第67回 ターミナル駅での名刺獲得の意味

ゴールデンウィーク前、都心のターミナル駅で名刺入れを手にきょろきょろしている若者を何人か目にしました。どうやら、研修の一環として、道行く人から名刺をもらうという課題を課せられているようです。

一瞬、協力しようかと思いましたが、おそらくそのあとやってくるであろう電話攻勢やDMのことを思って、その場を去ってしまいました。今考えると、どんな会社がどんな意図を持ってこうした研修を実施しているのか知るチャンスだったと気がつきましたが。。。

私の見た若者は、名刺入れの上に自分の名刺を置いて両手に持ち、声をかけやすそうな人を物色している様子でした。何人かの人をやりすごした彼女の表情には、とまどいの表情が浮かんでいました。

私が最初に勤めた会社でも、新入社員のときに「飛び込み名刺獲得大会」があり、1日で百枚単位の名刺を集めた猛者もいました。私の目の前で名刺獲得を目指していた彼ら彼女たちの中にも、おそらく飛びぬけた数の名刺を集めた人もいたことでしょう。

一方で、どうしてもなかなか声をかけられず、「何でこんなことをしなくてはいけないのだろうか」と、大変なストレスを感じた人もいたはず。

この研修を通じて、彼らは何を学ぶのだろうか。考えてしまいました。

こうした研修を実施している企業の顧客になりうる者として、がむしゃらに200枚の名刺を集めることができる人に営業を担当してほしいのだろうか。それとも、「私に名刺を渡したあと、その人には何が起こるのだろうか」と立ち止まって考えてしまう人と話をしてみたいと思うのだろうか・・・。

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今年に入って耳にした話を2つ、思い出しました。

ある企業の会社説明会で、「多くのビジネスに必須となっている情報を提供することで利益を上げるのは、弱みに付け込んでいるように思えるのですが、いかがですか?」と質問した学生がいたそうです。(その会社は創業半世紀以上の、非常に堅実な経営をされている会社です。)

担当者は、「どうやら、ボランティアやNPOは善で、企業活動はよくないものといったイメージを持っているようでした。情報をわかりやすく加工したり、付加価値をつけていくことで、初めてお客様は対価を払ってくださる。そういう構造を考えたことがないのでしょうか?」 と驚いていました。

大学スポーツを指導する機会のある人は、「最近は、理論的に説明してもらわないと練習ができない、という学生が増えている。経験者がアドバイスしたことを、まずはやってみる、やってみてそこから考えるということができなくなっている気がする」と言っていました。

特に、「若い人が」というつもりはありません。

一般的にみても、自分が理解できる範囲のなかで、自分が一番だと考える回答を出そうとしているのではないか。そして、残念ながら、その壁を越える、もしくは越えさせてくれる機会が極端に減っているのではないか。そんな風に感じました。

少し話が横道に逸れますが、アマゾンで書籍を購入していると、過去の購入傾向にそった本の紹介がメールで送られてきます。また、検索エンジンでも、自分がよく訪れているサイトが上位に表示されることがあるようです。

こうした仕組みは、ひとつのテーマを追いかけているときには効率的に働きますが、驚くような発見や出会いの機会を減らしている、と見ることもできます。

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閑話休題。

ターミナル駅での名刺獲得のことを考えると、多くの若者の想像の範囲、理解の範囲を超える経験の提供、と見ることもできるのかもしれません。

重要なのは、そこから何を学ぶか、なのでしょう。

中には、「相手に不快な思いをさせても、自社のビジネスのためなら無理を押し通すことが成功への道だ」とか、「嫌なことはどうにかやり過ごしてしまうのも大人の世界では必要なことだ」と言った理解をする人たちもいるかもしれません。(そうなっていないことを望みますが。)

一方で、「この課題を、いかに楽しく解決しようか」と会社側が思いもかけなかった手段を見つけ出す人もいるでしょう。または、「こんなに多くの人に拒否されなくていいように、どうしたら会社のブランドを上げることができるのだろうか・・・」と考える人も出てくるかもしれません。

もし、この「名刺獲得」が研修であるならば、目標達成にこだわるという意味で名刺の数も大事でしょう。しかし、同時に、その経験を通じて、それまでの生活では考えたこともないことを考える機会を持ち、次の行動にどうつなげるのかが、もっと重要なのだろう、と思います。

最初の自問に戻れば、二人の人が、まったく同じ名刺の数を獲得したとしても、「相手に不快な思いをさせても、自社のビジネスのためなら無理を押し通すことが成功への道だ」と考えた人とはビジネス上の付き合いはしたくないですし、「この課題をいかに楽しく解決しようか」と工夫をした人とは、一緒にプロジェクトをやってみたい。そういうことです。

果たして、私が見かけた新入社員たちは、どんな内的な経験をしたのか。

まったくの余計なお世話ではありますが、ビジネスの厳しさと、何よりそれを乗り越える醍醐味を感じる機会になったことを願います。

そして一足早く社会に出た私たちにできることは、自分たちの考えを一方的に押し付けるのではなく、良質な内的経験をするための手助けができるかどうか、なのだと思います。

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ターミナル駅で、名刺をもらおうとしている新入社員を見たときに、私の中で無条件に起きた「拒否反応」を少し、離れて考えてみました。

「やはりああいう研修はどうかと思う」「あんなことで挫折を感じるとしたら社会人としてはやっていけない」いろいろな感想があると思います。お時間があれば、ご意見をいただければ幸いです。

(2010年5月24日)

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