HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー

第1回 人事を考えるなら、「経済」、「経営」、「人事」という、三層構造で考えるべきだろうと思います。

第1回 人事を考えるなら、「経済」、「経営」、「人事」という、三層構造で考えるべきだろうと思います。

日本総合研究所 調査部 マクロ経済研究センター所長 山田 久 氏

今回は、昨今「労働エコノミスト」という新しい立場から、日本の労働市場に対して興味深い発言をされている日本総合研究所の山田久さんに、これからの人事が何をどう考えていくべきなのか、お話を伺いました。


山田 久 氏  プロフィール

1963年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒業後、87年に住友銀行(現三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、93年から日本総合研究所へ。2003年に調査部経済研究センター所長。同3月、法政大学大学院修士課程修了。05年から現職。著書に『賃金デフレ』(ちくま新書)、『図解 日本総研大予測』(共著、徳間書店)など。2009年5月に新刊『雇用再生―戦後最悪の危機からどう脱出するか』 が日本経済新聞出版社から発売された。

「経済」「経営」「人事」の三層構造の文脈で、人事を捉える

― これからの人事のあり方について、どのようにお考えになりますか? ―

まず、人事を考えるなら、「経済」、「経営」、「人事」という、三層構造で考えるべきだろうと思います。

「経営」は、経営者の判断でポジションなどを選べますから、ある程度経済から独立しているもの、として考える傾向があるし、ある程度それは正しい。しかし、やはり経済環境が大きく変われば必ず影響を受ける。経済と経営はそういう関係にあるのだと思います。

「人事」も、基本的に「経営」の指示のもとに動くわけですが、同時に、経済環境の影響から自由ではいられません。しかし、多くの人事が、自分の会社の経営、特に財務的な立場からの要請対しては、絶対的なものとして捉えてしまう傾向があるんじゃないかと感じています。

これからの人事は、自社の経営という視点からだけではなく、経済環境にもしっかりと目を向けて、その中で人事としてどうあるべきなのか、を考えていく必要があるだろうと思っています。

― 三層構造で考える、とは、具体的にはどういうことでしょか? ―

過去に日本の人事の分野で起きたことを、経済環境・経営という文脈で考えてみましょう。
何故、80年代までは「終身雇用」が日本の企業で成立していたか、といえば、日本経済が右肩上がりの成長をしていたからです。

そして、その成長を支えたのは、欧米型の技術を持ってきてそれにキャッチアップしていく、というシンプルな目標に向かっていくやり方です。これが、日本的な特徴、文化的な同一性の高い人たちが集まって、チームワークを重視して、すり合わせながら物事を進めていくのが得意、という特徴に合致しました。

それ支えたのが、「終身雇用・年功賃金」です。これは社員に対して企業側の長期的なコミットメントの表明です。社員は、将来の人生設計も含めて心配する必要がなく、会社の仕事に邁進できたわけです。

これを、最初に申し上げた三層構造で考えれば、経済環境はキャッチアップ型経済、社会的には人口構成が若い、その環境に対する経営戦略として社員に対する長期的なコミットメントが選択され、「終身雇用・年功賃金」という人事制度になっていったということです。

ただ、80年代に入ると、もはや、日本の経済は、キャッチアップ型ではなくなりました。日本のやり方が最先端だという分野が多くなってきた。だから、経営戦略としても、日本独自のクリエイティブなものを作っていかなければならなくなったわけです。

この頃から、同じことをチームワークで繰り返し頑張ればいいという発想から、個人のアイディアとかイノベーティブなものを活かそうという話が本格化してきました。また、女性の社会進出も本格的になってきて、社員が「みんなが同じ」という状況が崩れてきたのです。

短絡的な判断の積み重ねが混乱を招く

― そこにバブル崩壊がやってきた、ということになりますね。 ―

こうした変化の上に、バブルが崩壊して、もう古い産業構造はだめだ、もっと雇用を流動化して、イノベーティブな価値を提供していかなきゃいけないという議論が起こったわけです。

それで何が起こったか、と言えば、かなり短絡的に、「やっぱりアメリカ的なものがいい」という方向に大きく流れていきました。これからますます競争が激しくなるから、イノベーティブなものがいる、だから労働市場をもっと流動化しなきゃ駄目だという議論に、ポーンと飛んでいてしまった。

しかも、社員の年齢が上がってきて、年功賃金を続けていると、どんどんコストが膨らんでいくわけです。ここで、人事の世界に財務の視点が入ってきました。

このままでは財務的に問題が大きい。「日本的経営」は行き詰ってしまったんだから、このままじゃだめだ。何かアメリカはうまくやっているようだ。それなら、アメリカ発の戦略論を一気に持ってくればいいと、かなりに機械的に進めてしまったのです。

今振り返れば、日本的経営がすべて悪かったわけではなくて、実は、変化した経済環境・社会環境に対して、日本的な特徴を生かした解決方法があったと思うのですが、多くの企業がそれをしなったということです。「もう変えるしかないんだ」と。一部、トヨタとかキヤノンなど、日本的な良さを残したことで業績を伸ばした企業もあったのですが、大半がそうはしなかった。

―その文脈で成果主義の導入を捉えると、失敗の本質が理解できます。 ―

そうですね。安易なアメリカ方式へのシフトの流れと、財務的動機に基づいた機械的で性急な導入が、成果主義を「賃金制度改革」という形に矮小化してしまったため、多くの企業で混乱が起きたということです。

そうこうしているうちに、景気が上向いてきました。ここで、「どうして景気が良くなったんだろう」と考えたわけです。中でも、日本のトヨタが非常に好調だ、なぜだ、と。

今振り返えれば、これは円安と、アメリカ経済の不動産バブルが大きく影響していたことがわかります。経済が好調だから、アメリカはどんどん輸入をしてくれる。新興国もアメリカへの輸出が増えるから、消費力が上がって、彼らもまたどんどん日本から輸入してくれる。そのうえに、円安ですから、輸出産業は多くの利益を手にすることができました。その最たるものが、トヨタだったわけです。

しかしここで、短絡的に、トヨタが好調なのは、日本的やり方を愚直にやり続けたからだ、ということがコンセンサスのようになってしまいました。「これからは、もう一度日本的経営だ!」と。そこで、みんなトヨタに倣おう、トヨタと取引をしていこう、という流れができました。事業も人事も、トヨタ依存です。

― トヨタが好調だった理由は「日本的経営」には起因しない? ―

ここは議論のあるところだとは思いますが、この不況直前までトヨタがうまくいっていたのは、トヨタ的なやり方が普遍的だったからということではなくて、好調な経済環境の下で、自らをうまくポジショニングできたからだと思います。少なくともそういう視点をもって、冷静に判断していかなくては、また「どこかでうまくいっている」考え方や手法を、機械的に取り入れるという失敗を繰り返してしまうのではないかと思います。

このように不透明な今だからこそ、答えを安易に外に求めたり、「古き良き日本的経営」を回顧するのではなく、本当の意味での日本の特徴を、経営や人事に活かすためにはどうするべきなのか、真剣に考える必要があるのではないでしょうか?

グローバル化と日本の特徴を生かすことは矛盾しない

― 山田さんが考える「日本の特徴」とはどんなものでしょうか? ―

日本の特徴のひとつとして、長期的な視点に立てるというのがあると思います。この国は、他の国々比べたら同質性が高く、まだまだ「何となく感覚でわかる」といったコミニュケーションが成立します。異質なもの多いと信用するハードルが高くなりますが、同質性は信用を前提とした環境を短時間で作り上げることができる、こんなあたりも日本の特徴と言えるでしょう。

もちろん、今後グローバル化の流れが止まることはないでしょうから、そうした特徴に甘んじでいるわけにはいかないでしょうし、その特徴自体も当然変化していくでしょう。しかし、やはり、まずはそうした特徴を前提に、これからの経営や人事のあり方を考えていく必要があると思います。

― 日本の特徴を生かしながらのグローバル化、ということでしょうか? ―

グルーバル化というと、海外に視点を向けることというイメージがあるかもしれませんが、実はグルーバル化すればするほど、国内のことを考える重要性が増すと考えています。

たとえば、多くのアメリカ企業は、かなりグルーバル化していますが、それでも本拠地であるアメリカを大事にしています。それは、一流の人材は自分のホームグラウンドで一番採りやすいからなのです。

中国でも、人気企業ランキングにアメリカ企業は入ってはきますが、やっぱり上位には中国企業がずらっと並んでいます。一流の人材を確保しようと思ったら、やはり自国に勝る場所はないということです。

日本企業も、世界に出て戦っていこうと思ったら、日本の市場とか日本の人材を大切にしないと、絶対戦い抜いていけないと思います。

こういった視点で見ると、人事も自分の企業だけを見て、財務的な視点から経営に指示されることだけを無批判にこなしていていいのか、と思いますね。人事もマクロな経済環境をみて仕事をするべきでしょう。

例えば、今、目の前の問題を解決するために行っていることが、日本の人材の劣化を招いていないか、といった視点です。

もちろん企業は生き残っていかなれければならないから、解雇もできない、不利益変更の難しい正社員は増やさないで、非正規労働者を使う。しかし、そういう人たちには、高度な知識や技術が身につけにくいですから、そういう層が増えていくということは、労働市場全体の質がどんどん劣化していくということです。

ミクロはいいけれど、マクロがどんどん悪くなっていく。経済学でいうところの、合成の誤謬ですね。
これからグルーバル化が進めば、そこで勝ち残っていくためにますます優秀な人材が必要になってきますが、こんな状態が続けば、最大のリソースである国内の労働市場に質の高い人材がいない、という状況になっていきますよ。

だから、人事も、マクロ経済の動向を見て、日本の労働市場の質といったことまで考えるべきだ、というのは、「社会のため」といった綺麗ごとではなくて、中長期的にみたら経営的にも合理的なことなのです。

「終身雇用・年功賃金」だけが、昔の日本の強さだったのか

― 非正規労働者の話がでてきましたが、人事は非正規労働者の問題をどう考えたらいいのでしょうか? ―

非正規労働者の話について考えるにあたって、日本の「終身雇用・年功賃金」について少し考えてみたいと思います。

実は、われわれは「終身雇用・年功賃金」という言葉に騙されているのでは?と思っています。「日本の企業は、ずっと『終身雇用・年功賃金』を採用してきた」というのは、一部しか語っていない、と。
実は、80年代以前の高度成長期でも、「終身雇用・年功賃金」が適用されていたのは、労働者の2割にも満たなかったと思います。

そもそも、「終身雇用」という考え方は、戦後GHQが、雇用の理想形として、安定した直接雇用という考え方を導入した結果であって、それ以前の日本には直接雇用ではない雇用形態が多く、従って「終身雇用・年功賃金」という考え方がメインストリームではありませんでした。

それが戦後、外から注入される形で入ってきて、キャッチアップ型経済、同質社会という環境の下で、あるべき姿、規範として定着していった。しかし、実態は、そのシステムに乗っていたのは、男性・ホワイトカラーとブルーカラーの一部の人たちです。それが全体の2割くらいでしょう。女性が、このシステムに入ってくるようになったのは、ほんとうにごく最近の話で、今でもまだまだ完全に実現しているとは言えません。また、請負など非正規雇用はずっと存在し続けて、日本の経済を支えてきたわけです。

そのことに目を向けないで、「日本的経営の強さの源泉は『終身雇用・年功賃金』にあった」と言ってしまったら、物事の半分しか語っていないことになります。80年代以前も、女性の賃金格差を利用して人件費を調整したり、親会社と子会社の賃金格差を利用して人件費の抑制を行ったり、間接雇用を使って固定費率を下げたりしてきたわけです。この両面があったことが、日本企業の強みだったことを率直に認識する必要があります。ただし、今と異なるのは、右肩上がりで成長している経済力が、結果的に賃金格差の下層部に位置する人たちのセーフティーネットの役割を果たしていたという点です。

しかし、バブル経済がはじけて、企業は「終身雇用・年功賃金」を手放します。そこで企業に直接雇用として残った従業員の労働のルールを柔軟なものに見直していくという動きは遅々として進まなかった一方で、非正規労働、とりわけ派遣労働者に関しては、規制緩和が進み、低コストかつ雇用調整が容易な労働力として多くの非正規雇用が新たに生み出され、企業はそれを積極的に活用するようになりました。

こうして新たに増えた非正規雇用に対して、セーフティーネットの整備の問題は放置されてしまいました。一度非正規労働者になってしまうと、なかなか正規労働には戻れず、その格差はますます広がるばかり、というのが現状です。非正規雇用が長く続くと、家庭を持つのも難しい。こういう状態では、日本の労働人材の質はどんどん劣化していく危険性をはらんでいます。

単に、今目の前にある非正規雇用の是非をコストという側面からだけ問うだけではなく、歴史的視点、マクロの視点でも理解していく必要があるのではないでしょうか?

― 最後に、これからの人事を担う人に何かメッセージがあればお願いします ―

これまでお話してきた経済・社会環境や、日本の特徴を考えると、やはり、企業は、ある程度長期的に、会社で働く人が本気で企業のためにやろうと思える土壌を作っていくべきじゃないかと思っています。

企業が「ともかく成果を出してくれ」と言っているだけで、長期的なコミットメントをまったく提示しなかったら、人はその企業のために本気にはなれないですよね。もちろん、これは、正規社員だけ、ということではなく、企業で非正規社員も含めた、企業で働く人全体に対してです。

また、将来的には、Job Cardのようなものを導入して、職種毎に資格を整備し、社会全体としての横の公平性、というものを図っていく必要があるじゃないかと考えています。イギリスには、NVG(職業能力評価制度)という制度がありますが、それに近いものです。

この話をすると理想的にすぎる、と言われますし、1企業の1人事部門だけでできることではありませんが、少しづつでもそういったことに真剣に取り組む時期にきているのではないかと思っています。
そのためにも、人事に携わる人は、自社の経営だけに目を向けるのではなくて、外にももっと目を向けていってほしいと思います。

― 本日はどうもありがとうございました。 ―

インタビューを終えて


山田久さんは、若手労働エコノミストと呼ばれ始めた頃から私は毎年の春闘直前のセミナーで
その時々の話を最前列に座り聞いたものです。いつの頃だったか守島基博さん(一橋大学大学院商学研究科 教授)から紹介して頂いた山田さんは、私が幹事をしている各人事研究会のゲスト講師として幾度も登壇して頂き、お世話になりっぱなしです。
 本人は、雇用不安が高まってくるとテレビのニュースやNHKの視点・論点、または経済新聞誌面で
登場するまでとなり、今では、我が国の労働エコノミスト第一人者と言っても過言ではないでしょう。
大島由起子さんからこのメルマガシリーズの話を頂いた時、まずはマクロ的な内容からスタートしようという私の企画が通り、山田さんの取材が実現しました。
 人事は「経済」、「経営」、「人事」という、三層構造で考えるべきと教える山田さんの考えは、私もまったくその通りだと思い、講演でも引用させて頂いています。(インタビュー: 楠田 祐)

統計学に非常に強いと評判のエコノミストである山田氏。労働市場の過去・現在、そして未来への展望を、構造的に、冷静に読み解いていく話は、非常に興味深いものでした。最近、テレビをはじめ、各所で引っ張りだこになっている理由がよくわかります。「100年に一度」という言葉に浮足立って踊らされるのではなく、これを「きっかけ」と考えて、本質を見逃さないように、現場を大事にしながらも、大局に立った視点も持っていきたいと思いました。(研究室・管理人/インタビュー・執筆: 大島由起子)

(2009年8月公開)

※ 次回は、一橋大学 守島基博教授 のインタビューです。

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