第74回 日本の新卒採用はなぜ問題なのか?

茂木健一郎氏(脳科学者)がツイッターで、日本企業の新卒採用のおかしさについて書いたことに対して、内田樹氏(思想家・神戸女学院大学教授)が基本的な考え方に同意しながらも、「切り出す順番が違う」とブログに意見をあげたことが、一部の人たちの間でちょっとした話題になっていました。

茂木氏は、「大卒2割、就職も進学もせず」というニュースを聞いて、「おかしい!」と思い、ツイッターに意見を書き込んだようです。彼の意見を簡単にまとめると以下の通り。

  • 大学3年の夏から、実質の就職活動が始まる日本の習慣は異常。
    本来大学3年というのは、やっと学問が面白くなってきて、本格的に取り組み始める時期である。
  • 新卒一括採用は、経営的に合理性を欠く愚行。
    組織を強くしたいなら多様な人材を揃えるのが合理的であるはず。
  • 日本企業が革新的な製品を生み出せないのは、大学3年から従順に就職活動をするような人材しか採用していないからだ。
  • 卒業後に様々な経験をしてきた人について、「履歴書に穴がある」などと考えるのはナンセンス。
  • 今のやり方では、例外的に優秀な人を見逃し続けることになるだろう。
  • マスコミは、大卒の2割が就職も進学もしなかったことを、異常なこととして報道するのは辞めてほしい。
    他国の「ギャップイヤー」という考え方を学ぶべき。

そして、「新卒一括採用で、他社に遅れると優秀な人材が確保できないと思っている人事担当者のみなさん。それは幻想です。本当に優秀な人は、そんな決まりきったレール以外のところにいます」と締めくくっています。

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それに対して、内田氏の意見は以下のようなものでした。

「意見が違うというのではなく、話を『切り出す順番』が違うということなのかもしれない」ということで、以下のように論じます。

  • 就職活動を通じて、わずか20歳で「自分は査定される側にあり、その査定を通過しなければ、社会人として認知されない」という「不安」が学生たちの通奏低音になってしまっている。
  • 受験勉強は何故落ちたかが点数として見える。受験勉強は1時間勉強すれば、1時間分の努力が報われる。しかし、就職活動は違う。面接で落とされた場合、本人はどうして落ちたかわからない。
  • 故に、自分には自覚できない、ある種の致命的な社会的能力の欠如があるのではないか、という不安を抱くにいたる。
  • 周囲の仲間たちが次々と内定をもらっていくなかで、黒いスーツを着続けている学生たちを一番傷つけるのは、「自分のどのような社会的能力が欠如しているか開示されないままに、その能力を査定されるゲーム」に参加させられているという理不尽さである。
  • 現行の就職活動は、「優秀な人材の登用」よりもむしろ、日本の若者たちを「組織的に不安にさせること」を結果として生み出している。企業の人事担当者はその点をもう少し自覚してほしい。

実際に内田氏は、できるだけ就職の面接官たちと会って話を聞き、面接の着眼点が何であり、採否の基準が何であるかを学生たちに教えているそうです。

そして、ここからが茂木氏と「切り出す順番」が異なるという点です。

「私は茂木さんと同じく、新卒者を一斉に採用し、経歴の『穴』を許容しないという日本の企業人事体質を不合理だと思う」としながらも、その第一の理由は、優秀な人材が採用できないからではない、と言います。

そもそも、「きわだって優秀な人材」というのは、企業の人事戦略などとは無関係なところでそれぞれ個性的な仕方で才能を発揮できる人たちだから、彼らのことなど放っておいていいと。

問題なのは、「きわだって優秀なわけではないが、育てようによっては、かなりいいところまで行きそうな潜在能力を持っている人たち」(若者のボリュームゾーン)を、日本社会が構造的に「潰している」という事である、というのが内田氏の意見です。

少年少女の能力の開花をもっとも損ねるのは、「自分の潜在可能性に対する懐疑」であり、今の就職活動ではまさにそれを生み出し、深化させているのではないか。

今の雇用システムでは、ふつうの子たちが、基準を知らされないままに絶えず査定にさらされることによって、「組織的に壊されている」のではないか、と問題提起しています。

なるほどな、と思いました。そしてこれを、日々学生と向き合っている大学教授の、学生・若者サイドに立った意見として簡単に分類し、キレイゴトとして片付けてしまってはいけないと。

日本企業がグローバル化の中で勝ち残っていくためには、優秀な人材を選抜的に育成し、積極的に抜擢していくべきという意見は、その合理性を認められて市民権を得ました。一方で、企業がベースを置き、人的資源・利益の源泉としている社会の健全性を維持・向上させることもまた、長期的にみれば合理性があります。こちらも、実は重要な視点である。そのことに気づかされました。

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現在の採用/就職活動の問題点は、いろいろな角度から指摘されています。しかし、1社が頑張ろうと思っても、やはり人材獲得競争に負けてはいられないという意識から、なかなか改善の方向に動きだすきっかけが見いだせずにいるのが現状でしょう。

ただ、今年の採用活動の中で、新しい動きを見つけました。

ライフネット生命が、新卒の定義を「大学院や大学、専門学校、高等学校、中学校等の卒業(見込み)者、および30歳未満の「未就業者」(卒業後ボランティア活動等さまざまな経験をした方含む)」として採用活動を行ったことです。

ライフネット生命の採用サイト
新卒の定義

大学4年間、しっかりと学問や課外活動に取り組む。卒業後に留学をしたり、世界を放浪する。そんな選択肢が、若者に与えられたということです。同社の採用数は少なく、大きな流れになるのには時間がかかるかもしれませんが、是非この流れを絶やしてほしくないと思います。

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今回は、採用/就職活動について考えてみました。皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

(2010年8月19日)

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