HR Fundamentals : 人材組織研究室インタビュー
第19回 コンセプチュアルに素晴らしくても現場が動かなければ意味がない。オリジナリティを持つことが重要
日本スペンサースチュアート株式会社 原 譲二 氏
海外企業のM&A、現地法人の立ち上げ・運営、グローバル人材の確保。日本企業の人事部は様々な局面に立ち向かっていくことを求められています。今回はエクゼクティブサーチの草分け的存在である日本スペンサースチュアート株式会社の原譲二会長に、日本企業が人材という観点から海外と向き合う際のポイントを、いくつかの角度からうかがいました。
原 譲二 氏 プロフィール
日本貿易振興会(JETRO)で国際貿易及び投資振興事業等に携わり、うち3年あまりを米国駐在員としてシカゴ市赴任。1985年−1987年、米国ミシガン州政府駐日代表として出向。
1987年にスペンサースチュアートヘ参画以来、消費財及びハイテク産業等、グローバルなリクルーティング サーチに携わる。また、1991年から約3年間、サンマイクロシステムズにおいてインターナショナル オペレーション グループの人事マネージャーを務める。テクノロジー、エンターテインメント、コミュニケーション産業等、多数のエグゼクティブ サーチを担当。2001年にはSpencer Stuart のGlobal Board Memberに選出された。
海外に出て行く企業には人材的なハンディキャップがある
本日は、エクゼクティブサーチの草分け的存在である日本スペンサースチュアート株式会社の原譲二会長に、日本企業が人材という観点から海外と向き合う際のポイントを、いくつかの角度からうかがいたいと思います。
― まず初めに、原さんがエクゼクティブサーチの世界に入られた経緯を教えていただけますか?
私
はもともと日本貿易振興会(JETRO)に勤務しており、1982年〜85年にかけてシカゴに駐在しました。そのとき、スペンサースチュアート社から連絡
が入ったのが最初の出会いです。話を聞いてみると、立命館大学に留学経験があってシカゴ大学のMBAを取った学生を雇って、日本に派遣したいと。ついては
日本への外資系企業の進出の状況を知りたい。半分公共機関のJETROならそういった情報を集められるのではないか、という問い合わせでした。どんな会社
かと聞くと、ヘッドハンティングの会社だという。その時はヘッドハンティングという言葉も知りませんでした。アメリカにはそういうビジネスがあるんだ、と
感心した記憶があります。
その後、JETROから駐日代表としてミシガン州政府に出向し、ミシガン州への日本企業の誘致に携わっていまし
た。その頃スペンサースチュアート社は既に日本に進出していたのですが、日本人社長が退任して日本人コンサルタントがいなくなり、急きょ人材が必要となっ
たのです。そこで昔付き合いのあった私に声がかかった、というのが入社のきっかけです。1987年のことです。
― JETROから、日本ではまだまだ馴染みのなかったヘッドハンティング会社に転職するというのは大きな決断だったように思いますが。
アメリカに日本企業を誘致するなかで、海外に出ていく企業には人材的にハンディキャップがあることは感じていましたので、そういった面をサポート
するという仕事には確かに価値があるな、と思いました。また、尊敬する先輩に相談をしたところ、「これからは、官尊民卑ではなく、民尊官卑の時代になる
よ」と、「会社を調べたら、とてもリスペクタブルな会社みたいだし、何でも面白がってやっていく君には合っているんじゃない」と言われて、思い切って転職
をすることにしました。ただ、ヘッドハンティング・エクゼクティブサ―チという仕事はまだまだ市民権を得ていませんでしたし、1990年のバブル崩壊もあ
り、当初非常に苦しい時期が続きました。
― それからずっと、日本スペンサースチュアート社に?
いえ、実は一度退職しているのです。クライアントから引き抜かれる形で外資系の事業会社に転職しました。退職して3年経った頃、もう一度、日本スペンサー
スチュアート社から声がかかります。日本でのビジネスがうまくいかず、本社から「日本はいつ黒字転換するんだ!?」という声が大きくなっていると。本来、
本社のパートナーに入るはずの配当金がみんな日本につぎ込まれるわけですから、非常に風当たりがきつい。孤立してしまった日本支社を、立て直してくれる人
が必要だということで、私に白羽の矢が立ったというわけです。私は会社が嫌で辞めたわけではありませんでしたから、そこまで言ってくれるならと戻ることに
しました。それからは、ずっとこちらで働いています。97年に代表になり、3年前に会長職について、現在に至ります。
デューデリデンスの段階から人材の状況を把握 レベレッジを最大限に
― さて、原さんは、国境を越えたM&Aに関わる仕事も多いと伺っています。アメリカでのM&Aをご覧になっていて、日本企業に参考になることはありますか?
アメリカにはM&Aの経験が豊富な企業やコンサルティングファームが多く、ノウハウを持っているな、と思います。カネやモノのデューデリ
ジェンスと同じくらい、ヒト、人材資源のデューデリジェンスにも力を入れています。今度買収する企業にどんな人材がいるのか、活躍が期待できる人材は誰
で、期待できないのは誰かということを事前に調査をして、買収時にはある程度の全体像を把握するように努めています。
そうしておかないと、レベレッジを期待して買収したのに、組織が機能するのに膨大なエネルギーを要してしまって、結局買収した目的を達成できなくなってしまうことを経験的に知っているからです。
ア
メリカの企業がM&Aをした場合、買収条件の中に「人事に手をつけない」という項目がなければ、必ず人や組織を変えていきます。ですから、デュー
デリジェンスの段階から、我々のようなヘッドハンティング会社に依頼して、新しい組織で必要となる人材を探し始める企業もあります。同時に、優秀な人材が
辞めてしまわないようなリテンションプログラムもきっちりと準備します。
また、大きな組織改革が伴うケースでは、ビジネス・トランス
フォーメーションのプロを雇い、買収された企業の業務の流れを分析させて、ポストマージャーの組織案を作成させることもあります。これはプロの知見を活用
するというだけではなく、社内の人間ではなかなか手をつけにくいエリアにも踏み込んでいくというメリットがあるからです。その後は、社内にタスクチームを
作り、現場主導で執行させていきます。
― 買収前の準備、プロフェッショナルの有効活用がキーワードになりますね。
では次に、日本企業が海外の優秀な人材を確保していくためのポイントについてうかがいたいと思います。
例えばアメリカ人の場合、企業という抽象的なものにロイヤリティを捧げるという考え方はあまりありません。それより、自分の持っている能力に対して対価を得る契約を結ぶという意識が強い。また、企業のフィロソフィーと共感できるかという点も重視する傾向が強いと思います。
少
し前までは、いわゆる「ベスト アンド
ブライテスト」と言われる非常に優秀な人材は、ウォールストリートに行くというのが一般的だったのですが、リーマンショック後は、一般企業に入ってくるよ
うになったと言われています。そして、彼らの中で今人気が高いのがNPOなのだそうです。ジョブオファーをすると、「入社してもいいが、3年勤めたら半年
から1年のサバティカル休暇がほしい。その期間アフリカに行って、ボランティアをしたい」という優秀な若者が増えていると聞きます。
この
文脈で考えると、日本企業にもチャンスがあるのではないでしょうか。確固たるフィロソフィーがあって、社会貢献度が高く、国境を越えてジョブオポチュニ
ティがあるということが伝えられれば、企業の本拠地が日本か否かということは問題にならないでしょう。震災直後の日本人の行動が世界で評価されたように、
世界に通用する日本の良さがあるわけですから、そのことをアピールする。そのことによって優秀な頭脳を集めていくということも可能だと思います。
ま
た、日本の大学の入学時期が4月のみというのがネックになっていますね。海外の優秀な人材はどんどんアメリカの大学に行ってしまう。今、シリコンバレーの
エンジニアの2割くらいはインド系・チャイニーズ系だと言われています。若い頭脳がアメリカで教育を受けて、アメリカの良さを実感して、本国に帰ってビジ
ネスリーダーになっていくわけです。一企業がすぐにどうにかできる問題ではありませんが、これから早急に改革していかなければならないところだと思いま
す。
現地法人の組織運営プランを明確に 国境を超えたキャリアプランを用意
― 海外に進出する日本企業に対してエクゼクティブサーチのサービスもされていると伺っています。日本企業が海外に進出して、現地法人を成長させていくにはどんな点に気をつける必要がありますか?
海外に進出した際には、組織運営のプランをきちっと作った方がいいですね。最初の10年間トップは日本人でいくが、ナンバー2は必ずローカル採用
者にする、10年目以降にローカル採用者からトップを出せるように人材を育成していく、といったことです。そして、それをきちっと伝えていくことが大切で
しょう。そして、信賞必罰、いい働きをした人はインセンティブボーナスやプロモーションなどできちんと報われるということを明確に示していくことも大事で
す。
それから、現地で本当に優秀な人材を採用していきたいと思ったら、現地法人のトップになったあとのキャリアパスも作っていく必要があ
ります。成果を上げれば本社の要職に着けたり、自国よりも大きなオペレーションの国で指揮を取れたりするといったインセンティブがなければ、優秀な人は魅
力を感じません。成功しているグローバル企業は、皆こうしたパスを持っています。
また、現地にしっかりと根づいていこうと思ったら、現地の主要大学との関係を作り、現地の優秀な人材が採用できるパイプを太くしていくことも重要です。
成功している企業は、そうして採用した人材を本社に送って、トレーニングをしています。ただ、日本本社に海外からの人材を受け入れるときには、注意が必要です。
私
がJETROにいた頃のことですが、旧文部省主導でアジアの優秀な学生を留学生として迎え入れていました。しかし、彼らが留学期間を終えて本国に帰るとき
には、皆反日になっていると言われていた時期があります。我々の税金で2年間東京大学に通った学生が、日本を嫌いになって戻っていくんですよ。こうした失
敗を繰り返してはいけない。そのためには、受け入れる側の教育が重要だということに、自覚的である必要があるでしょう。
― 人事もグローバル化をしなければならないというプレッシャーを感じている人は多いと思います。その点について何かアドバイスはありますか?
一
般的な正解を安易に求めてしまわないことが重要だと思います。有名なコンサルティングファームにまるまる企画案作成を頼んでしまって、実際に稼働させよう
と思うとうまくいかないケースが多いのです。ある日本の大手企業の経営企画の方が、コンサルティングの在り方についておっしゃっていたのですが、「突然
フェラーリのようにすばらしい車を用意してもらって、今まで国産の小型車にしか乗ったことがない人に『今すぐ運転してみろ』と言っても無理ですよね」と。
どんなにコンセプチュアルに素晴らしくても、現場で動かせなければ意味がないですから、やはり自分たちで考えるということを放棄してはいけないと思いま
す。効果的・効率的に考えていくために、経験やノウハウがあるコンサルティングを活用するというスタンスですね。他社の成功事例から学ぶことも大事です
が、やはり自社にとって大事なことを明確にして、オリジナリティを持つことが重要ではないでしょうか。
― 最後になってしまいましたが、ヘッドハンティング・エグゼクティブサーチを活用する意義について教えていただけますか?
アメリカでスペンサースチュアート社が経営コンサルティングファームからスピンアウトしてエクゼクティブサーチのビジネスを始めたのが1956年。アメリ
カのビジネスがどんどん海外に進出していた時期です。それまで、経営コンサルティングファームとしてビジネスプランや組織案は描いていましたが、クライア
ントとしては、それを実行していく人材がいかなければ事業は進まない。新聞広告での募集だけでは全然間に合わないし、応募があったとしてもちゃんと評価す
る手段もない。そこで、人材探しも手伝ってほしいという要望から、このビジネスがスタートしました。
特にエグゼクティブレベルの人材の採
用になると、会社としても頻繁に行うものではありません。50数年前のクライアントが言ったように、正しい評価手段を持っていない企業が少なくありませ
ん。しかし失敗は許されない。我々はアメリカでは50数年、日本では25年の経験を持っていますから、いろいろな事例を見てきていますし、様々なノウハ
ウ・人脈を持っています。これを活用しない手はありません。特にグローバル化を担っていくリーダーを採用していく際には、我々が役立てることが多いと思っ
ています。
― 現在、日本企業がグローバル化をしていくにあたって、エクゼクティブサーチの役割は大きくなっていきますね。本日はどうもありがとうございました。
取材・文 大島由起子(当研究室管理人) /取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所)
(2011年11月)