第26回 「米国企業に学ぶことはない」のだろうか?

先月の初めのことになりますが、Webで日経ビジネスを読んでいると、「米国企業に学ぶことはない」というタイトルが、目に入ってきました。

チャールズ・オライリー氏・米スタンフォード大学経営大学院教授へのインタビュー記事です。

オライリー氏の専門は、リーダーシップ、組織文化、人事マネジメント、イノベーションといった分野。

氏はそこで、

「私が同僚と書いた『隠れた人材価値』で取り上げた米国企業は、社員の育成に力を入れています。社員の側も会社に忠誠心や愛着を持って働いている。

日本の方々が読めば、『まるで日本の会社のようだ』と感じるはずです。」と話していました。

日本企業はグローバルスタンダードに合った経営が必要だなど、国外から避難される場面をよく見る昨今、アメリカの専門家の言葉として目とひきました。

実は『隠れた人材価値』は、ずいぶん前に購入していたのに本棚に眠っていた本の一冊。「これも何かの縁」と読んでみると、大変興味深いものでした。

『隠れた人材価値』(翔泳社)

その中で紹介されていた1社、「メンズ・ウェアハウス」の話を少しご紹介したいと思います。この会社をピックアップしたのには理由があるのですが、それは後ほど。

メンズ・ウェアハウスは、市場が縮小傾向にあると言われているアメリカの紳士用テーラード市場の中にあって、年平均売上伸び率26%、業界平均の倍と言われる営業利益率10%をたたき出してきた会社です。(1998年のデータ)

同社の創業者であるジンマーは、以下のように言ったそうです。

「(ジンマー氏は)メンズ・ウェアハウスには5組のステークホルダー(利害関係者)グループがあるといったことがある。重要度の順に、社員、顧客、サプライヤー、コミュニティ、株主である・・

『株主の利益を最大にする最良の方法は、株主をヒエラルキーの最下部に置くことです。社員・顧客・サプライヤー、コミュニティに気を配ることが、結局は長期的な株主価値の最大化につながるのです』」

そうした考えの元に、通常、社会的地位が低いと見られがちで、パート契約が多く、賃金も低い小売業の販売員を、基本的にフルタイムの正社員として迎え、信頼と尊敬を持って扱ったのです。

充実した研修や休暇制度などを設けているのはもちろんですが、社員がアルコールや麻薬の常用といったトラブルに陥った場合に備えて、更生プログラムまで用意しているといいます。

「メンズ・ウェアハウスは、過去にいろいろな問題があった人間や、家庭や職場で苦しい経験をしてきた人間を採用している。

必ずしも最良の労働力ではないかもしれないが、だれに限らず人間のポテンシャルを開発することこそ当社の責務だ、という信念がこの会社にはある。」
という考えが経営理念としてあるからです。

また、経営理念の重要なポイントの一つとして、「お互い、持ちつ持たれつ」の精神を重視しているともいいます。

同社の教育研修では、このように教えられるそうです。

「『ファッション・コンサルタント』(同社では販売担当者をこう呼ぶ)の皆さんが立派な業績を上げたと言えるのは、皆さんのチームメートが立派な成果を上げた場合に限られるのだと肝に命じてください。」

実際、このようなことがありました。

同社では、毎月各販売員が起票する売上伝票の数をウォッチしています。

ある時、特定の販売員の起票数が飛びぬけて多いことがありました。つまり、ひとりで高額の売上を上げていたのです。

そこで上司はその販売員を呼び出し、面談を行いました。業績を褒めるためではありません。まったく逆です。彼のマインドセットを確かめるためです。

彼がそこまで実績を上げることができたのは、ふらりとやってきた一見の客を、他の販売員とシェアするのではなく、独り占めしたからでした。

彼(彼女)の行為は、他人の売り上げを盗み、会社の価値観や経営方針に従わなかった、とみなされました。

彼は、その後も同様の行為を繰り返したため、結局解雇されました。その後、一人で彼ほどの売り上げを上げた販売員は一人も出なかったそうですが、店舗全体の売上をみれば、30%近く上昇したそうです。

いかがでしょうか? 「一昔前」の日本企業のような匂いを感じるのは私だけでしょうか?

同じく最近、『日本でいちばん大切にしたい会社』という本を読む機会がありました。

『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司著・あさ出版)

これは、全国6000社以上の企業に実際に訪問し、研究を続けてきた筆者が文字通り「大切にしたい」と心から思った5社を紹介した本です。

5社の経営方針とその現場の話は非常に感銘を受けるもの(涙が出てくるものもある)ですが、それだけでは絵に描いた理想、夢物語にすぎません。ポイントは、どの会社もビジネス的に継続的に成功している、ということです。

筆者は、6000社を超えるフィールドワークから得たひとつの結論として、「会社経営には5人に対する使命と責任」があるとしています。

1.社員とその家族を幸せにする。
2.外注先・下請企業の社員を幸せにする。
3.顧客を幸せにする。
4.地域社会と幸せにし、活性化する。
5.自然に生まれる株主の幸せ。

2番3番の順番は入れ替わるものの、メンズ・ウェアハウスの創業者ジンマー氏の価値観と基本的に一致しています。

そして、これを実現している企業は、長期的な成功を納めていると結論づけています。

同書では、優良企業として紹介されることの多い伊那食品工業も5社の1社として紹介しているのですが、会長である塚越寛氏は、その著書『いい会社をつくりましょう』(文屋)の中で、

会社の従業員に対する責任について、

「経営とは、雇用の機会を創造するためのものであり、そこで働く人々が幸せになるための場と機会を提供するものだと思います。・・・(中略)・・・

新入社員を採用するとき、いつも考えることがあります。『彼、彼女は、果たして、この会社に入って、幸せになれるだろうか』ということです。

会社として欲しい人材かどうか、という目では見ません。この人のためになるかなと考えます」

と言い、チームワークの価値について

「チームワークの大切さを語るとき、私は『ペンギンのくちばし』というたとえ話をすることがあります。

ペンギンに歯はありませんが、それでも魚を取ることができます。なぜでしょうか?

くちばしの中の毛が、みんな内側を向いて生えそろっているからだそうです。

毛の一本一本は力は弱くても、すべての毛が同じ向きになって集まれば力は強くなり、魚はくわえられたが最後、もがいて逃れることはできません」

とおっしゃっています。

いかがでしょうか? メンズ・ウェアハウスと伊奈食品工業のそれぞれのトップのコメントに、同質の価値観を感じるのではないでしょうか?

実は、『隠れた人材価値』のオライリー教授は、同書の「日本語版の刊行によせて」で、

「日本的な経営、あるいはアメリカ的な経営のいずれかから学ぶというのは、私たちから見ると誤った考え方である。・・・(中略)

これから紹介する企業は、従来の日本型経営慣行のエッセンスを取り入れ、なおかつアメリカ流の――しかし大多数のアメリカ企業には理解されていない―奥深い経営を実践している。いわば日本的経営とアメリカ的経営をブレンドしているのである」

と書いています。

長くなってしまいましたが、一連の読書を通して「本質」という言葉が頭に浮かびました。

「アメリカ式か日本式か」といった二分法的な発想や、5年経つと入れ替わってしまうような流行り言葉に振り回されない大事さを感じた次第です。

非常に濃い話を、つまみ食いのようにお話してしまいました。それぞれもっともっと参考になる、触発される話がつまっている本でした。ご興味があれば、是非読んでみてください。

今回参考にさせていただいた本

『隠れた人材価値』チャールズ・ライリー/ジェフリー・フェファー共著 翔泳社
『日本でいちばん大切にしたい会社』坂本光司著・あさ出版
『いい会社をつくりましょう』塚越寛・文屋

(2008年8月8日)

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