- 戦略的人事にITを活かす - 人材・組織システム研究室
リンゴ栽培を少しでも知る人なら「不可能」が常識以前であった、「無農薬リンゴ栽培」を実現した木村秋則氏の話です。
木村氏の無農薬でのリンゴ栽培は6年以上になっていたが、成功に近づくどころか、800本ほどのリンゴの木は衰弱し、ついには枯れはじめてしまいました。
経済的に追い詰められ、周りの農家からはつまはじき者として扱われ、出口が見えるどころか、ますます深みにはまっていく日々。
その畑を見た木村氏は、とうとう自分の命を絶ってすべてを終わらせようと決心します。
ある夜、木村氏は、自ら太いロープをなって、岩木山に登っていきました。
2時間ほど道なき道を登ったあと、いよいよロープを木にかけようとしたときに、リンゴの木が立っているのを見つけました。
農薬など一切かけられていないはずなのに、何故こんなに立派に育っているのか。
驚いて走りよってみると、それはリンゴではなく、どんぐりの木でした。
しかし、それにしても、虫だらけ、細菌だらけであろうこの山の中で、どんぐりの木はどうしてこんなにすくすくと育つのか。
その理由は、木村氏がそのどんぐりに近づいたときに、その体が悟ったといいます。
土がまったく違う。
「雑草が生え放題で、地面は足が沈むくらいふかふかだった。土がまったく別物だったのだ」
そこで、木村氏は自分が「堆肥を与え、養分を奪われないように雑草を刈ることしかしてこなかった。葉の状態ばかりが気になって、リンゴの根のことを忘れていたのだ」ということ、
そして、この柔らかな土は「この場所に棲む生きとし生けるものすべての合作なのだ」ということを悟りました。
「病気や虫のせいで、リンゴの木が弱ってしまったのだとばかり思っていた。それさえ排除できれば、リンゴの木は健康を取り戻すのだ」と考えてきた木村氏は、
「虫や病気は、むしろ結果なのだ。リンゴの木が弱っていたから、虫や病気が大発生したのだ」ということに思い至ったのです。
そこから木村氏は、いかに自然に近い土を再現するかに腐心し、更に数年かかって、とうとう無農薬リンゴの栽培を成功させました。
と、まとめると、何でも自然に戻せばいい、という短絡的な「美談」で終わってしまいそうなので、後日談を少し。
木村さんのリンゴ畑は、通常雑草だらけですが、秋ごろ、一斉に根元の雑草を刈るといいます。
何故か。
そうしないと、リンゴの木が「秋が来た」(=土の温度が下がった)ということに気がつかず、なかなか実をつけないのだそうです。
まったくの自然の中であれば、木が必要なときに必要なだけの実をつければそれでOKでしょうが、あくまで農家としてリンゴを栽培する限り、人間にとって適切なときにしっかりと実をつけてもらわなければなりません。
ですから、人工的に雑草を刈って、「秋」を知らせるのです。
木村さんは、病気からリンゴを守るために、穀物からできた酢を、そのとき必要な濃度に薄めて人力で散布もします。
自然を最大限に尊重した上で、経済的に成立しなければならない農家として、必要な関わりを丁寧に施しているのです。
「岩木山で学んだのは、自然というものの驚くべき複雑さだった。その複雑な相手と、簡単に折り合いをつけようとするのがそもそも間違いなのだ。」
「自然の中には害虫も益虫もない。<中略>人間が害虫と呼ぶ虫がいるから、益虫も生きられる。病気や虫の激発にしても、バランスを回復しようとする自然の働きなのではないか。」
ちょうどこの本を読んでいるときに、前回の「編集後記」で紹介させていただいた品川女子学院の漆院長の話を読む機会がありました。
少し長いのですが、引用させていただきます。
「効率だけを追うと、一見非効率に見える大事な部分を失うという点は、人にも当てはまるのではないかと思います。
こんな生徒がいました。その子は人よりも少し行動が遅く、よくクラスメートに手伝ってもらっていました。ある時『自分の長所はどこか』と皆で話していると、この子は『みんなを和やかにすることです』と答えたのです。
これを聞いて、目から鱗が落ちました。確かに、彼女をフォローするために周りの子たちはしっかりしていましたし、彼女の周囲にはいつも和やかなムードが漂っていて、クラスのチームワークもよくなっていたのです。
彼女1人だけを見ると、チームにとってマイナスの動きをしていている、と見られてしまうかもしれません。でも実は、彼女がチーム全体に対してプラスの働きかけをしていることもあると気づき、『チームの力というのは足し算なのだ』と実感しました。」
病気・害虫などという言葉のあとにこのエピソードを出していますが、決して、人間を効率という観点で、「害虫/益虫」に分けて考えているわけではないので、誤解なきようお願いします。
ただ、「今年リンゴをたわわに実らせる」といった、目の前にある課題を効率的に仕上げるという視点からのみ、そのことに関わるものや人を見て、
その目的達成に直接関連していないように見えるものや人を、私は切り捨ててはいないか、と考えさせられたのです。
そして、それが過ぎるために、安易に「農薬」という劇薬を使ってしまっていないか。
こういいながらも、組織の責任者としての仕事を目の前にして、悶々としてしまう気持ちがないと言えばウソになります。
それでも常に課題として持ち続けようと思います。
・『奇跡のリンゴ』 石川拓治・著 幻冬社
・「プロフェッショナル 仕事の流儀/農家 木村秋則の仕事 りんごは愛で育てる」NHKエンタープライズ
・品川女子学院・漆 紫穂子校長の やる気を高め、人を育てる(秘)メソッド/Nbonline
(2008年11月28日)