- 戦略的人事にITを活かす - 人材・組織システム研究室
今回は、久しぶりに読み返した『奇跡の経営』(総合法令)の中の話を中心に、人材マネジメントで「時間」をどう考えるかについて考えてみたいと思います。
『奇跡の経営』は、ご存じの方も多いかと思いますが、ブラジルの超優良企業セムコ社のオーナーである、リカルド・セムラー氏が書いた、”The Seven-Day Weekend” の翻訳本です。
セムラー氏のあまりにユニークな経営哲学とその実践、そして何よりそれによってもたらされる成功は、多くのメディアに取り上げられ、名だたる大学から講演依頼が殺到し、80近くの大学で事例研究の対象になっているといいます。
私自身は、内容はあまりに衝撃的かつユニークなため、人事とITについて考えているときに「あ、頭が凝り固まっているな」と思うとき、パラパラと手にして刺激をもらっています。
2006年に本が出版された当時の情報になりますが、セムコ社は、3カ国に3000人の社員を抱え、製造業、プロフェッショナルサービス業、ハイテク・ソフトウエア開発業といった分野に進出しています。
数字的な面からいえば、わずか6年の間に売り上げが5倍、社員の辞職率が実質ゼロ(!)、という会社です。
何がユニークか、ということについては、『奇跡の経営』から抜粋させていただきます。
・組織階層がなく、公式の組織図が存在しません。
・ビジネスプランもなければ企業戦略、短期計画、長期計画といったもの
もありません。
・ 会社のゴールやミッションステートメント(企業理念)、長期予
算がありません。
(中略)
・人事部がありません。
・キャリアプラン、職務記述書、雇用契約書がありません。
・誰もレポートや経費の承認をする人はいません。
・作業員を監視・監督をしていません。
つまり、一切の「コントロール」を排除しているのです。本当に、文字通り。
いかがですか?「そんなバカな」と思われませんか?
そんな会社でのエピソードです。
セムコ社は、徹底して「民主主義」を取ります。トップが一方的に判断を下し、従業員がそれに盲従するということはありません。
それが、たとえ経営的・経済的理由による「工場閉鎖」という問題であっても、です。
セムラー氏は、厳しいグローバル競争の中にあって、今後海外からの輸入が増えることによって、製造部門は大きな打撃を受けると判断しました。
そこで、氏は「工場閉鎖」という考えを役員に伝えます。しかし、役員はその意見に猛反対をしました。
氏は、何度かこの問題について話し合う会議を開催しましたが、最後には誰も出席をしなくなりました。
(「コントロール」がありませんから、当然、会議の出席も自由!)
そして、この問題は立ち消えたのです。
その約1年後。
セムラー氏は、もう一度、「工場閉鎖」問題に関する会議を招集しました。
その頃には、役員や他の社員たちも、セムラー氏の考えに耳を傾けるようになっていたといいます。
その後、何度も会議を重ねて、最終的には1年前に氏が提案したものに近い計画がまとめられました。
「こんなことなら、最初からわたしが自分の主張を貫いていれば、その間に工場を閉鎖でき、12カ月分の経費が削減できたはずだ、そのほうが会社のためだったはずだったのではないかと言われるかもしれません」
「しかし、そうではないのです。私の提案したアイディアは、1年の歳月を通してみんなの中で練り上げられ、最終的により改善された解決案になった
のです」
「つまりそれは、共通の価値観を育んでいくための必要なステップだったのです」
いかがでしょうか?
この結果、「工場閉鎖」という大きな判断は、社員、クライアント、労働組合に対して自信をもって伝えることができ、スムーズに閉鎖が進んだということです。
「何を理想的なことを言っているんだ!」「海外での夢ものがたりでしょう」という声が聞こえてきそうです。
確かに、わたしの所属する会社も含めて、みなさんの会社で今、同じことができるかといったら現実的ではないでしょう。
ただ、この話を読んだときに、経営や人のマネジメントというときに「時間」に関する判断をどう考えるか、について学ぶことがある、と感じました。
今、目の間にある問題に対して、「正解」だと思っていることを最短の時間で実現する=今の時間を節約する、ことで失っていることがないか、という視点を持つということです。
今回のセムコ社の場合、1年という時間と、会社(協力会社も含めて)の結束力・文化といったものの価値を比較したときに、後者にもっと価値があると考えたと見ることができるのではないかと。
逆にいえば、1年という時間をケチることで、結束力や企業文化を失うなんてできない、という考え方もあるのかと。
「工場閉鎖」「1年」と大きなことを考えると、「ウチには無理」となってしまうかもしれません。
しかし、日々のマネジメントという小規模で考えたら、案外、時間をケチったおかげで、失っているものがあるのでは?
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神戸製鋼ラグビー部を常勝チームに作り上げた平尾誠二氏の話は、そんな一例かもしれません。
平尾氏が高校時代を過ごした伏見工業高校ラグビー部は、「スクールウォーズ」「プロジェクトX」ご存知の方も多いかと思います。
「不良」と呼ばれる生徒たちが暴れまわっていた伏見工業高校に赴任した山口良治教諭が、練習もろくにしなかった生徒たちを奮い立たせ、最終的には全国大会で優勝を果たします。
そのときのキャプテンが、平尾誠二氏でした。
平尾氏が、伏見工業高校に入社して数か月たったときのこと。
中学時代からラグビーをやってきた平尾氏もまだ15歳。18歳の3年生と同じ練習は相当きつかったと言います。
そこで、「休ませてください」と山口教諭にお願いにいきました。
「熱血先生」で知られている山口教諭でしたらから、平尾氏はお願いしながらも、叱られて、結局練習させられるんだろうなと思っていたそうです。実際、そんな場面を何度も見てきたからです。
しかし、平尾少年の予想に反して、山口教諭はやさしく「今日は帰って寝ておけ」と。
更に、そのあと先生が自宅に寄ってくださり、「よくなるまで休みなさい」と。
先生からお墨付きをもらった平尾少年は有頂天です。2、3日、家でお菓子を食べながら家でテレビを見ていたそうです。「最高の気分」で。
しかし、3日目くらいに、ふと自分の今の姿が頭の中に浮かびました。そして、「なんてダサいんだろう」と、結局逃げている自分はなんて弱いんだろうと、気がついたそうです。
そして、次の日から自主的に練習に戻ることになるのです。
平尾氏は、あのとき無理やり練習に引き戻されていたら、ラグビーは「義務」になってしまって、常に先生の指示があるからラグビーをするという発想からぬけられなかっただろうと言っています。
「自分で気づくこと」が本当に重要なのだと。
そのプロセス(=時間)を端折ってしまうと、ずっと指示を待つか、やらされ感で、結局疲れてくると「いかにさぼるか」という発想になってしまう。
山口教諭は、そのあたり、それぞれの生徒がどういったプロセス・時間を必要としているのかを見極める天才だったのではないかと思います。
実際に、すべての生徒にやさしく「帰っていいよ」などとは言わなかったそうですから。
(この話は、『気づかせて動かす』(PHP研究所)から、引用させていただきました。)
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なぜ、今回これらの話が私の心をとらえたか。
「人事にITを活用する」と考えたときに、「効率化」「徹底した管理」だけに集中していて、見落としていることはないか、ということをばく然と考えていたからです。
私は、今、データ管理・活用という側面から人事にITを使って会社のお手伝いをしていますが、もう少し異なったIT活用もあるのではないかと。
長くなってしまいましたので、今回はこのあたりで。
今回、引用させていただいた2冊の本は、組織を考えるのにヒント満載です。
ご興味があれば是非。
(2008年5月16日)