- 戦略的人事にITを活かす - 人材・組織システム研究室
早稲田大学大学院商学研究科准教授。ニッセイ・キャピタルのエグゼクティブ・アドバイザー。早稲田大学商学部卒。英国ケンブリッジ大学経営大学院MBA、英国ケント大学大学院国際関係論修士、英国シェフィールド大学大学院にて国際政治経済学修士。ボストンコンサルティンググループ(BCG)、マスターフーズ(M&M MARS社)のカルカン、ペディグリーチャムスナックのブランドマネジャー、GEヨーロッパにてプロダクト・マネジャー、ソフトバンクECホールディングス(当時)にて、新規事業のディレクターとして外資合弁の法人向けサービス企業の取締役副社長、内資合弁企業のジェネラル・マネジャー、ニッセイ・キャピタル株式会社のチーフベンチャーキャピタリストを歴任。 主な著書に、『日本のブルーオーシャン戦略』(ファーストプレス)、『図解わかる!MBA』(PHP研究所)、『経営戦略12の方程式』(総合法令)、『マーケティングの実践教科書』(日本能率協会マネジメント)など。
「オペレーションエクセレンス(頑張り)」と「戦略」を分けて考える必要がある
具体的なブルーオーシャン戦略の話に入る前に、「戦略」と「オペレーションエクセレンス」の違いについて説明させてください。
人事に関わる方が、「戦略とは何か」を理解することがとても重要になってきているからです。
これまで、一般的な日本企業が目指していたのは、「オペレーションエクセレンス」だったと言ってよいでしょう。
オペレーションエクセレンスとは、簡単にいえば、「現場のがんばり」ということ。多くの日本企業が、「頑張れば必ずいいものを作ることができる」、という価値観に基づいて活動してきた、ということです。
しかし、こうした価値観だけでは行き詰ってきているのは、皆さんも感じているところではないでしょうか。
それは、まず、周囲の国々が提供する商品やサービスの質が上がってきて差がつけにくくなってきたこと、そして日本人自身が「頑張る」ことに疲れてしまったこと、が挙げられると思います。これまで信じてきた価値観に支えられてきた仕組みが、制度疲労を起こしているのです。
では、戦略とは何か。一言で言えば「目的を達成するための資源配分の意思決定」です。
例えば、100点満点の商品を作るのに100のコストがかかるとします。しかし、80点でいいと考えれば、コストは50に下がる。つまり、最後の20点を諦めれば、コストが半分になる。更には、80点どころか、50点でもいいと割り切る。すると、コストが10で済む。50%の品質を10分の1で実現できる。
企業が利益を上げるために、こうした選択肢の中から何を選択し、どのように資源配分をしていくのか。これを決定していくことが、戦略なのです。
多くの日本企業が直面している問題は、100点満点の商品を作り続けることを前提と考えてしまっている点にあります。その中で、コストをいかに90にするか、80に近づけるかという努力を続けているわけです。
こんな話をよく耳にしませんか? コストを下げるために、まず中国に進出した、しばらくの間はそれでもよかったけれど、コストがかかるようになってきたので、次はインドネシア、タイに向かう、しかし、更にコストを下げるために、今度はベトナムだ・・・と。
これは、あくまでオペレーションエクセレンスの追求の範囲です。ここで行っているのは、バリューチェーンの最適配置、もっと端的にいえば、バリューチェーンをいかに安く設計するかということであって、戦略の選択ではありません。
昔のように、日本国内の市場の中で、日本企業とだけ競争していく、もしくはオペレーション力に差のある海外企業と競争しているのであれば、これでもまだ通用したかもしれません。しかし、海外企業が日本のオペレーションエクセレンスを研究し、その上で戦略を考えている状況下では、単純なオペレーションの頑張りだけでは、利益の拡大を望むことは難しく、それに関わる人たちが疲労するばかりでしょう。
繰り返しになりますが、戦略とは、利益を拡大していくためにどのように資源を配分していくかという意思決定。オペレーションエクセレンスは、決定された戦略の下で、その資源配分の中でいかにうまくやってゆくかということ。この点を理解してください。
その通りです。では、戦略とオペレーションエクセレンスの違いを理解していただいたところで、今度は「戦略」について整理しましょう。
戦略には大きく分けて、「競争戦略」と「非競争戦略」があります。
「競争戦略」とは、ある程度枠が決まった市場の中でいかに利益を上げていくのかを考えるということ。つまり、明確な競争相手がいる。マイケル・ポーターやフィリップ・コトラーといった人たちの理論はこちらの世界の話になります。
一方「非競争戦略」とは、新しく市場を創出して利益を上げるということ。ここには既存の競争相手はいません。この「非競争戦略」として、ブルーオーシャン戦略があります。
先ほど、「100/100、80/50、50/10」の戦略の選択の話をしましたが、これは「競争戦略」の中の話です。ここで注意していただきたいのですが、多くの日本企業では、そもそも「競争戦略」も機能してこなかった、ということです。
グローバルで成功している企業の7〜8割は、既存の競争戦略をしっかりと使って勝っています。欧米で教育を受けたビジネスパーソンにとって、競争戦略は一種の教義=ドグマと言っていい。まずはこれを理解し、適用できるようになることは、グローバル競争を戦っていくうえで、非常に重要です。
また、「競争戦略」の理解が浅いと、「非競争戦略」の理解も中途半端になりがちです。
ですから、私はブルーオーシャン戦略について話しをする際には、まずは、競争戦略を適切に理解しましょうとお伝えしています。
本日は「競争戦略」の部分は割愛しますが、是非、こちらも体系立てて学ばれることをお勧めします。正直ブルー・オーシャン戦略を理解するのはそう簡単ではありません。私ももともとは安部義彦さんというブルー・オーシャン戦略の日本の展開責任者の方から教えてもらったのですが、当初はなかなか競争戦略の思考回路から抜けられませんでした。私のブルー・オーシャン戦略に関しての知識は基本的には安部さんからのものです。
さて、いよいよブルーオーシャン戦略について説明していきましょう。
「ブルーオーシャン戦略」とは、もともとフランスのINSEADという経営大学院の教授であるW.チャン・キムとルネ・モボルニュの2人がが、発案してして世界的に話題になった経営戦略論です。
「競争戦略」の世界では、付加価値とコストはトレードオフの関係になっています。コストを下げながら、付加価値を向上させ続けるのは非常に困難です。日本の場合はそれをオペレーションエクセレンスでカバーしようと「頑張って」きたわけです。しかし、結局は利益を圧迫することになり、持続性も危うくなってきて、戦略の本来の目的である「利益を上げること」に合致しなくなってきました。
一方、ブルーオーシャン戦略は、広い市場を創造するために、バリューイノベーションを起こすことを考えます。バリューイノベーションとは、付加価値を維持・向上させつつ、コストを下げることを同時に実現し、それを継続していくものです。
これが100%ブルー・オーシャン戦略と呼べるかはもう少し研究が必要なのですが試しに日本の携帯とアップル社のiPhoneの例についてについて考えてみましょう。
ご存じの通り、日本の携帯電話は非常に多機能で高品質です。カメラが何万画素だとか、様々なデコメが打てるとか、メロディが豊富だとか、お財布代わりになるとか、テレビが見えるとか、液晶画面が奇麗であるなど、様々な機能が用意されています。
メーカーは、既存ユーザーがあったらいいと思うものをすべて取り込もうと努力し続け、結果的に、機能の種類とその品質での競争が始まりました。すると、○○社がテレビつけました、というと数カ月にはすべてのメーカーの機種でテレビがつく。●●社がお財布機能を充実させたとなると、これも数カ月後にはすべてのメーカーでほぼ同じ機能が使えるようになる。
ですから、どんどん差別化が難しくなります。開発費用がかかったとしても、他社が新しい機能を提供してくる限り、同様の機能を追加せざるを得ない。結局この競争から降りることができなくなってくるわけです。
では、そうした状況に対して、iPhoneが何をしたのか。メール機能はシンプルで、豪華なデコメは打てない。お財布にもならない。初期の機種にはカメラもついていなかった。つまり、日本の携帯メーカーがしのぎを削って競争している分野を思いきり切り捨てたのです。この部分で、まずコストを大幅に抑えました。
その代わりに、ネットとの親和性が高い、グローバルで簡単に使える、インターフェイスが直観的、無料アプリが多数提供されているといった、日本の携帯が注力してこなかった面を強調しました。そして、「おしゃれで、インテリジェントで、シャープ」といったイメージを作り上げていったのです。
つまり、所有することがステイタス、持っていることが楽しい、といった、新しい付加価値をユーザーに提供しながら、コストを下げることに成功したのです。まさに、バリューイノベーションを起こしたのです。
となると、アップル社は価格について自由裁量権を持つことになります。これを、戦略的に安く売ることもできるし、価格を高く設定することもできるということです。iPhoneは、「おしゃれで、インテリジェントで、シャープ」を目指しているわけですから、安すぎるとかえってそのイメージを壊します。ですから、5万円前後という価格設定をしたのだと考えられます。
皆さんの周りのiPhone所有者を思い出してみてください。その人たちは、ずっとアップル社・Macのファンだったり、アップル製品の既存ユーザーでしたか?MacPCも使ったこともないという人はもちろんのこと、iPodも買ったことがないという人たちが、相当数いるのではないでしょうか?
ユーザーを考えるとき、4つのカテゴリが考えられます。
(1)既存ユーザー。(通常、この既存顧客への価値の提供に囚われてしまいがちです。)
(2)「使っていたけれど止めてしまった」とか、「これから使ってみようか迷っている」といった周辺ユーザー
(3)意思をもって使わないことを決定しているユーザー。
(4)使うなんて考えたこともない、もしくは商品の存在すら知らないという人たち。
iPhoneは、バリューイノベーションを起こしたことで、(2)はもちろん、(3)や(4)の人たちをも巻き込んだことになります。まさに、新しい価値を提示することで、新しい市場を創造したということです。
そうしたバリューイノベーションを、偶発を待つのではなく、継続的に起こしていく方法論が、ブルーオーシャン戦略なのです。
消費財の事例で語られることが多いので、ブルーオーシャン戦略は消費財のみに有効な戦略だと思われてしまうかもしれませんが、これはBtoBの産業材の分野でも十分に使える考え方です。
大企業では、各事業部がお互いの商品やサービス、そしてそれぞれのクライアントについてほとんど情報交換ができていないということが起こりやすい。しかし、A事業部の素材を、B事業部が長年お付き合いのあったクライアントに見せたら新しい活用方法がわかって、新しいビジネスに発展した、といった話を聞くことがあります。
こういったことを、意図的に再現させる仕組み作りにも、ブルーオーシャン戦略は力を発揮していく考え方です。
さて、こうしたバリューイノベーションが起こったとき、組織はどういう反応をすると思いますか?例えば、先ほどの例で、ある携帯電話のメーカーのメンバーが、「細かい機能は一切廃止しよう!」と提案したとしましょう。そのロジックがどんなにしっかりしていたとしても、すぐに皆から諸手を上げて賛成されることはないのではないでしょうか?
イノベーションを起こすときには、必ず「既存勢力」からの抵抗があることを想定しなければなりません。
そこで重要になってくるのが、バリューイノベーションを支える、「ティッピングポイント・リーダーシップ」と「フェアプロセス」です。
「ティッピングポイント・リーダーシップ」とは、バリューイノベーションを推進していく過程で表れてくる
1.認識のハードル
2.経営資源のハードル
3.士気のハードル
4.社内政治のハードル
を乗り越えていくために発揮されるべきリーダーシップのことです。
ティッピング・ポイントとは、それまで一般的ではなかった考え方や行動が、非連続的に一気に広がっていく瞬間のことを指します。上記のハードルを越えるに当たって大きな影響力を持つ層に効果的に働きかけることで、低コストかつ迅速にティッピングポイントを生み出すことができるリーダーシップが、ブルーオーシャン戦略を進める上では非常に重要になります。
「フェアプロセス」とは、「手続きの公平性」です。大きな戦略変更を実行していくためには、トップから現場に至るすべての従業員が新しい戦略に共感し、同じ方向を向いて取り組んでいく必要があります。それを担保するのが「手続きの公平性」です。それを実現するには、
1.関与: 戦略を立案するプロセスに関わる機会を用意する。
2.説明: 戦略決定の道筋、理由をすべてのステイクホルダーに説明し、理解と納得を得る。
3.明快な期待内容: 従業員に何が期待されているのかを明確に提示する。
ことが不可欠となります。
ブルーオーシャン戦略の話をしていくと、どうしてもバリューイノベーションのところに注目が集まりがちですが、この2本の柱がしっかりと存在して初めて機能するのです。
そして、これがまさに人と組織の世界です。
いくら、会社でバリューイノベーションが起こせたとしても、それを結実させていくためには、必ず人と組織のサポートが必要だということです。人と組織に関わる人が戦略に疎かったとしたら、せっかくのバリューイノベーションの芽をつぶしてしまうことになります。
もちろん、「競争戦略」を採用したとしても、人と組織のサポートが必要なことには変わりがありません。
人事が国内戦略を実現する国内人材だけを扱っているうちは、戦略の予測の範囲内、人材もそれに合わせてプールしてきたはずですから、だいたいのことがこれまでの予測値の範囲内で収まってきていたと思います。
しかし、これが海外市場のために新しい戦略を選択する、その実現のために人材が必要、となったとき、戦略をしっかりと理解できていない人事は、そのために適切な人材プールを用意することができないですし、それに合った組織デザインも当然できない。
そして、どうにかスタートしたとしても、今後必要となっていく人材をどう育成していくべきなのかのパスも考えられないでしょう。これでは、どんなにいい戦略を考えたとしても、戦い続けていくことはできません。
実際に企業の方とお話していると、事業戦略を立てている部署と人事の連携が取れていないケースが多く見受けられます。しかし、そこに危機感を持って取り組んできた企業は残念ながら少数のようです。
本格的な海外進出を機に、その「事業戦略と人事組織のギャップ」の問題に気がついた企業の中には、「海外グループ」などを立ち上げ、まずはその中で海外戦略と海外人事を一緒に考えていくといった緊急避難的な対応をされていることもあります。しかし、それも行動力のある人がいた場合に限られることが多い。多くの企業では、人事の担当者が、「問題だと思うけれど、まずは制度を考えないと・・」などと、どんどん解決を先送りにしてしまうわけです。
人事に関わる方に、是非、戦略を理解してくださいと言っているのは、こういう問題意識からです。
是非これを機会に、ブルーオーシャン戦略だけではなく、そもそも戦略とは何かというところから学んでいただき、それを自社に当てはめて理解し、そのための人事戦略・組織戦略を考える、ということを真剣に考えていっていただきたいと思っています。
取材・文 大島由起子(当研究室管理人) /取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所
(2010年1月)
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