HR Professionals:人事担当者インタビュー
第24回 新規事業立ち上げ支援のための会社を設立。世の中を変えるサービスの提供開始
株式会社hugmo / SBイノベンチャー株式会社
湯浅 数重氏 / 佐橋 宏隆氏
今回は、社内公募から新規事業を立ち上げるためにどんな仕組みが考えられるのか。そして具体的にどんな新規事業が立ちあがっているのか。実際に起業の立ち上げの支援を行っているSBイノベンチャー株式会社の佐橋氏と、その中で実際にビジネスを立ち上げた、株式会社hugmo(ハグモー)の代表取締役社長・湯浅氏にお話を伺いました。
湯浅 数重氏 / 佐橋 宏隆氏 プロフィール
湯浅 数重氏(写真左)
株式会社hugmo 代表取締役社長
1991年東海大学を卒業し、ノーテルネットワークス株式会社に入社。2001年にソニー株式会社に転職。2003年ソフトバンクBB株式会社(現ソフトバンク株式会社)に入社し、技術本部アクセス技術部長に。その後 IT統括 ITサービス開発本部 アプリケーション&コンテンツサービス統括部 統括部長などを経て、2016年より現職。
佐橋 宏隆氏(写真右)
SBイノベンチャー株式会社 事業推進部 部長
2004年ソフトバンクBB株式会社(現ソフトバンク株式会社)入社後、人事本部に配属。中途採用・労務管理・制度企画 等を担当。2009年ソフトバンク株式会社(現ソフトバンクグループ株式会社)社長室へ異動し、グループの中長期戦略策定や新規事業PJ 等を担当。2011年エネルギー事業の立ち上げのためSBエナジー株式会社を設立し、同社へ出向。事業企画部 部長としてメガソーラーを中心とした再生可能エネルギー事業を推進すると共に関連投資先の役員も兼任。2014年より現職。
30年以内に5000社規模の戦略的シナジーグループに。その一端を担う新規事業の立ち上げを
― 本日は、ソフトバンクグループの新規事業、保育クラウドサービス「hugmo」について、その誕生の経緯から、具体的な内容まで伺いたいと思います。
その前提として、まず、ソフトバンクグループで従業員が新規事業を立ち上げる仕組みについて、SBイノベンチャー・事業推進部の佐橋さんにお伺いします。
佐橋(敬称略): ソフトバンクグループは、2010年に、新30年ビジョンを発表しました。その中のひとつが、「情報革命で人々を幸せに」を実現するために、組織構造を中央集権的なものからグループ各社の自律性を保った戦略的シナジーグループに転換し、30年以内に5000社規模に拡大する、というものです。そして、5000社規模のグループを創っていくために、国内外でのM&Aに頼るだけでなく、社員発の新規事業を積極的に生み出していこう、ということになりました。そのために、2011年から「ソフトバンクイノベンチャー」という、新規事業提案制度が始まりました。
当初は、ソフトバンクグループの社長室が、審査通過後の事業推進の支援を担当していましたが、よりスピーディーに事業化の判断をし、事業化に向けてのきめ細かい支援ができる組織が必要だということになり、SBイノベンチャー株式会社を立ち上げました。つまり、SBイノベンチャーは、ソフトバンクイノベンチャー制度をしっかりと新規事業につなげていくために存在する会社ということになります。
ソフトバンクイノベンチャー制度は、グループ従業員であれば「こういう事業をやりたい!」と、誰でも自由に手を挙げることのできる制度です。審査に通り、事業化が認められれば、発案者は経営者として事業を経営していくことになります。単にアイディアを集める制度ということではなく、経営者としての経験を積むチャンスもあります。
2011年の第一回から2014年の第四回までは年一回の募集で、毎回1000件を超える応募がありました。制度を立ち上げた当初は、具体的な新規事業を立ち上げ、経営人材を育成していくというだけではなく、新規事業を自ら考えて立ち上げるのだという文化を醸成するという側面もありましので、Just Ideaのレベルの応募も多くありました。しかし、そうした形式ですと、書類審査からスタートして、二次審査、最終審査、そこからやっとベータ版の作成着手と、応募から事業化までに長い時間がかかる、という問題が明らかになってきました。制度開始から4年経過したところで、新規事業を自分たちで考え立ち上げる社内の文化も定着してきたと判断し、第五回目からは、年2回と回数を増やすと同時に、応募に求めるレベルを大きく引き上げました。
応募は、個人単位ではなく、すぐに事業を立ちあげられるメンバーを揃えたグループで行うこと、応募内容はアイディアレベルではなく、具体的なユーザー体験がわかる提案にすること、を条件としました。そのため、応募数は以前に比べて減りましたが、提案のレベルは格段に上がりました。ですから、書類審査を通れば、すぐにプレゼンテーション審査に進みます。プレゼンではモックアップ提示を必須としました。こうした変更で、スピードが格段に早くなりました。
また、SBイノベンチャーでは、グループ従業員が新規事業の生み出し方を学び、事業化を加速させるための「イノベンチャー・ラボ」を立ち上げ、応募に向けた事前準備の各種支援をおこなっています。
新規事業化検討案には予算がつき、メンバーはSBイノベンチャーへ出向(兼務)
― イノベンチャー・ラボでは、どのような活動を?
佐橋:まず、「学ぶ場」を提供しています。例えば、アイディアはあるけれど、どのようにビジネス化していったらいいかわからないという人たち向けには、リーンスタートアップという新規事業の開発手法を学ぶ場があります。まだ具体的なアイディアはないけれど、ビジネスの立ち上げに興味があるといった人に対しては、アイディアのコンテンツを用意して、事業立ち上げを経験できるワークショップを開催したり、スタートアップ関連の最新ニュースや、著名な創業者の起業ストーリーなどを、定期的に発信したりしています。
また第五回目から、個人での応募ではなく、実際にビジネスを立ち上げることができる形のグループでの応募になりましたので、人との繋がりが重要になってきました。所属する部門によっては、自分のアイディアを形にしてくれるエンジニアとの接点がなかなか持てない人も少なくありません。そこで、様々な職種の人間と出会えるイベントを開催したり、他の社員を知ることができるように、イノベンチャー・ラボメンバー専用サイトで新規事業に関連する経験・スキル・興味がわかるプロフィールを公開したりしています。
― イノベンチャー・ラボにはどれくらいの人が参加しているのですか?
佐橋:イノベンチャー・ラボには、現段階(2016年12月時点)で、約1000人が登録しています。活動は、業務外の位置づけで、平日の夜が活動時間です。特に、「進級」や「卒業」という概念があるわけではなく、参加したいときに参加する、というスタンスです。応募動機は、「何か新しいこと、新しい事業を始めたい」というものが一番ではあるものの、「何か刺激がほしい」という人も少なくありません。そういう気持ちを持って、まず行動することが大事だと思うので、そうした人たちも大歓迎です。イノベンチャー・ラボの活動があるときには、内定者にも声をかけています。実際にイノベンチャー・ラボに参加して、ソフトバンクイノベンチャー審査に応募して、最終選考まで残った内定者もいました。
― 最終審査から実際の事業化までにはどのようなステップがあるのですか?
佐橋:最終審査で事業化検討対象と認められた新規事業案には、その時点で予算を提供します。メンバーは、現職との兼任とはなりますが、SBイノベンチャーへ出向します。物理的に、SBイノベンチャーに席が置かれ、現業から離れて新規事業に集中しやすい環境を作ります。そこでプロトタイプを作って世に出し、検証をしていくことになります。
― 厳しい審査を通過するようなビジネスプランを作れるような人材は、現業でも活躍しているケースが多いのではないでしょうか?現場から、「今仕事を離れられては困る」といった声は出てこないのですか?
佐橋:正直、その点は難しいところです。兼任とはいえ、今、引きぬかれては困るという反応は確かに出てきます。そうした点が、まさに我々SBイノベンチャーの支援活動の重要なひとつで、メンバーが所属する事業部長や経営層と密にコミュニケーションを取って、現場の協力を得られるように地道な活動を続けています。
数十年間ほとんど変わっていない保育園を、クラウドとスマートデバイスで変えたい
― では、こうしたプロセスを経て、2016年11月に事業化に至った「hugmo(ハグモー)」について、株式会社hugmoの代表取締役社長の湯浅氏にお話を伺います。
まずは、hugmoとはどういったサービスなのか、概要を教えてください。
湯浅(敬称略):「hugmo」は、スマートフォンやパソコンから利用できる、保育園・幼稚園などの保育者および保護者向けのサービスです。メインサービスのひとつ、「hugnote(ハグノート)」では、保育者が園児の活動内容や健康状態、園からのお知らせなどを、写真付きで保護者にセキュアに連絡することができます。また、「hugphoto(ハグフォト)」という機能では、「hugnote」に保育者がアップロードした毎日の活動写真や、イベント時などにプロカメラマンが撮影した写真を、アプリケーションを通じて購入することができます。これまで個別の連絡帳や園内掲示などで行っていた各種連絡業務をデジタル化することにより、保育者の事務負担を軽減し、本来の保育業務や、保護者とのコミュニケーションにより多くの時間を割くことができるようになることを目指したものです。
― そもそも、そうしたサービスを立ち上げようと考えた背景は?
湯浅:きっかけは、自分の子供です。妻が育児休暇を終えて仕事に復帰しようとしたときに、保育園に入れることができませんでした。8つくらい、落ちたんですね。お腹の中に二人目がいたこともあって、妻は仕事を辞めざるをえませんでした。彼女はキャリアを積んで、それなりの社会的地位を築いていました。好きな仕事を頑張ってきて、勤務先でも社会でも認められるようなった矢先に、その仕事から離れざるを得ない。それが、2人の子供ができると最大6年続くわけです。保育園が不足していることの影響の大きさを痛感させられる出来事でした。
また、私の親族の中に、長年保育園を経営している者がいます。自分たちのことがきっかけになって、保育園の現状を聞く機会を持ちました。すると、現場はとても大変な状況だということがわかってきました。今でも、ほとんどの業務が紙ベース、数十年前からほとんど変わっていないというのです。メールはある程度使っているようですが、基本的に正式な連絡手段は紙。お金を集めるのも、集金袋です。知れば知るほど、保育士さんたちの過酷な仕事内容がわかってきました。離職率が高いのもうなずけます。
だって、これだけPCやスマートデバイスが発達・普及してきた時代に、ひとりひとりの子供に対して、毎日手書きの連絡帳を書くという作業だけとっても大変なことです。親御さんに出すものだから、誤字脱字があったり、読みにくかったりしたらクレームも入るかもしれない。ただ、そうした環境を変えようと思っても、なかなか予算が取れないのが現状のようでした。ですから、PCなども必要最低限しかない保育園も少なくないと。
私自身、クラウドとスマートデバイスを使って、業務のペーパーレス化、ノンデスクワークの業務の効率化のための様々なクラウドサービスを開発してきたエンジニアです。その技術と経験を活かすことができる、と思い、このビジネスの原型を考えるようになりました。
そんな時、少子化問題解決への支援として、保育園のICT化に補助金が出ることになりました。そうなると、多くの保育園にタブレット端末等を導入するという動きが予想されます。保護者の方々のほとんどがスマートフォンは持っているでしょうから、考えていたアイディアが実現しやすい環境が整う下地ができることになります。ものすごいチャンスだと思いました。
単にビジネスという観点からだけではなく、今大きな問題となっている分野、保育士の待遇改善、働きやすい職場への転換に大きく貢献できる、という点からもです。そこで、さっそくアイディアを形にして、第五回のソフトバンクイノベンチャーに応募しました。そこで事業化検討対象に選ばれ、プロトタイプのリリースを経て、2016年11月に株式会社を設立しました。
まずは技術面の質を確保したうえで、サービスの本質は何かをとことん考え抜いた
― アイディアを形にしていく過程では、どのようなことを考えられたのでしょうか?
湯浅:まずは、技術面の質の確保です。私自身もエンジニアではありますが、もっと深い技術をもった技術者に参加してもらうようにしました。アイディア面では、とにかく本質を考えることに集中しました。
例えば、確かに「保育士さんたちは、紙での業務が多く、とても忙しい」という現実があります。ただ、それだけを考えてしまうと、大量の紙での作業を電子化する、という発想に留まってしまうでしょう。しかし、突き詰めていくと、広い意味で「保護者とのコミュニケーション」も保育士さんたちの重荷だということがわかってきます。そこから発想すると、何がどのように必要なのかが、おのずと見えてきます。
― 例えば、具体的には?
湯浅:保護者にとって、保育士さんから一番聞きたいことは、園に預けている間の自分の子供の様子です。保育士さんたちは、それを知らせるために、これまではそうした情報を「活動報告・日記」として紙に書いて連絡してきたわけです。しかし、保護者は報告を読みたいわけではなく、子供たちが何をしたのかを知りたいのです。そこで、様々な写真をクラウド上にアップして、コメントと一緒にお知らせするという仕組みを作りました。
保護者の視点からみても、百聞は一見に如かずで、生き生きと活動している子供の写真を見る方が、紙数行手書きの何十倍もの情報を手に入れることができます。また、お昼に何を食べたかを、お迎えに行く前に知ることができるので、お迎えの後ではなくその前に、お昼の内容を踏まえて夕飯の買い物をすることができたりします。通常は、お迎えにいくと、その日のお昼の現物がしなびた状態で入口においてある、ということも多いです。
写真に添付するコメントは手入力もできますが、音声で入力できたり、頻繁に使うフレーズをすぐに呼び出すことができたり、スタンプを送ることもできるようにしました。そうすることで、これまで一人最低10分はかかっていた活動日記が、数分もかからずに作成できるようになります。これによって、保育士さんの事務作業時間を大幅に削減することができました。業務の軽減はもちろんですが、空いた時間で子供たちともっと接することができるという質の向上にも貢献していると考えています。
その日子供にあったことが具体的にイメージできて、家での会話が弾むという嬉しい変化も
― 保護者の評判はいかがですか?
湯浅:使用状況をチェックしていると、7割を超える方々が写真がアップされるとすぐにアクセスしています。単に活動状況を知るという以上に、その日あったことが具体的にイメージできるので、家に帰ってからの会話がはずむとか、普段家族と過ごしている時には見せないような表情が写っていることも多く新鮮だ、などの感想を多数いただいており、大変好評です。
― 活動報告以外の機能もあるのですか?
湯浅:プッシュメッセージを、保育士さんから保護者に送ることができるサービスがあります。「明日は水着を持ってきてください」といった持ち物に関するメッセージや、「今、不審者がいますので、気をつけてください」といった情報も、写真付きで送ることができます。
― こうしたサービスですが、園の予算で賄えるものなのでしょうか?
湯浅:デバイスがあることが前提ですが、hugmoの導入は無料です。デバイスの用意から着手しなくてはならない際には、保育園の場合、厚労省の補助金を利用することも可能です。後は、基本機能を使っている分には月々の通信費以外の費用はかかりません。
写真販売などで、園の負担をゼロにするだけでなく、プラスに
― 貴社のビジネスはどうやって成立するのでしょうか?
湯浅:収益源の一つが、写真の販売です。日々の写真や、運動会や様々な行事での写真を、アプリから購入できる仕組みになっています。
その他に、日々の活動記録や写真を冊子やDVDにまとめて販売するサービスなども予定しています。保育園や幼稚園って、人数的に採算が合わないために、ほとんどのところで卒園アルバムのようなものはないんですね。しかし、hugmoのサービスを活用していれば、日々活動記録や写真が蓄積していますから、それらを活用して簡単に卒園アルバムなどを作ることができるのです。
こちらでの販売売り上げは、園と弊社で分けあう形になっています。もちろん、園側にそれで商売をしてもらうということではなく、そこでの売り上げを、保育士さんの待遇改善や施設の改修などに活用していっていただきたいと考えています。
― こうしたアプリケーションは、使いこなせない人が出てきてサポートが大変、ということはないのですか?
湯浅:ユーザービリティについては調査をしましたが、ログインできなかったとか、難しかったという人は全体の3%にとどまりました。また、アプリを開けたらすぐにお知らせ画面で、お子さんの写真をすぐに確認することができます。まずはそれだけで十分という方も少なくありません。本質に立ち戻って、親御さんは何を求めているのか、という点に集中して、できるだけ余計な機能を安易に増やさないようにもしています。
保育士の生産性を上げて、離職率を下げ、子供たちが育つのにいい環境を作っていきたい
― これだけニーズに合致しているサービスとなると、競合が出てきてはいないのでしょうか?
湯浅:確かに、他社もこの分野でのサービスを始めています。しかし、単に書くことが大変だから紙の連絡帳を電子化するという発想では、なかなか訴求・定着しないのではないかと思っています。このサービスの本質は何かについて徹底的に考え抜いて、どういう仕組みが必要なのかというビッグピクチャーを、最初にどれだけ描けているかが勝負でしょう。
本質は、園と保護者のコミュニケーションをスムーズにして質を上げていくこと、親御さんが安心できること、保育士さんの働く環境が良くなって、生産性が上がること、最終的には、このサービスで子育て全般をサポートできること、でしょう。そうなると、おのずとサービスの全体像が見えてきます。それは決して、単に紙を電子化するためのシステムではないのです。その点をぶらすことなく進んでいけば、競争に負けることはないのではないかと考えています。
― 今後、hugmoをどのようなサービスに育てていきたいと考えていらっしゃいますか?
湯浅:まずは、サービスを充実させていきたい。クラウド環境を使って、できることはまだまだあります。例えば、保育士用の業務マニュアルをアップロードしていつでも見ることができるようにしたり、教育環境を作って、いつでも学習・テストができるようにしたり。保育士さんの労働環境を改善して、離職率を下げることに貢献していきたいですね。
保育士さんたちの生産性を上げるということは、彼らが子供たちと向き合う時間が増えるということでもあります。つまり、子供たちが育つのにいい環境を作ること。このサービスを日本全国の保育園・幼稚園などに拡げていくことで、日本の保育を良くしていきたいと真剣に考えています。
また、hugmoは、日本企業の職場環境を改善する支援もできると思っています。これからは、企業が女性に活躍してもらおうと思ったら、質の高い保育サービスが必須になってきています。実際にコールセンターなどでは、子供を安心して預けられる環境がないと、人が集まらないという事態が既に起り始めています。保育園や幼稚園だけではなく、企業託児所での活用にも展開していく予定です。
― 本日はどうもありがとうございました。
取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)
(2017年2月)