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第28回 女性社員数が30年で10倍以上に!「男社会」を脱したJR東日本

東日本旅客鉄道株式会社
本社人事部担当部長 中川晴美氏

1987年の国鉄分割民営化によって誕生し、2017年に会社発足30年の節目を迎えたJR東日本。会社発足時にはわずか0.8%に過ぎなかった女性社員の割合は、現在13%超まで増えているといいます。その中にはもちろん駅員や車掌、運転士も含まれます。365日、始発から終電まで稼働し続ける鉄道の現場で女性社員が働くために必要なこととは何だったのでしょうか。自身女性社員である人事担当部長の中川晴美氏に話を伺いました。

本社人事部担当部長 中川晴美氏

1991年 東日本旅客鉄道株式会社入社。宣伝や商品計画など鉄道利用促進に関する業務でキャリアを重ねたのち、自らの出産・育児の経験を活かしつつ、ダイバーシティ推進専任組織の初代リーダーとして、女性社員の活躍推進などに取り組む。その後、横浜支社人事課長、千葉支社総務部長を経て、2016年より現職。



労基法改正によって現場業務が可能に

電車の中で女性車掌のアナウンスを耳にする機会が増えています。JR東日本の駅や電車で女性が活躍するようになったのはいつ頃からなのですか。

鉄道の現場で女性の活躍がいっきに広がったのは、労働基準法が改正された1999年からです。改正によって女性の深夜勤務などの規制が撤廃されたのがきっかけでした。それ以降、駅の改札やみどりの窓口、あるいは車掌や運転士など、それまで男性社員しかいなかった職種に女性社員が配属されるようになりました。

女性社員の採用は、それ以前から進んでいたのですか。

国鉄民営化によってJR東日本が発足したのは1987年ですが、その時点で女性社員の数はおよそ680人で、全体のわずか0.8%でした。しかも、その大半がJR病院などの医療機関で働く看護師でした。

本格的な女性の採用が始まったのは、民営化から5年後の1991年です。この年に初めて数百人規模の女性が入社しました。私自身もこの年の入社です。しかし、鉄道の現場は深夜早朝時間帯にもまたがるような不規則な勤務の仕事が多いため、当時は女性の配属は旅行業部門や企画部門などに限られていました。私も最初は「びゅうプラザ」などで日勤の仕事をしていました。

鉄道の現場は365日始発から終電まで稼働していますから、女性が現場で働くのは難しかったのですね。

労基法改正まではそうでしたね。JR東日本でのこれまでの女性活躍推進の取組みを振り返ってみると、大きく5段階に分けることができます。会社発足から99年の労基法改正まではいわば「開拓期」、そして99年以降の約5年間は「助走期」と言えるかと思います。

前身である国鉄には、女性従業員用のトイレ、更衣室、宿泊施設がほとんどありませんでしたから、法改正を機に、駅、乗務員区、メンテナンス職場など、JR東日本の事業エリア内の多くの現場に女性用設備をゼロから整備し、これまで男性社員しかいなかった職場に女性社員を次々に配属していきました。

それによって女性社員の活躍の場が格段に広がったわけですね。

ええ。とはいえ、依然として全社員に占める女性の比率は低く、男性社員に比べて早期に退職してしまう女性社員も少なくありませんでした。

そこで2004年、女性社員が能力を最大限に発揮できる環境整備を目的に、「Fプログラム」という取り組みを始めました。これが3つめの「ポジティブ・アクション期」です。

取り組みの主な内容は、「採用の拡大」「仕事と私生活の両立支援」「専任組織の立ち上げ」などです。まず、採用者数に占める女性の割合を20%以上にするという数値目標を掲げました。また、出産を機に退職する女性を減らすために育児休職の仕組みも変えました。それまでの休職期間は子どもが1歳になるまでだったのですが、これを2歳まで延長し、努力次第で休職が昇進に不利にならない制度も整備しました。ちなみに、育児休職期間は現在では3歳まで延長されています。

さらに2007年には、女性の活躍を推進する専任組織を本社人事部内に立ち上げました。私はこの専任組織の最初のリーダーを約5年間務めさせていただきました。

不規則勤務と育児・介護をどう両立するか

「Fプログラム」の成果はどうだったのですか。

女性社員比率の向上、退職率の低下、女性管理者数の増加など、目に見える成果が現われました。例えば女性社員比率は、「Fプログラム」への取り組み後に3.0%から5.4%まで増えています。

一方で、「Fプログラムは女性社員だけを対象にしたもので、男性社員には関係ない」といった意見や、「単なる育児支援策」といった誤解も社内にありました。そこで、女性だけではなく、社員全員にかかわる取り組みが必要であると考え、09年に「Fプログラム」に代わって新たに「ワーク・ライフ・プログラム」をスタートさせました。ここからの約6年間が4つめの「ワーク・ライフ・バランス期」です。

女性の活躍を推進するには、男性を含む全社員の意識改革が必要であると。

そのとおりです。このプログラムでは、ワーク・ライフ・バランスやダイバーシティの考え方を取り入れ、「多様な人材が能力を最大限に発揮して仕事上の責任を果たすとともに、やりがいや充実感を感じながらいきいきと働くことができる企業を目指す」という目標を掲げました。とくに注力したのが、「仕事と育児・介護の両立支援の拡充」と「社員の意識改革・風土づくり」です。

「仕事と育児・介護の両立支援の拡充」の具体的な取り組みをお聞かせください。

まず、短時間勤務・短日数勤務制度を導入しました。こだわったのは、職種にかかわらず、宿泊を伴う不規則な勤務の現場においても、仕事と育児・介護の両立ができる環境を整えることです。当時、現場から公募で集めたワーキンググループのメンバーと何度もディスカッションを重ね、現場の状況を丁寧にヒアリングしながらどのような制度にするかを検討しました。

 現在、短時間勤務は子どもが3歳になるまで、休日を増やすことができる短日数勤務は、子どもが小学3年生になるまで選ぶことができます。

また、泊り勤務では24時間対応できる保育の仕組みが必要になります。そこで、事業所内保育所の設置も進めました。現在、当社エリア内に9か所の設置が完了しており、2020年までには、24時間対応が可能な事業所内保育所を全支社に1か所以上設置する予定になっています。

子が3歳まで取得可能にした育児休職者は年々増え、2017年には562人が育児のために休職しました。そのうちのおよそ2割は男性社員です。

現在車掌や運転士などの短時間勤務の見直しを検討中と伺いましたが。

現在の短時間勤務は「子どもを保育園に送り、子どもが保育園にいる日中に働き、早めに退社する」という、日中時間帯のみ働く勤務としていますが、実はここには課題があります。

というのも、鉄道の現場で最も人手が必要となるのは、朝と夕方のラッシュの時間帯だからです。逆に、昼間は列車本数もさほど多くはなく、この先短時間勤務の利用者は更に増えると予想されますが、日中時間帯のみの仕事は限られています。そこで、短時間勤務適用者の勤務制限を緩和し、より効率的で柔軟な働き方ができるよう見直しを考えております。

具体的には、例えば車掌・運転士の新しい働き方として、朝晩のピーク時間帯も含むいくつかの短時間行路から、自分の乗務する行路をあらかじめ選択できるようにしたり、ラッシュ時間帯の乗務終了後は業務に支障がない範囲で退社も可能とするなど、新しいスタイルの短時間勤務の仕組みを、2019年3月から導入することを決定しました。

鉄道会社特有のニーズを満たしながら、時短を実現するという画期的な仕組みとなります。子どもの送り迎えなどにパートナー等の協力が必須になりますが、社員に十分理解してもらえるよう丁寧に話し合いを進めています。

「社員の意識改革・風土づくり」の取り組みとはどのようなものですか。

マネジメント層や一般社員、あるいは女性社員やその上司、役員層も含めありとあらゆる層を対象として、ダイバーシティ・フォーラムやセミナー、研修などにより、「ワーク・ライフ・プログラム」の重要性を説くと共に、社内報やイントラネット、冊子の発行等を通じて積極的な情報発信に努めました。

そのほか、職場単位や支社単位など様々な部署で推進担当のメンバーを選出し、「ワーク・ライフ・プログラム」の浸透や課題解決に向けてボトムアップで様々な活動を行う「ワーク・ライフ・プログラム・ネットワーク」を全社でスタートさせました。このネットワークの活動は、今も各箇所で活発に展開しています。

女性社員数が680人から7000人に

「ワーク・ライフ・プログラム」に取り組んだ6年間で、女性活躍はさらに進んだのでしょうか。

確実に進みましたね。会社発足当初にわずか680名だった女性社員数は、2017年度初頭には約7,000人まで増えました。医療職以外の女性マネジメント職も400名弱まで増えています。「Fプログラム」がスタートした時点から比べるとおよそ10倍です。

女性社員の定着率も格段に向上しています。「Fプログラム」以前、入社10年後の女性の定着率はおよそ50%でした。「Fプログラム」によってこれが80%まで向上し、さらに「ワーク・ライフ・プログラム」の取り組みの結果、現在では89%まで上がっています。

とはいえ、全社員に占める女性社員の割合はまだ13.4%、女性マネジャーの割合も2018年7月現在でようやく5%を超えたばかりです。定着率も確かに上がりましたが、男性社員は10年目で95%、20年以上経っても90%以上の定着率ですから、まだまだ開きがあるのが現状です。

現在の取り組みについてもお聞かせいただけますか。

2016年から「ワーク・ライフ・プログラム」をさらに進化させた「ダイバーシティ・マネジメント」を開始しました。これが5段階目の取り組みとなります。

経済や社会環境の激しい変化に対応していくには、社員の働き方や業務の見直しを進める一方で、多様な社員が自律したキャリア形成ができる企業風土づくり必要である──。それがこの取り組みの背景にある考え方です。

JR東日本傘下のグループ会社ごとにダイバーシティ推進のKPIを設定し、グループ全体でダイバーシティの推進に取り組んでいます。もちろん、ダイバーシティは女性だけを対象にしたものではありません。LGBT、障がい者、外国人などの採用と活躍推進も同時に進めています。

鉄道の魅力を向上させていくために

1%にも満たなかった女性社員をここまで増やし、かつ活躍の場を広げるのはたいへんだったのではないでしょうか。

先に申し上げたように、私が女性活躍を推進するプロジェクトのリーダーになったのは2007年ですが、当時およそ7万人いた社員の意識をどう変えていけばいいのか、最初は途方に暮れました。風車に生身で立ち向かうドン・キホーテのような気持でしたね。

社員の意識を変えていくには3つのポイントが大切であると思います。ひとつはマネジメントクラスの意識改革、ひとつは社員一人ひとりの「腹落ち感」の醸成、そしてトップのコミットメントです。

ダイバーシティ・マネジメント開始時の社長であった冨田哲郎(現会長)は、こんなことを言っていました。

「当社のお客さまは老若男女さまざまで不特定多数である。そのため、鉄道事業はサービス提供においてダイバーシティの観点が求められる。また、JR東日本グループは、駅、乗務員、メンテナンス、生活サービスなど幅広い仕事の集合体であり、ダイバーシティそのものと言える。一人ひとりの社員の力を、いかに組織の力にできるかが極めて重要なポイントである。そのために、チームワークを発揮することはもちろん、個々の社員がそれぞれの立場で持てる能力を最大限発揮できるようにしなければならない」──。

これまでの代々のトップの本気度が、マネジメント層や一般社員にも伝わったことによって、着実に前進することができたのだと思います。

多くの企業では、会社存続に関する危機意識が働き方改革のモチベーションになっています。御社にもそういった危機意識はあるのでしょうか。

明確にありますね。当社では現在、全社員数の3割弱を占める国鉄時代に採用された社員が、あと5年ほどの間に定年退職を迎えることとなり、社内では急激な世代交代が進んでいます。

また、今後、就労人口の減少や、ネット社会の進展により在宅勤務等が増えていくと、通勤に電車を利用するお客さまは確実に減っていくでしょう。さらに、近い将来、自動車の自動運転技術の実用化等により、鉄道による移動ニーズはさらに減っていく恐れがあります。

ニューヨーク、ロンドン、パリなどの大都市では、地下鉄の利用客が減っているようですね。ライドシェアの普及が一因と見られているようです。

ええ。今後は鉄道を移動手段に選んでいただくために、鉄道の魅力をもっともっと高めていかなければなりません。そのためには、社員一人ひとりの力が必要です。

私たちは2018年7月、グループ経営ビジョン「変革2027」を発表しました。この先10年間の方向性をまとめたものです。

その中で、これまでの「鉄道を起点としたサービス提供」から「人を起点とした価値・サービスの創造」への転換をはっきり謳っています。

会社発足からの30年間、弊社は鉄道インフラの水準を高め、「鉄道の再生・復権」に取り組んできました。しかしこれからの10年間は、人が生活する上での「豊かさ」を追求し新たな価値を社会に提供していくことが重要になります。

今後の急激な経営環境の変化の中で、これまでの延長線上で発想・行動していては、変化に適応できません。まずは社員全員で健全な危機感を共有し、こうした変化をチャンスと捉え、それぞれが主役となって変革を実現させていこうと社員に訴えかけています。

そのためには、更なる生産性向上や仕事の高度化、社員の活躍フィールドの拡大などにより、社員一人ひとりの可能性や能力を伸ばしていく必要があります。そう考えれば、これからもダイバーシティの推進や働き方の改革の取り組みは必須と言えます。
鉄道会社のイメージは大きく変わりました。この変化がこれからも続いていくのですね。

30年かけてようやくここまで来たという感じです。この流れを今後も絶やさずに、変革を加速させていきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。

取材・文  二階堂尚
取材協力  楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)

(2018年11月)

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