- 戦略的人事にITを活かす - 人材・組織システム研究室
1946年、東京生まれ。71年、東京工業大学理工学部経営工学科卒業。73年、同大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了、同年、神奈川大学工学部助手。80年、東京学芸大学教育学部講師、82年同大学助教授。現在、学習院大学経済学部経営学科教授。 <主な著書>『能力開発と自己啓発』(日本労働研究機構)、『研究開発マネジメント入門』(日本経済新聞社)、『人事管理入門』(日本経済新聞社)、『勝ちぬく賃金改革』(日本経済新聞社)、『資格の経済学』(共著、中公新書)、『個と組織の成果主義』(編著、中央経済社)など。
最近、「大学はもっと学生を教育してもらわなくては困る」とか、「大学生はもっと勉強をするべきだ」といった企業の方々からの声を耳にします。しかし、一方で、企業サイドが、「学生にはこういう勉強をしてきてほしい」、という明確なメッセージを発しているのは聞いたことがありません。
確かに、「問題解決能力がある人が欲しい」などとは言われるけれど、これだけを聞いた多くの学生は、具体的に何をしたらいいかわからないですよ。
アメリカのように完全に職種別採用であれば、経理部門に就職したい学生は経理関連の勉強を一生懸命やるでしょうし、マーケティング分野にいきたい学生ならマーケティングの勉強をする。
しかし、今の日本の学生にとっての就職は、職種に就くことではなく、会社に入社するということです。企業側も、具体的なスペックを持った学生を採用したいということではなく、「いい人材」を採りたいと言うわけですよね。これでは、学生が、大学での勉強を社会に出るための学びとして位置付けて、一生懸命勉強しようとは思わないのは、当然だと思いますね。
そうです。現在、日本の大学の進学率は50%を超えています。大学進学率が10%程度だった頃のように、一部の優秀な人材のためのエリート教育だけを大学の教育と考えていればいい、という時代はもはや、終わったのだという自覚が必要なのです。これからの大学は、ある種の職業訓練的な役割を果たすべきでしょう。
そのときに重要なのは、何が有効な「職業訓練」「知識」なのか、ということになります。それは、大学が勝手に決められるものではなくて、彼らを活用していく企業の意見やコミットメントが必要になるのです。
もちろん、総合職には、先ほど言ったような「問題解決能力」や「企画力」といったことは必要だと思います。でも、ビジネス界で活躍していくために必要最低限の知識というのはあるはずです。これがあれば採用が決まるというものではないけれど、必要条件というか、第一関門としての知識。こういったものが明確にリストアップしてあれば、今の学生たちは本当によく勉強すると思いますよ。
これからは国際化を避けて通れないからTOEICなどの英語検定の点数で足きりをするとか、会社の数字の流れの基本を知っておいてほしいから簿記3級が必須とか、会社に入る前にP/LとB/Sは理解してほしいとかね。ビジネス界で生きていくために必要なことで、大学生が学生時代に勉強できることがあるはずなのです。それを企業がもっともっと発信してほしい。
今の学生、特に文系の学生を見ていると、面接をいかに上手に乗り切るかということばかりを考えていますからね。そして、そのことで学生だけを責めても仕方ない。だって、暗に企業がそれでいいといっているわけですから。
大学生をどうやって社会人として育てていくのか、企業と大学が連携して考えていく時期にきているのではないかと思いますね。企業の人事の方には、そういった意識を持って情報を発信していただきたいと思います。
理系の学生は、総じて勉強していますよね。理系の就職は、ある程度職種別採用が浸透していますから、文系の学生のように、何を勉強するべきなのかわからない、ということはないでしょう。
理系の問題は、学生の理工系離れです。
企業が、「技術者が足りない」というでしょう? それを聞くと、それは皆さんの責任でしょうと、言うんです。まずは、理工系出身者の初任給を上げてごらんなさいと。それでも技術者が集まらなかったら、あなたの言葉を信用しますと。
そもそも、新入社員の初任給がどんな仕事に就くのであっても一律同じという国はほとんどありません。アメリカなどでは、出身学部によっても初任給は変わってきます。加えて、その時々の市場の影響も受けます。
でも、こうした話をすると、企業の人は「そもそも、学生全般が即戦力にはならないから、学部毎に差をつけることはできない」と言うわけです。
しかし、需給バランスを考えれば、技術者・エンジニアの供給はタイトになってきている。それに、日本は資源が豊富にあるわけではないのだから、技術で生きていくというのが戦略だとしたら、人事としては技術系でいい人を供給することが肝要になるはずです。
「学部生は会社で教育しないと使えないから、初任給では差をつけないのが妥当」と言われてきた歴史はあるでしょうが、ここで発想の転換をする必要があるんじゃないでしょうか。マーケットにいい人材が出てくる仕掛けを考えるのです。
我々が学生だった頃は、世間に「理系ブーム」みたいなものがありました。
これは、高度成長期、製造業をどんどん伸ばしていくために大量のエンジニアが必要ということで、文部省(当時)が理工系の定員を大幅に増やした時期と重なっています。そこで、「優秀な子は理系に行くものだ」といった文化が作られていった。私などはそれに乗せられてしまった一人ですが(笑)。これが、日本の製造業の成長を支えたという側面があったと思います。
その当時も、理系と文系の給与の差はなかったけれど、社会の雰囲気や風潮が、うまく優秀な人材を理工系学部に送り込み、彼らが企業の戦力となっていったわけです。しかし今は、そうした雰囲気だけでは若者は動かないですよね。
理工系の学部は文科系の学部より1.5倍から2倍は学費がかかるし、大学に入ってからの勉強も、実験や実習で大変。でも、卒業して入社してみたら、学生時代に横で遊んでいた文系の学生と待遇が同じで、しかも会社に入ってからの出世も、彼らの方早いようだ、と気づく。ある大手メーカーの取締役など、ほとんどが文系出身ですから。
こうなったら、よほど理工系の勉強が好きだという人しか、理工系の学部に入学しようとは思わなくなってきますよね。投資効果が悪すぎます。
職種別や、学部別に初任給を変えていくというのは難しいかもしれないけれど、技術者不足を嘆くのであれば、少なくとも理工系の新入社員の初任給を上げるといった思い切った施策を考えてもいいのではないかと思いますね。
現在、定年後の雇用延長対象者の人事制度をどうするかというテーマを考えています。今の多くの企業での人事制度がどうなっているかを調べていくと、「福祉的就労」という色合いが濃い。
少し乱暴な言い方になるのですが、企業側は、「とりあえず、働きたい人には働く場所を提供しましょう。その代り報酬はそれほど期待しないでください」と考えている。一方、雇用延長される側は、「雇用してくれて、ありがとう」という思いがあるから、はっきりとした要求などはしてこない。このような状態です。
企業の人事が、結局のところ、「安くて使える労働力」あるいは「活用する気のない労働力」として雇用延長した高齢者を考えているというのが現状なのです。
ただ、雇用延長後の彼らの給与は、現役時代と比較して大幅に減っていますよね。こうした状況が5年以上続いたときに、果たしていつまでも「雇用してくれて、ありがとう」という感覚を持ち続けていられるのか、疑問です。「俺、これだけの仕事をしているのに、これだけしか給与が貰えないのはおかしい」と思い始めるのが自然でしょう。
現役と同様、人によってはもっと仕事をしているのに、もらっている給与が大幅に低い、しかも将来的に上がっていくことがない、となれば、普通モチベーションが上がるわけがないですよね。
だんだん、「こんな給料ということは、戦力として期待されていないということだから、適当にやろうか」と思う人が増えていく可能性が非常に高い。そして今後、雇用延長の対象者がどんどん増えていくわけです。いつまでも「福祉的就労」という感覚で運用をしていて問題はないのか、企業の人事は真剣に考える必要があると思っています。
そうですよ。ただし、パフォーマンスが落ちたらアウト。与えられた職務への期待値に応えられなかったら解雇できますから、敢えて定年を決める必要はないんです。もちろん、企業側がその人の客観的なパフォーマンスを示すことは必要ですがね。
それに加えて、「ここでやめると企業年金が最高になる」というピークを持たせていますから、そのバランスのなかで、日本のような問題が起きていない、ということでしょう。
日本では、55歳あたりに賃金カーブの頂点を持ってきて、そこから緩やかに賃金カーブを下げていき、定年・雇用延長を迎えるという方法をとっている会社もあります。しかし、現役時代と雇用延長後の報酬の連結点をソフトランディングさせたとしても、結局はモチベーションの維持という問題に突き当たることには変わりがないと思います。
ただ、年金支給開始年齢は上がっていく、少子化が進んで労働力が減少していく、という状況の中で、「福祉的就労」を超えた、具体的な対応を始めている日本の企業は現れています。
まだまた一般的ではないと思いますが、定年前の本体の賃金体系には影響を与えず、雇用延長後の賃金体系をまったく別のものとして、「仕事成果別」の賃金体系を作っています。
「福祉的就労」から脱却して、「頑張っている人にはその分多く報酬を支払う」という仕組みを、雇用延長の世界の中で作っていく、ということです。
本人たちのキャリアは既に確立されていますし、年功序列がもはや馴染む世界ではないので、本体ではなかなか実現しにくい「職務給」「役割給」的な要素をダイナミックに取り入れていくことができます。
ただ、これでも現役時代との報酬のギャップの解消にはなりませんが、少なくとも雇用延長の後でも、「頑張れば報われる」という保証があることが、雇用延長の高齢者のモチベーションの維持になりますし、結果として企業への貢献も期待できるはずです。
大卒の初任給は同一であるのが普通とか、再雇用の人は働く場を提供すればそれで十分といった、「なんとなく当たり前」と思っていることを、疑ってみることは大事でしょうね。
例えば、昔のメーカーでは養成工育成という制度があって、中学を卒業した人を3年くらい企業が教育を施してから現場に送り込んでいました。そういう人たちは、基本的に会社に対する忠誠心が高くて、ほとんど転職などしなかったはず、と考えられていました。
しかし、私が指導している大学院生が昔の資料を丁寧に紐解いてみたら、なんと半分くらいの養成工は転職していたんですよ。特に都心に近い会社の養成工の人たちは顕著でした。
以前から、高度成長期のメーカーでは転職する人が多かったというのはわかっていたのですが、会社に3年育ててもらった養成工たちも、どんどん転職していたわけです。
つまり、会社に入ったら一生勤め上げるのが日本企業の伝統だ、というのは、高度成長期後の大卒ホワイトカラーの男性だけの話。しかも、ここで言う「大卒」は、大学進学率が10%台等のときの人たちですから、大学進学率50%超の今の大卒と意味が異なるはずです。
また、雇用延長の問題でも、これからその人たちが労働力全体に占める割合や、その状態に置かれる長さは変化していく。そのカテゴリ内でも、多様性が生まれてきます。
今、当たり前、前提だと思っていることを疑ってみる。こういった視点で、人事というものを考えて、取り組んでいていただきたい、と思いますね。
取材・文: 大島由起子(研究室管理人)/取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所)
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