第43回 「良いリトマス試験紙」「悪いリトマス試験紙」

先日、若手シナリオライターの方の講演を聞く機会がありました。

シナリオを勉強された方はご存じかもしれませんが、シナリオを書く際に、「リトマス法」という手法があるそうです。

ご存じのように、シナリオは、基本的に、登場人物の会話とその行動で構成されています。それを映像にすることで、観る人に物語やメッセージを伝えていく、というものです。

小説のように、「地」の文はほとんどないため、主人公がどのような人物なのか、何に価値を置いているのか、などを言葉で説明することは、基本的にしないとのこと。

もちろん、主人公自身や他の登場人物の独白というかたちで、そういった情報を提供する手法もあるそうですが、よほどうまく活用しないと、非常に情けない映像になってしまうそうです。

そこで使われるのが、「リトマス法」というもの。あの「リトマス試験紙」の「リトマス」です。

例えば、非常にぶっきらぼうで乱暴者だと思われている主人公は、実は優しい気持ちを持っている、といった状況を映像で伝えるとします。

それを、「○○は優しい人なんだよ」と知人に言わせたり、「僕は本当はこんな風になるはずじゃなかった」と主人公に独白させる代わりに、例えば、

考え事をしながら歩いている主人公がふと足元を見ると、コンクリートの割れ目から出てきた小さな花を踏みそうになっていることに気がつく。

それを慌てて避けようとして、転んでしまう、といった場面を見せる。これを見た視聴者は、主人公の隠れた優しさに気がつく。

こういった手法を「リトマス法」と呼ぶのだそうです。

この講演は、ビジネスに「ストーリー」という考え方をどう生かしていくのかについて学ぶセミナーの一部だったのですが、少し本筋と離れて、「仕事」について、考えてしまいました。

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私が営業の仕事を始めた頃です。

それまでバックエンド系の仕事が中心だった私にとっては、慣れないことが多く、自分のふがいなさに落ち込み、「やはり営業なんて私には合っていない!」と、家に帰ると毎日のように連れ合いに不安や不満をぶつけていました。

それでも、既に様々なコミットメントを公私ともに持っていた私は、簡単に「やーめた」と投げ出すことはできるわけもなく、ともかく目の前にあることを淡々と続けることだけに集中しました。

そうしていくうちに、それまでの経験を活かした、自分なりの営業が見えてきました。ビジネスの世界で「売れる」自分の価値は何なのか、徐々にわかってきた、と捉えることもできるかもしれません。(まだまだ、日々勉強ですが・・・)

つまり、「今目の前にある仕事」は、隠れている自分の本当に強み、ひいては自分とは何かを知る、「リトマス試験紙」と考えればいいんじゃないか、と。

(シナリオの場合は視聴者、こちらの場合は自分自身ですが)

辛い、情けない、辞めたい。でも、リトマス試験紙が、自分の強みという結果をちゃんとでるくらいまで踏ん張ってみることが、自分らしさを活かす道を開くのではないか、と。

私自身は、新入社員の方々とお会いすることはあまりないのですが、「最近は、せっかく入った会社をあっさり辞めてしまう人が多い」、という話は、何人もの方から伺います。

また、若い人たちは「自分らしさ」を重視する傾向が強い、と本で読んだことがあります。

しかし、本当の「自分らしさ」を活かしていきたいなら、好みだけではなく、強み・弱みをしっかりと知る必要がある。

そのためには、何枚かの、自分だったら選ばないであろう「リトマス試験紙」に、しっかりと自分というのを浸してみるという発想で、目の前にある仕事に取り組んでみる、というのもいいのではないかと。

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さて、そんなことを考えているとき、ある電話営業を受けました。有名な大手人材系の会社からです。

「御社では採用を予定されていますか?」と聞かれましたので、「現在は積極的には採用を予定していないです」と答えました。

すると、弊社はWebで採用募集はしていないのですが、「Webサイトで募集されていますよね?」と相手が聞いてきました。

「本当にすばらしい方がいらっしゃれば採用がないわけではないと思いますが、積極的にお金をかけた採用は現在予定していませんから、今お願いすることはありません」と、率直に状況をお話しました。

すると、「なぜ、積極的に採用されないのですか?素晴らしい方がいれば採用されるわけですよね?」と相手が食い下がってきます。

とてもしつこいので、思わず「突然かかってきた電話、しかも誰かもわからない方に、どうして時間を割いて弊社の採用方針を話さなければならないのですか?」ときつめに言ってしまいました。

すると、「どうしてウチの会社とお取引できないのか教えてください!」と。

電話営業をまったく否定しているわけではありません。

自分も営業を担当していることもあって、会ってみる意味が少しでも感じられればお会いすることもあります。実際、そこから発注させていただいたケースもありました。

しかし、彼には、相手の大事な時間を勝手に取って、自分の聞きたいことだけを話している、という認識がまったく感じられなかった。

おそらく、電話営業のノルマがあって、チェック項目として「決済権者と話す」「先方の今後の採用予定を聞く」「断られた場合にはその理由を確認する」といったリストが並んでいたのでしょう。

彼は、その項目をつぶすために、結果として私に一方的な質問をすることになったことは想像に難くありません。

声や話し方からして、社会人経験の少ない方だったと思いますが、ここできちっとしたタイムリーなフィードバックがなければ、これが、彼にとっての「営業の仕事」となっていってしまうのでしょう。

そして、これに対して、自分が合っている・合っていないを判断してしまうんだろう、また、このやり方を続けていて本当に自分の強みに出会うことができるのだろうか、と考えてしまいました。

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最近は、「自分らしさ」追及礼賛への反動や、「ゆとり世代」社員への対応のためか、「目の前の仕事をきっちりやろう」というメッセージが目立ちます。

それについては私も賛成です。

ひとつひとつの仕事が、長期的に自分を活かしていくための、大事な「リトマス試験紙」だと思うからです。

簡単に仕事を変えていては、やはり本当の自分の強みと、その活かし方はわからない。

しかし、その「リトマス試験紙」の質があまりに悪かったら、あいまいな結果、不正確な結果が出る。もしくは結局何も発見できない、のでは?

社会人経験が長くなった私たちは、若い人の頭でっかちな「自分らしさ」信仰を単純に嘆きがちですが、そもそも先輩・マネジャーとして、「本当の強みを引き出せるような質の良いリトマス試験紙」を提供できているのか。

「甘やかす」とは一線を画した、そういう視点も合わせもって、後輩と仕事をしていく必要があるんじゃないか、と考えさせられました。

皆さんは、どうお考えになりますか?

今回参考にさせていただいた情報

発想源ライブ「シナリオ発想源」(2009年4月14日 於 代々木)
小林雄次 氏 講演

(2009年4月16日)

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