない種を、生の声として得ました。それは今は小さいかもしれないけれど、もしかすると、他にも同じことを望んでいる人たちがいるかもしません。それをうまくまとめて企画すれば、まったく新しいサービスになるかもしれません。もちろん、ならないかもしれませんが、少なくとも私は彼を、ひとつの「機能」としか見なくなってしまいました。
多くの人が、「そんなことを考える暇があったら、定石通りに動いて結果を出せ!」と言われ、それができることで「大人になった」「一人前になった」と言われているのでしょう。でも、本当にそれだけでいいのか。
昨今、これから人工知能やロボット技術が発達したらなくなるだろう仕事が話題になっています。彼の仕事はどうなんだろう、と考えてしまいました。
(2016年1月25日)