HR Professionals:人事担当者インタビュー
第20回 「会社はあなたを失いたくない」 だから人事部が社員の健康に積極的に関わる。
株式会社ローソン 理事執行役員 人事本部 本部長 ダイバシティ推進担当 日野 武二 氏
今、「健康経営」が注目を集めています。今回は、2014年度・2015年度、2年連続で「健康経営銘柄」に選定されたローソンの人事本部・本部長の日野氏に、企業として健康経営にどのように取り組んできたのか、今後どのように取り組んでいくのかについてお話を伺いました。
日野 武二 氏 プロフィール
1989年株式会社ダイエーコンビニエンスシステムズ(現株式会社ローソン)入社、スーパーバイザー(店舗指導員)を経て、人事部門に。人事部門では幅広く給与、制度企画、労政を担当し、4年間の秘書室勤務後、2014年4月より人事本部長就任。
働き盛りの経営幹部が倒れてわかった社員の健康の重要さ
― 貴社では、ローソングループ社員の健康の維持向上に努めるとして、「健康経営宣言」をされています。まずは、そうした宣言に至った背景を教えてください。
2011年末頃、経営幹部が病を患い、大きな喪失感がありました。50歳前後の働き盛りでしたから、経営的に大変な痛手でした。このことがきっかけで、社員の健康について本気で考えるようになったのです。ビジネスを成功させていく原動力は、結局、一人一人の社員ですから。
経営トップも、この事態を真剣に受け止め、社員全員が健康診断を受けて、早めに手をうつべし、という方針を出したのです。ただ単に受診すればいいということではなく、問題があれば再受診し、生活改善にまでつなげて初めて、本当の意味で「健康診断を受けた」と認めるというレベルです。
それを徹底していくために、受診しなかった本人の賞与と、監督責任者である上司の賞与を減らすという、ディスインセンティブ制度を作りました。このことは当時新聞でも報道されました。それを知った労働基準監督署から、「これは罰則ですか?賞与基準ですか?」とチェックを受けました。主旨を説明したところ、賞与基準としての制度と認められて、運用を継続しています。労働組合からも、社員の健康促進が目的で、人事がディスインセンティブに引っかかる人を出さないように努力をしてくれるのなら、是非未受診者をゼロにしてほしい、と、受け入れて貰えました。当時、ヘルスケア店舗の展開や健康志向の商品投入などもありましたので、この制度により意識が変わり受診率も一気に100%となりました。
再受診した人たちからは、「再受診のおかげで、早期にがんが発見された。本当によかった」といった声が届くようになりました。また、がんと言った大きな病気までいなかくとも、医者から直接、実際の検査結果を見せられながら生活改善指導を受けるのは、会社や健康保険組合が言うのとは格段にインパクトが異なるようで、真剣に生活改善に取り組む人が増えていきました。
健康リスクについて、人事部が直接連絡 「会社はあなたを失いたくない」
健康管理について、2013年からはディスインセンティブだけではなく、インセンティブの提供にも取り組みました。「ヘルスケアポイント」というものです。まず、「健康アクションプラン」というスマートフォンのアプリを提供します。社員は、健康診断の結果をはじめとして、必要される情報をアプリに入力して「健康宣言」をし、例えば「これから1カ月毎日一万歩歩く」、など、具体的な健康目標を設定します。そこから、そうした目標やタスクを達成する毎に、ヘルスケアポイントが付与されます。例えば、「健康宣言」したことに対して何百ポイント、1カ月の目標を達成したら何百ポイント、e-learningを受講して確認テストに合格すると何百ポイントと、といった具合です。これらのポイントが個々人蓄積され、ポンタカードのポイントとして、実際の買い物で使えるようになっています。「健康宣言」をしている参加率は95%を超えています。
― 更に踏み込んで、健康を測る指標を使って、数値目標を持っていると伺いました。
「健康」であるという基準値を超えている社員を減らしていく数値目標を持って取り組んでいます。具体的には、肥満、脂質、血圧、血糖値について、標準値を超えてしまっている人の比率と、喫煙率を下げていこうとしています。その数値や変化は、弊社のWebサイトで公開していますので、是非ご覧になってみてください。
http://www.lawson.co.jp/company/activity/stakeholder/employee/health.html
こうした項目に対して、既に高リスクの状態になっている社員には、健康保険組合からではなく、人事部から連絡をし、「あなたにも家族がおありでしょうから、健康に気をつけませんか。会社としても、あなたを失いたくないのです。ですから今から健康アクションプランをなど、健康のための活動を始めてください」と伝えました。こういうことは、健康保険組合から連絡が入るのが普通でしょうが、それではなかなか行動までつながらないだろうと思い、我々人事が直接話したりメールすることにしたのです。これもかなりインパクトがあったようです。
更に、対象社員に対しては、本人の努力を促すだけではなく、宿泊型の健康指導も実施しています。業業務外での参加になりますが、費用はすべて会社で負担します。その他、血圧計や歩数計を配布したり、電話相談を受け付けたりするなど、多くのサポートプログラムを提供しています。
また、2015年10月には、社長の玉塚が自らCHO(チーフ・ヘルス・オフィサー)に就任し、健康経営をより一層、強化・牽引するようになりました。CHOの下には、統括産業医と健康保険組合理事長をそれぞれCHO補佐として任命しました。同時に、人事部内には、主に社員の健康を推進・サポートする「社員健康チーム」を置きました。これらは、従来からのお客様や加盟店主さんなど我々のビジネスにかかわる方々すべての健康を考える「健康ステーション推進委員会」を更に体制強化したものです。このように、トップの本気が目に見え、常に健康に関するメッセージが聞こえてくる環境になってきましたこともあり、実際に多くの社員が動きだしてくれています。
社員だけに留まらず、店舗オーナー、クルー、お客様の健康までが、対象
― 社員だけではなく、店舗オーナーや、店長、アルバイトの健康も視野に入れているのですか?
「健康ステーション推進委員会」がその推進を検討しています。店舗オーナーさんの中には、健康診断や人間ドッグを長い間受診していないという方が少なくありません。2015年時点では、オーナーさんがおよそ6000人いらっしゃいますが、その半数くらいの方しか定期的な健康チェックを行っていないことがわかりました。受診率を上げていくために、人間ドック及び健康診断の受診補助金制度や健康サポートメニューを用意しています。また、店舗で働くクルーになると、20万人にも及びます。彼らも大切なステイクホルダーです。彼らに対しても何ができるのか。決して簡単なことではありませんが、店舗対抗の歩数コンテストなど、2016年からは地道に取り組んで参ります。
― お客様の健康、ということも含まれてくるのですか?
ローソンの企業理念は、「私たちは“みんなと暮らすマチ”を幸せにします」です。ローソンを利用してくださる1日のお客様の数は、約950万人。この方々の健康についても、当然、視野に入れています。以前から「ナチュラルローソン」があり、そちらには継続的に力を入れていますが、通常のローソンの店舗にも、ナチュラルローソンで扱うような商品を展開するようになっています。
少し前に開発した「ブランパン」という商品があります。これは糖質を押さえた商品で、糖尿病およびその予備軍の方にも召し上がっていただけるパンです。ただ、このパンは当初売れなかったのです。ご存知のように、コンビニの店舗では、売れない商品が棚を確保し続けることは容易ではありません。しかし、このパンについては、店頭から消えないように配慮しました。地道な告知活動が功を奏して、今では、ダイエットを考えているお客様を含め、広く支持される商品となりました。糖尿病患者の方から、「医者からは『パンを食べてはダメ』と言われていたけれど、自分でも食べられるパンがコンビニで買えるのは嬉しい」という声もいただいています。最近は、グリーンスムージーを発売しました。専門店では、5~600円するようなドリンクを、178円で飲めるということで、大変好評です。
その他、病院内で運営されるコンビニの数では、業界第一位です。また、地域の介護事業者と提携して、「ケアローソン」というケアマネジャーによる介護の相談窓口のある店舗もあります。
こうした取り組みが評価されて、経済産業省が選定する、「健康経営銘柄」企業に、2014年度、2015年度、2年連続で選定されました。これは大変励みになっています。
― 健康経営について、今後の取り組みを教えてください。
社員に対しては、毎日の健康生活を後押しするプログラムを作っていきます。また、法制化もされましたが、数年前から実施しているストレスチェックの部門への結果フィードバックを丁寧に実施していくことで、活き活きとした職場作りをしていくこと、スポーツ大会の継続実施、余暇の奨励、また子育て支援などにも力を入れていきます。
また、全従業員の約3割を占める店舗指導員(SV)は社用車での移動が多いため、SV用のドライバーエクササイズ映像や立ち仕事の多いオーナーさんやクルーさん向けのエクササイズ映像を作成し配布する予定です。
毎年、様々な創意工夫をしながら更に健康経営の取り組みを進めていきたいと思います。
― 本日はどうもありがとうございました。
取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)
(2016年2月)