第139回 24年ぶりの歴史的勝利と直後の大敗に思うこと
一か月前までは、ラグビーのワールドカップ(WC)が開催されることを知らなかった方も少なくなかったと思います。しかし、今や、多くの方が、次の日本代表の試合が何時かまで知っている状態になっているのではないでしょうか。
40年近くラグビーファンで、今はなき国立競技場に6万人を超える観客を集めるほどの人気を博した時期から、ファンから見れば垂涎の試合であっても、なかなか1万人を超える観客も集まらないという状況までを見てきた者にとっては、9月20日に、日本チームが、世界第3位(対戦当時・WC少し前まで2位)であり、WCで過去2回の優勝を果たしている南アフリカのチームに勝ったということは、「夢を見ている」という言葉では足りないくらいの、驚きであり喜びでした。そして、次のスコットランド戦での完敗は、本当に残念でした。
日本のWCでの勝利は、後にも先にも1991年のたった1勝のみでした。ですから今回のWCは、4年間、綿密に準備されてきたと言われています。そのスタートを切ってしばらくした頃、印象的だったことがありました。日本代表チームは時々に国際試合をするわけですが、そこに選抜されるメンバーが、「意外」と思えることがあったのです。それは、「あの選手が入っていない」と、「この選手が入っているんだ」でした。
その前後で、エディー・ジョーンズ監督の話に触れる機会がありました。詳細は記憶していないのですが、要は「力を惜しまず努力して結果を出していればどんな無名の選手でも選ぶし、過去に結果を残している有名な選手でも今努力が足りず結果が出せていなければ選ばない」という主旨の発言をしていました。
そこには「選手の頑張りへの期待」を超えた、ドライで戦略的な意図もあったと思いますが、少なくとも監督は、実際に数多くの試合に足を運び、詳しく観戦している姿を皆に見せていました。そのことによって、多くの選手が奮起し、上位選手たちのポジションを脅かし、刺激したといいます。現在のWCメンバーには、4年前のワールドカップでは落選してしまった選手たちも選ばれており、大いに活躍しています。(今や有名になった五郎丸選手もその一人)
企業内での「評価」も、往々にして「評判」に引きずられてしまうことがあります。そこには、皆が認めている「評判」に基づいて動いていれば、多少の失敗があったとしても、言い訳ができるというリスクヘッジの気持ちが隠れていることは否めないでしょう。もちろん、「評判」には一定の根拠もあります。
しかしそれにばかり頼っていては、想定内の結果を出せたとしても、大きな飛躍は期待しづらいはずです。そして、そうした文化が定着してしまうことで、「評判」で評価された人材、評価されなかった人材、どちらの力を削いでいきます。いい意味での競争文化が失われ、結果、新しいものを生み出す原動力がなくなり、長期的には緩やかな後退の道を進んでいくことになるのでしょう。
もちろん、「評判」に頼らず、厳正な評価をすることの難しさは、人材マネジメントに関わった経験があれば、皆が多かれ少なかれ感じていることだと思います。「評判」を超えて評価するには、勇気もいります(自らの評価能力を陽の下に晒すことになりますから)。しかし、少なくとも、被評価者が、できうる限り公平にエビデンスベースで見られていること、その結果が処遇や配置に確実に反映されることを実感し、何より評価者がそのことに真剣に取り組んでいると信じられたとき、埋もれた人材を、組織の宝物にしていく道が開けるように思いました。
さて、日本チームは、周りからの認識が大きく変わったことで、新しい壁にもぶつかりました。第二戦の対戦相手のスコットランドは、日本を侮れないと認識し、奢ることなく真剣に戦いを挑んできました。人や組織が次のステージに上がったとき、自分たちが見える風景が変わるとともに、周りからの見え方、扱われ方も変わります。この新たな世界の大地を、しっかりと踏みしめて前に進んでいけるのか、結局以前のステージに転がりおちてしまうのか。ここでの戦い方が、単純な勝ち負けを超えて、将来を占う重要な時期になるのだと思います。
これはスポーツに限らず、企業で働く中でも同じことでしょう。何か大きな成果を上げた結果、これまで以上の責任を負うことになった時の過ごし方が、将来を大きく変えていくように思います。ステージが変わるわけですから、なかなか思い通りにいかないことが多いはず。その状況をどう乗り換えていくのか。
10月に入ると、日本チームがその戦いぶりを見せてくれます。まずは、その姿を純粋に応援し、観戦を楽しみたいと思います。そして、結果として、企業人としても学ぶことが多いだろうと、想像しています。
(2015年9月29日)