HR Professionals:人事担当者インタビュー
第19回 満足して働いていないスタッフに、お客様が本当に満足できるサービスは生み出せない
GMOインターネット株式会社 取締役 グループ人事部長 菅谷 俊彦 氏
今回は、無料のカフェ、本社のビル内7階にある託児所など、スタッフの働く環境の向上に真剣に取り組み続けているGMOインターネットグループ。最近では、「コンシェルジュ」まで登場するという徹底ぶりです。取締役 グループ人事部長の菅谷氏に、そうした施策の背景や実際の運営などについてお話を伺いました。
菅谷 俊彦 氏 プロフィール
GMOインターネット株式会社 取締役グループ人事部長。
2000年1月 GMOインターネット株式会社へ入社。2001年 に総務本部長、2004年に取締役に就任しグループ総務部を担当。2005年からは、グループ総務部に加えてグループ人事部の担当役員として、約8年にわたり統括。
2013年から現職。
スタッフの満足がお客様の満足を生む。苦境を乗り越えてくれたスタッフに最高の環境を
― スタッフの働く環境の向上に、真剣に取り組まれていると伺っています。IT関連企業は離職率が高く、そのリテンションという目的があったのでしょうか?
インターネット関連の企業は、平均年齢が若く、スタッフの出入りが激しいというイメージが強いかもしれませんが、弊社の平均年齢は33~34歳です。特に技術職であるシステム部門の退職率が低く抑えられています。ただ、当グループでは、単に技術力でモノを作るだけではなく、販売もサポートもすべて自分たちで行う、というのが基本的な方針なので、営業部隊も抱えています。ここは、数字がはっきり出てくる世界ですので、システム部門などと比較すると、流動性が高くなっているのは否めません。ただ、「営業だから仕方ない」「他社でも同じだ」では終わらせたくないと考えていて、実際に、営業部の責任者と直接話をして、リテンション率の向上に取り組んでいます。ただ、今回の施策は、別の観点からスタートしました。
話は、5年前に遡ります。ある時、代表の熊谷が「どうしたらナンバー1のサービスが提供できるのだろうか」と、真剣に考えたのが始まりです。当グループでは「圧倒的ナンバー1のサービスを提供する」ことを目指し、もちろんこれまでも常にサービスの改善・改良に努めています。しかし、それとは違う側面で、何かできることはないかと考えたのです。そして、満足して働いていないスタッフに、お客様が本当に満足できるサービスを提供することはできないのではないか。スタッフ自身が満足して働いていることが、お客様にご満足いただけるサービスを生み出すための重要な条件だ、という結論に達しました。そこで、スタッフにとって最高の働く環境を構築するプロジェクトが始まりました。
実は、そこには伏線があります。2000年代後半、業界の劇的な変化によって、ある事業が撤退を余儀なくされました。その際、ぞうきんを絞り出すように節約し、危機を乗り越えることができました。そのお陰で金融機関様からも業務体制健全化を認めていただくことができ、株主の方々への配当を復活できました。しかし、まだ、もうひとつの大事なステークホルダーが残っていました。復活の立役者であった、スタッフ達です。彼らの働く環境が再整備されて始めて、「完全復活」と言えるはず、という思いがありました。
総務主導ではなく、立候補制度で手を挙げたメンバーたちがコミュニケーションスペースを企画
― プロジェクトとして、どんな施策を考えられたのですか?
「スタッフが良いサービスを提供していくための環境整備」として、社員食堂の要素を備えたコミュニケーションスペース、託児所、マッサージルームが上がりました。これらの施設オープンは、2011年6月から8月にかけてで、約4年半が経ったところです。
― 何故、コミュニケーションスペースなのですか?
当初はコミュニケーションスペースではなく、社員食堂を作るという話でした。福利厚生の代表的な施設ですし、昼休みに毎日毎日外に出て食べるのも大変だ、という声もあり、スタッフから最も要望が多かったのが社員食堂でした。
そこで総務マターとして「社員食堂開設」を社長に提案しました。すると、「アイディアはいいけれど、具体案が保守的すぎる。どうせ作るなら、日本一、世界一の社員食堂を作ってほしい」と。いきなり高いボールを投げ返されてしまいました(笑)。
社員食堂は福利厚生の一環ですし、当時私は人事・総務の責任者をしていましたので、普通に総務マターだろうと考えていたんですね。しかし、スタッフにとって世界一の食堂を目指すなら、スタッフの思いが込められる形で進めるのが一番です。そこで、「立候補制度」を活用してプロジェクトを進めることにしました。
プロジェクトでは、世界一の食堂とは何かを議論するうちに、“スタッフ同士のコミュニケーションを活性化させる場所“と考えました。当時、会社の規模も拡大し、スタッフの数がどんどん増えていくなかで、密にコミュニケーションを取る場所がない、という問題意識の声が上がっていたからです。
こうしてコミュニケーション活性化の一環で、カフェを併設し食事も提供する、
新しいスタイルの福利厚生施設“コミュニケーションスペース”を作ることになったのです。
― 「立候補制度」とは?
「立候補制」というのは、何かプロジェクトを立ち上げるとき、全グループのスタッフから、参加希望者を募るというものです。それに対して、やる気を持ったスタッフが部署や現在の役割に関わらず手を挙げます。今回のカフェプロジェクトには、7名程度のスタッフが手を挙げてくれました。
― プロジェクトに関わるにあたって、異動は伴ったのですか?
今回は、異動の伴わないものでした。一方、例えば、ゲーム事業の立ち上げプロジェクトなども、この「立候補制度」を使っています。このような、業務に直結している場合には異動対象となります。
食事はすべて無料 「スタッフを長生きさせることができる食事であれ」
― メニューはすべて無料と聞きました。どうして無料としたのでしょうか?
コミュニケーションスペースは「シナジーカフェ GMO Yours」といいますが、ここのカフェは、朝食から営業していて、ランチタイムにはビュッフェが並びますが、これらすべてのメニューが無料です。正直、大きなコストはかかります。ただ、無料にしたのは、最初にお話した通り、「お客様によいサービスを提供するため」です。ここで忘れてはいけないのは、無料にするだけのコストが捻出できているのは、良いサービスを提供して、お客様に満足していただいているからだ、ということです。良いサービスを提供できているからこそ、利益が上がり、利益が上がっているからこそ、無料で食事ができる、という循環があるわけです。ですから、もしビジネスで利益を出せなくなったとしたら、有料にするという選択肢を提案するべきだろうと考えています。食事を無料化することが目的になってしまって、それを維持することがゴールのようになってしまうと、根本の思想が忘れられてしまって、カフェを維持するために赤字になりました、などという本末転倒の事態も生みかねません。これは絶対に避けなければなりません。
― スタッフの方々の評判はいかがですか?
大変好評です。単に無料だからとか、オフィスの外に出なくていいから、というだけではありません。この場所を作った際の思惑通り、普通に働いているだけではなかなか会うことがないような他のスタッフとコミュニケーションできることにもメリットを感じているようです。コミュニケーションスペースを介して、新たな集まりや、部活も生まれています。朝集まって英語を勉強する「英語部」や、「DJ部」などがそれですね。ここには、クラブ顔負けのセットがあって、金曜の夜はバータイムになりますから、DJ部のスタッフたちは、そこでDJを披露しています。
― このビルにいないスタッフも利用できるのですよね?
この運営は、グループ会社から集めている維持管理費で行われていますので、どこに所属するスタッフでも使うことができます。これには2つの効果があると実感しています。
一つ目は、設立直後の会社でも、維持管理費を負担すれば、自社の福利厚生施設を即時に持つことができるという点です。普通、設立したての会社は、立派な福利厚生施設をすぐに持つことはできませんよね?しかし、この仕組みなら実現できます。そうなれば、採用活動の大きな支援になりますし、当然、スタッフたちのモチベーション向上にも役立ちます。
二つ目は、会社の垣根を超えた交流の場になっているという点です。社長は、管理費を支払っていますから、スタッフに、「せっかくだから、積極的に使え」と背中を押すわけです。そうして利用者が増えることで、会社を超えた交流が起きやすい状況が促進されます。
― コミュニケーションスペースのコンテンツですが、「食事無料」以外に、何か工夫されたことなどありますか?
熊谷からは、「スタッフを長生きさせてくれ」と言われています。スタッフは、自分の人生を削って会社での仕事に時間を費やしているのだから、長生きできるように支援したいと。ですから、食材には相当こだわっています。とにかく健康重視。原料の産地までチェックしています。いい加減な菓子類なども置いていません。健康に関する顧問も置いて、いつでもアドバイスをもらえる体制も整えています。
― 「シナジーカフェGMO Yours」についての意見なども集めているのですか?
「くまのみみ」という、意見や要望を投稿できる意見箱を設けています。これは福利厚生施設に限ったことではなく、会社に関わること全般が対象です。Webでも紙でも投稿できるようになっていて、投稿されたものはすべて、担当役員に飛ぶようになっています。社長の熊谷も月に一回、必ずそれらをすべてチェックしています。それぞれについて、きちっと対応されているかどうか、総務が主体となって確認をしています。
コミュニケーションスペースについて言えば、基本的に評判は良いのですが、2011年から今までで、このビルで働くスタッフだけでも1000人ほど増えているため、最近は「狭い」という声が上がってくるようになりました。ビルのフロアをすぐに拡大できないこともあり、
この問題をどう乗り越えていくのかが、今後の課題ですね。
託児所は、「社内にスタッフの子供がいること」がゴール
― 次に託児所についてお伺いします。やはり、そのプロジェクトには「立候補制度」を活用したのですか?
託児所設立もコミュニケーションスペースと同様に、立候補制度を使ってプロジェクトメンバーを募りました。こちらも、スタッフが利用するものですから、コンテンツについてはスタッフがほしいものを考えていくのがベストです。それをベースにして、実現していく手段、課題の解決方法については、総務や人事がプロとして関わっていのが合理的だと考えました。メンバーには男性も参加して、積極的に意見を交わしながら、コンテンツを詰めてきました。
― 託児所の定員は?
定員は15名です。それに対して、保育士は11名。とても手厚いサービスを提供していると思います。ただ、現在、定員の15名は埋まってしまっていて、順番待ちの状態です。
順番待ちの優先順位は点数制で決めています。単なる早いもの勝ちにならないようにするためです。例えば、役職については、高くなるほど持ち点が低くなっていて、役職の低い者の方が、子供を預けやすくなっています。また、共働きか否かといった観点も点数に加味されていきます。
― 場所は、この本社オフィスの中にあるのですか?
はい。7階にあります。
― 託児所を高層階に作るためには条件が厳しかったと思いますが。
はい。しかし、そもそも我々が使っているフロアは4階以上なのです。認可を受けて補助金を得るためには、屋外階段の設置が求められます。そこで当初、近くのビルの2階以下のフロアを借りることを考えていました。そうすれば、補助金が出ますからランニングコストが安くなりますし、子供が増えた時にも対応が容易だからです。しかし、熊谷に提案したら、「おまえ、本当につまらない」と、一蹴されました(苦笑)。「ゴールは託児所を作ることではない。社内にスタッフの子供がいることが、ゴールだよ。そうなるとソリューションが違うでしょう」と。目からうろこでした。
4階以上での託児所開設については、厚生労働省に掛け合いました。最終的には、ある程度ご理解はいただけたし、何かあれば相談してくれ、とまで言っていただけました。しかし、補助金の対象にはしていただけませんでした。熊谷と、補助金は諦めて自前で運営しよう、ということになりました。
実際に運営をしていて、やはり子供が社内にいることに意味があると実感しています。同じビルにいるわけですから、休憩時間に様子を見にいくことができます。最愛の子供が近くにいて、すぐに会うことができるって本当に貴重なことです。コミュニケーションスペースには、カフェで一緒に食事ができるように赤ちゃん用の椅子も用意しています。また、お散歩にも出かけるときなど、子供たちがフロアを歩く姿などを見ることもできて、会社の雰囲気を良くしてくれています。
― ただ、渋谷という場所、通勤に子供を連れてくるのは、少しハードルが高い気がします。
確かに、初めは渋谷まで子供を連れてくるのは大変だし、応募もそれほどではないのでは?と考えていました。実際、全社ミーティングで託児所について発表した際、「使いたい人は?」とその場で質問してみたら、ほとんど手が上がらなかったんですよ。熊谷と二人で、随分がっかりしたのですが、蓋をあけてみたら、多数の応募があり、現在も、順番待ちの状態です。
― こちらの費用も無料ですか?
おむつやシーツなどの用意は必要なく、無料でお使いいただけます。ただ、施設の利用料として、月15000円を支払ってもらっています。プロの方々のサービスを受けているわけですから、最低限の費用は負担してもらおうという意図です。
― 何時から何時まで預けることができるのですか?
朝の9月から夕方の19時までです。どうしても残業等で19時までの引き取りが難しい場合には、申請をすれば延長でもできるようにしています。
― 出産を機に退職、というケースは減りましたか?
そうですね。特に、実家が近くにないスタッフは、親も頼れないし、なかなか預けられるところが見つからないということで、仕事を諦めざるをえない人も少なくなかったと思います。そういう人たちが、仕事を続けやすくなったと思いますね。
クリーニングの受け渡し、靴の修理まで頼める「コンシェルジュ」を導入
― 「マッサージ室」はいかがですか?
我々のスタッフは、エンジニアをはじめほとんどが一日中同じ姿勢で座って仕事をしています。彼らの肩こりや腰痛を楽にしたい、ということからマッサージ室を設けることにしました。こちらも、プロのサービスを提供していますから、原価分程度は負担してもらおうということで、10分500円になっています。一人30分までです。今や、予約するのが大変な状況になっています。
― 子供を連れてくることができる、社内には朝昼と食事ができるカフェがある、体が辛ければマッサージを受けられる。社外に出る必要が減っていきますね。
そうなんです、まさにそこを目指しています。更に、出社した後に社外に出ずに仕事を続けられるよう、最近、「コンシェルジュ」を設けました。たとえば、クリーニングを出したいとか、靴の修理をしたいとか、歓送迎会の場所を探して予約するとか、個人レベルで必要なことをお願いできるサービスです。
― そうしたことを気にしなくてよくなると、個々人の生産性が上がりますね。
大きなゴールのひとつは、スタッフの生産性です。できる限り、気持ち良く、仕事に集中できる環境を提供することが、生産性向上につながると考えています。ちなみに、お昼寝のスペースも用意しています。
― お昼寝スペースですか?
はい、12時半から1時半の1時間のみ、会議室をつぶしてベッドを並べます。最初は、マッサージスペースにある簡易ベット3台を昼寝用に12時から20時まで開放していたのですが、人気が高くて。今はこれに加えて、お昼の時間に大会議室の机をすべて片付けて、ベッドを30台並べています。一人30分ですが、毎日入れ替わりで結構埋まっています。
スタッフは家族。人事制度も、現場主導で企画する徹底ぶり
― それぞれの施策が、本当に徹底していますね。熊谷社長の意向ですか?
基本的にはそこからスタートしています。熊谷は、会社で働く人を、決して「従業員」とは呼びません。「従う」という漢字が入っているからです。熊谷は、スタッフを本気で「家族」だと考えているのです。自分の家族と考えたらどうするのか、スタッフ本位の発想を求められています。
実は、現在運用している人事制度も、人事が主導で改定していません。人事制度の本質的なゴールは、その制度がスタッフのモチベーションを向上させて、結果として現場がプロフィットを上げていくことだと考えています。であるならば、現場のスタッフが主体的に盛り上がる制度を作ることが大事だろう、という発想です。実際に、この人事制度の180度見直しを行った際のプロジェクトは、事業本部長、営業本部長たち、副社長であるCOOをスポンサーにして進めました。企画段階では管理系の役員は入れないで進めたので、苦情が来ましたが、スポンサーである長たちの組織で8割を超えるスタッフをカバーしているので、ここが盛り上がって満足することが重要なのです。
そこでの思いが明確になってきて、その後具体的な制度に落していく段階で、プロである我々人事が情報や方法論を提供していきました。結局はある程度オーソドックスな制度に落ち着きましたが、要所要所に現場の意見・思いがちりばめられています。何より、こうした方法を取ることで、現場が、「人事が勝手に作ったものを嫌々受け入れる」のではなく、導入に本気になります。何といっても、「こういう制度があれば、絶対に現場がよくなる」ということが一番わかっている本部長たちの意見がほとんどすべて反映されているわけですから。実際、制度が新しくなってから、それまでは考えられなかった新しい部長やマネジャーが生まれています。
― スタッフ本位といっても、最終的にはビジネスも成功しなければなりません。そのあたりのバランスはどうとられているのでしょうか?
評価も徹底。良い意味での厳しさで、成果を出し続けることができる環境をつくる
これまでお話した一連のサポートと並行して、評価制度にも力をいれています。四半期に一回評価を行い、年に1回360度評価も実施して、総合的に評価していきます。360度評価の結果は毎回フィードバックされていて、匿名でのコメントもありますから、結構厳しい意見と向き合うことになります。おそらく、多くのスタッフが一瞬むっとしたり、ショックを受けたりしたこともあったかと思うのですが、やはり、そうした直言から学ぶことは多い。同時に、そうした厳しい意見の中にも、「やっぱりちゃんと見てくれている」と感じることができる励ましもちゃんと入ってくる。その両輪が人を育てていくのだと思います。
また、スタッフ全員の等級が開示されています。就業規則を見ると、給与規定が書いてありますので、実質、隣の人の給与がわかるようになっています。先ほどお話した人事制度の180度見直しを提案したとき、熊谷のゴーサインの条件が、「2年後にはすべて開示」だったのです。スタッフは自分が出している成果と、会社での評価は見合っているのかを隠しておくことができないわけです。自分の仕事のクオリティに責任を持たざるをない状況と言えるでしょう。逆に評価する側も、自分の評価の結果が晒されるわけですから、いい加減なことはできません。
役員については、評価毎に投票で順位づけをされます。マネジメントが安定して質が高くないと、下が安心して働けないので、容赦はありません。投票による自動交代はありませんが、突きつけられる現実、要求レベルは高いですから、こちらも大変厳しくなっています。
こうした良い意味での厳しさとのバランスで、スタッフが成果を出せているのだと思っています。
― いろいろな意味で働きやすい、働きがいのある環境が整っていることがわかりました。
本日はどうもありがとうございました。
取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)
(2015年12月)