HR Professionals:人事担当者インタビュー
第5回 経営的、長期的、多面的な視点を持っていれば、年上の部下にもリーダーシップが発揮できる
東京コカ・コーラボトリング株式会社 取締役常務執行役員 管理統括本部長 弓削進志氏
今回は、主に東京地域でコカ・コーラ製品をボトリング・販売している東京コカ・コーラボトリング株式会社の取締役である弓削氏に、抜擢人事、後継者育成などについて伺いました。
弓削進志氏 プロフィール
1979年 東京コカ・コーラボトリング株式会社に入社。1991年に慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士を終えMBAを取得。1996年から経営企画室および人事部を経て2000年人事部長、2003年経営企画室長、同年執行役員に就任。就任後はコカ・コーラナショナルビバレッジ株式会社に人事・労務担当執行役員として出向、人事制度構築に携わる。2005年東京コカ・コーラボトリング株式会社取締役に就任後、取締役常務執行役員 管理統括本部長として現在に至る。
質の高いマネジメント力をつけるため、25年前から海外・国内留学制度を導入
― 本日は、後継者も含めて、人材育成についてお話を伺います。まず、その前提として、御社の簡単な歴史を教えていただけますか?
弊社は日本で最初にコカ・コーラを販売した会社です。昭和31年のことになります。それまでは醤油やビールなどの卸売りをしていましたが、創業者である高梨仁三郎は、このままの業態では先に拡がりがないと感じていました。そこで、直接消費者に商品を提供できるコカ・コーラの販売に目をつけ、アトランタの本社と直接交渉をして、日本でのボトリング・販売の権利を取得しました。
― 創業者の人材観というのはどのようなものだったのでしょうか?
高梨は、従業員は皆家族であり、財産であると考えてしました。「家族主義」ですね。また、二代目である現会長も、会社は人である、という信念を持っています。
我々は営業が中心の会社ですから、社員は皆、セールスなどの現場からスタートします。「家族」であり「財産」である従業員たちには、現場での経験や知識だけはなく、しっかりとしたビジネス知識も取得してもらい、質の高いマネジメントができるようになってほしいということで、留学制度を開始するのです。
― それはいつ頃のことですか?
今から25年前になります。これには海外留学と国内留学がありました。海外留学は、語学研修の後、海外のボトラーで1年間研修をする、というものです。国内は、慶應義塾大学のビジネススクールに2年、です。
― 25年前にそれだけの制度を実行したというのは早いですね。選抜はどのように?
希望者に手を上げてもらい、そこから選抜をします。私自身も国内留学を経験しました。私はもともとエンジニアとして入社からずっと工場の現場で働いていましたが、30歳のとき突然の配置転換で、労務の仕事に移りました。その2年目にこの制度ができたことを知り、自ら手を上げました。留学制度の二期生になります。
― 現在も制度は変わらず運営されているのですか?
海外留学については、10年前に解消しています。というのも、やはり英語を介して何かを学ぶならMBAといった資格取得目標があった方がいいだろうと。一方、国内留学は留学先を変えています。せっかくMBAを取得するなら英語とセットが有効だろう、ということです。そこで現在は、グロービス経営大学院の、英語だけでMBAを取得するというコースに人材を派遣しています。今、30代半ばの女性がそちらに通っています。9月には、若手の男性社員が通い始める予定です。ただ、そうは言っても現在の英語力がそこまではいっていないが、能力・意欲がある、という人も無視はできません。彼らには日本語で受講する夜間や土日のコースに通ってもらっています。
MBA取得後は、経営企画室に配属 学びと実践を融合させる
― MBA留学の話になると、留学から戻ってきた後の扱いに苦労されている企業が少なくありません。御社ではいかがでしょうか?
弊社では、留学を経験してから辞めた社員はいません。それは、留学から帰ってきた直後には、必ず社長直轄の組織である経営企画室に配属しているからだと思います。最低1年はそこで働いてもらう。経営企画室にいれば、トップが考えていることがよくわかりますし、部門横断的なプロジェクトも多いですから、社内全体のことが見えてきます。机上で学んできたことと照らし合わせることで、経営感覚が身についていくのです。その後、自分が進みたい方向に進んでもらいます。
― 確かに、そういう受け皿があれば社員自身も受け入れ側も悩むことがありませんね。御社では、若手の抜擢人事も積極的だと伺っています。
そうですね。現在、41歳の執行役員もいます。私自身が人事部長になったときには、3人の課長はすべて年上でした。しかも、1,2歳ではなく、10歳くらい違っていました。他のボトラー会社の人事部長も、皆一回りくらい年上でした。
― そうしたことが実現する背景があるのでしょうか?
留学と経営企画室業務を通じてマネジメントをしっかり勉強してきた人たちが、年齢を超えて評価されているということもあるでしょう。また、現在弊社には外国資本が入っており、社長はスペイン人です。彼らが重視するのは、ロジカルに話ができるかどうかです。きちっと主張して、ロジカルに議論ができるとなると、旧態依然としている人では難しく、結果として年の若い人が浮上してくる、という面もあると思います。
一つ上の視点を持てれば、年齢を超えたリーダーシップを発揮できる
― なるほど。ただ、そうして選ばれるのはいいですが、年上の部下に対してリーダーシップを発揮するのはなかなか大変ではないでしょうか?
実は、思っているより難しいことではないと考えています。
― 難しくない、というのは意外です。具体的に教えていただけますか?
ポイントは視点の違いでしょうか。私を例に取れば、ビジネススクールで学んだ後、経営企画室でトップの考え方や会社全般の動きに直接触れる機会がありました。そこで、経営的な視点、長期的な視点、多面的な視点を持つことができたと思います。
例えば、経営全般の現状と将来を考えたら、人員調整がベターな選択肢であるという状況がありえます。しかし、ずっと人事畑だけを歩んできた人たちは、なかなか自分たちが「聖域」だと思い込んでいる分野に踏み込むことができません。それに対して、経営的、長期的な視点から方向性を示し、自ら実行することができれば、リーダーシップを取ることができます。
また、人事担当者たちと制度改革などの話をしていると、関連会社間や同業他社間での制度比較に終始してしまうことがあります。そうした発想では何のイノベーションも起こせません。比較するのであれば、例えば、日本で優良企業と言われている人事部と比較するべきです。規模や業種が異なっていたとしても、人事の役割を果たすという点で、「優れている」と言い切れるのか。そうした発想でベンチマーキングしなくては、大きく成長していくことはできません。こうした、多面的なものの見方と進むべき指針を提示できれば、年齢に関係なくマネジメントをしていけると思います。
後継者候補一人一人のキャリアをデザインし、定期的に修正を
― 抜擢人事のお話を伺いましたが、後継者育成というのはどのようにされているのでしょうか?
取締役は、時期リーダーを選抜し、育成する役割を担っています。そのためにまず、ポテンシャルのある人たちを棚卸します。そこで社外のアセスメント会社を使っての客観的な評価や、社内での多面評価を行い、総合的な視点から後継者候補を選抜していきます。この方法は7年前からスタートして、既にそこから役員が出ています。
― 選抜後の育成はどのように?
常勤取締役で、「人材開発会議」を作っています。そこで、執行役員までなれそうなのか、社長までもいけそうなのか、各候補者のポテンシャルを判断していきます。そうしたゴールに合わせて、そこまでのキャリアをデザインしていくのです。社長までいけるポテンシャルがあるなら、次は子会社の社長を経験させて、といった具合です。ひとりひとりのプランがすべて異なります。
― 人材開発会議は年に何回くらい開かれるのですか?
基本的に2回です。新しく選抜された人材と評価とキャリアプランを描くと同時に、すでにプールされている人材の棚卸を定期的に行い、各人のプランの修正をしていきます。もし、問題があるとしたら何なのか。その改善のためにはどうしたらいいのかを考えていきます。もちろん、残念ながらプールから外れるという判断をする場合もあります。
― 今、後継者育成をどうしていったらいいのか、悩んでいる企業は少なくありません。御社では、実にシステマチックであり、同時にひとりひとりをしっかりと見ていくプロセスが整備されているのに驚きました。
「何人採用したか」ではなく、「会社に必要な人を何人採用できたか」が重要