HR Professionals:人事担当者インタビュー

第9回 英語は国内を含めたビジネスの発展のための重要なツール。多様化を尊重しながら、楽天主義を徹底。

第9回 英語は国内を含めたビジネスの発展のための重要なツール。多様化を尊重しながら、楽天主義を徹底。

楽天株式会社 執行役員 グローバル人事部部長 野田公一 氏

今回は、サービス対象地域を日本国外に積極的に広げている楽天の野田氏に、日本企業のグローバル化について、人事・組織の観点からお話を伺いました。


野田公一 氏  プロフィール

1988年早稲田大学政治経済学部卒業。三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行後、ハーバード・ビジネス・スクールに留学し1998年にMBAを取得。その後、株式会社インクスを経て2004年に楽天に入社。マーケティング部門長、金融業務室長、経営企画室長等を経て2013年2月より現職に従事。


ビジネス展開国27カ国、海外売上総額比率70%を目指して

― まず、現在の楽天の「グローバル化」の状況を教えてください。

楽天のグローバル化は、買収とジョイントベンチャーを繰り返して、ここ2,3年で一気に加速して進みました。まず人材という視点でみると、現在(2014年1月現在)日本の楽天に勤務する従業員のうち、外国籍の者が約10%強。職種の内訳は、エンジニアが60%、それ以外がビジネス・事務系となっています。出身国は、人数では中国を筆頭に韓国、インドと続きます。一人、二人という国も入れると30カ国前後の国の人が働いています。

全世界の楽天グループという視点で見ると、1万人ほどの従業員のうち、3割が海外で勤務しています。多くがM&Aで統合した会社の社員ですが、地域的には、アメリカの従業員が最も多く約25%、そのあとフランス、カナダ、中国と続いています。

次に、ビジネスの視点でみると、現在14カ国に進出しています。これを27カ国にするのが当面の目標となっています。また、取引店舗の売上高も含めた売上総金額のうち、海外の売り上げが占める割合は現在10%前後。これを70%にまで高めていくべく計画が進んでいます。

― こうした急速なグローバル化に対して、人事としてはどのような対応をしているのでしょうか?

「グローバル化」に伴って、人事が最もインパクトを受けるのは、物理的なエリアが拡大するという点だと思っています。当然、会社のサイズが大きくなる、ビジネスラインが増えるということもインパクトがありますが、やはり従業員が世界各国にいるという状況下でどのようなガバナンスを効かせていくのかが、重要な課題となります。

そこで、組織の持ち方をマトリックス式にしています。まずは世界を日本と3つの地域に分けています。そこに「ビジネス」という横串を通し、地域・ビジネスの2方向からガバナンスを行う体制を整えました。ただし、すべての地域ですべてのビジネスを行っているわけではありません。また、人事やITという地域を超えたファンクションも存在します。こうした状況で、ガバナンスをどう考えていくのか。まだまだ改善の余地があると認識していて、今も議論を重ねているところです。

そうした全体像の下、具体的な人事の機能は大きく3つに分けて運用しています。「プランニング」、「オペレーション」、「ビジネスパートナー」です。日本にあるグローバル人事部は、そのうち、プランニングとオペレーションの一部を担っています。ビジネスパートナーの部分は、基本的に事業に近いところにある人事機能で、直接関わるというよりは、連携を取って管理していく関係になっています。

グローバル人事内は5つのセクションに分かれています。「ピープルセクション」「リクルートセクション」「タレントマネジメントセクション」「HRディベロップメント」「グローバルHRプロモーション」です。

「ピープルセクション」は、対従業員サービスのための組織で、日本式に言うと、人事総務課といったイメージかもしれません。こちらのサービス対象は日本にいる従業員で、グローバル人事の中の、ジャパンリージョン担当、という位置づけになります。

「リクルートセクション」は文字通り採用。「タレントマネジメントセクション」は、人の戦略的な異動・配置を行うところ。「HRディベロップメントセクション」は、育成・教育を担っています。「グローバルHRプロモーション」は、インバウンド・アウトバウンドの赴任者の管理という従来の「海外人事」の業務と、PMI(Post Merger Integration)を担当します。

先ほど、「オペレーションの一部」を担っていると申し上げましたが、例えば、給与や労務管理、採用、研修・ファシリティー関連などのオペレーション的な部分ついては、積極的にBPOを活用しています。現在のその機能は大連にあります。

― M&Aで新たに加わった企業でも、BPOを推進しているのですか?

日本の楽天のように、一定以上の量のオペレーションを自分たちで抱えている場合にはコスト削減が期待できますし、M&Aなどによる規模の大きな変化も吸収しやすくなります。しかし、スタートアップの会社など小規模の企業の場合、そのオペレーションを外に出しても、すぐに大きな効果が期待できないことがあります。そうしたときは、敢えて当面はそのままでいく、と判断することもあります。

共通人事プラットフォーム:「世界共通グレード」と「人材データベース」

― ここまで具体的な組織や機能のお話をうかがってきましたが、これらを支えているグローバル人事が担っているミッションとそれを実現する具体策について、教えてください。

今のミッションは、「Empower Rakuten People」です。具体的には、「Talented Peopleを増やす」「Diversityを尊重する」「Best Place to workを実現する」ということに落し込まれています。

まず、「Talented Peopleを増やす」。言い変えると、グローバルタレントの採用と育成です。具体的な施策の話に入る前に、我々が考えるグローバルタレントについてご説明します。

まず、社会人基礎力が大前提です。社会一般で通用する人材でなければ、どんなに語学ができたとしてもグローバルタレントにはなれないと考えています。そして、楽天という会社の文化・価値観・哲学をどれだけ理解し、体現化できているのかも重要な要素です。どんなに高いパフォーマンスをあげていても、楽天の価値観と反していたら、弊社にとってのグローバルタレントとは認められません。そのうえで、マルチナショナルなバックグラウンドを持った様々な人材の可能性を引き出してマネジメントできる。これが、ここでいう「Talented People」です。

こうした人材を確実に採用し、育成していくために、「共通人事プラットフォームの整備」に取り組みました。

そのひとつが、世界共通のグレード制です。コンピテンシーベースのグローバルグレードを導入しました。コンピテンシーについては、楽天の5つのコンセプト(「常に改善、常に前進」/「Professionalismの徹底」/「仮説→実行→検証→仕組化」/「顧客満足の最大化」/「スピード!!スピード!!スピード!!」)をベースに、経営層やハイパフォーマー、ハイタレンテッドパーソンと言われる人たちにヒヤリングし、その要素を集めて整理。それに社会一般で考えられる期待値を加えて作り上げていきました。この二つを組み合わせてできたグレードを、全世界の従業員に当てはめました。

― 全従業員のグレーディングが完了したのですか?

日本国内はすべて終わりました。海外人材は、6割ほど完了しています(2014年1月現在)。2014年の3月にはすべてを終わらせる予定です。

これが完成することで、国を超えた人材の異動が容易になります。現在、グローバルポジション制度、どの国であっても自分に見合ったポジションが空いていれば手を挙げることができる制度、を整備していますが、こちらの運用も現実的になります。

― その他の共通人事プラットフォームとは?

世界共通の人材データベースです。どんな従業員がどこにいるのかを把握した上で、採用や育成を考えていけるようになるためにはどうしても必要なツールです。共通の人事データベースを持つことは、「Talented Peopleを増やす」ための重要な鍵を握っています。

― M&Aが多いと、共通のデータベースを構築するハードルは高くないですか?

実は、PMIのパッケージの中に「人事データベースの導入」が組み込まれています。欧米の会社では、PMIとして多くのことを強制することもあるようですが、弊社のPMIは至ってシンプルであまり多くのことを求めません。しかしその数少ない要求のひとつが、「人事データベースの導入」なのです。これは文化的な面を含まない、実務的な要求です。そのため、実は反論が出にくい。そして、導入する効果は絶大です。相手の人事的な情報が一気に整理されますから。今、ほとんどの企業に、共通基盤としての人事データベースを導入済みです。

― ただ、国や地域によって、管理できない情報などもあると聞きます。

確かに、性別が入らないとか、そもそも個人情報の管理自体のハードルが高いなど、法律的に難しいこともあります。ですから「抜け・洩れ」はどうしても残ってしまいますが、重要なのは、過去の職歴や経歴、評価など、個人の能力やポテンシャルを示す情報です。これらが把握できれば、従業員を相対的に評価し、タレントマッピングをすることが可能になるからです。これによって、現実的なサクセッションプランや異動計画を立てることができますし、育成計画にも活用することができる。もちろん、要員管理から採用計画にもつながります。

「人材データベースを構築する」というと、すべてのデータを集めることが目的化してしまうことがあります。そこで、何のために人材データベースが必要なのか、そもそもの目的に立ち戻ることが重要です。弊社でいえば、パフォーマンスをベースに、全世界の人材をマッピングすること。それが達成できれば、それ以外のデータについて「抜け・洩れ」があったとしても割り切って前に進めばいいと考えています。

「英語社内公用語化」はビジネスの質を上げるため。発表後4年で順調に定着

― 具体的な育成という面ではいかがですか?

グローバルタレントの育成ということでは、海外経験と語学に力を入れています。海外経験については、GEP、Global Experience Programを運用しています。これは日本の従業員を対象にした3カ月の海外研修です。逆に、海外の従業員を日本に呼ぶプログラムもあります。例えば、M&Aをした会社のマネジメント層を日本に呼び、研修を行っています。これには社長の三木谷も参加します。

語学については、セブ島への語学留学制度を設けて、社員の英語力向上を全面的にサポートしています。

― 楽天というと、「英語公用語化」が有名ですが、現在、従業員の方々の英語でのコミュニケーション力はどのようになっているのでしょうか?

2010年2月に英語公用語化を発表し、約2年の準備期間を経て、2012年7月から正式に英語が社内の公用語となりました。準備期間を含めれば、4年間英語を話しているだけあって、社員の英語力が確実に上がっているのを実感しています。

― 公用語化を発表された時には、周囲から賛否両論があったように記憶しています。

そうですね。今でも否定的な意見をおっしゃる方は少なくないと思います。ただ弊社の取り組みは、「海外に進出するために英語が話せなければならない」という単純な話ではありません。それだけが目的ならば、まずは社員の1割くらいに徹底したグローバルエリート教育を施して、国際部を設置すればよいのです。しかし、我々は敢えて最初から「全員が英語」を掲げています。これは、弊社のビジネスの発展の歴史と大きく関わっているのです。

楽天は、「楽天市場」をスタートに、国内の業種が異なる企業を次々と買収してきました。そうして集まった企業間の情報交換を密に行うことで、単一事業の企業では気がつくことができないような視点やアイディア、ベストプラクティスを掘り起こし、それらを活用して成長してきました。毎週開催している全員参加の全体朝会も、そうした目的があります。こうした活動を海外にも展開しようとしたとき、日本語しか話せないことは大きな壁になります。

我々が日本で15年間積みあげてきたベストプラクティスは積極的に海外に発信していくべきだし、海外の子会社が良い情報を持っているのなら、日本も貪欲に取り入れていくべきです。これを現場レベルで、スピード感を持って実行していくためには、全員が世界の共通語である英語を話せることが必須なのです。日本国内の営業だろうが、プログラマーであろうが、例外はありえません。

英語のネイティブスピーカーに対しては、ノンネイティブの人でもわかるように話すようにアドバイスすることがあります。皆が一定以上の英語力を持つことを目指していますが、今はまだ慣れていない人がいるのも事実です。あくまで目指しているのは、壁を越えた十分なコミュニケーション。ですから、英語が流暢だからといってコミュニケーションの質に無頓着であるというのは目的を理解していないことになります。

― 海外進出するから、というよりは、ビジネスの質を上げるために、全員が英語でコミュニケーションできることが必要、ということですね。

そのために、語学学習を手厚くサポートしているのです。また、既存の社員については、等級毎にTOEICの期待取得得点を設けており、それをクリアしなければ昇格できないし、一定期間内に期待点を超えないと降格もあり得るという人事制度になっています。「頑張りましたが、結果がでませんでした」と笑って済ませることはできません。

社内公用語化を進めて思うことですが、その成功のためには、会社が英語力向上のために本気で支援する、人事制度に組む込むことが重要だと思います。そして、もう一点、経営者がちゃんと英語を話す、ということがないと、やはり絵に描いた餅になってしまいます。例えば、経営会議や、マネジャーたちが参加する会議で、「ここから込み入った話なので、日本語で・・・」などとやっていたら、下がついてくるはずがありません。その点では、社長の三木谷が徹底的に英語を話しているということが大きなサポートだと思っています。

文化が異なる国でも、納得するまで対話を続ければ「主義」は伝わる

― 「Diversityを尊重する」についてはいかがでしょうか?

現在弊社では、日本国内でも、日本人以外の従業員が15%近くになっています。彼らはそれぞれ異なった文化・バックグラウンドを持っています。加えて、外国である日本で自分のキャリアを構築しようという意欲のある人たちです。納得のいかない評価やフィードバックを受けたと感じたら、とてもストレートに不満をぶつけてきますし、はっきりとした意見を言ってきます。そうした部下を持つ上司は、そこから逃げずに向き合い、論理的に説明して納得してもらわなくてはなりません。そのためには基本的なコミュニケーション力はもちろん、語学力が必要ですし、ロジカルシンキングも求められます。こうしたことができるマネジャーを現場に配置し、その力を発揮し続けてもらうことができて初めて、「Diversityを尊重する」文化が定着しますし、Diversityがビジネスの力となります。

ただ、こうした力を最初からすべて持っている人は決して多くありませんから、育成に力を入れています。先ほどお話したGEPの他、「職務マネジメント研修」という問題解決能力を開発するものや、部下へのフィードバックの能力を高める研修など、「グローバル対応力」を持った人材を育てていくために必要だと思われる育成プログラムを、体系立てて構築しています。

― Diversityを尊重する一方で、楽天ならではの文化、楽天主義を徹底するという軸も必要になりますね?

はい、そこは徹底しています。例えば、全体朝会のあとは、皆が自分の席に戻って、机や椅子を掃除することになっています。これは、「我々はまだまだベンチャーなのだ」ということを忘れないための儀式です。しかし、最初これを買収先の海外企業の社員に伝えたときは、大変不評でした。「何故、我々が掃除なんかしなければならないのか」と。

― その時はどうされたのですか?

「ビジネスで成功したいでしょう?そのためには、ベンチャー精神を忘れないことが大事です」と。「ベンチャー企業で働くプロは道具を大事にするべきだし、このことで資産の使用期間も長くなり、コストも下がる。それをやらない手はないはず」と、相手が納得するまで対話をしました。プロとして、ビジネスパーソンとして成功を目指すのは、どの国の、どの会社の社員でも同じです。その目標と、求められている行動のつながりを腹落ちしてもらえれば、彼らは迷わずついてきてくれます。

― 最後のひとつ、「Best Place to Workを実現する」については?

「Best Place to Workを実現する」については、2015年を目途に、東京の二子玉川に本社機能を移し、2つのビルに分散してしまっている本社機能をひとつにまとめていきます。我々の強みである多様な事業間でのシナジーを更に加速させるためには、社員同士が物理的に近くにいることも重要だと考えているからです。

― 今後のグローバル展開の方向について教えていただけますか?

現在、シンガポールとサンフランシスコ、ルクセンブルクにリージョナル・ヘッドクウォーター(RHQ)を設立し、ビジネス面・オペレーション面を含めた総合的な現地化を進めています。今はまず、会社の文化、楽天主義を徹底させることが重要ですので、日本の楽天の役員クラスの人材がトップを務めています。しかし、近い将来、地域間でグローバルな人材のモビリティを上げ、出身地に囚われず優秀な人材に主要なポジションを任せていきます。今、全世界での人材データベースが整い、タレントマッピングができるようになり、どこでも英語で仕事ができる環境になっていますから、そのためのインフラは整いつつあります。

新しい挑戦が難しいのは当たり前。失敗を改善の種にして前進

― 楽天はどうして、そのようにグローバル展開を成功させることができているのでしょうか?

まずはトップの「執念」「コミットメント」は大きいと思います。海外展開について、三木谷自身が自ら陣頭指揮を取り、並々ならない覚悟で取り組んでいます。通常、国内でそれなりの市場規模が見込めている状態だと、とりあえず海外担当役員を立てるなどして、様子を見るといったケースが多いのではないでしょうか?トップの全面的なコミットメントがなければ、ここまでドラスティックに展開していけないと思います。

また、弊社の企業文化も大きいでしょう。我々は「失敗」を悪いことだと捉えていません。難しいことでも、まずやってみる。それで失敗をしたら、原因を分析して改善し、もう一度取り組んでみる。そういう文化なのです。新しい挑戦が難しいのは当たり前だし、最初からうまくいかないのは当然だと考えているからです。そして、失敗の可能性があっても挑戦する、その姿勢を評価します。ですから、グローバル化も、難しいからと挑戦を躊躇することはありません。そこで失敗したとしても、それを改善の種として挑戦し続けている姿が、周囲から「成功」とご評価いただいているのだと思います。

― 最後に、今後、グローバル化に取り組んでいく日本の人事担当者の方々に一言お願いします。

人事の世界に「グローバル」という観点が入ってきたことで、人事に求められる専門性が上がってきていると思います。今、戦っていかなくてはならないのは、海外、特に欧米の人事です。彼らはビジネスパートナーの役割を求められ、実際に経営と連携して、人材戦略・組織戦略の立案・実行を担っています。また、昔は、欧米の企業は育成にコストをかけずに中途採用に力を入れていると言われていましたが、ここ20年、海外のトップ企業と言われるところは人材育成にものすごく力を入れてきています。こうした人事がライバルとなっていることを自覚して、積極的に学んでいく必要があるでしょう。人事の世界であれば、一つの分野だけに固執するのでなく、採用・育成・タレントマネジメント・グローバル人事・労務管理・報酬など、幅広く知る努力をしてほしい。また、ビジネス・現場の感覚が身につくように、人事以外の世界の知識や経験も貪欲に増やしていくことをお勧めします。

また、これからは、現場のマネジャーの育成が人事の重要な役割になっていきます。ビジネスで成功していくためには、現場で課題を発見し、その場で改善を行っていくという対応力が鍵を握るからです。そのためには、人事が現場から遠い存在にならないよう、積極的に現場に踏み込んでいくことが必要だと思います。

― 本日はどうもありがとうございました。



取材・文 大島由起子(当研究室管理人)/取材協力:楠田祐氏(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)

(2014年1月)

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