第36回 わかっていることが一番わからない、という落とし穴

日本という国で教育を受け、様々な文化に触れてきた私たちには、「ほとんどの人が知っている曲」というのがあると思います。

例えば、「さくらさくら」とか「ハッピーバースデイ・トゥー・ユー」などは知らない人を探す方が難しいのではないでしょうか?

ともあれ、そんな曲を25曲リストにします。

そして、2人の人を、「叩き手」と「聴き手」に分けます。

「叩き手」は、25曲の中から一曲を選んで、そのメロディを思い浮かべながら、指でそのリズムを叩きます。

タータ、タン、ター、タッ、ター・・・・ といった感じです。

「聴き手」は、25曲のリストを見ながら、今「叩き手」がどの曲を叩いているのかを当てる、というわけです。

いったい「聴き手」はどれくらい曲名を当てることができたと思いますか?

この実験は、実際に行われたもので、『アイディアのちから』で紹介されていたものです。

なんと、120曲のリズムを叩いて、当たったのは3曲。つまり、2.5%の正解率だった、ということです。

2人の共通のリストがあったにも関わらず、です。

私はこの話を読んだとき、かなり衝撃を受けました。

「叩き手」は自分の頭の中にメロディが流れているので、それを知らない「聴き手」の状態を想像することができなくなってしまうのだそうです。

だから、どう伝えればその人が理解できるのか、わからない。

確かに、こんな経験がないでしょうか?

だまし絵を見ていて、一旦そのからくりがわかってしまい、何かの絵だと認識してしまうと(たとえば牛が隠れているとか)、それがわかる前の曖昧模糊とした状態の絵としては、二度と見られなくなってしまった、といった経験。

『アイディアのちから』の著者は、これを「知の呪縛」と呼びます。

この本は、ここから、どうしたら人の印象に残るアイディアを生みだす(発見する)ことができるのか、と展開していて、非常に興味深いので
すが、

私はアイディア創出ということ以前に、自分の普段のコミニュケーションでも、こうしたことが常に起こっているのではないか、と指をさされたような気分になりました。

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私がオーストラリアに留学したての頃、街で「日本アニメーションフェスティバル」という催しがありました。

数日間、いくつかの映画館で、日本のアニメーション映画を上映するというものです。

私はオーストラリア人の友人と出かけていって、「劇場版・ブラックジャック」を見ました。(10年くらい前の話です)

その中で、少女が亡くなっていくというシーンがあります。

少女やブラックジャックの髪はなびき、ドラマチックな音楽が流れ、、、というシリアスな場面だったのですが、会場で起こったことは、、、

笑い。「ぷっ」というような、思わず笑っちゃったといった笑いが起こったのです。

私は一瞬、何が起きたのかわかりませんでした。「ねえ、ねえ、ここは笑うところじゃないんだけど!」と、思わず暗い観客席を見回してしまいました。

あとで、オーストラリアの人の中には(「オーストラリア人」はあまりにも多様なので、その一部と言わなければなりません)、あまりにワザとらしく、自己陶酔ともとれるシリアスさを笑ってしまう、といった傾向があることを知りました。

でも、その時には、まったく理解不能。なんてところに来てしまったのか、と思ったのを覚えています。

「叩き手」である私は、「シリアスで泣く場面なのよ」と一生懸命指を叩くのに、「聴き手」は笑っている・・・・・という感じでしょうか。

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生まれたばかりの子猫を、視覚皮質の臨界点(その時期までに発達しないと、永久に機能が失われる)まで、横線のまったくない世界で育てるとします。

すると、大人になった猫は「横線」という概念を持たないため、通り道に水平に棒を置いてもそれを認識できず、そのまままっすぐに進んで衝突してしまうのだそうです。
(『脳は眠らない』より引用)

これは、一件冒頭の「知の呪縛」の逆の状況ではありますが、通底して聞こえてくるのは、自分が理解している世界がすべて、と考えてしまうことへの警鐘です。

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年初に当たって、人という問題に関わっていくとき、こうした認識を忘れてはいけない、ということを念頭に置こうと思った次第です。

皆さんはどうお考えになりますか?

今回参考にした書籍

『アイディアのちから』チップ・ハース/ダン・ハース著 日経BP社
『脳は眠らない』アンドレア・ロック著 ランダムハウス講談社

(2009年1月9日)

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