HR Professionals:人事担当者インタビュー

第4回 企業の「根っこ」を理解して、人事のバリューチェーンを実現できるか

第4回 企業の「根っこ」を理解して、人事のバリューチェーンを実現できるか

ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 人事総務担当 バイスプレジデント 落合亨氏

世界に15万人近くの従業員を要し、各国でビジネスを成功させているウォルト・ディズニー社。そのディズニー社の日本法人で人事総務の責任者を務める落合氏に、グローバル企業の人事に求められていることなどを伺いました。


落合亨氏  プロフィール

1979年ヤクルト本社入社。営業・マーケティングを経て、83年人事部へ。88年にマスターフーズ株式会社へ転職し、中途採用と組織戦略を担当。90年に日本ペプシコーラ社に人事企画本部次長として入社。92年には日本ペプシコーラボトリング社に出向し、リストラクチャリング、人事制度全般の改革をリードした。95年から日本ペプシコーラ社人事総務本部長。98年HRディレクターとしてディズニーストアに入社。 2002年からはウォルト・ディズニー・ジャパンの人事総務担当責任者。キャリアカウンセラー、認定コーチ。


企業の「根っこ」を理解して、人事のバリューチェーンを実現できるか

― グローバル企業の人事としてビジネスに貢献していく秘訣はどのようなところにあるでしょうか?

シンプルに言えば、人事が企業の戦略を理解して、それを組織と人という分野で実行していくことにつきると思います。どんなに立派な企業戦略があったとしても、それを確実に実行できる人材や組織が揃っていなければどうにもなりません。

そのためには、人事のバリューチェーンを理解していることが重要でしょう。経営戦略を立てる経営者・CEOがいて、その下に戦略を執行する経営陣がいる。そのなかで人事の責任者が人事面での戦略実行をコミットする。そして部長クラスが、経営戦略と紐づいた人事戦略を立案し、具体的な制度に落し込んでいく。マネジャークラスはその実行プランを立て、メンバーとともに現場とコミュニケーションをしていく。この一連のチェーンを明確に理解し、実行に移していけるかどうかが、人事のバリューを出していけるかどうかの鍵を握ります。

― そうしてまとめていただくと、至極当たり前に聞こえます。しかしどうしてそれがなかなかうなくいかないと悩む人事が多いのでしょうか。

そもそも、企業戦略の「根っこ」の部分が理解されていないのではないでしょうか?

―根っこ、ですか。

はい。企業が寄って立つ「根っこ」です。グローバルで成功している「エクセレントカンパニー」と呼ばれる企業では、この「根っこ」がしっかりとしています。そのため、何か変化があった時にもフラフラすることが少なく、企業価値をぶらさずに進んでいくことができるのです。その「根っこ」の有無や強弱は人事がコントロールできることではありませんが、少なくともその本質を理解できていれば、ぶれない人事のバリューチェーンを実現することができると思います。逆に、その理解が浅ければ、どこかでほころびが出て、どんな制度や施策も実効性の低いものになってしまうでしょう。

―例えば御社の場合には、どのような「根っこ」があるのでしょうか?

実は、弊社には明文化されたミッションステイトやクレドといったものはありません。ただ、ディズニーのDNAと呼ばれるものがあります。発想の根源と言ってもいいかもしれません。”Disney is special entertainment with heart.” というものです。人事としては、このDNAを従業員に浸透させ、それに基づいてエンゲージメントを高めていくことに力を入れています。このDNAが価値判断基準になっていれば、どんな課題が出てきたとしても、自ずとやるべきこと、やってはいけないことがわかります。そうなれば、トップの戦略と制度・実行レベルとの齟齬がなくなり、バリューチェーンとして一貫性を保つことができます。

人事はDNAの共有とダイバシティを両立させていく目利きであることが求められる

― 確実に戦略を実行できる人材と組織ということですが、人事としてどのようにして実現されているのでしょうか?

人材を見るときに大事にしているのは、パッションです。頭のいい人は沢山いますが、本当のパッションを持っている人はそれほど多くありません。最後までやり切る力と言ってもいいかもしれません。そして、残念ながらそうしたパッションは、ゼロから育てられるものではないと思っています。そういう意味では採用は重要なポイントになります。

― ただ、先ほどのDNAが共有できるかどうか、とのバランスもあるのではないですか。

そうですね。ただただ、情熱があればいいというわけではありません。弊社のDNAを正しく理解し共感できるかが重要な要素です。ジャック・ウェルチ氏(元GEの最高経営責任者)がバリューの軸とパフォーマンスの軸をクロスさせて人を4象限に分けたとき、「パフォーマンは高いが、バリューを共有できない人」と「パフォーマンスは低いが、バリューを共有出来ている人」なら、後者を選ぶと言ったのは有名な話です。私もその考え方に賛成します。弊社のDNA、根っこを共有できない人は、正しいバリューチェーンを構築することができないからです。

ただ、ここで注意しなくてはならないのは、似たような価値観の人ばかりを採用してダイバシティを失ってしまうことです。ですから、リーダーは一定の寛容さを持たなくてはならないでしょうし、人事は金太郎飴のような組織にならないように、チェック機能を果たさなくてはなりません。つまり、根っこをぶらさないようにしながら、ダイバシティを保っていくための目利き、ここが人事に求められていることだと思います。

出自にこだわらずに良いものを素直にリスペクトし、柔軟に取り入れていく

― ダイバシティというお話が出ましたが、グローバル企業で「文化の違い」といったものはどうのように扱われているのでしょうか?

近年、企業によっては、効率性を重視してThinkもActもすべてグローバルで考えていこうとする傾向があります。一方、ローカルでのR&Dやマーケティングを重視するところは、Actの部分はローカル主導にするでしょう。それはその企業が扱う商品やサービスによって様々だと思います。

ただ、グローバル企業としてビジネス展開をしていくのだとすれば、本国とか本国以外といった二元的発想から離れた方がいいのではないかと考えています。どの国であっても、良いプラクティスや商品が出てきたなら、他のところに持っていけばいい。

例えば、米国の企業であっても、日本での成功事例を日本発で世界に展開しても何も問題がないと思うのです。弊社の例でいけば、ディズニー・シーで生まれた、「ダフィー」や「シェリー・メイ」。これは日本で成功を収めてグローバル展開しています。

また、「大人ディズニー」というコンセプトがあります。これまでディズニーというと子供・ファミリーというイメージが強かったと思いますが、「Young Adult Female」というセグメントに対してもアプローチしていこうとするものです。これも日本発の動きで、お陰様で成功を収めています。今、この成功がインターナショナルに注目をされていて、世界的に展開する動きが始まっています。

「本社のある本国」対「その他」と考えるのではなく、既成の枠組みに囚われないで、いいものは素直にリスペクトして、柔軟に取り入れていくというマインドセットが必要なのではないでしょうか。

― その成功に人事としてはどのような貢献をされてきたのでしょうか?

基本的にはビジネス戦略の成功でしょう。5年前から「One Company, One Voice」という活動を行っており、人事は組織の統合という面で、日本として価値を生み出す土台を支えていると言えるかもしれません。

2000年にウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社という会社が発足しましたが、その下には機能別、マーケット別に多くの組織が存在し、一つの会社としての一体感があまりありませんでした。それぞれの組織がバラバラに本国のカウンターパートの戦略を日本において実行するという、オペレーション機能を担っていました。しかし、5年前、現在の社長が、日本としてひとつにまとまり、日本のマーケットを俯瞰し、成長路線に乗せていこうと「One Company, One Voice」という活動を開始しました。

人事としては、エンプロイーサーベイを実施するなどして課題を洗い出し、経営戦略や「根っこ」との整合性を考えながら、制度やカルチャーの異なる会社・組織をまとめていきました。

― それは日本独自のものだったのですか?

はい。この活動が進む中で、グローバルに認められる日本発のプラクティスや商品が生まれてきていることは大変嬉しいことです。部門間の風通しも良くなり、効果的なシナジーが生まれました。

自社に合ったメソドロジー(方法論)を構築していく努力が必要

― 落合さんは、20年以上外資系のHRで活躍されていますが、グローバルでエクセレント企業と言われているところの強みはどんなところにあると思われますか?

私は3社の外資系企業に籍を置きましたが、それぞれの会社で、その会社ならではの人材や組織のマネジメントに関するメソドロジーがしっかりと確立していたと思います。

― メソドロジー、方法論ですね。

そうです。方法が体系立てられています。米国ではダイバシティは避けて通れません。人種、文化、宗教、言葉など、様々な価値観を持った人が共に働くことが当たり前です。そうした環境で統一性を保とうと思ったら、きちっとした方法論を確立する必要があります。

ただ、「方法論」というと、「マニュアル」の作成と勘違いしてしまう人も少なくありません。「マニュアル」は、細かいオペレーションの部分まで規定するものですから、方法論とはまったく異なります。あくまでメソドロジー。優れた方法論は、柔軟性を持っていますから、変化に対応できるのです。

日本企業にも優れたプラクティスが多数あると思います。しかし、それらがなかなか科学的に体系立てられていないのではないでしょうか。Organizational Development(OD:組織開発)からの発想は、あまり日本企業では受け入れられていませんね。日本では人事はまだまだ管理的な役割で手いっぱいで、なかなかそこまで手が回らないのかもしれません。

― そうなると、外国のエクセレント・カンパニーで成功している方法論を取り入れよう!と。他社の事例をそのまま持ってきてしまうケースも出てくる気がします。

複数の外資系企業を経験して思うのは、同じように「エクセレント・カンパーニー」と呼ばれる企業でも、その方法論は様々だということです。実際に、この会社に入社してきたとき、前の会社とあまりに方法論が異なって驚きました。しかし、どちらも世界で成功を収めている企業です。絶対的に正しい方法論が存在しているというよりも、それぞれの会社に合ったものがある。それを構築していく必要がある、と考えた方がいいでしょう。

―そうなると今度は、「やはり日本企業には日本企業のやり方があるから、今のままでいいのだ」といった方向に流れていってしまうかもしれませんね。

「日本的である」こと自体は何も悪いことだとは思いません。しかし、その日本的なるものを、ダイバシティが前提のグローバルな環境下で機能させていこうとしたときに、体系立って理論構築されていないことが問題なのだと思います。そうしたものが出来て初めて、他と比較することができ、価値観の異なる人に納得できるように説明ができて、それぞれの現場で機能するものにしていけるのです。

― 人事にも科学的な視点が必要になってきますね。

米国などでは、制度設計のレベルになると、博士号を持っている人が入ってくることも珍しくないですよね。

グローバルで活躍できるのは、本当の意味でビジネスができる人

― 「グローバル人材」についてお聞かせください。落合さんからご覧になって、グローバルで活躍できる人材というのはどういう人だと思われますか。

当然ですが、語学力は前提でしょう。やはりこれがないと太刀打ちできません。それがベースで、あとはビジネスができる人。それは、グローバルでもローカルでも関係ないんじゃないでしょうか。

具体的に言えば、戦略的思考ができて、パッションとフレキシビリティがある。目的達成意欲が高くて、柔軟性がある。

― 確かに、そうした人材ならどこでもビジネスで成功できますね。育成という観点からは、何か特別にされていることはありますか?

ショートタームアサイメント(STAR Program)というプログラムがあります。選抜されたメンバーを海外拠点に3カ月ほど派遣し、実際の業務を体験してもらいます。もちろん、日本でも海外から受け入れを行っています。「かわいい子には旅をさせろ」ということですね。

それからエグゼクティブコーチングでしょうか。次期リーダー候補やエクゼクティブにはコーチをつけて、自らを客観的に理解してもらい、成長をサポートします。

― 最後に、今人事に携わっている人にメッセージをお願いします。

最近読んだ本で、“なるほど”と考えさせられたものがありました。「日本人であることを強みとして活かせるか否かの軸」と、「知識集約的な仕事か否かの軸」をクロスしてできる4象限に仕事マッピングして考えるのが、グローバルな環境でキャリアを考える上で有効なのではないかと思っています。

【4象限】

・国籍が関係なく、労働集約的な仕事
・日本人であることを強みとした、労働集約的な仕事
・日本人であることを強みとした、知識集約的な仕事
・国籍が関係なく、知識集約的な仕事

例えば、「日本企業で日本国内の人事を担当する」。これは、「日本人であることを強みとした知識集約的な仕事」になりますね。一方、グローバル企業のグローバル人事。これは「国籍が関係ない知識集約的な仕事」ということになります。グルーバルで活躍するファンドマネジャーなどもここに入るでしょう。この分野の競争は相当ハードだけれど、生き残れれば今後ますます仕事は増えていくし、収入も劇的に上がっていく。

一方、「国籍が関係なく労働集約的な仕事」、例えばコンビニストアの店員さんとか、一般的なプログラマーなどもこの領域に入ってくるでしょう。率直に言えば、リプレイスメントされやすい仕事領域。もしこの仕事領域にいたら、日本以外の賃金の低い人々に仕事をとって替わられる可能性が大であり、それは賃金デフレへ向かうということです。実は国勢調査によると、日本の労働者の77% の人がこの領域に居るということが実態であり、労働市場におけるグローバル競争がさらに厳しくなるということです。

グルーバル化は避けて通れないトレンドです。今後、人事の世界でキャリアを積んで、次の世代を担っていく方々には、例えばこのように整理して、自分なりのキャリアプランを立てていくことが必要なのではないでしょうか。

― 本日はどうもありがとうございました。

取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(戦略的人材マネジメント研究所)

(2012年11月)

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