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「子供の頃に触れていたら進路が違ったかもしれない」と思ってしまうほどのワクワク感を持って、生物の基本的知識に触れることができる

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『ライフサイエンス 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』  吉森 保 著
日経BP社 1700 円

- 評者

大島由起子 インフォテクノスコンサルティング株式会社
Rosic人材・組織ソリューション開発室/
人材・組織システム研究室 管理者














概要

 本書の著者である吉森保氏(医学博士)は、細胞生物学者で、大阪大学大学院生命機能研究科の教授。2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大森良典氏(理学博士)のオートファジーの研究に初期の頃から関わり、受賞理由である「オートファジーの仕組み解明」に大きく貢献し、大森氏と共同受賞するのではないかとも目された人物です。

 謎の多かった生命現象は、光学機器や情報処理の技術の発達も後押しするかたちで、大変なスピードで解明が進んでいるといいます。その結果、「私たちの生活に、科学は猛烈な勢いで入り込み、その量も目を見張るほどです。つまり、選択肢が多すぎる」というのが、吉森氏の問題意識です。

 そのため、トンデモ科学を妄信してしまったり、より良い選択ができる機会をみすみす失ったりしている人が少なくない。そうなってしまうのは、正しい科学の読み解き方や生命科学の基礎知識を持っていないから。多くの人が自分の満足する選択ができるようになるために、そうした知識や思考を身に着けてもらいたい、という思いから本書が執筆されました。

 冒頭で紹介したように研究者として輝かしい経歴と地位を持った著者ですが、本書での語り口は至ってソフト。必要最低限の専門用語で、壮大な生物の世界の本質をわかりやすく、解説してくれています。また、本題に入る前の、Chaper01の「科学的思考を身に着ける」も秀逸です。ここだけでも一読の価値のある一冊になっています。

<目次>

はじめに 
Chapter 01 科学的思考を身につける
Chapter 02 細胞がわかれば生命の基本がわかる
Chapter 03 病気について知る
Chapter 04 細胞の未来であるオートファジーを知ろう
Chapter 05 寿命を延ばすために何をすればいいか
おわりに
参考文献

お勧めのポイント

 本書からは大きく3つのことを学びました。
 一つ目が、「科学的思考」について。科学は「正しい理論」や「真理」を提示するものであって、そのロジックに従えば、誰が扱っても同じ答えや同様の状況を導き出せる、と理解していました。これはこれでまったくの間違いではないようですが、それ以前の大前提を認識していなかったことを教えられました。

 科学の大前提は、「真理や正しさをどこまで追求したところで、本当にそれが正しいかどうかはわからない」ということ。つまり、今皆が信じている様々な「法則」も、つきつめれば「どうやら確からしい」「真理っぽい仮説」でしかない、ということです。それを前提にして、更に真実に近い仮説を導き出そうと延々と続く営みが科学、ということになります。(ダーウィンの「進化論」も、未だに新しい仮説にチャレンジされて続けているとのこと)ですから、簡単に断言する「専門家」は怪しいと思った方が良い、というのが吉森氏のアドバイスです。

 そして、相関と因果。これは、多くの人が簡単に陥る落とし穴ですが、因果を知るための基本中の基本を伝授してくれています。この知識は、吉森氏の言う「自分が満足する選択ができるようになる」ための武器となるでしょう。それにしても、世の中には相関と因果の合間をついて、意識無意識に真実ではないことを信じさせようとする人たち、それを簡単に信じてしまう人たち(自分も含めて)のなんと多いことか、、、。「世の中で紛糾している問題は相関関係の議論が多い」という吉森氏の指摘を、謙虚に受け止める必要があると痛感しました。

 二つめが、生命の基本が細胞であること。その細胞とはどのようなものであるか、ということ。本の後半になって気がついていくのですが、細胞という生命の基本を知ることで、自分の体に起きる現象を自然に理解できるようになっていきます。正直、この本を読むまで「癌」の本質を知りませんでしたし、風邪をひいて熱が出ることと、喉が痛くなることの差異も知りませんでした。何たる無知であったか、恥ずかしい限りではありますが、、、私のような状況の人は少数派ではないと思います。

 そして三点目が、吉森氏の専門、オートファジーについて。2016年、大隅良典氏がノーベル章を受章していたときにはよく耳にした単語でしたが、その何たるかは知りませんでした。そもそもそうした機能が自分の体の中にあって、非常に重要な働きをしていること(老化や長寿に大いに関係している可能性大)、オートファジーの研究が劇的に前進したのは、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩氏(理学博士)が発見したGFP(緑色蛍光タンパク質)があったからなど、自分の体に直結する話、それを取り巻くストーリーが満載です。

 「子供の頃にこうした話に触れていたら進路が違ったかもしれない」と思ってしまうほどのワクワク感を持って、生物についての基本的知識と、豊富なストーリーに(特に多数の「コラム」で)出会うことができます。是非手にとってみてください。

(2021年8月4日)

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