特別対談

第5回 たった一つのマイナスが、一日分の幸せな気分を一気に壊す。
多様な人材の連携が重要(前半)

第5回 たった一つのマイナスが、一日分の幸せな気分を一気に壊す。<br />多様な人材の連携が重要(前半)

東郷 治人氏
株式会社オリエンタルランド 人事本部人事一部長

下村 敏啓氏
株式会社ユー・エス・ジェイ 人事部長

【ナビゲーター】
楠田祐(戦略的人材マネジメント研究所 代表)


東郷 治人氏(とうごう はるひと)氏 プロフィール

東郷 治人1994年大学卒業後、株式会社オリエンタルランド入社。
食堂部にてテーマパークのレストラン運営業務に従事した後、1996年に経営企画室へ異動。単年度予算編成・監理、中長期経営計画の立案、事業戦略の立案・監理を7年間担当。
2003年に人事部へ異動し、制度運用業務(採用・人事・教育)に従事した後に、2005年より人事部人事教育グループマネージャー。
2010年人事本部人事一部長として、人事戦略立案、制度企画、制度運用を担当。

下村 敏啓氏(しもむら としひろ)氏プロフィール

下村 敏啓 1988年大学卒業後、株式会社西武百貨店入社。
店舗にて売場管理2年の後、店舗人事にて人事業務全般を担当、その後本社人事にて制度企画・人件費管理を担当。
2000年に、開業前の株式会ユー・エス・ジェイに(ユニバーサルスタジオジャパン)入社し、人事制度・労務管理全般の立ち上げを担当。
その後2005年に新マネジメント体制下でのCFT(クロスファンクショナルチーム)のリーダー等の経験を経て、2008年より現職。


華やかな夢を見させてくれる、わくわくする非日常を体験させてくれる、そんなテーマパークを支えていくためには、多種多様な人材が「お客様に楽しんでいただく」というひとつの方向を向いて力を合わせなくてはなりません。その状態を継続させていくために、どのような人材マネジメントが行われているのか。今回は、日本を代表する2つのテーマパークの人事責任者にお越しいただき、具体的な取り組み、そこでの苦労などについてお話を伺いました。


10年間人事以外の仕事をしていたことが「マーケットイン」の発想を生んだ

【楠田】 
今日は、オリエンタルランド(以下OLC:東京ディズニーリゾート運営)とユー・エス・ジェイ(以下USJ:ユニバーサル・スタジオ・ジャパン運営)という、日本を代表するテーマパークを運営する企業の人事部長に来ていただきました。テーマパークでは、パークの現場で働く人から、バックエンドでそれを支える人たちまで、実に様々な人たちがいると想像しています。そうした環境下での人材マネジメントについてお話を伺えればと思っております。

まずは、東郷さんのこれまでのキャリアについて教えていただけますか?

【東郷】
私はOLCに入社してすぐにレストランに配属され、店舗の利益管理やキャスト(アルバイト)の労務管理をはじめ、毎日どれだけ正確にご飯を盛るか、スパゲティをきちっと盛り付けるかといった実際のレストラン運営までを行いました。まさに現場、ラインの最前線です。そこで2年務めたあと、当時の経営企画室に異動になりました。そこでは、単年度の予算編成や中期経営計画といった、予算関連の仕事を中心に担当していました。そして7年後、突然人事部への異動を言い渡されました。

【楠田】
ご自分でご希望されたわけではない?

【東郷】
はい、まさに青天の霹靂でした。正直申し上げて、人事部に行きたいと思ったことは一度もありませんでした(笑)。

【楠田】
入社10年目に入った頃に異動された計算になりますね。人事での最初の仕事はどのようなことを?

【東郷】
その頃人事部では、制度改正の計画が進んでいました。しかし、私は人事のことをまったく分かっていませんでしたので、最初に担当したのは、要員計画・異動配置でした。まずはそれらを1年と少し行いました。その後マネージャーに昇進し、採用や評価、昇格、教育が担当範囲に入ってきて、人事の運用全般をみるようになりました。

【楠田】
マネジャーに昇進したときには、部下は何人くらいいらしたのですか?

【東郷】
10数人だったと記憶しています。採用や教育も担当範囲でしたので、人数は多かったですね。ただ、マネージャーになったとはいえ、まだ要員計画と異動配置しか経験していませんでしたから、他の分野のことはよくわからないわけです。幸い、周りは皆実務経験者ばかりでしたから、わからないことはとにかく何でも聞いて、ひとつひとつ理解していくしかない。当初は、とにかく日々追いまくられている感じでした。

そうした経験を通じて全体像が見えてくると、運用だけではなく、人事制度企画や人事業務全体の戦略立案というところに関わりたいと考えるようになりました。異動や採用、教育といった運用の現場で日々得られる情報は、制度や戦略の分野にとって価値あるものではないかと。そこで、少しずつ担当する仕事の幅を増やしていきました。

【楠田】
立場は変わらずにですか?

【東郷】
そうです。5年間は同じマネージャーという立場でした。ただ、そんな風に仕事を集めてきてしまったので、5年目には部下が20数名になってしまっていました。一人のマネージャーに部下20数人では仕事が回らないだろうという話になり、私が担当していた組織が人事企画と人事グループの2つの課を持つ部、「人事一部」に昇格しました。それが2010年4月のことです。

【楠田】
とても短期間で人事全般の仕事を理解されたのですね。かなり勉強をされましたか?

【東郷】
一人黙々と座学的な勉強をしたわけではありません。部下が優秀なうえに、多くの経験を持っていましたから、それに支えられてきたということだと思います。ただ、私は10年近くも人事のことを知らない「一従業員」として過ごしてきましたから、人事の現状を客観的に見ることができたのがよかったのではないかとは感じています。

【楠田】
いわゆる「マーケットイン」的な発想ができた、ということですね。

【東郷】
そう言えるかもしれません。例えば、私が人事部に配属された頃は、配置は配置担当が、評価は評価担当がというふうに、ファンクション毎にチームが分かれていて、各チーム間の情報共有が活発に行われていませんでした。人事の視点から見れば違和感はないかもしれませんが、一従業員からすればすべて自分の身の上に起こる「人事」のことであるわけです。それらがバラバラに動いていることにとても違和感を覚えました。ですから、仕事を集めてひとつの組織としてまとめていきたいという発想になったと思います。

【楠田】
御社では、入社以来一貫して人事、というキャリアの方は結構いらっしゃるのですか?

【東郷】
入社以来一貫してというわけではないですが、人事のキャリアが長年にわたるという人は私が異動してきた当時は少しおりましたが、7年経った今、当時からいる者はかなり少数です。多くの人が次のステップに進んでいきました。

【楠田】
どうもありがとうございました。では、次にUSJの下村さんのこれまでのキャリアを伺いたいと思います。

百貨店人事から新聞公募で採用 新制度づくりに一から関わる

【下村】
私は新卒で西武百貨店に就職しました。入社後2年間は、店舗の紳士服売場で実際の売り場に立ちました。そこで百貨店の商売の基本的なことを学びました。また、売り場にはいろいろな人がいますが、その中でチーム目標を達成していかなくてはなりません。そこで職場でのコミュニケーションの大切さも身を持って学んだと思います。その後、店舗の人事に異動しました。

【楠田】 
店舗の人事では、具体的にはどのような仕事を?

【下村】
店舗運営を円滑に行うことための人的サポート全般が業務の中心です。ただその中で、本社の考えを現場に落としていくことと、現場のニーズを本社につないでいくことが重要になります。我々は現場に非常に近いところにいますから、現場の言い分もよくわかるわけです。ですから、本社と現場の板挟みになりながら、本社の意向を現実的に運用していくというのが一番苦労したところでした。現場からは、「人事は何をやっているんだ」と突き上げられ、本社からは「何で現場にちゃんと落とせないんだ」と指摘される。その間で落とし所を見つけていくにあたっては、売り場での現場経験がとても役に立ったと思います。

【楠田】
そこでは何年くらい?

【下村】
約6年です。今考えると、店舗人事の経験ができてよかったと思いますね。地方の店舗といっても、従業員が1000人弱はいます。更に、その中には様々な立場の人がいますので、労務管理ひとつとっても、いろいろな課題に直面するのです。そこでのオペレーションの経験は、非常に勉強になりました。

【楠田】
そのあと、すぐに本社の人事部へ?

【下村】
いえ、本社人事へ異動する前に約半年間、店舗全面改装のためのプロジェクトで店舗の経営企画を兼務しました。そこでは、予算管理や営業企画といった人たちとチームを組んで店舗経営を学ぶ機会をいただきました。売り場や人事とはまた違った視点から店舗ビジネスを見ることができ、とてもよい経験となりました。

本社人事では約4年働きました。メインの仕事は人件費マネジメントです。当時はダウンサイジングの時代でしたから、人件費を膨らませないためにいかに効率的に人を配置していくかが業務の中心になっていましたね。ひとつひとつの売り場の人員配置をどうしたらいいか、実際の店舗を回り、現場と一緒になって考えたりもしました。その他、新人事制度の導入のプロジェクトに参加する機会もあり、人事企画全般を経験することができました。

【楠田】
西武百貨店には何年くらいいらしたのですか?

【下村】
12年です。

【楠田】
USJへの転職は、エージェント等からの紹介ですか?

【下村】
いえいえ、実は新聞広告からの公募なのです。私は関西出身なので、いずれは大阪に戻りたいとは思っていました。そこに、新しく大阪にできるUSJが人員を募集しているという広告がたまたま目に入って応募したのです。運良く面接にも通り、人事のアシスタントマネジャーとして採用されました。ほんと偶然の積み重ねの結果で、今があります(笑)。

【楠田】
オープンの時からの参画ですか?

【下村】
はい、そうです。オープン当初、人事機能は人事企画部と人材開発部の2つのファンクションに分かれていました。前者は、人事制度や就業規則を作り運用していく部署、後者は、教育や組織開発を担当する部署で、私は人事企画部に配属になりました。

【楠田】
では、制度や就業規則を最初から作り上げていったわけですね?

【下村】
はい。非常にベーシックな就業規則のひな型や、人事制度のアウトラインはありましたが、どれも具体的ではありませんでした。法律を反映した基本的なルール作りはもちろん、人事制度にいたっては、コンピテンシーや目標管理といったマネジメント面の仕組み作りまで、実際に使えるものにしていくために、試行錯誤しながら一から作り上げたという感じです。

間もなく、人材開発部から派生したフィールド人事部ができました。現場の人事をもっとちゃんと見ていこうという意図です。しばらくそうした三部体制での運用が続きました。しかし、それぞれが独立した組織で動いていくうちに人が増えていき、3つの部を合わせると90人超が人事に関わっている状態になってしまいました。そこまでの人数が必要なのかということだけでなく、ファンクション毎に組織がバラバラになっていることの弊害もあるのではないかという声が上がってきて、その後最終的に「人事部」としてすべてのファンクションを統合して一つの組織に変更されました。

私はその中で人事企画グループの責任者だったのですが、やはり制度を作っただけで終わりということではなく、人材育成等その関連領域も同時に見た方がいいということで、担当範囲が徐々に広がっていきました。

 また人事部が統合されて間もなく、初代の新生人事部長が残念ながら退職。そこで、新生人事部をどうオペレーションしていくかを考えていく音頭取りが、当時次長という立場だった私に回ってきました。丁度その頃外国人社長が就任したばかりでもありました。そこで、彼と一緒に、人事を通じてどう会社を変えていくのかといったことを考えることになりました。それが約5年前のことです。部長に就任したのは約3年前。当社では人事部が「クルー」と呼ばれるパート・アルバイトの管理も担当していますので、USJで働く全ての人に関すること全般を見る立場になっています。

たった一つのマイナスが、一日分の幸せな気分を一気に壊す 全員の連携が重要

【楠田】
どうもありがとうございました。では次に、「テーマパークの人事」として、大切にしている何か、志について伺いたいと思います。OLCの東郷さんはいかがですか?

【東郷】
大きく分けると2つあると思います。ひとつはスピード感です。例えば、パークでゲストから、「これを買うにはどこに行ったらいいですか?」とか、「このアトラクションはどこにあるんですか?」と聞かれたとします。そこで、キャストが「ちょっとお待ちください」と言って、裏に行って何分もかけて調べてやっと答えることができた、というのでは困ります。ゲストに接する全員が、即座にその時点でのベストの答えを出せるか。もっと言えば、ゲストが望むことを少しでも越えた対応を、すぐに考え出せる知恵を身につけているか。そうしたスピード感覚がとても大事になってきます。そして、それは我々のような裏方、管理部門のメンバーであっても同じ感覚を持っている必要があると考えています。それが、組織の文化となっていくからです。

二つ目は、チームワーク、全体最適ということです。テーマパークには様々はファンクションがあります。フードセクション、エンターテイメント、キャラクター商品企画とそれらを売るショップ、アトラクションなど、組織的にみれば部門に分かれて、それぞれに運営されています。しかし、ゲストから見れば、部門など関係ありません。すべて一日を過ごすテーマパークの構成要素のひとつです。 例えば、ゲストが一日気分よく過ごしてお帰りになる時、見送るキャストの態度から、「閉園時間だから早く帰ってくれ」といった雰囲気を感じてしまったら、一日の楽しい経験がすべて台無しになってしまうでしょう。その他、「アトラクションはすごく楽しめたけれど、レストランの対応が良くなくて残念だった」とか、「パレードがすごく良かったけれど、ショップでの対応が今ひとつだった」など、たった一つのマイナスが、一日分の幸せな気分を一気に壊してしまいます。 つまり、ひとりひとりの持ち場でのサービスの質が、単にゲストのその場単独の経験を決めるのではなく、パーク全体のサービスの質を左右してしまうということです。ですから、常に従業員全員が、全体のチームワークが取れているか、全体として最適な対応ができているか、という視点を持つことが非常に重要だと思っています。

U:ユニーク  S:スマイル・スマート J: ジョイフル

【楠田】
USJの下村さんはいかがですか?

【下村】
弊社では、スイング・ザ・バット、まずはバットを振ってみようということがよく言われます。まずはバットを振って、そこで出た結果を見て、違ったらどんどん修正していけばいいじゃないか、と。それは、エンターテインメントビジネスで成功していくための、最も重要な要素のひとつであると考えています。その上で、次の三つを大切にしています。

まずは、ユニーク(Unique)であること。自身が突飛な行動や発想をしよう、ということではなく、柔軟であり続けようということ。幸いテーマパークには、様々な人材がいます。役者さんもいれば、プロデューサー、メンテナンスの職人のような技術者、シェフもいる。そうした人の意見は自分とはまったく違うかもしれないけれど、一旦、様々な考え方や意見を受容していくことで、ユニークであり続けることができるのではと考えています。

それから、接客業の基本であるスマイル(Smile)と、そしてスマート(Smart)であること。スマートは、段取りとも言えるかもしれません。先ほどの東郷さんのお話と共通しますが、パークでの仕事は決して自分の仕事だけでは完結しません。前工程の人から仕事をスムーズに受け取るためにはどういった準備をしておけばいいのか。次の人にどう渡せばすぐに相手が仕事に取りかかれるのか、そういった知恵を働かせるということです。

そして、ジョイフル(Joyful)。テーマパークの社員が自分自身の仕事を楽しめていないのはどうか、と。当然いろんなことにチャレンジする楽しみや乗り越える苦労ということを含みますが、いずれにしても楽しく仕事をできない人は、人にも楽しみを与えることもできないのではないか、と思います。 これらの頭文字をとれば、USJです(笑)

【楠田】
あ、そうなっていますね。うまくまとめてありますね(笑)。 


<後半の内容>

職種の多様性をどうマネジメントしていくのかがテーマパーク人事のポイント
フィールド人事、社内SNS・・・現場との距離をいかに近づけていくか
各部長が従業員に、自分の経歴やビジネスプランを話す機会を設定
外部へのアンテナ、チャレンジ、人を巻き込む仕掛けづくり 前提としての「誠実さ」

後半はこちらからご覧いただけます

(2010年12月/構成・文: インフォテクノスコンサルティング株式会社 大島由起子)

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