第59回 なぜ、3人いても1人半分の仕事しかできないのか

ローレンツ・アクアリウム、という言葉があります。

アクアリウムといえば、水生生物の飼育設備ということですから、直訳すればローレンツの水生生物の飼育設備、ということになるでしょう。

この、ローレンツとは、コンラート・ローレンツ氏のこと。氏は、1973年にノーベル生物学賞を受賞した、オーストリア出身の動物行動学者です。

「刷り込み」(動物の子供が、生まれた直後に目の前にあって動いて声を出すものを親だと覚え込んでしまう、などの現象)の研究者で、近代動物行動学を確立した人物として知られています。

その人物の名を冠した「ローレンツ・アクアリウム」というのは、ろ過装置やポンプなど水質維持用の機材を使わずに、水槽内に暮らす生物同士のバランスで水槽内の環境を保つことを目指しているものだそうで、ローレンツ氏が提唱し、この名前がつけられているとのこと。

動物の呼吸によって排出される炭酸ガスが、緑色植物の成長を促し、その植物の成長の過程で生み出される酸素によって、動物が生きていくことができる。成長した植物は、他の動植物の排出物や死骸を糧に子孫を増やしていく・・・

といった循環が回る環境の実現を目指すのが、ローレンツ・アクアリウムだそうです。こうしたアクアリウムが完成すると、魚に餌をやったりする他には、

「生物学的にはとくに世話をしてやる必要はない。さらに、もしほんとうの平衡状態が保たれていれば、掃除してやる必要もない。・・・枯れた植物の組織や動物の排出物が底にたまっても気にすることはない。」(『ソロモンの指環』 コンラート・ローレンツ著より)

しかも、

「このような沈積物があるにも関わらず、水自体は高山の湖のように澄みきって、においもない。」というのです。

しかし、平衡状態が保たれているところに、「もう一匹きれいな魚を泳がせてみたい」という誘惑に駆られてそれを実行したとたんに、このアクアリウムは崩壊してしまうといいます。それは、

「酸素の欠乏が起こるからだ。その結果まもなくある小さな生物が死に始める。けれどわれわれは彼らが死んだことにおそらくぜんぜん気がつかない。

くさっていく彼らの死骸を食物として、アクアリウムの中には莫大な数のバクテリアが増殖しはじめる。水は濁りだし、溶存酸素量は急激に減少して、さらに動物たちが死んでゆく。この悪環境は容赦なく進行し、ついに植物まで腐りはじめる。

ほんの数日前までは生き生きと成長する水草やピチピチした魚の泳ぎまわる、すばらしい澄みきったアクアリウムであったのが、もはやいやらしい悪臭を放つドロドロの肉汁になってしまう。」

この話を読んだとき、思わず、会社における組織の在り方が、頭に浮かんできました。

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ひとつの細胞から発生した人間が、どうやって複雑な役割を持つ60兆個の細胞に分化していくのか。

自分の無知をさらけ出すようではありますが、各細胞のDNAにその設計図が組み込まれているのだと思っていました。しかし、実は、「DNAは全体を示すマップではない。実行命令が書かれたプログラムでもない。せいぜいカタログがいいところ」
(『世界は分けてもわからない』 福岡伸一・著より)

なのだそうです。では、細胞がどんどん分裂していくときに何をしているのか?

「彼らは互いに自分の周りの空気を読んでいるのである。空気を読むという比喩が突飛すぎるのであれば、交信といってもよい。・・・それは次のような会話である。

『君が皮膚の細胞になるなら、僕は内臓の細胞になるよ』『君が内臓の細胞になるのなら、僕は皮膚の細胞になるよ』・・・・内臓へと運命づけられた細胞群もまた同様である。・・・隣とは違う自分を作り出す。肺、消化管、肝臓、膵臓、尿路。」

つまり、人間というこの精密な細胞の塊は、細胞ひとつひとつの関係性の中で成り立っている、ということになります。

今注目のES細胞は、こうした細胞分裂の性質を活用して、細胞が何にでもなれる状態、「今まさに交信を始める直前」の状態で取りだしたものだそうです。

そして、細胞が分化を果たすと一般的に分裂をやめるか、その分裂速度を緩めることになります。言い換えれば、自分が何者であるかを周りとの関係で認識して、落ち着くわけです。

さて、この文脈でがん細胞をみたとき、

「あるとき急に、周囲の空気が読めなくなった細胞、停止命令が聞こえなくなった細胞と定義することができる」のであり、

そのため、周りの状況におかまいなしに無限の増殖を続け、最終的には他の細胞をダメにしていってしまうのです。

そして、実は、同じことが万能のES細胞でも起こるといいます。

ES細胞と同等の交信段階にある細胞群の中に戻されなかったとしたら、もはやES細胞は周りの細胞の情報を捉えることができず、交信すべき情報を求めて、永遠の「自分探し」の旅に出ることになってしまう。

つまり、がん細胞と同じ運命をたどってしまう、というのです。

突飛かもしれませんが、やはり、この話を読んだときにも、企業の組織の在り方が、頭に浮かんできました。

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2004年に「21g」という映画が公開されました。このタイトルの21gとは、「魂の重さ」の意味で使われています。

1907年にアメリカの医師が「魂は物質的実在である」とし、実際に生きているときの体重と死後の体重には、個体差を超えて約21グラムの差が計測された、これこそが魂の重さである、と発表した実話が元になっています。

今ではこの話は科学的に何の根拠もない、とされていますが、一方で、人間の細胞60兆個を物理的に集めたら人間になるわけではない、ということは誰もが認めるところです。細胞の塊を、生物としている何か、プラスαがある。

「生命現象を、分けて、分けて、分けて、ミクロなパーツを切り抜いてくるとき、私たちが切断しているものの正体がプラスαである。

それは流れである。エネルギーと情報の流れ。生命現象の本質は、物理的な基盤にあるのではなく、そこでやりとりされるエネルギーと情報がもたらす効果こそにある」(『世界はわけてもわからない』より)

今回は、生物学関連の本を読んでいたときに、人という個体が集まってできる組織とオーバーラップした話をアトランダムにピックアップしてみました。

もちろん、限定された目的を、限定された時間の間だけ共有する企業の組織と、生物における組織とは完全に同じということはないでしょう。

しかし、現場での実感値として、3人で仕事をしたのに1人半くらいの成果しか上げられなかった、逆に、たった3人だったのにまるで5人分くらいの成果が上がった、と感じたことのある方は少なくないのではないかと思います。

では、そこになにがあるのか。完璧ではないにしても、生物の在り方から、様々なヒントがあるように思えてなりませんが・・・。

皆さまは、どうお考えになりますか?

今回参考にさせていただいた情報源

『ソロモンの指環 動物行動学入門』 コンラート・ローレンツ・著 日高敏隆・訳 早川書房

『世界は分けてもわからない』 福岡伸一・著 講談社現代新書

『21g』 (映画)

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