- 戦略的人事にITを活かす - 人材・組織システム研究室
もう10年近く前の話ですが、今でも思い出す場面があります。
オーストラリアの会社での入社面接のときのことです。
本社がアメリカにあったこともあり、個人の趣味などを聞いて「人種差別」「文化差別」と言われないために、面接の質問は基本的にすべて「ケーススタディ形式」でした。ビジネスで起こりがちな場面を提示されて、実際の経験を踏まえて、自分ならどうやって解決していくのかを回答するのです。
そのなかのひとつに、仕事の締め切りを守れなかったとき、あなたならどうするか?といった趣旨の質問がありました。
以前、雑誌の編集の仕事をしていましたので、「締め切り」は非常に身近なものであり、常に追われ続けてきたものでした。質問を受けて改めて考えてみると、締め切りを守れず、決定的な窮地に追い込まれたことはありませんでした。
そこで私は、「まず、自分に提示された締め切りの余裕を確認し、自分の仕事が終わった後の工程を把握する。そのうえで、もし、締め切りが守れない可能性が高くなってきたら、できるだけ早く相手に伝えて、後工程の調整をしておいてもらう。」と答えました。実際にそうしてきたからです。
面接官は、「それでも締め切りを守れなかったら、どうするか?」と聞いてきたのですが、「その場合は謝罪するしかないが、とにかく守れない締め切りを設定しないのが第一だ」と答えたと記憶しています。面接官はそれ以上この質問を続けることはなく、次のケースに移っていきました。
この話は、後に大きな挫折を経験した時、自分の弱さを象徴するものとして、数年後に、何度も思い出すことになる場面なのです。
もちろん、多くの人たちと協働するなかで、様々な調整をしてタスクを遂行しなくてはなりません。
いつでもアップロードできるWebメディアとは異なり、紙の雑誌は時間どおりに出版取次店に納品しなければなりませんでした。一冊の雑誌が遅れると、同日に各書店に配達される他の出版物も影響を受けてしまいます。紙の出版物の製作に関わるものにとって、「締め切り」は工程の「川下」にいけばいくほど、絶対に破られてはならないもの
でした。
そして、私のやり方は一回一回はうまくいっていました。後工程に決定的な打撃を与えたことはありません。そのこと自体は間違っていなかったと思います。
しかし、このやり方を続けていった結果、自分の力が及ばないところで起きる「未知なる壁」にぶつかることを経験することなく、本来なら根本的に解決しなければならなかった問題を見過ごしていた可能性が高い。
それに気がついたのは、「未知なる壁」にぶつかったときでした。これまでにない、挫折感。それまでは、カウンセリングなんて自分には必要ないと信じていましたが、そのときばかりはその力を借りることになりました。
ここで、大きな挫折や失敗に正面から向き合った経験がない自分の「脆さ」が露呈されたわけですが、そのことを痛感したとき、10年前の面接で、誇らしげに答えていた自分、それを聞いている面接官の顔、そして部屋の雰囲気を思い出したのです。
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人事関連の仕事に関わる方々とお話をしていると、「入社後1年もしないで退職を口にする若者が多い」とか、「メンタルヘルスの問題は、もはや避けて通れない」といった声をよく耳にします。
そんな話を聞きながら、自分の経験も合わせて考えると、今、「失敗」や「挫折」との付き合い方がわからない、できない、という人が増えているのではないかと思うようになりました。
「失敗」「挫折」という言葉を目にしたとき、多くの人が瞬間的にネガティブな印象を持ったのではないかと思います。「してはいけないもの」「避けて通りたいもの」「回り道」「負け」といったイメージと、自然に結びついたのではないでしょうか?
「いやいや、ポジティヴ・シンキングが大事。失敗や挫折をしてもくよくよする必要はない。前向きに次のステップ゚に進めばいい」、と考えるかもしれません。
しかし、この考え方をよく見てみると、やはり「失敗」や「挫折」は「避けるべきもの」という認識を、裏返しただけである可能性に気がつきます。
漠然と、失敗や挫折をもっと肯定的に捉える、「失敗の効用」「挫折の価値」を真剣に考える必要があるんじゃないか、と強く感じ始めているときに、一冊の本を見つけました。
『失敗学のすすめ』(畑村洋太郎・著)です。
著者は、機械工学の専門家であり大学で教鞭を取る教授ですが、学生を指導するなかで効果的な教授方法を模索するうちに自然に形作られたのが「失敗学」、ということです。
畑村教授も、大学で教え始めた当初は、与えられた問題に対して決まった解を出す、「こうすればうまくいく」「正しいやり方」のみを学生に指導していたそうです。当時はそれが最短かつ効果的な方法だと思っていたからです。
しかしその結果、学生たちが身につけたのは表面的な知識でしかなかったといいます。パターン化された既成の問題には難なく対応できる彼らも、新しいものを自ら作るという場面に直面すると、そもそもの課題設定さえできない、という有様でした。
そこで畑村教授が気づいたのが、失敗体験を通じた理解の深さと有用性でした。
「最初のうちに、あえて挫折経験をさせ、それによって知識の必要性を体感・実感しながら学んでいる学生ほど、どんな場面にでも応用して使える真の知識が身につくことを知りました」
詳しくは、実際の本を読んでいただくのが一番ですが、「失敗の効用」「挫折の価値」を考えていくためにヒントとなったのは、以下の3点でした。
・失敗体験を肯定的に捉える。
失敗は、誰にでも起こる、避けて通れないものである。
・失敗を体系的に捉える。
失敗には10段階あり、それぞれに対応方法がある。
・失敗情報の特性を理解する。
失敗に関する情報には8つほどの特性があるので、それを理解
して扱うことが肝要。
「どうしても起こしてしまう失敗に、どのような姿勢で臨むかによって、その人が得るものが異なり、成長の度合いも大きく変わってきます。つまり、失敗とのつき合い方いかんで、その人は大きく飛躍するチャンスをつかむことができるのです」
そして、
「小さな失敗を不用意に避けることは、将来起こりうる大きな失敗の準備をしているということだ」
という畑村教授の言葉が印象的でした。
できるだけ若いうちに、どれだけ沢山の小さな失敗を経験し、その失敗とうまく付き合っていけるようになるのか。
そのことに真剣に取り組むのは、とても大事なことなのではないか、と改めて考えさせられました。
個人的には、やっと「失敗」や「挫折」とうまく付き合えるようになってきました。それ以前とは、見える世界が異なっているのがわかります。後悔はしない主義ですが、こういったことをもっと早いうちに経験できていれば、よかったな、と思うのは正直なところ。
『失敗学のすすめ』は、全体に、個人というよりは組織としてどうやって失敗を価値のあるものにしていくのか、という話が中心となっていますが、畑村教授にはこの他に、個人の失敗にフォーカスした、『回復力 失敗からの復活』という著書もあるということがわかりました。こちらも読んでみたいと思います。
「失敗の効用」「挫折の価値」、そしてそれらとの付き合い方。もう少し考えていこうと思います。
『回復力 失敗からの復活』(畑村洋太郎・著/講談社現代新書)
(2009年11月13日)