HR Professionals:人事担当者インタビュー

第12回 組織開発とは、組織をより機能させるプロセス

第12回 組織開発とは、組織をより機能させるプロセス

ヤフー株式会社 ピープル・ディベロプメント本部 組織開発室 室長 吉田 毅 氏

2012年、「第二の創業」を目指して本格的な改革に踏み出したヤフー株式会社(以下ヤフー)。新しい事業戦略を実行していく組織をどのように構築してきたのか。同年7月に設立された「組織開発室」の室長に就き、以来、独自の組織開発に取り組み続ける吉田毅氏に、ヤフーにおける組織開発のポイントについてお伺いしました。


吉田 毅 氏  プロフィール

1971年生まれ。明治大学大学院グローバル・ビジネス科修了。機器メーカーでの営業企画・商品開発に従事した後、2003年にヤフー入社。営業企画やウェブプロモーションなどの分野で13のチームの立ち上げ運営に携わり、同社の事業拡大を推進する。2007年インターネットのオープン化推進セクションに配属され、2008年には営業企画部門の部長職に就任。2012年4月、体制変更により人事本部に異動。同年7月より組織開発室室長を務め、現在に至る。


「脱皮しない蛇は死ぬ」 新しい挑戦のための組織開発を

― まず、吉田さんが、組織開発室長に就任された経緯を教えていただけますか?

私は2003年にヤフーに転職しました。そこから約10年、一貫してビジネス顧客向けのサービス企画、販売に携わってきました。しかし、2012年4月に弊社の経営体制が大きく変わったタイミングで、組織の改革推進のために人事に異動となりました。当初は特命案件を担当していましたが、6月上旬に上司に呼ばれ、「7月から組織開発室という組織を作るから、お前が担当してくれ」と言われました。

― 御社では、ビジネス部門から人事へ異動はよくあることなのですか?

いえ、それまではほとんどありませんでした。

― では、人事部門への異動は「晴天の霹靂」だったのですか?

驚きましたが、まったく想像できなかったというわけではありません。現在の社長である宮坂が事業部長だったとき、「ヤフーを何とか良くしたい」という有志を集めて自主的な活動をしていたことがあります。私はその活動に事務局として参加していました。人事への異動の話を聞いたとき、当時のことが宮坂の記憶にあって、声がかかったのだろうと思いました。

― 「組織開発室」が誕生した背景はどのようなものだったのでしょうか?

2005年くらいから、インターネットの普及に伴う大きな変化が急激なスピードで起こってきました。プラットフォームのオープン化やサービスのソーシャル化、iPhoneなどの新しいデバイスの登場などの流れの中で、twitterやfacebook、LINEといったサービスが急速に広まっていきました。そんな中でヤフーは、決して業績が悪くはなかったものの、大きなヒットサービスが出せていないという状況が続いていました。2012年、そうした状況を打破するために、「第二の創業」を意識した新体制による本格的な改革がスタートします。

宮坂は社長就任のスピーチで「脱皮しない蛇は死ぬ」というニーチェの言葉を引用し、社員に対して改革の必要性を訴えかけました。ヤフーはまだ強者だと思われているかもしれないが、そのぬるま湯に浸かっていたらいずれ倒れてしまうだろう、だから今からしっかり変わっていこう、と真剣に訴えかけたのです。新しい事業戦略を打ち出し、それを実行していくための組織改革が始まります。

「組織開発」とは「組織をより機能させるプロセス」

― 前職も含めて、人事や組織開発に関するご経験はあったのですか?

いいえ、大学院での修士論文執筆のために近い領域を研究したことはありましたが、実務の経験はありませんでした。組織開発室長を拝命した時も、具体的に何をしたらいいのかイメージは湧きませんでした。ネットで先行事例を探しても海外の企業のものばかりで、本も何冊か読みましたが要を得るになかなか至りませんでした。

そのような暗中模索の中、組織開発に取り組んで2年が経ち、今自分なりに組織開発というものを定義できるようになりました。私が辿り着いた組織開発の定義、それは「組織をより機能させるプロセス」であるということです。

― 「組織開発」=「組織をより機能させるプロセス」ですか。

はい、「より機能させる」とは言い換えると「改善する」ということです。ヤフーで取り組んできた組織開発をこの「改善」をキーワードに、

(1)コミュニケーションの改善
(2)意思決定プロセスの改善
(3)ジョブアサインの改善

の3つで紹介することができます。

― 「コミュニケーションの改善」のために、具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?

「コミュニケーションの改善」を、われわれは改革の重要なレバレッジポイントだと考えました。特に上司、部下間のコミュニケーションや関係性に着目し、質量両面での改善に力を入れて取り組んできました。

― 上司と部下という関係からスタートしたのは何故ですか?

スピードが競争の重要なファクターとなっているインターネット業界において、すべてをトップダウンで動かしていたのでは、とても勝ち続けることはできません。100人の組織であれば、1人のリーダーに99人がついていく組織ではなく、99人のフォロワー一人ひとりがフォロワーシップ(言い換えると、小さなリーダーシップ)を発揮していくような組織を作っていくことが、競争を勝ち抜くために重要となってきます。その実現のためには、従来の上司と部下の関係性やコミュニケーションを見直す必要があると考えたのです。

週に2500時間をかけて、一人一人がリーダーシップを発揮できる組織に

― 具体的にはどのようなことから始められたのですか?

中核に置いたのは、「1on1」というミーティングです。具体的には、上司が一週間に一回、部下との30分のミーティングの時間を取る、というものです。これは上司のためではなく、部下のための使う時間と位置づけています。上司が一方的に価値観を押しつけてしまうのではなく、部下の内省を促し、部下が自身で考察し、自身で意志決定する場の提供を心掛ける。単なるティーチングではなく、部下の話をしっかりと聞く力が上司に求められます。そこで、役職者にはコーチングのトレーニングを受けてもらっています。更には、「1on1」が機能しているかどうかを知り、必要に応じて改善できるように、3カ月に1回のアセスメントを実施しています。

― アセスメント、ですか?具体的にはどのようなものですか?

部下が上司とのミーティングを評価し、フィードバックする仕組みです。

また、このアセスメントで高い評価を得ている上司を対象に、通常のコーチング研修とは別のトレーニングを用意し、その修了者を社内コーチとして認定しています。認定された社内コーチは、現場の「1on1」の品質向上に一役かってくれています。例えば、実際の「1on1」の場に観察者として入り、部下が退出した後すぐに上司にフィードバックを行ったりしています。こうした地道な活動を繰り返すことで、「1on1」の質を上げ、上司と部下の関係性・コミュニケーションの質の改善につなげています。

― 部下だけではなく、第三者のアセスメント・フィードバックも組み込んでいるとのこと。大変な工数をかけていますね。

弊社には約5000人の社員がいますから、「1on1」を時間換算すると、週に2500時間になります。第三者によるアセスメントも定期的に実施していますから、膨大なコストと労力を注いでいることになります。何故そこまでやるかと言えば、一人ひとりが指示を待つのではなく、自らリーダーシップを発揮することが、重要な変革装置になると考えているからです。

フォロワーの主体性を育むための経験学習サイクル

― 一人ひとりが同時にリーダーシップを発揮するということは、考えているより難しいように思います。

皆が常にリーダーシップを発揮するという意識を浸透させるにあたっては、フォロワーシップという概念を理解することが肝要となってきます。組織の長としてリーダーだけがリーダーシップを発揮するのではなく、状況に合わせてフォロワー一人ひとりがポジションを理解し、プロジェクトの成功に主体的に貢献する。ヤフーではフォワーワーシップについて理解してもらう研修を、全社員に対して実施しています。

ここで重要なのは「フォロワーの主体性」をどう育むかです。われわれは、デービット・コルブという学者が提唱した「経験学習サイクル」という考え方を取り入れています。経験したことを内省し、内省から教訓を得て、次の機会に活かすために計画をして、次の経験につなげていくというものです。このサイクルの要は、内省と教訓化です。「常に経験を内省しなさい」と言われても、業務に追われる中でそれは容易なことではありません。このサイクルを促す装置が、「1on1」ということになります。上司がティーチングするのではなく、部下自らが考えて行動できるようにサポートする。このことで部下の主体性が育まれることになります。

― 30分とはいえ、毎週。しかも、部下や他人に評価もされる。「何でこんなことを?」という抵抗などはなかったのでしょうか?

当然、ありました。ですから、導入時の説明には力を入れました。ただ、ここまで浸透させることができた要因の一つは、トップのコミットメントが大きかったと思います。社長の宮坂自らが、「こういう趣旨でやっているので、重要なことだ」というメッセージを発信してくれました。そして彼が率先して1on1を実施しました。このことは大変大きな追い風となりました。

「国会から家族会議」 承認プロセスを8から2へ

― 二番目の施策、「意思決定プロセスの改善」について教えてください。

「意志決定プロセスを、国会から家族会議に」。これは副社長の川邊の言葉で、それまでは多くの意思決定がトップマネジメントで行われてきましたが、もっと小さなサイズでスピードを上げて意思決定をしていこう、というメッセージです。

その実現のためには、小さなリーダーシップのカスケードを機能させ、オープンな組織風土が必要となります。具体的には、意思決定のプロセスを大幅に見直し、組織のダウンサイズとともに、現場への権限移譲を徹底しました。それまでは8つあったサービス提供の承認プロセスを2つにまで減らしました。

― 8から2というのは、かなり思い切った変更ですね。

そうですね。以前に比べると現場の自由裁量度がかなり上がったことになります。そうした際に、よりどころがはっきりしていないと現場が混乱する懸念があります。ですから、この時期に改めて、行動規範となるヤフーバリューを策定し、浸透の徹底を行いました。

掲げたバリューが正しく具現されているかを測るために、バリュー評価という行動評価の仕組みを導入しました。これは360°型のフィードバック形式を取っています。単に指標に対して点数をつけるだけではなく、その人の行動の素晴らしいところはどこか、課題として残っているけれど取り組み改善をすることによって良くなるポイントは何か、といったコメントを10名程度のアセッサーからもらえるようになっています。

「リーダーは渦中に入ってはいけない」

― 権限移譲をしていくということは、判断する人の数が増えるということです。新たに権限を持った人たちの判断力を担保することは容易ではないように思います。

そこは課題の一つだと認識しています。現段階では、品質を上げるために上位役職者がすぐ介入してしまうというケースが少なくありません。ただ、いつまでもそうしていたら現場での意思決定力や、ものづくりの力を育んでいくことはできません。「うるさい、黙って言う通りにやれ!」と言ってしまうのではなく、まず上長には観察責任があるということを伝えていきたいと思っています。

人事に異動するずっと前なのですが、京都にある堀川高校の荒瀬校長に話を伺ったことあります。荒瀬校長は、同校赴任後に学校改革に取り組み、改革一期生の国公立大学への現役合格者数を前年の約20倍にした方です。校長がおっしゃるには、「リーダーは渦中に入ってはいけない」と。ただ、「でも、やっぱりここぞという時にはパッと現れて、問題を解決してサッといなくなる」ことが大事だと。要するに、いつも上司にぴったり見張られて手取り足取りやられたらやる気を失ってしまう。でも、本当に困ったときには来てほしい。これが部下の気持ちだから、その通りにしてあげればいい、ということです。

― 言うは易し、行うは難しという気がします。

そうするためにはどうしたらいいのかをお聞きしたら、「ぼんやり見るんだ」と言われました。禅問答のようですが、今このような仕事をしてみて、少しわかるような気がしています。責任者としての主観、主体性をしっかりと持ちながら、平時は一つひとつの事象には介入せず、ただ「ぼんやり」と全体を俯瞰で客観的にとらえる。そんなことを意識して、私自身日々マネジメントに取り組んでいます。

「人材開発カルテ」「人材開発会議」で、全員分の育成計画を作成

― 大変興味深いお話です。では、三番目の施策「ジョブアサインの改善」についてお願いします。

まず、「人材開発カルテ」を作成しています。これはとてもシンプルなもので、4つのことが書かれています。「強み」「成長課題」「3年後の理想像」「理想像に向けた、直近半年から1年の必要な経験」です。これらについてまず本人が書き、それに上長が追記します。そのうえで、1on1などを活用しながら、カルテを完成させていきます。

ヤフーではこの「人材開発カルテ」の更新を、毎期首に業績目標設定(MBO)と同期を取って行っています。会社の成長目標(MBO)とカルテに記載した個人の成長目標とを連関させることで、社員一人ひとりの主体性を育み長期的な動機づけを行うことを目的にしています。

また「人材開発カルテ」をベースに、年に一回「人材開発会議」を行っています。これは部下一人ひとりの育成方針決定会議です。会議では対象者のことをよく知るマネーシャーたちが集い、カルテを基に対象者の今後のキャリアについて具体的に検討します。

― その他には?

「3年任期制」という制度を運用しています。3年毎に新しいフィールドに異動して、様々な経験を積むことを目指したものです。様々な経験といっても、経理の社員を突然開発部隊に動かすといったことではありません。事業現場のカンパニーの経理からコーポレートの経理に移るとか、技術者がニュースのサービスからオークションのサービスに移るといった異動がほとんどです。ベースの専門性を活かしながらも、新たな経験を積むことでその人の成長の可能性を大きく広げることが目的です。

インターナルなOD(組織開発)コンサルチームの立ち上げ

― 2012年4月の設立から2年が経ちました。その間に新しい取り組みなどは始められているのでしょうか?

改革が進むにつれて、どうしても疲れのようなものが出てきます。それまであったものをドラスティックに変えていくわけですから、ある程度は仕方ないことだと思います。実際に改革から1年経った頃から「ちょっと相談に乗ってほしい」という声が届くようになりました。そこで、全体への施策だけでなく、個別の組織課題にも取り組んでいこうと、組織開発室内にOD(組織開発)のコンサルティングをするチームを作りました。

ODコンサルティングの具体的な活動は、「契約」「組織診断」「活動」「効果検証とフェードアウト」という4つのステップを踏んで取り組んでいます。「契約」といっても、契約書を交わすということではなく、その組織のトップからコミットメントを必ず取る、ということです。そして、変革チームを立ち上げてもらいます。最終的には我々はフェードアウトし、自分たちで組織運営していくことを目指していますから、最初から変革にコミットしたチームを置いてもらうようにしています。その後、組織全体の問題を調査・分析して問題のありかを診断し、具体的な改革・改善活動を支援していきます。

― インターナルと言っても本格的ですね。実際に成果が出ていますか?

これまでに10前後の組織に対してコンサルティングをしてきました。実施後に対象部門の社員の意見を聞くと組織の状態が良くなったという反応が返ってきたり、ESの指標が上がったり、一定の成果が出てきています。

複数の打ち手を重層的にデザインし、PDCAをしっかりと回す

― これまでの2年、順調に成果を出されているように感じます。その秘訣は何なのでしょうか?

まだ、組織開発が成功したかどうかを判断できる時期ではないと思っていますが、何か良い芽が育っているとするならば、一つの改善目標に対して一つの施策を取るのではなく、複数の打ち手を重層的にデザインして同時に行っていることだと思います。「コミュニケーションの改善」であれば、1on1だけに頼るのではなく、1on1アセスメント行い、コーチング研修、フォロワー研修を実施し、100人の社内コーチを育てるということを、同時に進めるといったことです。

また、PDCAをしっかり回すことも重要だと思います。人事施策はどうしても、PD、PDの繰り返しになりがちです。それはC(Check)、測ることが難しいからだとは思いますが、測れないものはマネジメントできません。どんな代替手法でもよいので、なんとか指標を置いて進めるのがコツだと思います。

― 2年目からODコンサルを始めたということですが、その他、今後取り組もうとされていることはありますか?

当初より3年かけて改革を軌道に乗せようと言ってきましたので、今年が最後の一年ということになります。ですから今は新しいことに挑戦するというよりも、2年間積み上げてきたものを継続的なオペレーションに乗せることができるように、丁寧に最後の仕上げをしているところです。

― 最後に、同じように組織開発に取り組もうとしている人事の方へアドバイスなどありましたらお願いします。

組織開発については、どの会社にも当てはまるような万能な処方箋があるとは思いません。私がお話しした事例も、「ヤフーではそうであった」という一つのケースに過ぎません。

何よりまず、その組織の何を良くしたいのかという意思を持って、その実現のために機能させるべきポイントを明確にすることが大事だと思います。そしてトップのコミットメントを取り付け、施策を重層的かつ地道に動かし、PDCAをしっかりと回していくということが勘所なのではないかと思います。

― 本日はどうもありがとうございました。



取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐氏(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)

(2014年6月)

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