- 戦略的人事にITを活かす - 人材・組織システム研究室
1985年3月東京大学経済学部卒業。1990年3月東京大学大学院経済学研究科修了。1990年4月より学習院大学経済学部講師。1992年4月より同助教授。1994年3月東京大学より博士号(経済学)取得。1997年4月より学習院大学経済学部教授。1999年8月カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)よりPh.D.取得。『経営戦略をつかむ』(有斐閣・共著)、『企業の経済学』(日経文庫)、『企業戦略を考える』(日本経済新聞出版社・共著)、『経営戦略の経済学』(日本評論社)など。
90年代半ば頃、今後どのようなテーマで研究を進めていこうかと考えた時期がありました。それまでは、企業はどのような競争をしているのか、どのような戦略をたてれば競争に勝てるのか、といった、いわば「戦略のど真ん中」の領域に取り組んでいました。その中でも特に、業界標準をめぐるライバル間の競争と協力関係、企業間の模倣行動について研究してきました。
そんなとき、ある編集者から、「ヨーロッパのファミリービジネスの研究書を翻訳しようと思い、手伝ってくださる方を探しているのですが、淺羽先生はその分野についてご興味はありませんか?」と声をかけられました。そのときまで、現代企業では所有と経営の分離が一般的であり、所有と経営が一致している「ファミリービジネス」は時代遅れの存在だという認識で、研究対象として意識したことはありませんでした。しかし、出版社が翻訳本を出そうというのです。「いったい、ファミリービジネスの何が面白いんですか?」と聞いてみました。すると、「今、海外では相当盛り上がっているらしいですよ」と。
結局、翻訳の話はお断りしたのですが、彼の言った「海外で相当盛り上がっている」という一言が気になって、それ以来、関係する文献や書籍に目を通すようになりました。すると、確かに、ヨーロッパやアメリカではファミリービジネスの研究がかなり盛んに行われていることがわかってきました。
よく調べてみれば、ファミリービジネスというのは世界的にみても決してマイナーな存在ではありません。中小企業に限らず大企業の中にも、「ファミリービジネス」がたくさんあります。しかも、彼らは非常に良い業績をあげている。そこで、「時代遅れだと思われていたファミリービジネスが世界中にかなり存在していて、しかも業績がよいのはなぜだ。面白そうだぞ」と思うようになりました。
経営には必ず意思決定が伴います。その意思決定を行うのは経営者ですから、経営者がどのような特性を持つかによって、意思決定が異なるはずです。さらに、各種の利害関係者、所有者である株主や融資をしている銀行などが経営者に影響を及ぼすので、利害関係者との関係や所有構造によっても意思決定が異なると考えられます。
例えば、経営者が外国人だった場合と日本人だった場合に、意思決定に違いが出るのか、外国企業が所有権を持ったら、経営者が日本人のまま変わらなかったとしても、意思決定に影響するのか、など、その関係を知ることで、意思決定の構造を読み解くことができます。
ファミリービジネスの特徴を端的に言えば、所有と経営が一致しているということです。創業者一族が会社のオーナーであると同時に経営者でもある(ことが多い)。ファミリービジネスは、所有構造や利害関係者との関係が経営の意思決定にどのような影響を及ぼすのかについての研究の格好の素材だと考えました。
特に、これまでのファミリービジネスの研究を俯瞰してみると、「ファミリービジネスか、ファミリービジネスではないか」という区別をし、どちらのパフォーマンスが高いかを比較するという研究が非常に多い。また、「ファミリービジネス」と言ってもいろいろな定義の仕方がありますから、「どういうタイプのファミリービジネスのパフォーマンスが高いか」といった研究もとても沢山ありました。しかし、ファミリービジネスが意思決定の結果どのような行動をとるのかといった研究はあまり多くありません。
そこで、「ファミリービジネスに特徴的な意思決定、経営行動はなにか」という観点から研究を始めることにしたのです。
まず、今申し上げたように、所有と経営が一致しているという点が大きいと思います。株主と経営者の利害が対立しないということが、意思決定に大きく影響を与えています。
もうひとつは、経営者がビジネスを「家業」として捉えているため、ビジネスを短期的な報酬を得る手段として突き放してみていない、というのも特徴でしょう。ですから、短期的に売上・利益をあげるよりも、「継続すること」の優先順位が高くなる。長く続けて、経営権を他者に取られないようにしようという気持ちが強く出るわけです。そのため、なるべく借金などをせずに、自分のコントロールを超えない範囲で活動をしようとする傾向があると思います。
また、ファミリービジネスでは、特に家訓とかバリューを大事にする傾向が強いですね。一般企業のようにビジネスを成功させるために後追いでバリューを考え浸透させるというのではなく、家訓やバリューを実現するための手段としてビジネスがあると言ってもいいくらいです。そのために、設備だけではなく、人材、取引先との関係など、様々な面に時間をかけて、バリュー実現のための能力を蓄積していきます。
ですから、市場が少し変化したからという理由だけで、積み上げてきた能力や関係を一瞬で大きく変えてしまうような行動はあまりとりません。これまで築き上げてきたものをできるだけ維持しようと考えます。何かが変わる度に、従業員を解雇したり、取引関係を変えていたりすれば、それまで築き上げた関係を壊してしまいますから。長期的、継続性ということが何より重視されるのです。
これまで私が行った実証分析では、こうした性質を持つファミリービジネスは、需要の変動が大きく上下しても、極端に投資を抑えたり、逆に極端に増やしたりしないようです。投資を維持する傾向が強いのです。つまり、「我慢強い」。ファミリービジネスが景気の下振れに強いというのはこういうところからきているのかもしれません。
それに対して、社長が2期4年で交代するような通常の企業の場合は、すぐに実績をあげなければならない、という発想になりますから、短期的になりやすいという面があると思います。ただ、ファミリービジネスの長期志向や継続性という傾向は、急拡大をしようとしたときの足かせになるリスクも秘めています。
経営者の分析を行っている研究者の間には、「長期政権が良い」という考え方があります。それに対して、長期政権は独裁になる危険性があるからまずい、という意見もある。ファミリービジネスは、「長期政権」型と見ることができるはでしょう。ファミリービジネスでは、思い切った舵とりがしにくく、ガバナンスが効かなくて不祥事を起こすこともある。しかし、長期だからこそ上手くいっている面も非常に多いということです。
こうしてファミリービジネスの特徴を見ていくと、70年代、80年代の「ジャパン アズ ナンバーワン」と言われていた頃の日本的経営との共通点が見えてきます。
当時は、経済全体が成長期にあって、経営が長期的な視点で行われていました。そうした経営が生み出した、長期的な雇用関係や取引先関係が経営の安定に貢献して、うまく回っていたわけです。実際はファミリービジネスではないけれど、ファミリービジネス型の経営が行われていたと見ることができるでしょう。
しかし、バブル崩壊、国際会計基準の導入、「ガバナンス」強化など、日本企業も大きな変化に晒されることになりました。その結果、株主重視で、短期的に結果を出していこうということになった。そんな流れの中、従業員の雇用はフレキシブルに、といったことも出てきました。「長期的」「継続性」という旗が降ろされてしまったのです。
昨今、韓国のサムスンの躍進が注目を集めています。日本のエレクトロニクス産業が苦戦しているのに対して、韓国のサムスンは右肩上がりに業績をあげています。そのサムスンもファミリービジネスです。絶対的なトップがいて決断を下すことができる。例えば、半導体にしても、フラットディスプレイにしても、ある分野への投資の決定方法を調べていくと、かつて日本のエレクトロニクス企業が好調だった、70年代・80年代のときの投資行動に非常に似ているのです。
たとえば半導体には、シリコンサイクルと呼ばれる好不況のサイクルがあることが知られています。企業は一般的に、市場が冷え込んでいるときには設備投資に対して消極的になり、需要が回復してから投資を行います。しかし、サイクルの谷にある時点で強気な設備投資を行うと、市場が回復したときには、投資を抑えていた他社を圧倒するだけの生産能力を構築しているため、市場シェアを奪い取ることができます。こうしたサイクルを何度か繰り返していくうちに、市場を支配してしまう。これはまさに、日本がアメリカにキャッチアップしたときの投資行動パターンだったのですが、今、それと同じことをサムスンが実行しています。
こうした投資パターンは、(経営トップが会社のオーナーでもある)ファミリービジネスだからできるのでしょう。長期志向、継続性重視といった特徴を有しているから、一般的な企業では考えられないような強気な決断ができる。あるいは、不況であるけれども積極的な行動を取ることができる。もちろん、時にはこうした「強気」が裏目にでることもあるわけですが、ファミリービジネスのような特徴がないと、戦略的に思い切った投資はなかなかできません。
このように、ファミリービジネス型の成功を見ていると、やはり、通常の日本企業でも、「長期的」「継続性」を重視した意思決定という要素を残していくという発想があってもいいのではないかと思います。
もちろん、そうしたことは本当に「ファミリービジネス(所有と経営の一致)」でなければ難しい面があるでしょう。しかし、そのメリットが十分に理解されれば、サラリーマン経営者の企業でも、ある程度は実現できるのではないかと考えています。少なくともそうした行動を真似ることができるのではないでしょうか。
株主や監査役など経営をモニターする立場にいる人たちは、どうしても短期的な結果に対して過剰反応する傾向があると思います。しかし、長期的な視野に立った意思決定も大事だということを理解して、許容していくことが、これからの経営には必要なのではないかと感じています。
ファミリービジネスの話の中で、必ず出てくるネガティブな話は、社員が社長になれない、ということです。もちろん、「これは!」と思った社員は、ファミリーではなくてもファミリー同様に扱って、盤石なフォロワーを作っていく努力はしている。それでも、天井が外れるわけではないし、ちょっとしたことで「身びいき」といった風潮を社員が感じてしまうこともある。そうした人の扱いの問題をどう克服していくのかが、大きな問題のひとつでしょうね。もしかすると、ここで上手くいくかいかないかが、成功しているファミリービジネスと失敗してしまうファミリービジネスを分けるひとつの要素かもしれません。
次世代リーダー育成の中で、社内起業・社内アントレプレナーシップという考え方を入れる企業も少なくありません。しかし、この「アントレプレナーシップ」という言葉は、実はあまりちゃんと理解されていないのではないかと思っています。特に、社内起業といったことを促進する場合に、数字の話はしても、あるべき姿については明確になっていないケースが多いように感じています。例えば、アントレプレナーシップの一つのコアは、長期的・継続的に物事を見ることができるということです。それに基づいて意思決定ができるようになることが目標であり、その上で社内起業家を育てていくことを考えていかないと、中長期的に見て求めている結果が得られないと思います。
「戦略的リーダー」というのも同じで、ある企業の人事担当者に「戦略的リーダーって何ですか?」と聞いたのですが、誰も明確な答えをしてくれませんでした。「戦略的リーダー」が何であるのかわかっていなければ、どうやって育てればいいかもわからないはずです。
リーダーシップ、社内アントレプレナー、戦略的など、言葉が一般的になってきたことで、それらを知っているだけで満足してしまい、本質を理解しようとする意識が薄れていないか、という点を危惧しています。
「戦略」といえば、組織学会が出している「組織科学」という雑誌の特集で、「実践的戦略論」というテーマの特集が組まれたことがあります。その背景には、今企業の研修で「戦略」について教えている内容が数十年変わっていないのでは?そのために実践性を失っているのでは?という問題意識があったようです。
私もエッセイを寄稿しましたが、そこでのポイントは、実は研修で教えている戦略論の中身が古いか新しいかではなくて、それを実際の部署や仕事に適用する方法が伝えられていないことが実践を妨げている原因なのではないか、ということです。
例えば、研修で戦略理論を教えるとき、「ビジネスケース」を用いてケースディスカッションをすることがよくあります。教える側は、教えようと思っている理論を理解するのに最適なビジネスケースを選択します。つまり、理論が導かれるプロセスがあらかじめ決まっているということです。そのケースを考えるための情報はすべて用意されていて、結論もわかっている。これは、リアルな世界とかけ離れていますよね。現実の世界には何のお膳立てもありませんから、そもそもそのケースをどうやって扱うのかを考えることから始まります。始めに理論ありきではありません。
もちろん、教えようとしている理論を上手く使える事例を見せて、「もし使ったら、こうなるんだよ」と例示するだけで応用できる人もいるかもしれません。しかし、それができるのは勘の良い人でしょう。一般的な人が応用力を学ぶには、まったくお膳立てのできていない世界で、その理論をどうやって使っていけるのかという方法やコツを教えないと、結局どんな理論を教えたとしても、職場に戻ったら使えないという状況は変わらないと思います。
ただ、これは非常に難しい課題で、私自身どうやったらよいのかまだ解決策を見つけていない状態です。しかし、今意識しているのは、素晴らしい意思決定をする経営者が、どのようなプロセスを経てその結論に達したか、その道筋をしっかりと見ていくことです。
もちろんそこには、「直観」が働いた場合もあるでしょうが、それをわれわれ学者がロジックに落とし込んで見せていく。このようにプロセスを分解し、理論づけしていくことで、違った場面、異なった問題に対しても、質の高い意思決定が行われるための条件のようなものが見えてくるのではないかと考えています。
それから、最近積極的に関わっているのは、多くの企業からメンバーを集める形の研修ではなく、1社でのクローズドな研修です。座学もするけれど、メインはその企業での具体的な経営課題を考えたり、新しいビジネスを考えたりするというもの。そして研修の最後には、経営陣へのプレゼンテーションが用意されている。すべてリアルだし、課題解決には必要だが社外秘の情報なので出せないといった制約もない。こうしたセッティングだと、メンバーは疑似経営者として考えざるを得ません。座学でお膳立てされたケーススタディだけを学んでいるよりも、実践的な力がつくと思います。
そこには、我々のような部外者が参加している意味もあります。1社内で行う研修には先ほどのようなメリットもありますが、知らないうちに形成されてしまった社内だけで通じる前提といったものに縛られてしまうことがあります。それに対して、私のような立場の人は、「それはなんですか?」と、疑問を発し続けることができます。前提を共有していない人に説明をするのは案外難しい。そこで今まで当たり前だと思ってきたことの本質に向き合うことができるのです。このこともとても大事だと思いますね。これからは、こうしたことを踏まえた戦略研修やリーダーシップ研修も考えていきたいと思っています。
取材・文 大島由起子(当研究室管理人) /取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所)
(2010年8月)
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リチャード・バイサウス氏「第22回 グローバル化の問題は、日本だけが直面しているわけではない」
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中田 研一郎 氏「第18回 「多様性・異質性」を取り込みながら、世界に通用する普遍的な人事制度を」
脇坂 明 教授(博士)「第17回 企業の「ファミリーフレンドリー」度は、経営成功のカギを握る」
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