HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第28回 人事トップでの経験を活かした事業経営で、自動運転タクシーの実現を目指す

第28回 人事トップでの経験を活かした事業経営で、自動運転タクシーの実現を目指す

ロボットタクシー株式会社 代表取締役 兼 CEO/
株式会社ディー・エヌ・エー 執行役員/
オートモーティブ事業部長 中島 宏 氏

今回は、株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)のオートモーティブ事業部長であり、自動運転技術を活用した旅客運送事業の実現を目指すロボットタクシー株式会社の代表取締役兼CEOである中島氏に、自動車関連業界での新規事業のお話、そして、その直前に経験された人事トップの仕事についてのお話を伺いました。事業経営と人事の仕事の関係について、学ぶところが多いインタビューとなりました。


中島 宏 氏  プロフィール

大学卒業後、経営コンサルティング会社へ入社。2004年12月DeNAへ入社。グループリーダーを経て社長室室長に就任。2009年4月執行役員に就任し、新規事業推進室長、HR本部長、マルチリージョンゲーム事業本部長を歴任。現在、執行役員オートモーティブ事業本部長及び、ロボットタクシー株式会社の代表取締役社長を兼任。


10人が転職を反対。”いけてない”と言われた会社が、大きな成長の場に

― まず、中島さんがDeNAに入社された経緯を教えてください。

大学時代の就職活動では、日本を代表するような大企業から内定をいただきました。しかし、入社を決める前に先輩社員の方々に会ってみると、そこで働く自分のイメージが、まったく持てませんでした。そこで、合わない場所で働くよりも、最終的には自分で起業した方がいいと考えるようになりました。当時は具体的な起業プランを持っているわけではありませんでしたから、結局、起業支援に関われる経営コンサルタント会社に入社することにしました。2から3年程度経験を積んでその後起業しようと考えたわけです。

就職してからちょうど2年後に差し掛かる頃、予定通り起業の準備を開始しました。しかし、思うようにいかない。事業アイデアに自信が持てなかったり、仲間集めに苦労したり。別に今の会社が嫌いなわけではないが、このままここにいてもそういった課題を克服できるとは思えませんでした。そこで、次はよりスピーディな業界の事業会社で、自分が主体となって新規事業に関われるところで働こうと考えました。自分に課した条件は、「1.優秀な人間が多い会社、2.スピードの速い業界、3.新規事業に携われる可能性が高いこと」でした。人材紹介会社に、そうした条件に合う会社をいくつかピックアップしてもらったところ、その中にDeNAが入っていたのです。ただ、当時のDeNAは、インターネットサービスの業界では2番手、3番手で、正直あまり”いけていない”会社だと見られていたようです。周りに相談しても、「やめておけ」「あの会社は負け組だ」「つぶれるかもしれないぞ」と、知人10人に相談したら10人全員から止められたくらいです。

しかし、当時社長だった南場を始めとして、軸になる人材が非常に優秀だったこと、とにかくスピードの速い業界であること、何よりそんな中で新規事業を任せてもらえそうだという、この3点は確かに揃っていたため、入社を決めました。今だから言えますが、当初は「会社がつぶれそうなら新規事業たくさんやるだろう。自分が立て直すか、できなければ潰れるだけだ。そうなっても自分にとってはいい経験だろう。」というくらいに考えていました。ただ、実際に働いてみると、経営陣が思っていた以上に優秀で、学ぶことが本当に多く、必死で働くことになりました。

― 最初から新規事業の立ち上げを?

いえ、最初は、外部企業のIT戦略を立案する部署で、続いて広告営業部署のグループリーダーとして働いた後、転職5年目に、執行役員として新規事業を担当することになりました。そこで立ち上げた事業が、「趣味人倶楽部」や「みんなのウエディング」です。みんなのウエディング事業は、立ち上げメンバーだった人が2010年にMBOして独立することになり、その後上場まで果たしました。

慢性的な人材不足の解消のために、人事のトップに抜擢される

― そこから、どうして人事の責任者になられたのですか?

2009年頃というのは、テレビでモバゲーのCMを見ない日はないくらいにゲーム事業が伸びていた時期です。既存事業であるe-コマース事業から人を引き抜いてゲーム事業に当てても、とても間に合う状態ではなく、慢性的な人材不足が経営の大きな課題となっていました。そんなとき、当時社長だった南場から突然呼び出されて、「人事を強化しなければならないから、明日からヒューマンリソース本部を担当してほしい」と言われたことをきっかけに担うことになりました。

2010年からヒューマンリソース本部本部長として、採用戦略の立て直しをし、2011年には組織が急激に拡大する間に疲弊を起こしていた各種人事制度を根本的に見直しました。その頃は、海外でゲーム会社をどんどん買収した時期でもあって、その対応にも追われました。当初はポストマージャーがうまくいかず苦労しましたが、その経験を糧に2011年はグローバルHRの仕組みも構築に奔走する経験もしました。結局、2010年から2012年の3年間で、人事労務から採用戦略、組織改革、グルーバル人事、ガバナンス、企業理念の浸透など、人事の仕事を一通り経験することができました。

― その後、また新規事業の方に戻られたのですね?

一通り人事の改革を終えた2013年に、このまま人事を続けるべきなのか、事業運営の世界に戻るのか、考えました。人事は息の長い仕事なので、更に続けるとなると1年といった単位ではなく、あと数年は続けるということになります。つまり、30代のど真ん中の6年ほどを人事の仕事に費やすことになる。そうなると、私のキャリアの軸は「人事」で決まってしまうでしょう。しかし、DeNAに入社したのは、先ほど申し上げたように、新規事業の立ち上げと事業運営を経験したいと考えたから。初心に戻って、「人事以外に力を入れなければならないところをやらせてもらえないか」と、そのとき社長となっていた守安に直訴しました。そうしてまた、新規事業の立ち上げに関わることになったのです。

これまで100年かけて起こったような変化がここ10年で急激に起きる

― ではまずは、新規事業についてお話を伺います。

現在の新規事業では、オートモティブ・自動車関連の分野が大きな柱の一つになっていて、中島さんはそのリーダーになっていらっしゃいます。最初から、自動車関連の分野で新規事業を立ち上げるという話だったのですか?

いいえ、人事から新規事業推進室に異動になったときは、新規事業として取り組む特定のカテゴリが決まっていたわけではありません。まさにその「カテゴリ」をどこにするかから任されていました。検討した結果、広義の自動車業界を選択しました。今でも、よく、「どうしてDeNAが自動車なんですか?」と聞かれます。おそらく、自動車業界というと、製造販売のイメージが先行してしまい、インターネットに強いDeNAが何故、と不思議に思われるのでしょう。

オートモーティブ・自動車関連の分野に決めたのには、大きく2つの理由があります。ひとつは、市場が十分に大きい、ということです。自動車関連のビジネスというのは、保険、リース、レンタカー、カー用品、カーナビ、ガソリン、カーナビなど、実はとても裾野が広くて、日本だけでも55兆円の市場があります。

もうひとつの理由が、これまで100年かけて起こったような変化がここ10年で急激に起きるような、大きな転換期を迎えている業界だ、ということです。ここ数年、Googleを始めとして、異業種からの参入が活発であることはご存知だと思います。業界として、「カンブリア紀」(注:およそ5億4200万年前から5億3000万年前の間で、突如として今日見られる動物の体制が出そろったと言われる時期)を迎えていると言えるでしょう。

過去を振り返ると、「携帯電話」も似たような時期がありました。1990年代、最初は単に「持ち歩く電話」だったものが、デジタル化が進むことでテキストを送ることができるようになり、更にはi-modeの登場で、メーラーやゲームを始めとしたソフトウエアを動かすことができるようになって、携帯電話の意味が大きく変わっていきました。それまではハードウエアを作ることができるところが強かったわけですが、こうした変化に伴って、ソフトを提供できるところが力を持つようになって、携帯コンテンツの会社が一気に勃興し、上場企業をいくつも生み出すことになりました。

その後、アプリケーションをいちいちダウンロードするのではなく、インターネット上でつながって楽しむことができるゲームや音楽・映像が増えてきた。携帯を介してモノの売買も行われるようになった。そして、スマートフォンの登場が、更なる構造変化を起こしている。つまり、携帯電話の発展によって、多くの既存産業で大きな構造変化が起こったのです。更に重要なのは、その構造変化に伴って一般の人たちのライフスタイルも、1980年代には想像もつかなかったような形で、大きく変化していった、ということです。

携帯電話と自動車は違うだろうと思うかもしれませんが、イメージだけで捉えてはマーケットを読み違えます。実は、自動車業界は、以前にも社会に大きな変化を起こした歴史があります。1960年代の「モータリゼーション」です。一般家庭に自動車が一気に普及して、郊外型の暮らしがしやすくなったことで不動産業界に大きな影響を与えたり、それまでにはなかった郊外型のショッピングセンターが登場し、小売業に大きなインパクトをもたらしたりしました。また、普及に伴って道路などのインフラも整備されていきましたから、宅配便のようなサービスも可能になった。つまり、自動車業界は、業界の構造を変え、ライフスタイルの変化を起こしてきた業界なのです。そして、60年代に起こった以上の変化が、2010年代の今、更に大きなスケールで起ころうとしているのです。

そんななか、DeNAはインターネットの世界に強みをもっていますから、「自動車xインターネットサービス」で考えられる分野に出て行こうということになりました。随分思い切ったね、と言われることもありますが、今のタイミングで本気で参入しておかないと、もう二度とチャンスはないという危機感も参入の後押しになりました。

構造的な変化の後に必然的に起こるライフスタイルの変化に対して、DeNAは何ができるのか

― 「自動車xインターネットサービス」という視点から、具体的な事業の絞り込みは、どのように考えていかれたのですか?

近い将来、「運転しない」「所有しない」」「オンデマンド型」といったクルマ社会が到来するだろうと予測しています。それをベースに考えていきました。ただ、今からハードや技術の分野には参入するつもりはありません。そこで、構造的な変化に伴って必然的に起こるライフスタイルの変化に対して、DeNAの強みである「インターネット」が強い影響を及ぼせるエリアを探していきました。

その中のひとつが、自動運転の分野です。その可能性を探っているときに出会ったのが、ZMP社の代表取締役社長の谷口氏でした。彼は、無人の自動運転の実現に本気で取り組んでいて、既に地域内の交通弱者を支えるロボットタクシーの構想とそれを支える技術を持っていました。そこで、我々は、DeNAの得意分野であるインターネットの技術をベースにして、サービス系の開発やマーケティング面を担っていくことでシナジーを出していこうということになり、ロボットタクシー株式会社を設立しました。谷口氏が会長、私が代表取締役兼CEOとなっています。

私は、DeNAで執行役員・オートモーティブ事業部長でもありますが、そちらでは、個人が持っている車をカーシェアすることができるサービス、「Anyc(エニカ)」、個人や法人が持っている駐車スペースを貸し出すことができるサービス「Akkipa(アキッパ)」も手掛けています。

― ロボットタクシーは、実現化に向けて、現在どの程度まで進んでいるのですか?

2016年3月に、内閣府による「国家戦略特区プロジェクト」の一環として、神奈川県藤沢市の公道で自動運転タクシーの実証実験を行いました。モニターに選ばれた10組の住民を、自動運転のタクシーで自宅から総合スーパーまで送り迎えする、というものです。ルートの中にある幹線道路部分を、ドライバーが緊急時に運転を代わることができる「レベル3」で自動運転しました。これまでも公道での実験を実施してきましたが、一般住民の方々が参加したのは初めてです。皆さん、乗車するまでは、「本当に大丈夫なのかな?」と不安そうでしたが、実際に乗車してみると、「人が運転しているみたいで、なめらか」「しっかりと車間距離を取っていて安心」と、評価してくださいました。中には、「主人の運転よりもスムーズ」とおっしゃった方もいらっしゃいました(笑)。

現在、公道で車を走行させるには人間の運転手が必ず乗車していなければなりません。ですから、技術が一定レベルを超えたとしても、まだ完全な自動運転を実現することはできません。この状況を変えていくために、政府は2017年までに制度やインフラを整備するという方針を出しています。それが実現したら、来年には、無人で公道実験をして、本格的な実用化にはずみをつけたいと思っています。

「人を通じて会社・事業を考える」ことが、事業の成功のためには重要

― ここからは、人事に関してお話を伺いたいと思います。

現在ロボットタクシー株式会社の社長をされているわけですが、人事を経験されたことは、経営に役立っていると感じていますか?

大きなプラスになっています。私がヒューマンリソース本部に移ったのが、ちょうど、南場から守安に社長が交代したタイミングだったことも、経験の質を上げてくれたと思います。社長交代は、サクセッションプランがうまく機能して、社内的な混乱もなく、全体としてはとてもスムーズでした。ただ、人事・組織の部分だけを考えると、「トップが変わると、組織はこんなに変わるのか!」というくらい、大きな変化がありました。

南場は、とにかく人事について強いこだわりを持っていました。「採用はこうやりたい」「制度はこうしたい」「企業風土はこう作りたい」というWill(意志)が大変強く、人事はそれを確実にエクゼキューションしていくのが役割でした。一方、COOとして事業を見てきた守安は、組織や理念、ビジョンについては、その分野の専門家にまかせていきたいというタイプでした。つまり、人事のトップである自分自身が、経営層の一人として、人材マネジメントや組織作り、理念浸透といったことを自ら考えることから関わっていくことが求められるようになったのです。どちらがいい悪いという問題ではなく、トップの意識次第で、組織の状況が変わり、それに合わせて人事も変わる必要があるのだということを、肌で感じました。

また、DeNAは、様々な領域の事業を抱えるコングロマリットなので、ひとつの会社としてビジョンが掲げられているだけでは不十分で、各事業のトップが、事業内容にそったビジョンを掲げ、浸透させていく重要性も痛感しました。それぞれの事業が進む方向を示し、そこに進んでいくために必要な組織を描き、そこで大事とされる考え方を明確にして、どういうビヘイビアをしている人が評価されるのかを周知させていく。「人を通じて会社・事業を考える」ことが事業の成功のためには重要だということ、実際にどうすればいいのかということを、人事の3年間で学ぶことができました。

こうした経験は、ロボットタクシーの経営にも大いに役立っています。例えば、採用で、他のスタートアップ企業の採用には負けることはほとんどありません。いわゆるベンチャー企業は、ストックオプションをバンバンとつけて、応募者を惹きつけることができます。しかし我々は、取り組みはベンチャーそのものですが、一部上場企業の連結子会社ですから、魅力的なストックオプションを渡すことはできません。それでも、採用では負けない。何故かと言えば、経営トップがしっかりとしたビジョンを掲げて、社内でのキャリア形成や働きやすさといったことを伝えていけば、必ずいい人材を採用することができる、という成功体験を持っているからです。

事業トップが、人事マターに興味を持てないのには、構造的な理由がある

― もし、人事の経験がなかったら、そうしたことに取り組むのは難しかったと思われますか?

それはわかりませんが、一般的に構造として、事業のトップが人の側面から事業を考えることは難しい、と言えるでしょう。事業の責任者であれば、当然、売上/利益を常に見ていて、それらの計画を毎年達成することが最重要課題と考えているでしょう。その観点からだけ見れば、採用ブランディングに工数を使うことは余計な活動だし、立ち上げ期の組織にとって新人は邪魔者でしかないわけです。3年後、5年後にやっと一人前になる人のために時間を割くことは、コストでしかありません。

おそらく、5〜10人程度のスタートアップの企業であれば、ビジョンや理念浸透を始めとして、総務も、人事労務も、採用も、全てトップ・マターだと思います。ただ、組織が大きくなっていったとき、最初に切り離される業務の一つが、人事なのです。社員が増えて行くなかで、労務経験のある人が、「じゃあ、責任もって雇用契約書のテンプレートを作ります」といって労務の仕事を切り離す。採用も片手間でできない状況になってくるので、専門部隊ができる。更に、人事制度の構築や運用、理念浸透も、売上に直結するわけではく、人に関わることだからと、事業部隊から切り離される。こうして、「人に関する業務は事業がやる仕事ではない」という認識が定着していってしまうのです。そうしたマインドセットは、特に、ミドルマネジメント層において、早いタイミングで起こってきます。

もちろん、「事業を継続的に成功させていくためには、人材を大切にして、優秀な人材を引き入れていくということが、中長期的に重要だ」ということは、事業のトップも頭では重々わかっているのだと思います。しかし、大企業になればなるほど、それはあくまで人事の仕事であって、自分の仕事ではない、となってしまいがちなのが現状です。ですから、「採用イベントで話してほしい」とか、「新人を事業部で育ててほしい」と言われたとき、「それは人事の仕事だろう」とヒトゴトと捉えてしまうんですね。

更に状況を難しくしているのは、例えば「採用の成功に貢献した」とか、「人が成長した」「組織力が上がった」といった、本来定性的な要素の強いものを定量的に評価することがとても難しいということです。たとえ、人材育成や採用などを事業トップの仕事として明示的にアサインしたとしても、その成果をどう評価するのか。以前、採用プロジェクトが中長期的に成功したのか否かをアセスメントしたことがあるのですが、どうしても曖昧さから抜け出すことはできませんでした。事業トップやミドルマネジメントが、心から納得感を持てる評価ができなければ、彼らの気持ちを変えていく効果はありません。単に「通信簿」をつけて、「点数が高ければ給与が上がる」という「ゲーム」になってしまうだけです。

実効性のある人事制度を作れる人は、事業リーダーとして組織マネジメントができるはず

― そうした状況を打開していくためには、どんなことが考えられますか?

やはり、まずは、トップのコミットメントでしょうね。そういう意味で、人事出身者、もしくは人事を数年経験している人が、事業部のトップ、経営のトップに就くというのはリーズナブルではないかと考えています。

実際に人事制度づくりに関わってみて、人事制度を作った経験のある人が、もっと事業リーダーになってもいいんじゃないかと、感じました。実効性のある人事制度を作るのは、本当に難しいことです。人の心理に根差さなければならないし、仕事の面白さと給与のバランスを取りながら、報酬を考えていかなくてはなりません。また、優秀なエンジニアを採用して、リテンションしていかなければならないとしたら、必要とする人材が属するカテゴリにおいて獲得競争は厳しいのか、市場での給与水準はどんな動きをしているのかといった人材マーケットの状況を把握している必要があります。更には、そうして人材カテゴリは、市場でのバリューが相対的に上がっていく傾向にあるのか、下がっていく傾向があるのか。下がっていく傾向があるとしたら、社内のそうした人材に対して、意識的に育成計画を立てていくことも求められます。こんなことを真剣に考え続けるわけですから、必ず組織マネジメントに長けていくはずです。

― そういう意味で、HRの経験者が事業を引っ張る、もしくは事業リーダーがHRを経験するといったことが有効になってくるわけですね。

もしくは、トップマネジメントから厚い信頼を置かれた戦略的人事が、事業に積極的に関わっていく、ということもあるでしょう。

例えば、ベンチャー企業が上場した時、事業に直接関わってきた人にとっては、「天下を取った!」という絶頂期であって、これまでの成功体験を変えようとは思わないと思います。しかし、人という観点から事業運営を考えると、これまでのように社員にストックオプションを配ることができなくなりますから、モチベーションの持たせ方など大きなギアチェンジが求められる、重要なターニングポイントになるわけです。このギアチェンジを、正しいタイミング・方法で行わなければ、優秀な人材をどんどん周りの企業から引き抜かれ、気がついたら組織全体がモチベーションダウンして、社内には会社にぶら下がっているような社員ばかりが残っていた、となりかねません。そうなってから手を打っても、もう遅いんです。

恐らく、そうしたことをまったく考えたことがない事業のリーダーに、これを説明して納得して動いてもらおうと思ったら、粘りと時間が必要になるでしょう。そうした「コスト」を下げていくという意味でも、ビジネスと人事が分かるものが事業をリードすることは有効ですし、それが難しい場合には、戦略的人事に対してトップが全面的にサポートをするという状態が必要だと思いますね。

「強い人事」「小さい人事」を意図的に使い分け、人事に強い事業トップ/事業に強い人事を育てる

― 事業の経験の長い中島さんは、どのような意識で人事をマネジメントされたのですか?

私が人事のトップとして仕事をしている時に意識していたのは、強い人事なるのか、小さい人事になるのか、ということでした。どちらのスタンスでいくかを決めておかないと軸がぶれるからです。ちなみに、私が担当した3年間は、「強い人事」でいくと決めました。

― 具体的に、「強い」とは?

例えば、採用権。何人採用するか、誰を採用するのかはヒューマンリソース本部の責任者である私が判断しました。事業部が採用したいと言っても、私が面接してダメだと判断したら、採用しない。事業リーダーが事業計画上「10人欲しい」と言ったとしても、人事が「5人増でやるべき」と判断したら、5人しか配属しませんでしたし、事業部を超えた異動なども、人事の権限で行っていました。

― しかし、実際には事業から激しい反発が起きそうです。

そうですね。「強い人事」を実行するためには、人事が事業を理解していることが大前提です。もちろん、BSもPLも読める。そういう人が人事に関することを決定していけば、事業サイドも従わざるをえません。つまり、相手を納得させられるだけのパワーの源があるか否か。例えば、これまで採用業務しかやってこなかった人事担当者が、「10人はだめです。5人です」と浅い根拠で主張したとしても、「それで本当に事業が成功できると思っているのか!」と強く出られてしまったら、すごすごと引き下がるしかないでしょう。それに対して、「今、業界の構造はこうなっている。一人当たりの生産性を上げていかないと競争には勝てない。実際の競合のA社は、ウチよりも少ない人数で同じ売り上げを上げている。」という話ができれば、事業サイドは納得せざるをえません。

一方「小さい人事」は、「採用や評価、育成、組織マネジメントは、本来事業リーダーの仕事ですから、事業サイドにお返しします」というスタンスを取る、ということです。人事は、その際に困ったことなどあればサポートしますよ、という位置づけです。

これはどちらがいい悪いではなく、現状ではどちらを選択するのが合理的かを考えればよいでしょう。ただ、あまりにも長い期間「強い人事」だけで押していってしまうと、事業サイドで人材や組織のマネジメントを行う力が削がれていってしまいます。ですから、「強い人事」と「小さい人事」を、寄せては引いていく波のように、戦略的にスイッチするというのもいいのではないかと考えています。「これからの5年は『強い人事』で押していって、次の5年は、『強い人事』にいたメンバーが事業部に散って、人材や組織の視点を持ちながら事業を運営していく。これを繰り返すことで、人事に強い事業リーダー、経営層や事業トップが絶対的信頼をおける人事がそれぞれ育っていく、というシナリオはあるのではないでしょうか。この入替のスピード感は、業界によって長短があると思います。ただ、重要なことは、明確にギアを切り替えることでしょう。中途半端なスタンスにはしない、ということが極めて大事だと思います。

― 本日は新しい事業の話、そして事業と人事の関係について、いろいろなヒントをいただきました。どうもありがとうございました。


取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)

(2016年5月)

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