第145回 自分より上にいる人のことはよく見えない


最近、モノクロフィルムで写真を撮ることにはまっています。古いフィルムカメラは、ピント合わせから露出設定まですべて手動。現像もプリントも、すべて自分で行います。完成までには数多くのステップがあって、それぞれに知識と技術が求められますから、満足のいく写真に仕上げるなんて、まだまだ夢のまた夢です。

それでも、自分がやっている作業が何のブラックボックスもなく結果と繋がっていくという「手ごたえ」は、分業化、デジタル化が進む現代にあって、不思議な充実感を与えてくれます。

モノクロのプリントを自分でやるようになって、少ししてのこと。出来上がった写真が、あまりに自分の目指していたものと違うことに、愕然とし、少し落ち込んでいました。そのとき、フィルム写真を始める以前に、あるギャラリーで観た一枚のモノクロ写真がふいに頭に浮かんできました。古い八百屋の店先の風景。強烈な印象はありませんでしたが、静謐な空気感をまとっていて、心に残る作品でした。

「あの写真が完成するまでには、それぞれのステップでとても高い技術があったのだ」と、そのとき初めて、実感として理解しました。そして、無性に、もう一度その写真を観たいと思いましたが、もう展覧会は終わっていて、その願いはかないませんでした。

仕事でも、自分が向かう仕事のレベルが上がったとき、ある人の仕事ぶりの凄さが、突然わかることがあります。人は、自分より上にいる人のことはよく見えないのだと痛感します。何となくの動きは見えたとしても、本当に何をしているのか、どう感じているのかは、なかなか理解できません。

若い時に不満を感じていた上司や経営者の凄さや苦悩が、この年齢、今の立場になってみてやっと、理解できるようになりました。

これはどこまで行っても、続く道なのだとは思います。少し登れば、立つ場所が代われば見える景色が変わる。その場所に立った先人のことが理解できる。でも、見えていない風景、立てていない場所が、まだまだある。

本を読んだり、人の話を聞いたりして学ぶことも必要だと思います。でもやはり、最後は自分で考え、動き、痛みなども感じながら、少しづつ進むことこそが、一つ上の、質の高い世界にたどり着くための、一番の近道のように思えてなりません。

(2016年8月2日)

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