第143回 「営業のお手本」なのか「お客様からの信頼を失った場面」なのか
先日、外出先で昼食を取っていたときのこと。人気店らしく、2人以下の客はカウンター席に案内されるようでした。一人だった私は当然、カウンター席。席に着くと、隣の二人組が、大きな声で話をしていました。ちょっと動くとぶつかるような狭いカウンター席で、その話声を聞かない、というのは無理な話でした。
どうやら、オーナー社長と、その会社を担当している金融機関の営業担当という組合せのようでした。営業担当はまだ入社数年目の若手、オーナー社長はその親世代という感じです。会話の中から、社長がその営業担当を可愛がっているのがわかります。その日も、社長が「お客様に喜んでもらえるような食事場所を知っていた方がいい」ということで、若い営業担当を歴史の長い人気店に連れてきたということのよう。そのうち、自分の食事が運ばれてきて、なんとなくそちらから意識が離れていたところ、急に隣から流れてくる雰囲気が変わったのを感じました。営業担当が、急に「実はお願いがあるんです」と、緊張感のある声を出したからです。
「△△△という契約をしていただけませんでしょうか。実質、○○社長に何かお金や義務が発生するものではありません」と。それまで楽しそうに話していた社長は、しばらく沈黙してしまいました。気まずい雰囲気が流れたあと、それを破った一言が、「その契約が取れると、君の営業成績に大きく貢献するのか?」でした。
「いえ、支店毎の契約獲得競争のためです。私の目標分は達成しているのですが、支店としてもう少し数を伸ばしたいのです。他の支店の必死にやっていますから、この一件で自分が評価されるかどうかは結果をみてみないとわかりません。」
また、しばらく沈黙。そして、「じゃあ、こういうお願いは、君自身の成績や評価にとって重要だ、というときのためにとっておきなさい」 と、その社長は静かに言いました。
私は、その社長の言葉から、愛を感じました。「本来はそういうお願いは好まない。でも、いつも一生懸命にやってくれている君のためになるときにだけ、頼みを聞いてあげよう」 ということです。同時に、そこまで、この社長の懐に飛び込めている若手営業担当も、すごいな、と思いました。
しかし、話はそこで終わりませんでした。
「私は来期からグレードが上がるので、今後支店のためにこうした契約を取るということをさせられることはありません。ですから、今回是非、お願いできないでしょうか」と言ったのです。
いやいや、立場が上になればなるほど、今度は後輩や部下の不足分を補うために、自分の信頼できる顧客にお願いしなくてはならないことも出てくるでしょう。おそらく今よりももっと切実に。。。それに、そもそも、自分の大事なお客様に、まったくの会社の都合、その人のために何の価値も生み出さないことをお願いすることに疑問を感じないのか?
勧めているのは、会社の売り上げに直接貢献するわけではない、数を大量に取っておけば、そのうちの何パーセントかは後々実際のビジネスにつながるかもしれない、というタイプの契約。しかも、社長は、そういうお願いは嫌いだけれど、本当に君のためになるときには力になると言ってくれている。そして、お客様のためにはならないお願いは、自分が本当に必要になった時だけしなさい、とやんわり教えている。それに対して、彼は、先ほどのような対応をしたわけです。
また、しばらく、少し長めの沈黙。そして「わかった、午後○○時くらいに、オフィスにきなさい。今回は契約しよう」と。営業担当は安堵の声で、何度も何度もお礼を言っていました。
食事を終えて店を出て、お客様先に向かう間、この出来事についていろいろと考えてしまいました。
いったい私は今、何を見たのだろうか?
営業担当として、最後まで数字を諦めずに追いかけた、「営業のお手本」なのか。
チームのために自分のお客様に頭を下げた、「チームスピリットのあるべき姿」なのか。
お客様のためには何の得にもならない契約を、会社の都合で押し付けたという「旧来型の営業発想の弊害」なのか。
どういうときに、何をすべきなのか。お客様と自分、二つに視点からの中長期の戦略を考えることなく、ただ「ただ会社の上司のいうことをうのみにして行動してしまった若手社員の姿」なのか。
私自身、営業の責任者なので、数字に対する執着の重要性が身にしみます。営業をするものとして、とても重要なことです。
一方で、営業をされる立場でもあり、会社の都合だけでお願い営業をするような営業担当、ひいてはそれをさせて評価をしている会社は信用できません。
いろいろと考えてしまいましたが、結局、後者の思いの方が強いことを確認しました。
皆様はこの出来事を、どう捉えるのでしょうか?
(2016年4月7日)