HR Professionals:人事担当者インタビュー
第10回 「大卒入社1年目で勤続4年」もあり得る 従業員のハッピーが会社を成長させる
コストコ ホールセール ジャパン株式会社 人事・総務 マーケティング 部長 中川裕子 氏
シアトルに本社を持つ、コストコ ホールセール ジャパン。日本に進出して15年、同エリアで苦戦する外資企業もあるなか、着実に成長を続け、2014年には全国に20店舗(倉庫店)展開するまでになっています。そうした成功を支える人材マネジメントはどのようになっているのか、人事・総務とマーケティングの責任者を務める中川氏に伺いました。
中川裕子 氏 プロフィール
大学在学中にCalifornia State University Fullerton校へ一年間の交換留学を経験し、1993年南山大学英語学英文科卒業。日本企業に勤めた後、1997年渡米し、アメリカの企業で5年間勤務。2002年帰国。2004年出産・子育てが一段落した後、コストコホールセールジャパン株式会社に入社。人事・総務マネージャーを経て、2010年より現職。現在、人事・総務・マーケティング部長として、日々更なるワークライフバランスの推進を行っている。
<取材>
がっちりマンデー TBS 出演(2013/8/25)/日経新聞(2012/3/13 夕刊)/The Japan Times for Women 創刊号/Business Labor Trend等
従業員を大切にすることが、株主に報いることにつながる
― 現在のコストコ ホールセール ジャパンの規模を教えていただけますか?
2014年の5月で20倉庫店になります。従業員は今現在約7000人です。
― 7000人のうち、正社員の割合はどのくらいですか?
おおよそ5割です。
― 想像していたより多いですね。
この業界としては、正社員比率がかなり高いと言われています。
― そうした要員構成になっているのには、明確な意図があるのでしょうか?
これは、我々がミッションを達成するために行動している結果として、実現していると思っています。
弊社のミッションは「高品質の商品とサービスを、できるかぎり低価格でご提供する」ことです。このミッションを達成するために、Code of Ethics(倫理綱領)、守るべき5つの指針を掲げています。
一番目が、法律の遵守。二番目がお客様を大切にする。三番目が従業員を大切にする。四番目がお取引企業を大切にする。五番目が株主に報いる、です。一番目から四番目までを毎日念頭に置いて事業を行っていけば、五番目は必ず結果としてついてくると考えています。「お客様」の次が「従業員」。「従業員を大切にする」ことに高い優先順位が与えられているのです。
そこには、従業員がハッピーでなければ、よい結果は生まれないという強い信念があります。従業員を大切にすれば、一人一人のモチベーションがあがり、生産性が上がり、売上・利益が上がるはずなのです。正社員の人件費は固定費になりますので、利益を出すためには、できるだけ低く押さえておくことが大事という考え方をする企業もあるでしょう。しかし、シアトルの本社から、そうした発想にならないよう常に厳しく言われています。
ですから、本人たちの意思や能力を無視して、「できるだけ非正規社員を増そう」とはなりません。給与や待遇のベンチマーキングをしながら、競合他社に負けない待遇を実現する努力を続けています。その結果が正社員5割となっているのだと思います。
「入口」は関係なし。自ら手を挙げてキャリアアップすることが可能
― 従業員にハッピーに働いてもらい、実績を上げてもらうために、どのような工夫をされているのでしょうか。
キャリア開発の機会の豊富さが、大きな役割を果たしていると思います。例えば、社内公募制度がとても活発に運用されています。公募の対象は、正社員に限りません。従業員すべてに対してオープンです。
多くの企業では、入社の時の雇用のされ方でその後のキャリアが固定されたり、制限されたりしがちです。正社員として入社したのか、パートとして働き始めたのか、といったことが後々まで強く影響したりします。例えば、パート社員が正社員になって、さらに管理職になっていくというのは非常にレアケースで、よほどすごい人でないと実現できないパスになってしまっています。
しかし弊社では、「大変なスピードで成長しているために人材はいくらいても足りない」という追い風もあって、頑張って実績を上げている人であればどんな立場の人でも、自ら手を上げてどんどんチャンスを掴みとれるようになっています。その点では完全に実力主義です。
また、社内選考で重視されるもののひとつに、勤続年数があります。弊社での勤続年数は、コストコで働いたすべての期間を合算します。例えば、大学生時代にコストコでアルバイトをしていた学生さんが、卒業と同時に入社した場合、アルバイトとして働いていた労働時間の積み上げを勤続年数に換算して加算します。つまり、大卒で入社した時点ですでに「勤続4年目」といった人も出てきうるのです。もちろん、その経験に見合った給与が支給されます。長く働いた実績を持っている人が、まったく実績を上げてない人よりも評価されるのは当然だと考えているからです。
― 「正社員だから」とか、「パート出身だから」という見えない差別は一切ないのですか?
まったくありません。私自身、プライベートの事情から、一時期パートタイムで働いていたこともあります。その後のキャリアで、そのことがマイナスになることありませんでした。
例えば、新しい倉庫店をオープンさせる時など、様々な職種や立場の従業員を一度に大量に採用します。そうなると、隣の人が正社員なのに、自分は短期アルバイト、といった状況がそこここで起こります。そうしたとき、「私たちの会社では入口は関係ありません。入社後、社内公募制度を使ってどんどんチャンスを掴んでください」とはっきりと申し上げています。
2段階降格で5年勤務。その後、マネジャー復帰、副倉庫店長へ昇進。
― 制度はあっても、一度降格したりパートタイムになってしまうと、そこからもう一度正社員に戻ったり、管理職になったりするのは実質不可能に近い、という話も聞きます。
実際に、マネジャーとして活躍していた女性が、お母様の介護のために管理職からはずしてほしいと、2段階の降格を申し出てきたことがあります。その後約5年間、平社員として働き続けました。6年目に介護が落ち着いたということで以前と同じ働き方に戻し、すぐにマネジャーに抜擢されました。今ではある倉庫店の副倉庫店長という要職についています。
― 女性にとっても働きやすい環境とも言えますね。女性比率はどれくらいですか?
こちらもおおよそ5割です。育児休業を取得した女性従業員はほぼ100%職場復帰しています。私自身も含めて、女性であることが何かの障害になることはないと思います。
育児休業といえば、弊社では男性社員も結構取得しています。男性社員が2週間程度の育児休暇を取ったことがニュースになることがありますが、弊社では6カ月取得という男性社員が普通にいます。以前、男性が育児休業を取得した際に支給される補助金を申請したことがあるのですが、「御社は既に実績があるので適用外です」と言われてしまいました。ああいった制度は、改善を促した会社が対象であって、既にできているところは駄目なんですね(笑)。
― 倉庫店を拝見すると、外国籍の方も多いように感じました。
日本国籍以外の方は、約1割程度でしょうか。毎年、本社に関連データを提供していますが、それを見るたびに、本当に様々な国の人たちが働いているなと改めて驚きます。
― 皆さん、日本での採用なのですか。
経営層に若干名シアトル本社から来ている者がいますが、それ以外は、国内での採用です。就労ビザの支援はしていません。日本で働くことができる人で、仕事をするのに問題ない程度以上の日本語を使える人たちです。
Go Back to Basic グローバルで通用するシンプルな基本に忠実に
― いろいろな意味で多様性を実現しているのですね。離職率はどうなのでしょうか?
業界の平均と比較すると、確実に低いと自負しています。もちろん辞める方はいますので、そうした情報は社内でしっかり共有して、改善していくべきところは改善していっています。
また、一旦退職された方が戻ってくるということも珍しくありません。もちろん、退職理由によっては受け入れが難しいケースはありますが、家庭の事情などやむを得ない理由でお辞めになった方が、状況が変化したことで復帰されることが多いですね。
― 従業員の育成に関して、御社独自の取り組みはありますか?
入社時に、ミッションやCode of Ethicsを中心として、コストコを理解する研修をしっかりと行いますが、その後は基本的にOJTです。OJTでは、「バディ制度」を運用しています。バディとは「仲間」というような意味合いで、新入社員全員に、先輩社員をアサインします。最初はどこへでも連れていってもらい、手取り足とり様々なことを教えてもらいます。この制度は、新入社員はもちろん、バディに選ばれた先輩社員の教育の意味合いもあります。
入社30日目と90日目には、バディより上のマネジャーがフィードバック(30 day/90 day Review)を行います。その後は、年に一回のフィードバック(Annual Review)を行っていきます。1年というと期間が長いと感じられるかもしれませんが、1年に一回のフィードバックはあくまで、まとめ、集大成の場であって、コミュニケーションは毎日取ってください、と徹底的に伝えています。フィードバックの場で社員が驚くような話が出てきたとしたら、それはマネジメントの失敗です。人材育成はマネジャーの重要なタスクですから、こちらのトレーニングにも力を入れています。
― 今まで伺ってきた一連の取り組みというのは、本社からの意向が強く反映しているのですか、それともかなりローカライズされているのですか?
本社の方針が基本になっています。グローバルのやり方がそのまま日本で通用するのですか?と聞かれることがありますが、答えは「イエス」です。事業運営にしても、人事制度にしても、本社の考え方・やり方は非常にシンプルで、とてもよく考えられています。コストコは現在世界8カ国に展開していますが、実際にすべての国でその基本的なやり方が通用しているのです。そうしたことは、少し慣れてくると、どうしても少し手を加えてしまいたくなるものですが、本社からは「Go Back to Basic」、常に基本を忘れるな、と言われています。
ただ、本社がまったく聞く耳を持たないということではありません。実は少し前に、日本では新卒採用社員について新しい取り組みをしたい、と申し立てをしました。日本の労働市場の状況を考えると、拡大中である日本市場では、新卒採用した社員を計画的に幹部候補として育成する必要がある、と判断したからです。多くの議論を重ねた結果、実施が認められ、昨年から日本発の新しいトレーニングプログラムを開始しました。
― そもそも、中川さんはどういう経緯で、コストコで働くことになったのですか?
コストコで働く前は、アメリカの会社で人事の仕事をしていました。大学を出て普通に日本の企業に就職をしたのですが、個人的な事情からアメリカに渡り、現地で就職をしました。その後帰国した際に、コストコと出会いました。
その頃日本では3店目の倉庫店を開店する時期で、現在の社長(当時はオペレーションディレクター)がオープン準備のために、新規メンバー募集のテントを出展していたのです。コストコはアメリカでは有名でしたから、「ああ、日本にもできるんだ」というくらいの軽い気持ちでテントに立ち寄ったのがきっかけです。その時、「仕事をしないか」と誘っていただいたのですが、すぐに就職することは考えていませんでしたので、一度お断りしているんです。ただ、その後も定期的に連絡をいただいて、就職をすると決めたとき、コストコで働かせていただくことにしました。
― 現在は、人事・総務だけではなく、マーケティングも担当されているのですね。珍しい組合せのように思います。
実は、弊社ではあまり珍しい組合せではないのです。台湾、イギリスのHRのマネジャーもマーケティングを担当していますし、少し前まではオーストラリアでもそうでした。最初に打診されたときには、正直迷いました。人事の分野でしたら絶対にきちんとやれる自信がありましたが、マーケティングは未知の世界でしたから。何人かの人に相談すると、違った視点からビジネスが見られるようになる、サポートするからやってみるべき、と背中を押してくれました。実際に挑戦してみて、マーケティングという観点から経営を見ることで、視野が大きく拡がったのを実感しています。