第86回 5日間続く試合を、1日で終わらせるためには?

クリケットというスポーツがあることは知っていても、その実態をご存じの方は少ないのではないかと思います。

日本にいると想像がつきませんが、クリケットは、コモンウエルス(イギリスとその植民地であった独立の主権
国家から成る、緩やかな連合)の国々を中心に熱狂的に支持されています。

詳しいルールを説明すると大変長いエッセイになってしまうので割愛しますが、3ストライクでアウトとか、
4ボールで塁に出るといったことがない野球、と想像してみてください。(かなり乱暴な説明で、反論もあろう
かと思いますが・・・)

バットマン(野球でいうバッター)をアウトにするには、バットマンの後ろに置かれている「ウィケット」と呼ばれる
セットにボールを当てるか(これは非常に難易度が高い!)、フライをダイレクトキャッチするか、野球で言う
ところの「ベース」にバットマンがたどり着く前に「タッチアウト」にする必要があります。

一方、バットマンがポイントを重ねるには、2つある「ベース」の間を自分が打ったボールがフィールド上で生きて
いる間に走る必要があります。ただし、ボールを打ったからといって走る必要はありません。余裕でベース
までたどり着けると思ったときだけ走ればいいのです。

(ルールにご興味のある方はこちらをご参照ください → http://www.cricket.or.jp/01/12.php)

そんなクリケットの伝統的な国際試合は、「テストマッチ」と呼ばれる形で行われます。
試合を5日(!)の間に終わらせるという上限期間を設け、攻守2回の交代をする間にどれだけポイントを稼げる
かを競います。ボーラー(野球でいうピッチャー・ただし交代制)はバットマン全員がアウトになるまで何球でも
投げなくてはなりません。

実際には5日間かかることは少ないようですが、多くの試合が3日間くらい続きます。
そのため、試合の途中に、ティータイムやランチタイムがあり、その間は試合が中断するのです。

さて、そうしたルールのもと、バットマンはどのように考えるのか。よほどのチャンスボールでなければ、ボールを
打ち上げたりしません。取られてしまえばアウトになってしまうからです。

3ストライクでアウトといったルールはありませんから、本当に打つ価値のあるボールがくるまで、ウィケットに
ボールが当たらないようにしながら、何度でも見送ったり、フィールドに転がしたりしていればいい。
ボールを打ったとしても走る必要がないわけですから、無理して大きな当たりを狙う必要がないのです。

そういうわけで、試合が決するまで時間がかかります。

「そんなの観ていて面白いの?」と思われたかもしれません。
私自身、最初にテストマッチを観たときには、なんて冗長なスポーツなんだ、と気が遠くなる思いがしましたが、
技術的なことが分かってくるにつれて、ある程度楽しむことはできるようになりました。

それでも、「冗長だ」と感じていたのは私だけではなかったらしく、40数年前に1デイマッチという形式が導入さ
れました。試合を翌日に持ち越すことはなく、一日で決着をつけよう、というものです。300球限定攻守1回のみ。
試合時間はおよそ5〜6時間程度となります。

そのためバットマンには、「できるだけ短時間にポイントを稼ぐ」というプレッシャーがかかることになりました。

そこで何が起きたかと言うと、バットマンが「大当たり」も狙うようになったといいます。アウトになるリスクがある
ことは変わりませんが、300球が終わってしまったら泣いても笑ってもポイントを取れなくなるので、バッティング
の権利があるうちに、できるだけ早くポイントを取れる方法を選択するようになった、ということです。

実は、最近初めて1デイマッチを観ました。そこではバットマンが派手にボールを打っていました。観衆の反応も
それに合わせて、テストマッチとは明らかに違う。基本的なルールは変わっておらず、ただ「数」と「時間」について
の考え方を少し変えた、というだけなのに、ここまでプレイヤーの行動を変えるのだ・・・とても驚きました。

これは「クリケット」という非常に限定された世界の中で起こっている話です。

では、こうしたルール変更がビジネスの世界で起きたら・・・、と考えてしまいました。

もしかすると、「テストマッチ」的な世界にいると思っていたのに、気がついたら、周りは「1デイマッチ」的なルール
の下で動いていた・・・ということがあり得るのではないか。
もしくは、じっくりと取り組むべき課題に、「1デイマッチ」的世界を持ちこんでしまっていて、思うような成果を
出せてないのかもしれない、ということも・・・。

ほんの少しのルール変更であっても、想像以上にそこで働く人の行動を変えてしまう。
このことの意味に自覚的である必要があると、クリケットを観ながら考えさせられました。

(2011年3月3日)
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