第146回 現在の力で勝てる想定の範囲内にとどまって成功を重ね続けるだけでは


ラグビーの世界で、メキメキと力をつけてきた国として、アルゼンチンがあります。サッカーの国というイメージが強いですが、ここ数年ラグビーにも力を入れていて、世界ランキングを上げてきています。(ちなみに、サッカーのマラドーナはラグビーも好きなようで、大きな試合では自国の試合を観戦する姿が映し出されることがあります)。

現在のラグビーの世界ランキングは小刻みに変動していて必ずしもそうではなくなってきていますが、歴史的には、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカが圧倒的な強さを見せつけてきました。この三か国は、「トライネーションズ」という国対抗戦を毎年行っており、実質の世界一を決めると言われてきました。そこに、2012年、ランキングとしてはかなり「格下」のアルゼンチンが参加を希望し、認められたのです(名称を「ザ・ラグビーチャンピョンシップ」と改名)。

体格に恵まれたアルゼンチンチームは、それまでにも時々に大勝利を上げるチームではありましたが、安定した実力があるとはいえませんでした。当初から誰もが、アルゼンチンが他の3カ国と互角に戦えるとは考えていませんでした。そして、実際にも、この4年間でアルゼンチンは数えるほどしか勝ち星を挙げていません。つまり、4年間、ほとんど負け続けているのです。しかし、2015年のワールドカップでは、安定した戦いぶりで堂々と4強入りを果たしました。

負け続けることは、人と卑屈にしたり、自信を失わせることになります。しかし、「負け」を長いロードマップの中に正しく位置づけることができて、そこから学ぶことにしっかり焦点を当てれば、貴重な経験や知識を得られると思います。逆に、現在の力で勝てる想定の範囲内にとどまって成功を重ね続けるだけでは、ブレークスルーは難しいとも。

アルゼンチンの例に戻れば、世界のトップクラスに負け続けたことが、彼らを確実に鍛え、試合巧者に育てた、とも言えるのでしょう。

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リオネジャデイロ・オリンピックで、金メダル2つを含めて、出場した全選手がメダルを獲得した日本柔道男子。そのチームを率いたのが、自らもオリンピックの金メダリストである井上康生氏でした。一つ前のロンドン・オリンピックで男子柔道は、金メダルがゼロ、銀メダル2、銅メダル1。そこから立てなおした井上氏の手腕に大きな注目が集まったことは記憶に新しいところです。

選手としても大きな実績を残している井上氏ですが、大きな負け、痛烈な失敗も経験しています。

大きな負けは、アテネ・オリンピックの時。前回の金メダリストである井上氏には、日本中から二連覇の期待がのしかかりました。しかし、準々決勝で一本負け。その後の敗者復活戦でも、あっさりと一本負けしてしまいました。

「あそこでもう一度気持ちを整理させることができていれば、なぜそうしなかったのか・・・非常に悔いが残っています。・・・自分が経験した苦しい思いは、指導者として選手たちに伝えないといけない。それは成功談以上に伝えないといけません。選手たちへの愛情があれば、そういう思いをさせたくないので」

痛烈な失敗としては、ロンドン・オリンピック。

「柔道家にとって4年前の出来事(ロンドン五輪)はあってはならないことだったかもしれないが、その出来事があったからこそ、新たな『気づき』が得られ、それぞれが真剣に柔道に向き合うことができるようになりました。人間、どうしても成功が続くと、知らず知らずのうちに心が緩みます。やはり、どこかに油断があり、それがあのような形で表れたのではないかと。私も含めてそんな反省があります」

井上氏は、2年間スポーツ指導者海外研修員としてイギリスに留学し、日本柔道と客観的に捉えて、改革の大きな鉈を振るったと言われています。周りからの抵抗や反発なども小さくなかったのではないかと想像しますが、信念を貫ききる強さを支えているのは、華やかな選手生活の記憶ではなく、痛烈な失敗体験、そしてそれと正面から向き合った時間なのだろうと思います。

自分のビジネスキャリアを振り返っても、コテンパンに打ちのめされたところから這い上がったときが、一番成長していたな、と実感します。(正直その当時は、ただただ辛いだけでしたが。。)年を重ねれば重ねるほど、負けることが苦痛になってきますし、負けない術や手練手管が自然に身についてきてしまいます。

ですから、若い人は、今のうちに、勝ちにいっても「負ける」「失敗する」経験をしてしまうかもしれない、一つ上の場に挑戦してほしいと思います。長年キャリアを積んできた私は、今、現在の力で勝てる範囲内に留まって、負けないように小さくなっていないか、振り返ってみたいと思います。そして、周りにいる人たちには、単独の負けや失敗をあげつらうのではなく、負けから学ぶ時間と支援を提供してもらえるよう、お願いしたいと思います。


※井上康生氏のコメントは、日経ビジネスオンライン 2016年10月17日付の記事 「井上康生、かくして名選手は名将になった」から引用させていただきました。


(2016年12月15日)


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