リーバイ・ストラウス・ジャパン株式会社 人事統括ディレクター 曽我一夫氏
今回は、外資系企業3社で人事を経験されてこられた曽我氏に、外資系企業での人材マネジメン全般トについて、そして今注目を集めている「組織開発」(オーガニゼーション・ディベロップメント)についてお話をうかがいました。
1989年株式会社日本リース入社。営業、経営企画を経て、人事に異動。同社が1999年に米GEキャピタルにより買収され、GEキャピタルリーシングに移籍。人事部において本社営業部門、管理部門の採用、人員配置、管理職研修、業績管理の分野において責任を持つ。2003年日本ロレアル株式会社に、戦略採用・人材/キャリア開発シニアマネジャーとして転職。人事部門におけるビジネスパートナーとして、すべての採用、研修、異動、配置、組織開発、後継者計画、評価、労務問題、そしてキャリア開発を担当する。2008年から、リーバイ・ストラウス ジャパン株式会社の人事総務統括部長。日本におけるビジネスパートナーとしての人事統括責任者およびリーパイ・ストラウスジャパン社の経営執行メンバーの役割を担う。
私の上司はフィリピン人でシンガポールにいるのですが、入社した直後に電話でイントロダクションを受けました。ひと
しきり組織や制度の話をした後、「ところで、HR関連でいろいろな組織があるけれど、どのファンクションが一番重要なの?」と聞いたんです。コンペンセー
ションやベネフィット、リクルーティング、トレーニング、ODがあったからです。すると彼女は、迷わず「OD」と答えました。リクルーティングも、トレー
ニングも、コンペンセーションやベネフィットも、みな「OD」のためにあると考えていました。
そう言ってもいいと思います。今回こうしたインタビューを受けるにあたって、改めてODについて考えたのですが、ODとは一言で言えば、「強い組織を作ること」です。最終的に企業に利益をもたらすことができる強い組織を作ること、こう考えるとわかりやすいでしょう。
1. 自発的であること。セルフスターターであること。
2. 公正であること。フェアネスが浸透していること。
3. 協力的であること。コーポラティブであること。
4. リーダーシップがあること。
5. 企業価値が浸透していること。バリューが大事にされていること。
これらの要素が強い組織を作り、結果的にビジネスで結果を出せるのだと思います。ひとつひとつ説明していきましょう。
1. 自発的であること。セルフスターターであること。受
け身ではなく、自ら率先して行動を起こせる組織である、ということです。そのためには、失敗が許される文化があることが重要です。通常、人は失敗をしたく
ないし、それで叱責を受けると思ったら何かことを始めたいとは思わないでしょう。人から言われたことを、言われた通りにやっていた方がよっぽど楽で、リス
クがありません。一回失敗してもセカンドチャンスが与えられる環境があることが、強い組織の条件のひとつです。
また、インタラクティブな風土で、上位下達ではなく、自由に意見が交換できる文化も重要なポイントとなります。
GE
では、何か物事を決める時、ワークアウトと呼ばれるミーティングが行われます。様々な関係者が集まるのですが、何度もミーティングを繰り返すのではなく、
その場で決定することを目指します。そこで重要な役割を果たすのが、ファシリテーションスキルです。ファシリテーターの役割を担う人は、上下関係なく意見
が出るように促していきます。こうしたファシリテーションのスキルは、リーダーに限らず全員がトレーニングを受けていて、決められた時間で深い議論ができ
るような場づくりをしていくのです。安易な結論に流れることなく、しかしダラダラと時間を使うのでもなく、一人一人が十分な意見を出しつくしていける環境
も、強い組織の条件と言えるでしょう。
2. 公正であること。フェアネスが浸透していること。これが強い
組織の条件?と思われるかもしれませんが、実は非常に重要なポイントだと考えています。「公正」「フェアネス」とは、これは私の信念でもあるのですが、
「社員が幸せに感じることができる組織であること」だと考えています。では、どうすれば幸せに感じるのかと言えば、一生懸命頑張って成果を出している人が
報われることだと思います。逆に言えば、成果を出せていない、評価が悪いという人がそれなりの処遇をされる、ということでもあります。
例
えば50歳になって突然肩たたきされるのと、30歳くらいのときに、「この会社では難しいかもしれないから、次を考えた方がいい」と言われるのと、どちら
が人に優しいか、ということです。本人にとってはどちらも厳しいですが、後者のように率直な評価をきちっと与えていことが、最終的には本人のためにもなる
のではないでしょうか。これはGEで学んだことですが、50歳でいきない社外に放り出されるよりも、30歳という方向転換をしやすい時期に、現実と向き合
い、じっくりと考える時間が与えられた方が最終的にはその人のためであると。それがフェアネスの究極ではないかと思っています。
3. 協力的であること。コーポラティブであること。簡
潔に言うと、みんなで助け合っていく文化がある、ということです。これは、リーバイスで学んだことです。この会社には4つのバリューがありますが、そのな
かに「エンパシー」があります。相手のことを良く考えて、相手の身になって考えるという意味で、顧客や仲間の言っていることに耳を傾けるということも含ま
れています。
また、コラボレイテイブリーダーシップも大切です。自分の意見だけに囚われないで、「相手は何を言おうとしているのか」「顧
客は何を求めているのか」など、周りの意見をしっかりと吸い上げた上でベストな解を導き出すというモデルです。これも、強い組織を作っていくためには欠か
せない要素だと思います。
4. リーダーシップがあること。ここでいうリーダーシップというのは、強力な一人トップのことを言っているのではありません。
ま
ず一つは、一條先生という一橋大学の教授が「リーダーシップ・エンジン」という本で示しているリーダーシップをイメージしています。実は、GE時代に彼の
マネジメントトレーニングを受けたことがあって、非常にインスパイアされました。ポイントを要約すると、究極的には一人一人がリーダーシップを持って、そ
れがエンジンとなって全体が回っていくことで組織が強くなる、ということです。
また、そうしたリーダーシップの中には、人を鼓舞する、モ
チベートしていくためのビヘイビアとかシステムを作っていくことが求められていると思います。具体的には、「リワード・アンド・リコグニションン」などが
その一例だと思いますが、成果を上げた人に対して、それをきっちりと認識して、具体的に評価を示す、ということです。ロレアルは、そのあたりがとても上手
だったと思います。「よくやったから、皆で集まってシャンパンを開けよう!」といったことを自然にやっていましたから。
5. 企業価値が浸透していること。バリューが大事にされていること。よく言われることですが、「価値」「バリュー」がどれだけ会社の中に浸透しているのか、最終的な価値判断の軸として機能しているかが、強い組織か否かを決めていくと思います。
「価値」「バリュー」というのは、わかりやすく言えば、判断・行動の「拠り所」です。これが社員全員で共有できていれば、個々の場面で判断がぶれないし、スピード感も失いません。
強力な創業者が健在な間は「価値」「バリュー」を維持しやすいかもしれませんが、トップが交代するなかで、それをどれだけ引き継いでいけるのか、ここがODの重要な役割になっていると思います。
人事の仕事=組織開発と言っても過言ではない
そして、ODの話の最初のエピソードに戻りますが、こうした要素を実現して強い組織を作っていくコアに人事があって、そのために採用や教育、報酬制度を企画・運用していく、ということなのです。つまり、人事の仕事=組織開発、と言っても過言ではないと考えています。
― そう考えると、人事は非常に戦略的な仕事になりますね。
その通りです。まず自社にとって「強い組織」とは何か。この定義は、各社の企業戦略によって異なってくるでしょう。
そしてその「強い組織」を作っていくのにはどうしたらいいか、ビジネスリーダーやファンクショナルリーダーたちと一緒になって考え、具体的な行動に移して
いくことが求められます。「ビジネスHR」と言ってもいいでしょう。この部分は決してアウトソースできない世界で、まさに人事の存在価値です。
― 最後に、人事業務に携わる人へのメッセージを願いします。
多くの方がおっしゃることかもしれませんが、「『人事屋さん』になるな」ということですね。「ビジネスHR」とか
「ビジネスパートナー」と言われるような仕事を目指してほしいと思います。そう認めてもらうためには、ビジネスのことを知らなくては話になりません。ビジ
ネスセンス、儲ける・儲けないといったマインドセットをもっていることが非常に大事です。ビジネスパートナーとして戦略人事を実践していくのならば、やは
り何らかのビジネスの経験が必須なのではないかと考えています。
人事というと、「法律」や「ガイドライン」に沿っているか否かを判断した
り、給与を間違いなく支給したりする業務のように考えられがちですが、これは旧来型の人事だと思います。こういった分野はアウトソースできてしまう世界で
す。人事としての存在価値を示していくためにも、ビジネスセンスを身につけて、自社に求められる強い組織と何か、それを実現するためにはどんな施策やシス
テムが必要なのか、真剣に考えていく必要があるのではないでしょうか?
それから、「強い組織を作るために、必要なことは何か」という議論には、国境が関係ありません。グローバル化が進んだとしても、考え方が明快になっていれば必ず他の国でも通用します。そういった意味でも、「組織開発」に取り組んでいく意義は大きいと思います。
― 本日は、どうもありがとうございました。
取材・文 大島由起子(当研究室管理人) /取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所)
(2011年7月)