HR Professionals:人事担当者インタビュー
第1回 【前半】ビジネスパートナーとしての人事の仕事=組織開発といっても過言ではない
リーバイ・ストラウス・ジャパン株式会社 人事統括ディレクター 曽我一夫氏
今回は、外資系企業3社で人事を経験されてこられた曽我氏に、外資系企業での人材マネジメン全般トについて、そして今注目を集めている「組織開発」(オーガニゼーション・ディベロップメント)についてお話をうかがいました。
曽我一夫氏 プロフィール
1989年株式会社日本リース入社。営業、経営企画を経て、人事に異動。同社が1999年に米GEキャピタルにより買収され、GEキャピタルリーシングに移籍。人事部において本社営業部門、管理部門の採用、人員配置、管理職研修、業績管理の分野において責任を持つ。2003年日本ロレアル株式会社に、戦略採用・人材/キャリア開発シニアマネジャーとして転職。人事部門におけるビジネスパートナーとして、すべての採用、研修、異動、配置、組織開発、後継者計画、評価、労務問題、そしてキャリア開発を担当する。2008年から、リーバイ・ストラウス ジャパン株式会社の人事総務統括部長。日本におけるビジネスパートナーとしての人事統括責任者およびリーパイ・ストラウスジャパン社の経営執行メンバーの役割を担う。
買収で突然外資系企業に。集中的に英語をたたき込む
― 本日は、株式会社リーバイスの人事統括ディレクター・曽我さんに、外資系の人事について、そして組織開発について伺っていきたいと思います。曽我さんは、新卒で外資系企業に入社されたのですか?
いいえ、大学を卒業して最初に就職したのは、日本リースという日本企業です。営業を約6年、経営企画の仕事に約3年携わりました。その後人事部に異動したのですが、その2カ月後、会社更生法が適用になり、GEキャピタルに買収されました。1998年のことです。これが、外資系企業で働くスタートです
― 最初はご自身の選択ではなかったわけですね。
はい。新卒で入社したときには、「一生この会社で働いて、将来役員になれたらいいな」と考えていました。それが、突然会社が倒産して、それまで考えてみたことがない世界に入っていくことになりました。
― 何が大きく異なりましたか?
まずは、言語です。直属の上司がアメリカ人になり、彼とコミュニケーションを取るには英語を話すしかありません。
― それまで英語を話されたご経験は?
まったくありませんでした。ですから、買収された直後から英語の勉強を始めました。英語が話せなければ、仕事ができないわけですから。まずは会社から一番近かった英会話学校に駆け込んで、「話せるようにしてください」と。その後会社と掛け合って、100時間トッププログラムをいう集中講座を3カ月受けました。始業前の8時から10時の2時間、マンツーマンの授業を週3回行うというものです。その間、当然業務は普通に行っていましたし、そこでは英語は必須。ここで一気に英語力がついたと思います。
発想の転換:「世界最大のノンバンクで働けるのは貴重な経験」
― 買収直後に人事にいらしたということですが、具体的にはどのような仕事をされたのですか?
「日本リースのインテグレーションを人事の立場から行う」というのが最初のミッションでした。具体的には、GEのカルチャーを当時日本リースからGEキャピタルに移籍した約850人の社員に浸透させる、GEの観点から現社員の評価を行う、そして採用・評価・報酬といった制度やその運用の変更を行う、といった業務に携わりました。
― やはり、大幅な変化がありましたか?それに耐えられない人も少なくなかったのでは?
はい、ものすごい勢いで会社が変わっていきました。私はGEに4年間居ましたが、その間に100数十人採用して、転職をするときには約600人でしたから、400人近くの人が辞めたことになりますね。
― 曽我さんご自身はお辞めになろうとは考えませんでしたか?
今だからこんな風にお話できていますが、当時「会社が潰れた」ということは想像を絶するショックでした。もう家族を持っていましたし。でもそこで、「これからは会社に依存して生きて行くのは危険だな」と痛感したのです。「これからは自分で生きていく力をつけないと」と。
そう考えたとき、世界最大のノンバンクと言われるGEキャピタルで働けるのは貴重な経験だと思えました。それに、人事にいたので感じましたが、GEが日本リースのデューデリジェンスを行った結果、人材のポテンシャルを高く評価していました。非常にクオリティが高い、育成すればGEで十分通用すると考えていたのです。ですから、ここで経験を積んで、しかも英語を使えるようになれば、会社に頼らないで生きていく力がつくはずだと。確かに同僚の中にはリース系の同業他社に転職した人も少なくありませんでしたが、私自身は転職しようとは考えませんでした。
買われる側から買う側へ 買収評価が貴重な経験に
― 日本リースのインテグレーションが落ち着いた後にはどのような仕事を?
今度は、自分たちが日本企業を買う立場になりました。当時、地銀や信金、リース会社などのM&A案件が目白押しでした。我々人事は、人材関連のデューデリジェンスを担当します。組織や制度の評価はもちろん、最終的にはコア人材ひとり一人の評価まで行います。当然、有給休暇残や年金基金などの金銭的な調査も含まれます。そうした結果を本社のビジネスディベロプメントチームと呼ばれるM&Aの専門集団にプレゼンテーションするのです。彼らはそれに基づいて案件の可否を判断しますから、非常に緊張感の高い仕事でした。
― 当然すべて英語で、ですね?
はい、もちろんです。4年間でいくつもの案件に関わりましたが、一度、人事の本部長が不在だったことがありました。ちょうどそのとき大型案件があって、私が責任者になりました。そこでは、人事的には「何点中何点の評価である」という最終的な結論を出さなくてはなりません。その責任の重さに加え、将来のGE幹部候補レベルが集まっているようなキレ者集団に英語でプレゼンテーションをするということで、本当に緊張したのを覚えています。一生のうちであれほど緊張したことは未だにないですよ(笑)。
― それはいつ頃のことですか?
GEに移籍して、2年目だったと思います。34歳でした。
― それはとても貴重な経験でしたね。
はい、当時は仕事も英語も必死でしたが、当時の一連の経験で自信がついたと思います。
― その後も同様の仕事を?
はい、結局そうした人事の仕事を4年間やりました。GEでは、だいたい4年くらい同じポジションにいて一定の成果を上げると、次のキャリアに移るという流れがあります。人事でいけば、他のビジネス領域のHRにローテーションするのです。私はUS本社の人事への異動を希望しました。ほとんど本社行きが決まっていたのですが、当時その異動をサポートしてくれていた上司が急遽アメリカに帰ることになり、その話が流れてしまいました。他の日本のGEグループ会社の人事のポジションがあったのですが、どうしても興味を持てないでいるところに、ロレアルから仕事のオファーがきたのです。以前から、ヨーロッパで一番成功している企業の一つとして興味を持っていましたから、思い切ってそちらに移ることにしました。
人材マネジメントが「真逆」だった、2つの企業
― アメリカ企業からフランス企業、日本にとっては同じ「外資系」でも、ずいぶん違った文化だったのではないですか?
極端な表現をすると、人に対するアプローチが「真逆」だと言ってもいいかもしれません。
― 真逆、ですか?
GEは、プロセスとかシステムを非常に重視します。生産性を上げるために、制度やマニュアルを徹底的に整備していきます。「効率性を最大化する」ことにあらゆる手を尽くすのです。ですから、人に余剰が出たらレイオフをしますし、人件費もできるだけ変動費化しようとします。背景には株主を第一に考えた経営があって、短期的な利益を上げる必要があるからです。
一方ロレアルの場合、ヨーロッパ企業の中でも特異なのかもしれませんが、元々の創業者一族とネスレが大株主です。上場はしていますが、買収とかM&Aをされる危険性の非常に低い企業です。非上場企業に近い経営ができる構造になっています。ですから、長期的なマネジメントができるのです。ロレアルは基本的にレイオフなどしません。新卒で入社して定年まで働く人も少なくないのです。そういう人たちは「ロレアリアン」と呼ばれていて、親子二代、ロレアルに勤めあげるという例もあります。
― 同じ外資系企業でも、かなり異なる人材マネジメントを行っているわけですね。
はい、リーダーや後継者育成もずいぶん異なっていました。GEの場合はやはり非常にシステマティックです。選抜の軸が、パフォーマンスx GEバリューと非常に明確です。それらで高い評価を受けている人がどんどん選抜されていきます。また、エナジー、エナジャイズなど、ビジネスリーダーに求められる価値を明確にしていて、それに当てはまる人がポジションを与えられていきます。そして、ボトム10〜20%に留まり続ける人は去っていくわけです。そうしたプロセスが非常に明快です。
一方、ロレアルではこうしたプロセスが良い意味で非常に曖昧です。
最近退任しましたが、リンゼー・オーエン・ジョーンズという素晴らしいCEOがいました。ロレアルは80年代までは5000億円くらい規模で、今の資生堂とあまり変わらなかったのです。それから約30年で、2兆5000億円前後にまで成長しました。資生堂が6000億円くらいですから、彼の経営が達成した成長率の高さがわかると思います。
彼は非常に天才的な直観を持っているのです。それで多くのブランド買収で大きな成果を上げました。ロレアルはそうした直観を大事にする会社でした。
敢えて統一化しない採用基準で、スーパースターの卵を発掘
― 天才的な直観を持った人材を育てるのは難しいように思います。
リンゼーのような直観を持ったスーパースターがどうやって登場してくるのか、ということですが、ひとつには、「毎年毎年、最も優秀な人を採り続ける」というポリシーが大きく貢献していると思いますね。ロレアルでは人事が何に力を入れているかというと、実は新卒採用なのです。
― 新卒採用、ですか。日本的な感じがしますね。
そうかもしれません。とにかく、フランスのトップクラスの大学から、その中でも頭が良くて、かつ美的センスのある人材を採用していきます。そしてそれを、毎年途切れることなく続けていくのです。
― 「採用基準」や「採用マニュアル」などはあるのでしょうか?
オーソライズされたり、統一された方法はありません。面接する人それぞれにインタビューのやり方があります。10人いれば10人の見方があるわけです。そうした異なる観点から見ても、10人とも「いい!」と思う人がいます。そういう人物が、スーパー―スターになる可能性を秘めていると考えているのでしょう。
そしてそうした人材を、若いうちからいきなりブランドマネジャーのような責任のあるポジションに就けてしまいます。座学とか集合研修とかなしに、とにかく現場に放り込んでしまう。そこで「失敗を経験しなさい」と。数回の失敗なら認められる文化なんです。そうしていきなり大海に放り込んで、ちゃんと陸に上がってきたら、もう少し大きなブランドを担当させたり、大きな地域を担当させたりしていきます。そうしたプロセスの中で頭角を現した人たちが上に上がっていくわけです。
意外な2社の共通点:「トップの在任期間が長い」
― そうしたプロセスからは、確かに直観的な天才も発掘できそうですね。
はい、10年とか20年に一度かもしれませんが、すごい逸材が現れてくるのだと思います。リンゼーなどはその一人だったと思います。
― 逆に2社での共通点は?
興味深いことですが、2社ともトップの在任期間が長い、ということです。一人のCEOが20年くらい指揮をとります。ロレアルは100年余の歴史がありますが、歴代のCEOはたった4人です。GEのジャック・ウェルチも20数年トップにいましたし、今のジェフリー・イメルトもCEOに就任してから10年くらいたっていますよね。
また両社ともCEOは一貫して内部登用しているという点も共通項です。人材を内部で育て、その中から選抜していくというのは、CEOがヘッドハンティングされている欧米企業の中では珍しく、逆に日本企業に酷似していることも興味深いです。企業文化、価値観の継承をもの凄く重要視している点も見逃せない共通項です。
それから、先ほどロレアルの経営は非上場企業的で長期的な視点でのマネジメントだと言いましたが、だからといってのんびりとしているわけではまったくありません。経営は非常にアグレッシブです。マーケットからの監視は弱いかもしれませんが、「必ず利益を出さなければならない」というある意味自浄作用が非常に強く、20期連続二桁成長を達成しています。経営のアグレッシブさ、というもの2社で共通しているところでしょう。まったく異なる人材・組織のマネジメントをしながら、こうした共通点があるのも面白いところですね。
「組織開発」とは、「強い組織」を作ること
― 現在は、リーバイスで人事部長を務められています。3社の外資系企業の人事をご経験になった曽我さんに是非、「組織開発」、Organization Development(OD)についてお伺いしたいと思います。日本でも注目を集めてきていますが、なかなか具体的にはどういうことなのか、理解が進んでいないように思います・・・・<続く>
取材・文 大島由起子(当研究室管理人) /取材協力: 楠田祐 (戦略的人材マネジメント研究所)
(2011年7月)