第55回 笑わせるべき人を笑わせることができているのか

「紳竜の研究」というDVDがあります。

80年代の漫才ブームの中で活躍した漫才コンビ「紳助・竜助」の、実際の漫才の映像と、「紳助」こと島田紳助氏が吉本総合芸能学院で行った講義が納められた2枚組のDVDです。

ご存じの方も多いかと思いますが、この島田紳助氏の講義は、ビジネス系のメルマガやブログでずいぶん前から話題になっていました。

あまりにいろいろな人が「一度見るべきだ」というので、1年半ほど前に購入して見たのですが・・・想像していたよりも、インパクトがあり、正直、頭を撃たれたような衝撃を受けました。

最近、その講義の抜粋を活字にした本が出版されたという話を聞いて、先日改めてDVDの講義を見直したのですが、日々仕事をしていくにあたってのヒントが満載でした。

今回はその中から、印象に残った話のひとつを紹介させていただきたいと思います。

(漫才や島田紳助氏をあまり好きではない方もいらっしゃるかもしれません。私も正直その一人でしたが、彼の話には傾聴する価値があると思いますので、そういう方も少しお付き合いください。)

紳助氏は、漫才の世界に入ったとき、自分の才能の種類を見極めていました。技術では、「やすし・きよし」や「オール阪神・巨人」には絶対かなわない。天性の明るさでは、明石家さんまにはかなわない。

そこで、「技術」で勝負するのではなく「感情」に訴える漫才を目指します。また、明るさでは勝てないので、「ヒール(悪役)」を演じることを決めるのです。

では、そういう彼ら(「感情に訴えるヒール」)にとって「客」は誰か。それは、同時代を共有できる男性、でした。

80年代の漫才ブームを体験した方はわかると思いますし、今のお笑いブームでもそういった傾向があるかと思いますが、人気が出た漫才コンビは、アイドル並みに女の子たちに騒がれます。舞台に上がるだけでキャーキャーという声が上がりますし、ちょっとした話でも大爆笑が起きる。

しかし、紳助氏は、

「こいつらが俺たちをダメにしていく」、と考えていました。

「こいつらはキャーキャー言って追いかけてくれて、一見、人気のあるような雰囲気をつくってくれる。こいつらは俺らにとってすっごい必要や。・・・(しかし(こいつらを笑わすことは簡単やからと、こいつらを笑わしにかかってしまったら、その時、俺らは終わる」と。

それは、本当は笑ってほしい男性が、「こいつらはキャーキャーと中身の価値も考えずに騒いでいる女の子たちにおもねっている」と感じた瞬間に、反感を持って離れていってしまうからです。それに甘んじてしまったら、世間に認められ続けることはできない。

「漫才をやるときは、目の前に座っている女の子じゃなくて、カメラのレンズの向こうにおる、コタツに入ってテレビを見ている兄ちゃんたちを笑わせにかかれ」 と、相方である竜助氏に言い続けていたそうです。

そうして、解散までの8年間、二人はトップ漫才コンビとして走り続けます。

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この話を聞いているとき、ふと、日本企業における「ダイバシティ(多様性)の実現」や「ワークライフバランスの実現」のことが頭に浮かびました。

これらの実現に向けて苦労している日本の企業は多いのではないでしょうか?そのためでしょう、勉強会やセミナーが、開催されているのをよく目にします。

しかし、そういった会では、残念ながら参加者の多く、もしくは中心が女性、という印象をぬぐえません。

紳助氏の話を聞いていて、もしかして、それは、多くの場合、「容易に笑わせることができる人」中心に焦点が当たっているからでは?と思ったのです。(失礼な言い方に聞こえたら、済みません!「容易に笑わせることができる=価値が低いといった意味ではまったくありません。)

現状で大変苦労されている方も多く、そういった方々が思う存分力を発揮するための環境を作っていくことは簡単なことではないことは、働く女性として理解しているつもりです。

しかし、誤解を恐れずに言えば、その人たちを「笑わせる(=受け入れられる)案」を作成することは、正しいことを行う一種の心地よさもあり、将来につながる夢のある作業でもあると思います。

しかし、現実は、なかなかその案通りには動いていかない。そこが苦しい。

なぜか。それは、それらの案には、紳助氏の言葉を借りれば、「茶の間で見ている男性(=本当に笑わせなければならない人たち)を笑わせる」という観点が弱いのでは?と思ったのです。

客席(身近)にいる女性ファンは、とても喜んでくれている。それはそれで、非常に大事。しかしそのために、実は成否の鍵を握る重要な当事者である男性たちは、テレビの向こうで距離を置いてみている、といったイメージ・・・。

「そんなこと言ったって、毎月の目標数字を達成するためにはそう簡単に休んだり、早く帰ったりできないよ。ビジネスはそんなに甘いものじゃない。実際問題、ウチの会社で男が育児休暇なんかとったら将来ないでしょ」

と心の中では思っていて傍観している人たちを、「向こう側」から「こちら側」に、自主的にやってきてもらうためにはどうしたらいいのか。

「そんなことはわかっている!」「アファーマティブアクション的な段階も必要なのだ」と、お叱りの声が聞こえてきそうですが・・・少なくとも、こういった視点から議論を始めてみることで見えてくることもある、ひとつの発想のよりどころとして、考えてみる価値があるのではないか、と考えさせられた次第です。

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前回の、HR Fundamentalsのインタビューでお話いただいた佐藤博樹教授は、ワークライフ・バランスについて、

「「ワークライフ・バランス」というと、『仕事とプライベートに割く時間を同等にすることだ』とか、『家庭を大事にすることだ』とか、『子育て支援』だといったイメージを持たれてしまいがちですが、実は、「社員の高い意欲と職業能力を引き出すための、新しい『報酬』のかたち」であり、社員の仕事の質や生産性を上げるための施策」 

と指摘されています。

働く人の価値観が多様化している今、「正社員の時間は一週間7日・24時間使うことができる」という昔ながらの意識では、もはやひとりひとりのモチベーションを維持することはできない。つまり、「時間」は有限の経営資源となったのである。

では、その「時間」をいかにマネジメントしていくのか。それはまさに、経営や人事、現場のマネジャーの仕事である。そして、そうした時間マネジメントの成功の結果として「ワークライフ・バランス」があるのだ、と。

「テレビの向こう側」で傍観者としてふるまっていた当事者が、こちら側にやってくる、という感じがします。

皆さんは、どうお考えになるでしょうか?

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紳助氏の話は、この他にも、「自分自身で教科書を作る」とか「X(自分)とY(時代)の法則」、「才能と努力の関係」など、ビジネスをしていくにあたって参考になる話が満載です。

こちらでもまたご紹介させていただきたいと思いますが、ご興味のある方は是非一度ご覧になってみてください。

(インパクトは弱くなりますが、書籍もあります。)

今回参考にさせていただいた情報源

「紳竜の研究」(DVD: アールアンドシー)

『自己プロディース力』著(島田紳助・著/ワニブックス)

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