HR Professionals:人事担当者インタビュー
第25回 インフラ、制度、意識を変革し、自社の「あるべき姿」を目指す
コニカミノルタジャパン株式会社
取締役 経営企画部 本部長 鈴田 透氏
日本テレワーク協会主催の「テレワーク推進賞・テレワーク実践分門」での奨励賞を受賞しているコニカミノルタジャパン株式会社。多くの企業に先駆けて同社が働き方の変革に取り組み始めたのは2013年のことでした。この動きを中心で担った経営企画本部長の鈴田透氏に、この変革のコンセプトや成果などについて伺いました。
鈴田 透氏 プロフィール
1981年 ミノルタカメラ株式会社(現コニカミノルタ株式会社)に入社。
国内のカメラ営業企画、情報機器経営企画業務に従事したのち、人材開発、人事企画を担当。
2007年 コニカミノルタビジネスソリューションズ株式会社(現コニカミノルタジャパン株式会社)
人事総務統括本部長。
2012年 同社 マーケティング本部長。
2017年 同社、経営企画本部長 コニカミノルタジャパン株式会社の経営全般を管轄するとともに、
「働き方変革」「多様性推進」 のプロジェクトリーダーを務める。
しかし、例えば、お客さまとのアポを早めに入れて家から直行するとか、空き時間は会社に戻らず外で仕事をするとか、あるいはアポが遅めの場合は直帰するとか、そんな働き方があってもいいはずです。それが実現すれば、生産性も高まるし、勤務時間も短縮できます。それが私たちの最初の課題意識でした。
― 現在「働き方改革」の議論が盛んになっていますが、御社は自社の取り組みを、「働き方“変革”」と呼んでいらっしゃいますね。
現在の働き方改革の議論が始まる前だったので、独自に「働き方変革」と名づけて、プロジェクト名も「働き方変革プロジェクト」としました。気づいたら、世の中が働き方改革に関する話題で持ちきりになっていたという感じです(笑)。
現在の働き方改革の議論は、主に長時間労働の抑制や同一労働同一賃金にフォーカスされていますが、私たちが重視しているのは3点、すなわち「業務生産性の向上」「事業継続」「人財確保」です。業務の生産性の向上とは「従業員の生産性を上げて、創造的な仕事ができるようにすること」、事業継続とは、「災害時などでもビジネスがストップしないよう、どこでも働ける環境を整備すること」、人財確保とは「育児や介護をしながら働ける仕組みをつくることで優秀な人材に働き続けてもらうこと」を意味します。
複合機ベンダーが「紙の削減」に取り組む意味
― 変革はどのように進めていったのですか。
先ほど申し上げたとおり、プロジェクトのスタートは本社の移転がきっかけでした。以前はビルの11のフロアにオフィスが分かれていて、社内のコミュニケーションが非常にとりにくいという問題がありました。これを1つのメガフロアに集約することにし、同時に「働き方変革プロジェクト」を立ち上げました。各部署から若手と中堅社員を中心に40人くらいのメンバーを集め、どのような働き方をすべきかのワークショップを繰り返し、それをオフィス設計に反映させていきました。
以前は、社員の半分くらいがデスクトップPCを使っていたのですが、新しいオフィスでは、すべて持ち運びのできるノートPCに変え、固定電話もスマートフォンに切り替えました。また、別々の場所にいるスタッフがコミュニケーションを取れるテレビ会議の環境も整えました。
移転翌年の15年からは、制度面の変革に着手しています。コアタイムなしのスーパーフレックスタイムを導入し、営業職、技術職に直行直帰を奨励するようにしました。また、全国140カ所のサービス拠点に共通のWi-Fi環境を導入して、サテライトオフィス化しました。
16年にはテレワークを全社に導入し、それに伴って紙文書の保管をなくす「保管文書ゼロ化」にも取り組みました。
― コピー機のベンダーが「紙をなくす」というのはかなり大胆な改革だと思います。
いわゆるペーパーレス活動ではありません。ご指摘のように、私たちは複合機を販売していますから、紙をなくそうというのはビジネス的に矛盾となります。そうではなく、一覧性、携帯性といった紙の利点はどんどん活かしていこう、ただし、保管する紙は可能な限り削減して、オフィススペースを有効活用していこう、といった趣旨です。
紙に頼る仕事にはいろいろな弊害があります。例えば、ワークフローの中に紙での決裁プロセスがあると、そのために会社に来なければならなくなります。テレワークを推し進めようとしたとき、こうしたことがネックになります。調べてみたら、弊社では紙での決裁が必要なプロセスが300種類くらいありました。これはすべてやめることにしました。
また、情報を紙で管理していると、その情報が属人化してしまうという問題があります。その人しか知らない情報が個人のキャビネットに入っていたりするわけです。それをデジタル化すれば、情報共有ができるし、キャビネットを設置する必要もなくなります。
私たちが最初に保管文書削減を実施したのは、14年のオフィス移転時でした。このときは保管文書の60%を廃棄しています。重ねるとスカイツリーの高さに匹敵する量です。結果、オフィススペースも25%減らすことができました。しかし、移転後に再び紙が増えていって、1年で25%もリバウンドしてしまいました。放っておくと紙はどんどん増えていくものなのです。そこで16年に、あらためて全国オフィスで保管文書ゼロに取り組んだわけです。その時点で全国の保管文書の量は、重ねると富士山の1.2倍の高さに上っていました。これを86%削減することに成功しています。現在は、半年に一度、紙をいっせいに整理する日を設けて、リバウンドを防いでいます。
― 本来保管が必要のない文書、PDFで共有できる文書、法律上保管が必要な文書など、文書の内容を精査する作業が必要ですね。
おっしゃるとおりです。その精査をしたところ、3分の2以上は電子化して保管する必要すらない文書でした。一方、監査などのために保管が必要な文書も確実にあって、それは全社共通の一カ所の倉庫に保管してあります。各オフィスに書庫ルームを設ける必要はなくなりました。
「自分たちがありたい姿」を考えることが大切
― プロジェクトを進めるに当たって、とくに重視したことは何ですか。
どのような働き方が必要なのかを最初に考え、自分たちがありたい姿や目指すべき目的を共有することです。プロジェクトチームが働き方変革に必要な施策のアイデアを社内から集めて、それを整理し、目標ごとにグルーピングし、最終的に7つの戦略課題にまとめました。「部門を超えた自由闊達なコミュニケーション」「チームプレイを重視した働き方」「俊敏で能動的な行動様式」「効率性と創造性の高い働き方」「情報・知識の組織知化」「いつもお客様の視点で考える」「新本社を商談の武器とする行動様式」がそれです。
例えば、「俊敏で能動的な行動様式」というのは、わざわざ会議を行わなくても、フリーアドレスを活用し数人がパソコンを持ち寄り、モニター画面で共有しながらスピーディーに打ち合わせを行えばいい、といった考え方です。その戦略課題が定まれば、それに必要な打ち合わせスペースや無線環境をオフィスに整備するという具体的なアクションが見えてきます。
ありたい姿や、そこから導き出される戦略課題は、企業ごとに異なると思います。自社に最も適した働き方はどのようなもので、そのためには何をすればいいのか──。そこが明確になっていないと、働き方改革は残業削減運動になってしまう可能性があると思います。
― プロジェクトの主幹部署はどちらなのですか。
一般的には人事部が主幹部署となるケースが多いと思うのですが、弊社の場合、部門横断型のプロジェクトチームがスケジューリングや課題設定を担当し、変革全体の責任はトップが担う体制になっています。トップに近いところにいる経営企画本部が全体の切り回しをしてはいますが、基本的には主幹部署のない全社的な取り組みです。
こういった変革のリーダーはトップでなければならないと私たちは考えています。しかも、重要なのは「トップダウン」ではなく「トップリーディング」、つまり、トップが方針を出すだけでなく、自ら率先して実践することです。例えば、役員会議では紙の資料を一切使わないようにする。そうしてトップが会議の新しいあり方を示すことによって、「紙を使わない会議」というスタイルが全社に広まっていく──。そんな流れをつくるということです。トップがメッセージを発信することはもとより、トップ自らが行動することが変革の推進力になると考えています。
変革に必要な3つの要素
― 変革のプロセスにおいて、欠かせない要素とはどのようなものであるとお考えですか。
3つの要素があると思います。「インフラ」「仕組み・仕掛け・制度」「人」です。例えば、テレワークを実施するという方針を出して、社内制度を整備し、社員の意識も高まってきたけれど、セキュリティが脆弱だったためにテレワークが実施できない──。そんな事態が起こるとすれば、それは「インフラ」の要素が抜けているということです。
― なるほど。それぞれの要素について説明していただけますか。
まず「インフラ」ですが、オフィス内のパーテーションをすべてなくしました。会議室にガラスの壁がある以外、仕切りは一切ありません。席はフリーアドレスで、所属にかかわらずどこに座ってもいいことになっています。しかも、人事、総務、経理など自席での作業が多い部門を除けば、席は社員の7割ぶんしか用意していません。営業系の社員は頻繁に外出していますから、7割あれば十分なのです。
このようなオフィス設計には、席が固定化しないために社員同士のコミュニケーションが活発化するというメリットがあります。また以前だと、部門のメンバーの増減に応じて、かなりの予算を投じてオフィスのレイアウトを変えていました。これも今は必要ありません。
もちろん、オフィス内のネットワーク環境も整備し、どこでもインターネットが使えるし、どこからでもプリントができるようになっています。
― 顧客の情報管理などの面での不安はありませんか。
セキュリティは徹底していますし、どこでインターネットを利用してもログはすべて残るシステムになっていますから、お客さま情報などが漏洩する心配はありません。インフラを整備することによって、そのような不安を排除しています。
― 「仕組み・仕掛け・制度」は、ソフト面の整備ということですね。
そうです。まず、スケジュール管理や会議の収集はすべてアウトルックで行うようにし、スカイプの使い方も周知しました。
また、100項目に上る働き方に関するアンケートを定期的に実施し、それを分析して各部門にフィードバックする仕組みも取り入れました。
とりわけ効果だったのは、先にも触れたスーパーフレックス制度の導入でした。まず営業とシステムエンジニア職から導入し、その一年後から全社員に適用しました。この制度を導入すると、例えば、月曜の午前中に部門のミーティングをやって、月曜午後から金曜まではお客さま先に直行し直帰する、といった働き方が可能になります。もちろん、メールや電話で互いに連絡を取り合う必要はありますが、会社に来て顔を合わせるのは週に一度で済むわけです。これによって、営業担当の月のお客さま訪問件数が1.8倍まで増えました。
また、育児中の社員が子どもを病院に連れていく場合でも、以前の制度では、半日休や全日休にしなければならなかったのですが、スーパーフレックス制度なら1時間だけ休暇をとるといったことが可能です。
また、これも先ほど申し上げた全国約140拠点のサテライトオフィス化も新しい仕組みと言えます。新規オフィス契約をせず、ほとんどコストをかけずにサテライトオフィスを整備した点が「テレワーク推進賞」では評価いただいたようです。
― フレックス制が導入されて日常的にあまり顔を合わせなくなると、上司も部下も不安になるという話をよく耳にします。
バランスを取ることが必要でしょうね。まったく顔を合わせる機会がないというのは問題なので、最低週に一度はフェイストゥフェイスでのミーティングを設けたほうがいいと私たちは考えています。もっとも、そこはマネジメントの技術でもあります。フレックスであるかどうかに関係なく、丁寧な個別対応が必要な社員は必ずいるし、社歴の浅い社員もいます。そのような部下とは直接的なコミュニケーションの時間を増やし、自律している部下には独自に動いてもらう。各部門のマネジメントが個別にそのような判断をしていくのが正しいやり方なのだと思います。
― 3つめの「人」とは、社員の意識変革のことでしょうか。
そうです。実はこれが一番難しいと私は感じています。今までのやり方を変えなくないという人は少なからずいます。その人たちの意識を変える方法にはおそらく正解はありません。一つ言えることは、トップからの継続的なメッセージ発信が非常に重要であるということです。働き方変革の意義や目的を何度も何度も伝えることで、社内に意識が広まっていくのだと思います。
さらに、そこにボトムアップの取り組みも加えていくことも必要です。弊社の場合は、働き方のプロセス改善のアイデアを各現場が出す仕組みをつくっています。現場の働き方をどう変えるべきかを一番よく知っているのは現場の社員たちだからです。
トップからのメッセージ発信とボトムアップのアイデア発信。その双方向のやり取りを繰り返していくのが最良の方法だと考えています。
変革の取り組みをビジネスにつなげていく
― ミドルマネジメントに現場社員の残業率削減のノルマなどを与えたりはしていますか。
それはありませんね。そもそも、残業削減ということをあまり言っていません。もちろん残業が減ることはいいことですが、「減らすこと」ばかりが変革の主眼になると、社員の中にどうしても「やらされ感」が生まれると考えています。非生産的な要素を減らすことで空いた時間を使って何をするかというプラスの発想、つまり「増やすこと」を伝えていくことで、社員も変革を自分事化できるようになると思います。空いた時間で自己啓発の活動や創造的な仕事に取り組んで自分を成長させよう──。例えば、そんなメッセージが有効だと思います。
― 今後の見通しをお聞かせください。
変革に引き続き取り組んでいく一方で、自社での経験をもとにしたコンサルティングサービスをお客さまに提供していきたいと考えています。多くの企業は、「働き方改革に取り組みたいけれど、どうしていいかわからない」という悩みを抱えていらっしゃいます。そのような企業さまに、私たちが経験に基づいたノウハウをご提供できれば、改革の道筋が見えるはずです。私たちにとっても、その取り組みから新しいソリューションサービスが生まれるというメリットがあります。
― 経験をビジネスにつなげていくというわけですね。これからの取り組みに期待しています。
今日はありがとうございました。
取材・文 二階堂尚