HR Professionals:人事担当者インタビュー

第2回 【前半】グローバル競争で勝ち残るために、残されたチャンスは本社機能のテコ入れ

第2回 【前半】グローバル競争で勝ち残るために、残されたチャンスは本社機能のテコ入れ

野村證券株式会社 人材開発部 シニアHRDアドバイザー 藤岡長道氏

今回は、積極的にグローバル化を進めている野村證券株式会社でグローバル人材の育成に携わってきた藤岡氏にお話をうかがいました。グローバル企業における「安心感」の意味、「ルールを創る力が必須」「本社は価値創造工場である」など、今後の活動のヒントになるお話を多数伺うことができました。 (この記事は、個人的見解であり、所属する会社や所属する組織とは一切無関係です)


藤岡長道氏  プロフィール

野村総合研究所で証券アナリストとして欧州株式ビジネスの創業にリサーチの立場で参画後、秘書室長、人材開発部長。野村證券投資情報部長として国際分散投資を進め、野村信託銀行取締役。2009年より研修体系の再構築を志し野村證券人材開発部へ。 日本証券アナリスト協会検定会員。日本人材マネジメント協会幹事。ASTD Global Network Japan 理事、CIA公認内部監査人


グローバル競争で勝ち残るために、残されたチャンスは本社機能のテコ入れ

― 日本企業がグローバル化に成功していくために何を考えていけばいいのか。どのようにお考えですか?

日本の戦後は、実はグローバル化に成功してきた歴史です。我々は決してグローバル化に失敗してきたわけではありません。

最初のステップは帝国主義時代にはできなかった資源の調達のグローバル化。戦前は満州のような場所に進出しなければ手に入らなかった鉄鉱石や石炭といった資源を、戦後は世界から安価に購入できるようになりました。これが日本の鉄鋼業を成長させていきます。

次が商品のグローバル化です。アメリカを中心に、日本がいいものを作れば買ってくれるようになった。その結果、日本の輸出産業が成長していきました。

し かしそれがうまくいきすぎて、スーパー301条に代表されるように、海外からの抵抗が強くなってきます。そこで、商品を一方的に輸出するのではなく、生産 拠点自体を海外に持つ動きが活発になりました。日本企業は世界中に工場を建て、現地の人材を採用していきます。言ってみれば、労働力のグローバル化です。

こうして日本は1980年代までに、鉄の生産量は1億トン、自動車の生産は1千万台を突破し、経済大国になっていきました。ちょうど、「ジャパン アズ ナンバーワン」と言われていたのがこの時期です。

では、こうしてグローバル化に成功してきた1980年代までの日本と1990年代以降の日本の違いを、整理してみましょう。財・サービスがどのように生まれるかを、生産関数で表すと以下のようになります。

   財・サービス=f【技術】(ヒト・モノ・カネ)

戦後から1980年代にかけて、それぞれの要素は以下のような状態でした。

・    技術: 海外から高度な技術を積極的に取り入れ、QCで日本の技術の質を上げる。
・    ヒト: 国内には勤勉でロイヤリティの高い労働力が潤沢に存在。
      高度成長期以降は工場の海外進出によって廉価な労働力を確保。
・    モノ: 良質な原材料を世界から調達することが可能に。
・    カネ: 資金の中心は国内預貯金。低金利の長期資金の調達が可能。(”モノ”言わぬ資金)

それぞれの分野で競争優位を確保することができていたため、当然、質の高い財・サービスを生み出すことが可能でした。

これが1990年代以降どうなったかというと、

・    技術: 新興国が高度な技術力を取り入れるようになり、技術格差が狭まる。
・    ヒト: 海外の各社も世界に工場を最適配置する時代になる。
・    モノ: 新興国もグローバルに材料を調達可能になる。
・    カネ: 国内預貯金から、外国を含む投資家からの資金調達が一般化。(”モノ”言う資金)

つ まり、ほとんどの領域で日本の強みが追いつかれ、相対的な競争優位を保つことができなくなってきたということです。その中で唯一チャンスとして残っている のが、「ヒト」分野の「勤勉な国内人材で固められた本社組織」のテコ入れです。他の分野はこれまでに相当な努力を重ねており、大きな打ち手がほとんどなく なってきている状態ですが、本社組織に関してはほとんどの日本企業で手つかずだからです。

海外の優秀なタレントをどう取り込んでいくのか 〜「安心感」がポイント

― まず、どのようなテコ入れが必要でしょうか。

ひとつは、海外のタレントを惹きつけ、事業の意思決定に外国籍の社員を上手く参画させていくことだと思います。では、そのためにどうしたらいいのか。

私 は、入社時のトレーニング・オリエンテーションプログラムで職業倫理(Business Ethics)を日本語と英語で担当してきました。英語版を受講するのは、ロシア人、韓国人、中国人、インド人など様々ですが、弊社がグローバル化を進め る以前には入社してこなかったような優れたタレントが明らかに増えています。どうしてだろうと考えたのですが、ポイントは「安心感」だろうと。

自 分たちが理解できるロジックで普通にコミュニケーションできる会社だと思えたから、入社を決心できたのだと思います。自分が置かれる環境や将来キャリアな どが明確にわからず、「ともかく、まずやってみろ」などと言われたら不安になります。ルールがきちっと明確になっていて、そのルールに従っていけば自分が どうなっていくのか見えるか否かが重要なのです。芸能の世界では、「雑巾がけから始めて、お師匠さんの背中をみて芸を盗め」といったことが通用するかもし れませんが、グローバルビジネスの世界では、できる限り透明性を高める必要があります。

日本人にとっての安心感というと、感情やハートと いったソフト面のイメージが強いかもしれません。前提として「暗黙の了解」が存在するからでしょう。しかし、文化も言葉も異なる人が集まる場所で「暗黙の 了解」を押しつけることはできません。例えば、「どういう条件を満たせば昇格候補か」という問いに明確な答えがなかったら、決して安心な職場とはいえませ ん。日本の典型的な会社だと、部長が、「私は君を課長にと考えていたんだが、人事の頭が固くてね。もう少し待ってくれないか。専務は君のことを褒めていた から」といったことがまかり通ってしまうかもしれませんが、外国人社員がそんな説明を聞いたらとうてい安心できないと思います。

昇格要件が明確である。論理的に話ができる場が用意されている。フィードバック面談で本音を言うことができる。そうしたことが、海外のタレントたちにとっては安心感を生み出すのだということを、日本企業の人事部門に知ってほしいのです。

グ ローバルカンパニーとして成功していこうと思ったら、優秀な人材にとっての「安心感」を生み出し続けることに手間を惜しまないことです。「今日は飲みに行 こう!」と気軽に誘ったとしても、中には健康上や宗教上の理由で飲酒しない人もいます。その日ファミリーの行事がある人がいるかもしれない。個人個人の事 情をいちいち確認しなくてはならないと動けないのは手間に感じるかもしれませんが、こうした合意形成を無視して事を進めてしまうと、不公平感や不満を生み 出す原因になります。ひとつひとつきっちりと確かめながら進めていくことが、安心感を生み出すのです。

こうして考えると、グローバル企業 における安心感は「Being/あるもの」ではなく、「Making/作り続けるもの」だということがわかります。ですから、人事部の人たちは、「自分の 会社はグローバルな仲間にとって本当に安心な場なのか」「日々、ちゃんと安心を作りつづけているか」という自問自答を繰り返してほしいと思います。例え ば、海外から誰かが出張してきたとき社内でどういう会話が交わされているのか。彼らが参加する会議でどのように意思決定がされているか。そうしたことに敏 感でいる必要があります。もし、あなたが海外企業に勤め、片言のフランス語しか話せないのに自分の存在を無視してフランス語だけで次々と意思決定がされた り、大切にしている信念を否定されたりしたら、「ええ!?」と驚くはずです。でも、実は我々は同じようなことをしているかもしれないのです。

― どうしたらそうしたことに皆が気づき、行動を変えていくことができるでしょうか?


効果的なのが、クロスカルチャー・ロールプレイです。例えば、「中国人の上司の下で働くアメリカ人と日本人の部下」といったシュチュエーションでロールプレイをするのです。

私 が研修講師をしたときに、「中国の大学を出で活躍をしているSEが、入社3年目でマネジャーに昇格したいと言ってきた。一方、日本人の課長は認めないスタ ンスだ」というロールプレイを実施したことがあります。この中国人SE役を、大手企業の人事課長(日本人)にやってもらいました。

「自分 の友人たちはインテルやマイクロソフトに入って、こんなにハッピーにやっている。どうして自分はここでマネジャーになれないのか。差別ではないのか。自分 より明らかに能力の低い○○さんがマネジャーになっているのに、おかしいではないか」といったSEの言い分をしっかりと読みこんだうえで、その役になり きってもらうのです。それに対して日本人課長役の人は一歩も譲らず、「あなたの言い分はおかしい」と諭します。

似たようなシュチュエー ションを2回ほど体験してもらったとき、中国人SE役の課長さんが、「これまでは外国人社員は何を言っているって思っていました。しかし、役になりきって 話をしているうちに、彼の言い分が理解できるようになりました。私が海外拠点でやっていたことを反省しました」とおっしゃいました。

安心 感って「感情の状態」じゃないですか。ですから感情移入できる体験をしてもらうのが効果的なんです。綺麗にまとまったパワーポイントで「グローバル人事は いかにあるべきか」を説明するよりも、ロールプレイで体感してもらった方が圧倒的に理解が深まります。クロスカルチャーを実感ができたところで、そのロ ジックやルールの話をしていく、という順番がいいと思います。

野村出身・男性・日本人がマイノリティの会議も当たり前に
「国際分散本社」の実現が急務


よ く、日本企業の人事の方が「ローカルスタッフの戦力化が課題です」とおっしゃるのを耳にします。この表現を聞くたびに、違和感を覚えるんですよ。そこに は、ヘッドクオーターが上でローカルが下という、明らかな上下関係の意識が見え隠れすることがあるからです。立派なビジョンステートメントが掲げられてい て、グループ全体でそれを実現しようと言っているにも関わらず、そうした意識があるのは矛盾していると思いませんか。

私は80年代に国際 分散投資の仕事を始めました。当時は日本経済が勢いを持っていた時期ですから、日本株だけを扱っていても十分なビジネスはできました。しかし、今後のこと を考えるとそれだけではリスクが大きいだろうと考えて、ヨーロッパ株にビジネスの範囲を広げていったのです。その頃、外国株を扱うのは一般的な取り組みで はありませんでしたが、今では国際分散投資は当たり前です。日本株比率が20%、30%といったポートフォリオを組むことも珍しくありません。このように 経済活動のグローバル化は否が応でもどんどん進んでいます。こうした大きな流れが明らかなのに、本社機能のグローバル化を考えるときだけ無条件に日本人主 力の本社を前提にしていることのおかしさに、早く気がつく必要があると思っています。ですから、本社に外国人を入れ、海外に本社機能に一部は分散配置して 「『国際分散本社』に移行しよう!」と提唱しています。働く人のパスポートの色を意識しない本社というイメージです。

特にこの思いを強く したのは、野村證券にリーマン・ブラザーズから6000〜7000人の人材が来たときです。そのとき人材開発部では、会社の出自を超えてトレーニングチー ムを組むことにしました。「ニュー野村證券のトレーニングをどう設計するか」というディスカッションを2日間かけて行ったのです。2009年3月のことで す。

その最初のミーティングは印象的でした。10数人が六本木のオフィスに集まったのですが、まず日本人が2人だけでマイノリティ、それ から男性が4人でマイノリティ、旧野村が3人でマイノリティ。野村證券出身の日本人男性中心で仕事を進めてきた環境からは想像のできない状況です。

実 際にこうしたチームで働いてみて、戸惑ったというよりはとても新鮮でした。やはり発想の拡がりが違う。英語でのコミュニケーションについては、別に複雑な 哲学を論じるわけではなく、「どうやっていい会社にしていくか」という共通の目的をもって話し合うのですから、それほど難解な単語を知らなくてもほとんど のことは通じます。それまで世界からタレントを集めてチームとして働くことは困難なことだと思っていましたが、むしろメリットの方が大きいと。そしてこう した形がこれから我々の直面していく現実なのだ、ということを身をもって実感することができました。

― そうは言っても、必ずしも誰もがスッとそうした環境になじめるわけではないように思います。


も ちろん、やはり摩擦は起こりますし、お互いの抵抗感が最初からなかったわけではありません。ただ私自身、アメリカやヨーロッパでのビジネスから文化の接点 にいる経験がありましたから、異文化間の触媒やインタプリタ―の役割を果たせたのではないかと思います。チームの中にそうした人材がいることは重要です。 そうした軟骨のようなクッションがないと、やはり、育ってきた社会が持つ価値観や受けた教育の違いから文化的な摩擦・対立をひき起こしてしまう危険性があ りますから。

例えば、日本人同士の会議では、ハーモニーを重視するあまり、上長や年長者の意見に異論があった場合でも、会議中には控えめ に発言しておいて、会議が終わってから別席で「私にはちょっと違った意見があって・・・」と事を進めたりしますよね。これを外国人も参加しているミーティ ングでやったとしたら、「何たる卑怯者!」と一気に信頼を失います。どうして最初からその対立点を皆がいるときに会議のテーブルに乗せないのだと。そうし たときに、両方の文化を理解している人が、日本人には「考えていることはとにかくここで発言して」と背中を押し、外国人には「彼はあまり発言していないけ ど、しっかり考えているだけだから、少し待って」と文化の違いに気づいてもらう。そうすることで、不要な対立を避けて、誤解が誤解を呼んで感情的なもつれ が起きないように調整していくということが重要ではないかと思います。

また、文化の差を強調しすぎると、ステレオタイプのレッテル貼りになるリスクがあるので、まず個人個人の自己理解から、お互いの個人としての違いを認め合うことも大切です。その意味では、MBTIなどの心理検査も有効な手法です。

インタビュー後半は、10月末にアップ予定です。「日本人社員のグローバル化」「本社組織のグローバル化」について、詳しくお話を伺っています。

後半の内容はこちらから

(この記事は、個人的見解であり、所属する会社や所属する組織とは一切無関係です)


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