HR Professionals:人事担当者インタビュー

第8回 介護の問題を抱える社員が介護と仕事を両立できるよう、人事として全面的にサポートしています

第8回 介護の問題を抱える社員が介護と仕事を両立できるよう、人事として全面的にサポートしています

株式会社すかいらーく 人財本部 人財企画グループ ディレクター 匂坂 仁 氏

今回は、従業員の家族介護を手厚くサポートしている株式会社すかいらーくの匂坂氏に、その取り組みの背景と具体的な仕組みについてお話を伺いました。匂坂氏は、以前同社が経営していた「すかいらーくケアサービス」で介護事業に携わったこともあり、介護の世界の現実をよくご存知です。多くの日本企業が避けては通れない「社員の家族介護」を、会社はどのようにサポートできるのか、ヒントが詰まったお話でした。


匂坂 仁 氏  プロフィール

1984年12月株式会社すかいらーくに現在の契約社員の原型となる事業部契約社員として入社。1988年6月に正社員として再入社し、1994年12月まで店舗勤務。その後、海外中国子会社、仕入、宅配事業、新事業など多くの部門経験を経て、2001年4月に子会社の株式会社すかいらーくケアサービスに取締役として就任し、介護事業を展開。2009年4月に株式会社すかいらーくに帰任し、現在、人財本部 人財企画グループ ディレクターとして、人事制度改革を推進している。


何故93日なのか。案外知られていない、介護保険制度の内容

― まず何故、介護の問題に注目されたのか教えていただけますか?

現在、50代の従業員の親御さんは介護が必要だと考えた方がいい状況になっています。今後は晩婚化が進んだ世代の年齢が上がっていきますから、40代が親の介護をするという時代がすぐにやってきます。介護は育児とは異なって、終わりが見えません。この問題に早く手をつけておかないと、働き盛りの優秀な従業員をみすみす失うということになってしまいます。

また、すかいらーくは、2000年4月の介護保険制度開始から2008年12月までの8年8ヵ月の間、東京都指定介護事業者として介護事業を行っていました。私自身、実際にその事業に関わって、現場にも出ていました。現場体験を通じて得た知識・経験が活かされた、という面もあります。

そもそも、40歳を超えると給与から自動的に介護保険料が引かれているのに、介護保険制度の実態を知っている人は本当に少ない、というのが現状だと思います。たとえば、介護保険休暇は法律で93日と定められていますが、なぜ93日なのかを理解している人がほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか?

― おっしゃられる通り、考えたこともありませんでした。単純に、3ヵ月くらいあれば、実際の介護の様子もわかって、生活のペースがつかめるということなのかと・・。

普通はそう考えますよね。しかし、実際にはそうはいきません。

まず、介護サービスを受けるためには、申請が必要となります。俗にいう「介護認定申請」です。利用者が、介護対象となる人の住民票の所在地に届け出ます。利用者の居住地ではないのがポイントです。子供が東京や大阪などの大都市で働いていて、故郷に住む親御さんの具合が芳しくないので同居を始めた。ほどなくして介護が必要となって、住んでいるところの役所に相談することにした。昨今では、そんなケースが少なくありません。このとき住民票を移していないと、大変なことになります。まず、住民票のある市区町村に連絡をして申請書を取り寄せなければなりません。申請書は市区町村ごとに異なるのです。遠方の役所とやりとりをして郵送してもらうと、あっという間に1週間くらい経ってしまいます。

申請するためにはまず、74項目からなる認定調査を受ける必要があります。これは住民票のある市区町村から派遣された認定事業者が行うのが基本です。居住地が離れている場合には、役所が、介護対象者の住む地域にいる事業者に依頼しなければなりません。ここで問題になるのが、地域毎に異なる調査謝礼です。例えば、ある県では2000円だけれど、東京での相場は3800円、といったことが起きているのです。そうなると、地方の役所が東京の事業所に調査依頼をしても、業者によっては、「2000円しかもらえないなら断る」と判断することがあります。そうして認定者を探すのにもまた、数日の時が経っていくことがあります。

― 介護申請における住民票の意味について知らなかったために、申請のための調査をしてもらうだけで2週間くらいあっという間に経ってしまうのですね。

そうなのです。そうして調査となると、要介護の方が直接面談を受けることになります。何せ、知らない人が突然やってきて、「○○ができますか?」「△△が言えますか?」と次々に質問するのですから、受ける側は緊張して、ちゃんと応えようとします。すると、普段はなかなか立ちあがることができない人がスッと立ちあがったり、いつもは思い出せない家族構成や少し前の出来事をスラスラと応えてしまったりします。これはよく起こることで、家族は認定されないのではないかとヒヤヒヤすることになります。

そんなとき重要になるのが、申請の際に提出を求められる「医師の意見書」です。調査の際、緊張のあまり普段できないことが、その時だけでできてしまったとしても、医師の意見があれば、現状に合った審査をしてもらうことができます。ただ、長年お付き合いのある主治医がいればいいのですが、日本ではいわゆる「ホームドクター」を持っていない人が多いと思います。特に先ほどの例のように地方から出てきたばかりとなると、申請のために初めて受診してお願いすると言うケースもあるでしょう。そんなとき、満足のいく意見書を速やかに手に入れるのに苦労することが珍しくありません。この書類を作成すると医師には報酬が支払われますが、中には病院の都合で後回しにされてしまう、ということがあるのです。

介護そのものを家族がサポートするのは、介護休暇期間が終わってから


こうしてやっと書類が揃って、最終的な申請書の作成となりますが、ここでは書くことが多く、苦労される方も少なくありません。先ほど申し上げたように、申請書は市区町村で異なりますから、汎用的な記入例が出回っていないのです。

こうしたいくつもハードルをクリアしてやっと申請を行うと、介護認定審査会での認定を待つことになります。ただ、この審査会は1カ月に一回しか行われません。ですから、タイミングを逃すと、1ヵ月まるまる待たなくてはならないのです。申請から2ヵ月で認定と考えた方がいいと言われています。

やっと認定が下りた後もまだまだやることが待っています。介護サービス利用計画です。介護保険を利用するには、どの介護サービス提供会社の、どういうサービスを受けるのかをすべて決めて、会社毎、サービス毎にすべて契約する必要があります。サービス提供会社は、利用者とそのご家族の前で契約内容を説明して、署名捺印を行っていきます。必要なサービスをひとつのサービス提供者から受けられれば良いのですが、大抵の場合そうはいきません。デイサービスを週5日受けたいけれど、A社は2日までしか預かってもらえない、やっと探したB社も2日、残りの1日はC社に頼む、といったことも珍しくないのです。すると、契約作業を3社と行わなくてはならない。業者を探して、調整して、契約して。実際に通い始めてから少しの間は様子を見て、とやっていると、あっという間に1ヵ月が経ってしまいます。

― 例えば、父が倒れて介護が必要になった!となってから、お伺いしたプロセスを通っていくと、かなりの時間が経ってしまっていますね。

その通りです。先ほどの93日というのは、介護認定申請してから認定されるまでの2ヵ月と、サービス計画を立てて契約し、落ち着くまでの1ヵ月。これを合わせた3ヵ月、31日×3=93日、というのが根拠であると一般的には言われているのです。

― しかし、現実的には申請するまでにも、場合によっては1ヵ月も2ヵ月もかかることもあり得る・・・

こうやって現実をみていくと、93日というのは、介護そのものを家族がサポートするための時間ではないことがおわかりになるでしょう。制度を利用するための準備に必要な時間なのです。そのことに気がつく必要があると思います。親が倒れた、介護休暇を取った。本格的な介護生活をスタートするまでに3ヵ月経過。そのときには介護休暇期間が終わってしまっている。これを認識していないと、悲劇が起きると思います。

2009年に、介護有給休暇・地域別社員区分を導入

― では、すかいらーくでは、どのような制度で、そうしたことが起きないようにサポートされているのですか?

我々はもともと、有給休暇の失効分を2年間積み立てて、病気の際に有給休暇として使えるという制度をもっていました。その制度の対象を、2009年に育児・介護まで広げました。10年半働くと最大で40日になります。有給休暇も最大で40日になりますから、合計で80日の有給休暇を持つことができます。そのうえで、93日の介護休暇が取れる。

― これだけの猶予がもらえると心強いですね。特に有給で介護休暇を取れるというのはとても嬉しいことだと思います。

ただ、残念ながら介護の終わりは見えません。いくら休みがあっても、いつか介護を続けながら働くという現実に直面します。そこで、同じく2009年から、地域別社員区分という制度を導入し、多様な働き方が選択できるようにしました。

一つは日本全国異動可能なナショナル社員。二つ目は、全国を8つの区分(ゾーン)に分け、そのゾーン内だけで異動が可能なゾーン社員。三つ目が、同一ブランドで周辺5〜10店舗の範囲でのみ、転居を伴わない異動をする「コミュニティ社員(無期雇用)」。四つ目が、店舗を完全に固定する契約社員、です。

実際に、管理本部でシニアマネジメント職に就いていたナショナル社員が、親御さんのそばにいる必要があるということで、自らエリア社員を選択し、店舗で働いていたりします。

― それが可能なら、介護のために会社をやめなくてもやっていけますね。そうした方々が、介護の必要がなくなったから、元の社員区分に戻りたいといったときには戻ることができるのですか?

はい。まず、広い地域から狭い地域に移る際は、希望の理由がやむを得ないと認められる場合には即対応する、となっています。逆に、元に戻りたいという場合には、1年に一回希望を受ける時期を設けて、そのポジションで2年以上、標準以上の評価を受けていたら一段階上げる、としています。一部特例もありますが、基本的には、敢えて、一足飛びには戻れないようにロックをかけています。

― それができるのは、全国に店舗展開している貴社だからこそ、ですね。今、全国に何店舗あるのですか?

約3,000店舗です。弊社の店舗のない都道府県はありません。構造的には、すべての従業員が、自分に関わる「地域」を選ぶことができます。

介護も含め、社員からの相談ダイヤル機能を強化

― 人事からは、これまで伺ったような、介護に関しての様々な情報について、何か発信されているのですか?

特に介護に限ったことではありませんが、2013年から、身の回りで困ったことがあったら何でも相談できる相談機能を強化しました。これまでの相談ダイヤルは、セクハラやパワハラ、心の悩みなど、細かく系統別に分かれていました。これではわかりにくだろうということで、2,3系統に集約しました。また、それまでは対象が正社員だけだったのですが、非常勤も含めて、全従業員が利用できる制度に変えました。私たちのビジネスは、常勤・非常勤両方がいて初めて成りたつのですから、そこに線を引く必要はないと判断しました。

― 全従業員は何人くらいいらっしゃるのですか?

正社員が4,000人、非常勤が8万8千人ですから、合計で9万2千人ですね。それに対する我々の体制は、ブランド毎に担当チームを分けて対応しています。

― そうなってから、介護に関しては、何か相談がありましたか?

つい先日のことでしたが、あるブランドのマネジャーが「すみません、しばらく休みたいんです」といきなり電話してきました。「ついては、介護休暇を取りたいと思います」と。親御さんが急遽手術をしなければならなくなって、回復するまでは家族が世話をする必要があると医師から言われたというのです。「1〜2日休んで解決するような問題ではないので、まとまった休みが必要。でも、退職すると生活することができないので、介護休暇しかないと思った」ということでした。

すぐに彼の残有給休暇を調べて、「まずは病気・育児・介護有給休暇を使ってください。ただ有給休暇をすべて使ってしまうとあとで困ることもあるだろうから、何日かは残して、それでも足りなかったら介護休暇を使うことにしたら」とアドバイスしました。介護休暇が無給で、すぐにそれを取って休んでしまったらいきなり給与が入らなくなる、ということを理解していなかったのです。

― そのアドバイスがあって、その方は本当に助かりましたね。

そうだと思います。他に、メンバーが対応したものでは、親御さんと離れて暮らしているけれど、病院に入院した状態になってしまった。ついては、近くに呼び寄せて世話をしたい、という相談がありました。そこで、介護保険サービスでできることとできないことを説明して、どんな自己負担があるかをしっかりと理解してもらいました。そして、役所とのやりとりや事業者へのつなぎまで、アドバイスをしました。介護保険サービスに過剰な期待をしてもいけませんが、その内容を理解してうまく使えば、仕事との両立は決して不可能ではありません。

― そこまでアドバイスをしていくためには、人事の方が学ぶことが多いですね。

この仕事を担当しているのは、人事企画という部署で、制度関係を取り扱っています。週に一回はミーティングを行い、公的制度のこと、社会の流れ、それらと社内制度の関係を常にキャッチアップしています。介護の問題もその中の一つとして常に意識しています。
もちろん、私の介護サービス事業所での知識や経験を事ある毎に伝えるようにしています。

今まで自分を育ててきてくれた親が崩れていく姿を見るのは、子供にとって辛い事です。また、介護される親にしてみれば、子供には情けない姿を見せたくないという意識があります。ですから、介護そのものは出来るだけプロにまかせ、家族は愛情を持ってそれを見守るという体制づくりが重要だと思っています。そうできるよう、我々人事がサポートしていきたいと思います。

― 本日はどうもありがとうございました。



取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐(戦略的人材マネジメント研究所)

(2013年9月)

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