HR Professionals:人事担当者インタビュー

第7回 「日本で一番、ウェブのプロフェッショナルが活躍する会社になる」ために

第7回 「日本で一番、ウェブのプロフェッショナルが活躍する会社になる」ために

株式会社メンバーズ 執行役員 経営企画・人材開発担当 経営企画室長 兼 人材開発室長 高野明彦 氏

フレックスタイム制/裁量労働時間制を採る企業が多いウェブビジネス業界にありながら、9時出社の固定労働時間制を導入したり、長期雇用を目指して積極的に日本版ESOPを運用したりするなど、独自の人材マネジメントに取り組むメンバーズ。今回は、同社が何故現在のような制度導入に至ったのか、また今後どのような取り組みを予定していくのかについて、執行役員の高野氏にお話を伺いました。


高野明彦 氏  プロフィール

日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)、新生銀行を経た後、2005年に株式会社メンバーズ入社、2011年10月執行役員に就任、経営企画及び人事担当。子会社の株式会社コネクトスター取締役及び株式会社エンゲージメント・ファースト取締役兼務。2006年11月の株式公開を始めとし、リーマンショック後の全社変革プロジェクト、人事制度改革、中期経営計画の策定・実行、ミッション・ビジョンの浸透プロジェクトなど全社的な重要プロジェクトの推進を数多く担う。


「このままではいけない」と若手幹部が「プロジェクトX」を立ち上げる

― 御社では、この業界では珍しく、9時出社の固定時間労働制を採用されていると伺いました。創業からそうだったのですか?それとも何かのきっかけがあって、変化したのでしょうか?

もともとは、他の多くの企業と同様に、フレックスタイム制/裁量労働時間制を採っていました。当社の人事制度が大きく変わるきっかけになったのは、2009年に若手幹部陣が自主的に立ち上げたプロジェクトです。当時のメンバーズは、社員が忙しく働いている割になかなか利益が上がらず赤字に陥っていました。結果的に離職率も高くなり、社内の雰囲気も暗い。若手幹部を中心に「このままではいけない」という危機感が高まって、会社再生プロジェクトを立ち上げたのです。自分たちでは、「プロジェクトX」と呼んでいました。

― 経営層からの指示ではなく、あくまで自分たちで?

はい。ただ、最終的には会社から承認を得て進めましたが。

― 具体的にはどのようなことを?

プロジェクトの大きな柱に、「黒字必達」がありました。それまではベンチャー企業によくあるように成長志向が強く、意識的にではないにせよ利益よりも売上数字が優先されてきました。しかし、ここではまず、必ず利益を上げることを目指しました。それまでは前年に対してマイナスの売上目標を立てることはありませんでしたが、初めて減収予算を作り、利益が見込めない案件は思い切ってお断りしていきました。本社移転をしたものそのひとつです。虎ノ門から五反田に移転することで、年間のコストを1億円ほど下げることができました。

業界には珍しい、9時出社の固定労働時間制を採用

― そのとき、人事制度にも手をつけられたのですね?

はい。フレックスタイム制/裁量労働時間制だった当時、10時始業といいながらも、皆昼くらいまでに出社し、夜遅くまで働くというのが普通になっていました。長時間働いているから、疲れている。疲れる割に会社の業績が上がらない。それでも、弊社は当時から大型案件を持っていましたから、社員は短期間でもそれなりに多くのことを学ぶことができました。だから、3年くらいで辞めてしまう人がとても多かったのです。当時、離職率は20%を超えるところまできていました。まずはこの状況は変えなくてはならない、と考え、思い切って9時出社の固定労働時間制を採用することにしたのです。

― それに対する反発はありませんでしたか?

当然、ありました。「早く来たとしても、結局帰る時間は変わらないだろうから、更に長時間労働になるだけだ」とか、「その時間に出社すると、電車が混んでいるから余計疲れる」とか、ネガティブな意見が続出しました。

また、労働時間制の変更に伴って、賞与制度にもメスを入れました。賞与の原資を会社の業績に完全連動させ、利益の50%と定めました。残業が増えてコストが嵩めば利益を圧縮する。過重労働を減らして、利益を出して、賞与を増やそうと。ただ、当時、2期連続で赤字を出していましたので、こちらに対しても反発が大きかったのは事実です。

― そうした声にはどのように対応されたのですか?

社員を20人くらい集めたプロジェクト的なチームを立ち上げて、何度もミーティングをしながら、現場の意見を吸い上げていきました。そこでは、会社の現状を率直に伝えました。このまま利益が出ない状況では上場廃止になってしまう。それではお客様の信用を失ってしまうし、場合によっては会社の存続も危ぶまれる。それは誰も望んでいることはでないだろう、と。こうした協議の中で、社員の納得感を得ていきました。

残業時間と評価制度をリンク。効率の良い働き方を促進

― 実際に9時出社の固定労働時間制にして、皆スムーズに移行できたのでしょうか?

おおよその納得感を得てのスタートではありましたが、やはり「どうして?」と心からは納得できていない社員は、当初一定数いたと思います。同業他社はほとんど裁量労働制で、夜遅くまで対応をしている。それに対して、自分たちの労働時間帯は現実的ではない、と感じる社員が少なからずいました。

― 定着のために何か施策を打たれたのですか?

例えば「朝チャレ」という企画を実施しました。残業するなら夜ではなく朝、というキャンペーンです。しかも朝残業したら、朝食代1000円がつくというものでした。

― いいですね。今も続いているのですか?

いえ、残念ながらこれはもう終わってしまいました(笑)。その他、「ソーシャルサマーキャンペーン」というのもありましたね。水曜日をノー残業デイに設定したのですが、皆なかなか帰らない。そこで定時に帰るきっかけを作ろうと、水曜日に社員同士で飲みに行ってその様子を撮影し、フェイスブックやツイッターにアップしたら、一人1000円の補助を支給するというものです。

― ただ、そうは言っても、先ほどのお話のようにお客様のある商売ですから、何となく早く帰りにくいというのもあったのではないでしょうか?

当然、そうした意見はありました。そこで、会社として公式に、「メンバーズは水曜日をノー残業デイにします。社員が健康で長く働ける環境を作ることで、仕事の品質の向上を図り、お客様のビジネスに貢献します」というメッセージをリリースしました。メールのフッターにはそのリリースへのリンクを貼るなど、外部に知ってもらう努力をしました。

また、正式な制度として、残業時間と評価制度とリンクさせました。残業とパフォーマンスの関係を見るようにしたのです。長い時間残業して成果が上がらなければ評価が下がる。逆に短い残業時間で成果を上げることができれば評価が上がる。わかりやすい仕組みです。これらによってだらだらと仕事をする習慣を変えることができたのではないかと思います。現在ではその意識が浸透してきた効果が見えたので、廃止しました。

― 制度を変えるきっかけが、社員が疲弊しているのに利益が出ず、離職率も高かったといことでしたが、変化はあったのでしょうか?

はい。昨年度の離職率は10%を切りました。また、職場も圧倒的に明るくなりました。会社の業績も回復し、一定の利益を出せる基盤が整いました。

「日本で一番、ウェブのプロフェッショナルが活躍できる会社になる」


五反田に移転したときには、思い切り利益志向に舵を切ったと申し上げましたが、その一環として、外注パートナーの活用を積極的に行いました。手を広げ過ぎずに自社の強みを明確にするために、自社ではプロデュース業務に集中することとし、制作・開発業務は基本的に外部に依頼することで収益性を高めたのです。

しかし、「プロジェクトX」が一定の成果を上げてきて、業界としてもまだまだ成長が見込めましたので、2011年頃から成長戦略に舵を切りました。そこでもう一度、内製化を進めることになります。エンジニアやデザイナー、コーダーといった人材を積極的に採用して育てるわけですが、優秀なウェブ人材の需給バランスは需要過多になってきており、本腰になって取り組む必要がありました。

そこで掲げたのが、「日本で一番、ウェブのプロフェッショナルが活躍する会社になる」ということでした。その一環として今のオフィス(晴海)に移転することにしました。

― 新しいオフィスのづくりでこだわった点はどのようなことですか?

ひとつは、オンとオフのメリハリをはっきりとつけて、心身ともに健康で働ける環境を作ることです。仕事のスペースと、休みをとるスペースをはっきりと分けました。例えば仕事のスペースでは、飲み物以外の飲食は原則禁止です。あくまで仕事に集中する場所としてデザインしました。その代わりに、休みたいと思ったときにはゆっくりと休憩できるスペースを提供しています。

― デザインやプログラムの仕事というと、夜遅くまで働いて、夕食ではデスクで、夜食にお菓子をつまんで、といったイメージがありますが、9時出社といい、座席での飲食禁止といい、ユニークな環境づくりですね。

そうかもしれませんね。しかし、一定の成果を上げている実感があります。また、仕事のスペースは、会社にいらっしゃった方々に我々の働きぶりをご覧いただけるよう、オープンな作りになっています。「見られるオフィス」です。もちろん、顧客情報などが目に触れないように設計されていますが、プロジェクトがどのように運営されているのか、社員がどのように働いているかを、肌で感じていただくことができるようになっています。

というのも、ECサイトの運営やウェブマーケティングの品質、業務の生産性といったことは、なかなか言葉や数字だけではお伝えしきれないものだからです。そこで、実際に働いている様子を直接ご覧いただいて、その仕事ぶりを実感していただくのが一番いいのではないかと考えました。同時に、社員サイドから見れば、日本を代表するような会社の役員クラスの方々も含めて、多くのお客様を目の当たりにする機会があるということ。彼らのモチベーションが上がるという効果もあります。

― そういえば、オフィスに足を踏み入れると、皆さん気持ちよく挨拶をしてくださいますね。これは人事主導で活動か何かをされているのですか?

いいえ。社会人としての常識として「あいさつをしよう」と勧めてはいますが、会社が強制的にやらせているわけではありません。しかし、こちらのオフィスに移転してきて、お客様が頻繁にご訪問になる環境に置かれたことで、皆があいさつするようになりました。

5年先、10年先の会社に夢を持って働く気持ちになれるか

― 業績の回復を果たし、離職率も下がってきた。社員の方々もモチベーション高く働いている。いいことずくめのように思えますが、今何か課題はお持ちでしょうか?

確かに、社員たちは今の仕事を楽しんでくれていると思います。しかし、会社が今後めざすべき方向やビジョンが腹落ちして、深く共感しているか、というとまだまだそうはなっていないと思っています。

というのは、ここ最近、5,6年働いて、特に会社や仕事に不満はないけれど、他のことをやってみたい、という理由で退職する人が増えてきたのです。以前は、2,3年くらい働いたあと、会社が嫌になって辞めるというかたちがほとんどだったのですが、あきらかに傾向が変わってきました。弊社で5,6年しっかりと働ければかなりの力がつきますから、そういう人たちにとって魅力的な転職先は少なくありません。そうなったときに、会社のビジョンと自分の将来がうまくマッチングできないと、会社を離れるという決断をしてしまうのだろうと思います。

会社のミッションやバリューがないわけでも、それらを伝えてこなかったわけでもありません。むしろ積極的に伝えようとしてきたつもりでした。しかし、それらが、自分の成長や価値観とか、自分を通しての世の中への貢献とかとどうつながっていくのかがすんなりと腹落ちするようには伝わっていなかった、ということです。

社員が5年先10年先のメンバーズに夢を持って働く気持ちになれるようなかたちで、ミッションやバリューを言語化し、伝えていく努力をしなくてはならないと考えています。

― そうしたことも含めて、社員とのコミュニケーションはどのようなかたちで取っていますか?

全体会を毎月開催しており、半年に一度、全社員が集まる社員総会を外部会場で開催しています。また、創立記念日には、「メンバースデイ」を開き、月に一回「MEMBUZZ(メンバズ)」という社内報を発行しています。メンバーズとバースディで「メンバースディ」、メンバーズと口コミを意味するBUZZ(バズ)をつなげて「MEMBUZZ」と遊び心も忘れないようにしています(笑)。こうした機会を最大限に活かして、いろいろな角度から価値観の共有を図っていっているところです。

育児休暇取得、産休からの復帰でもポイントが付与される、日本版ESOP

― その他、社員が長く働こうと思うための工夫などされていますか?

はい。「M-Life」という日本版ESOPはその一つです。退職時株式給付制度ですね。こうした制度を取り入れている会社の多くは、業績や評価に連動させてポイントを付与していると思いますが、弊社では役職に応じて全員に同じポイントを付与しています。それをベースに、社員のライフイベントに対してポイントを加算するかたちをとっています。ですから、名称に「Life」が入っているのです。

― ライフイベントに対してポイントというと?

入社、正社員化といった会社関係のライフイベントはもちろん、結婚、出産、産休・育休復帰といったプライベートなイベントもポイントの対象になります。つまり、長く働いて、プライベートな生活も充実させることで、退職時に取得できる株数が増えるということです。株での支給ですから、それまでに株価が上がれば上がるほど取得できる金額が上がります。株価を左右するのは会社の業績。会社の業績を左右するのは社員一人一人の貢献、ということです。2012年から導入しました。

― 育児休暇、産休からの復帰でもポイントが付与されるというのには驚きました。子供を産んで、戻ってくるとそれだけでポイントがもらえるということは、女性に対して「長く働いてほしい」というメッセージにもなりますね。

その通りです。優秀なウェブ関連人材はますます需要が高まってくるでしょうし、この世界は「人」の優劣が成功の鍵を握っています。人材がどんどん辞めていってしまうようでは、この業界で成功し続けていくことはできません。ですから、評価制度も、5年前までは完全な成果主義を採っていましたが、今は、業績貢献度や能力も評価対象としています。更に、半年に一回、社長以下マネジャー全員が丸2,3日かけて全社員の評価を行い、現場のマネジャーにそこでの結果をしっかりとフィードバックさせていくという仕組みを作り、実行しています。

― 人に対して真剣に取り組む御社の姿勢がよく伝わってきました。

少し違った方向からの話になりますが、2011年に仙台オフィスを開設しました。弊社でも復興支援を考えていましたが、義援金といっても、我々が送ることができる金額はたかが知れている。それであれば、我々のビジネスとしても成り立って、被災地にも貢献できることを考えようということで、オフィスを立ち上げました。当初はレンタルオフィスを借りて3名でスタートしましたが、2012年には正式にオフィスを立ち上げ、今では30名が働くまでになっており、自身や家族が被災した人たちが多くいます。東京とは常にウェブ会議システムをつないであって、いつでも直ぐに話が出来るようになっています。震災がなければ、この時期に東京以外にオフィスを持つことはなかったかもしれませんが、ここから得たことは多くありました。

― 状況に柔軟に対応して成長されていかれるメンバーズ。来年、再来年はどのようなことに取り組まれているのかが楽しみです。本日はどうもありがとうございました。



取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(戦略的人材マネジメント研究所)

(2013年7月)

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