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「当たり前」と考えられているモノやコトに対して問い直しを行うために知っておくべきこと

いま 世界の哲学者が考えていること.jpg

『いま 世界の哲学者が考えていること』
岡本裕一朗 著
ダイヤモンド社 1600円

- 評者

大島由起子 インフォテクノスコンサルティング株式会社
Rosic人材・組織ソリューション開発室/
人材・組織システム研究室 管理者














概要

大学での一般教養の意義を疑問視する声があります。「哲学」はその指摘に中心の一角を占めており、「社会的に無用」とまで言われたりもします。もしくは、昨今のベストセラー本のイメージから、「哲学=生き方指南、人生論」という見方をされ、自己啓発のツールと見られたりします。また、哲学者の学説を研究することが「哲学」だ、という誤解も根強くあるようです。

哲学の研究者であり、実践者である著者・岡本氏は、そんな風潮の中、哲学の本質を一般に知ってもらうために、アカデミックな世界の外で講座を開いたり、一般書を出版したりしている学者である。本書は、そんな氏の活動の中核を占める一冊、と言えるでしょう。

著者は別書『教養として学んでおきたい哲学』で、「学」とつく学問の中で、研究する対象が明確に決まっていないのは哲学だけだと指摘し、何かひとつの分野に限定されることがなく、全体的な視野で物事を捉えることができる学問だと説明します。そしてその大きな特徴として、通常では疑わないような前提条件も必ず疑う、という点を挙げ、一般的に認められている何らかの結論があっても、必ず問い直すというのが哲学であると説明します。(アリストテレスやニーチェなどを研究するのは、「哲学説」研究者で、正確な意味での哲学者ではない)

そうした本質を持つ哲学は、時代が大きく転換するとき、活発に展開されてきました。15~16世紀の活版印刷の登場・普及の時期、18~19世紀の産業革命時期に、有名な哲学者たちが集まっているのは偶然ではありません。

つまり、時代の地殻変動ともいえるような変化が立て続けに起きている今、現在に至る歴史を問い直し、そこから未来を展望していくために、哲学的アプローチが求められているし、実際に世界ではそうした議論が盛んにおこなわれている、ということです。

しかし、残念ながら日本での「哲学」のイメージや扱われ方は、文頭に挙げたような状況であるのが現状です。欧米を中心に過去から現代に至るまで、どういった問題を軸に哲学議論が交わされ、現実の問題に応えようとしているのか、多くの人が理解している状況とはいえないというのが著者の問題意識です。

著者はまず、20世紀、21世紀の哲学の世界では、何を軸に問が立てられ、議論が行われているのかを簡潔に整理。その理解のうえで、「IT革命」「バイオテクノロジー」「資本主義」「宗教」「環境問題」それぞれを、どう理解し、今後をどのように予測していくのか、議論を展開してきます。

<目次>

序章  現在の哲学は何を問題にしているのか
第一章 世界の哲学者は今、何を考えているのか
    第一節 ポストモダン以降、哲学はどこへ向かうのか
    第二節 メディア・技術論的転回とは何か
    第三節 実在論的転回とは何か
    第四節 自然主義的転回とは何か
第二章 IT革命は人類に何をもたらすのか
    第一節 人類史を変える二つの「革命」
    第二節 監視社会化する現代の世界
    第三節 人口知能が人類にもたらすもの
    第四節 IT革命と人間の未来
第三章 バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか
    第一節 「ポストヒューマン」誕生への道
    第二節 クローン人間は私たちと同等の権利をもつだろうか
    第三節 再生医療によって永遠の命は手に入るのか
    第四節 犯罪者となる可能性の高い人間はあらかじめ隔離すべきか
    第五節 現代は「人間の終わり」を実現させるのか
第四章 資本主義は21世紀でも通用するのか
    第一節 資本主義が生む格差は問題か
    第二節 資本主義における「自由」をめぐる対立
    第三節 グローバル化は人々を国民国家から解放するか
    第四節 資本主義は乗り越えられるか
第五章 人類が宗教を捨てることはありえないのか
    第一節 近代は「脱宗教化」の過程だった
    第二節 多様な宗教の共存は不可能なのか
    第三節 科学によって宗教が滅びることはありえない
第六章 人類は地球を守らなくてはいけないのか
    第一節 環境はなぜ守らなくてはいけないのか
    第二節 環境論のプラグマティズム的転換
    第三節 環境保護論の歴史的地位とは

お勧めのポイント

世の中には、単独でみれば否定しようのない、見た目も耳あたりも良い「ソリューション」(解決策)が溢れています。しかし、実際は、現状をしっかりと把握し、将来どうなりたいかを定め、そのギャップを埋めるために何が必要か、という視点からそのリストを吟味しなければ、まったく役に立たないか、ことと次第によっては害にもなります。

こうした状況に加えて、「すぐに結果を出すことが正解」というプレッシャーに晒されることが多い昨今、「自分たちはどこにいるのだろうか」「そもそも、それが存在している意味は何だろうか」といった、解決策に至るまでの一ステップ、二ステップ手前の本質的な議論がしにくくなっている、という危機感を覚えています。そこに風穴をあけるヒントになるのではないかと、ここ最近「哲学」というフレームワークに魅力を感じ、手にとった一冊が本書です。

「IT革命」
「バイオテクノロジー」
「資本主義」
「宗教」
「環境問題」
と、これから我々が避けて通ることができない課題について、哲学的なアプローチで、丁寧に議論のポイント・問題点を整理していきます。

しかし、だからといって、「明日から●●さえすれば安心なのだ」「これが正解だったのだ!」といったカタルシスは、残念ながら得られません。逆に、軽く考えて結論づけていたことが重い問題となって体に残り、その体ごとポンと宙に放り投げられたような感覚になります。ただ、同時に、問いを立てて考えていくための基本的な武器を与えてくれてもいるので、「当たり前」だと思っていた周りの風景が少し違って見えるようになり、その地点から自ら考えていくきっかけにすることができると思います。

それにしても、モノを深く考えるための基礎知識と知的筋力が、圧倒的に足りないと痛感させられます。ソリューション(解決策)のリストを増やしていくことも大事ですが、それよりもこれからは、自ら問いを立て、考え抜いていくことができる力をつけていきたいと思います。そのためのスタートに適した一冊でした。是非手に取ってみてください。

(2020年4月2日)

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