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第32回 人口減少の時代にいかに生産性を向上させるか

経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室 室長補佐
米山 侑志氏

人口がいよいよ大きく減少していく時代に向けて、各省庁はそれぞれの立場で対策に取り組んでいます。「成長戦略」や「生産性」という視点から人口減少時代の働き方についてさまざまな提言をしているのが経済産業省です。同省の産業人材政策室で、人口減少時代、人生100年時代の人材戦略の方向性を取りまとめている米山侑志さんに話を伺いました。

経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室 室長補佐
米山 侑志氏 プロフィール

2011年東京大学教育学部総合教育科学科卒後、経済産業省入省。
被災中小企業支援、原子力政策、福島第一原発廃炉、石油天然ガス政策、安全保障、各種法令立案・審査等に従事。
2018年6月に異動、本職に着任。働き方改革推進、リカレント教育拡充、社会人基礎力普及等を担当。奈良県出身。




「日本型雇用システム」が変わらなければならない

日本の人口が8年連続で減少しているという報道が先日ありました。今後、人口減少のスピードはさらに加速するとみられています。一方、平均寿命は延び続け、2045年には100歳になると言われています。経済産業省は、このような時代にどう対応していこうとお考えですか。

ご指摘のとおり、今後日本の人口は減り続け、2050年にはおよそ1億人になると予測されています。生産年齢人口で見ると、2015年現在の7700万人がおよそ5300万人まで減ることになります。経済のアウトプットは「インプット×生産性」によってもたらされます。そのインプットを支える人の数が3割も減ってしまうわけです。これまでのアウトプットを維持するだけでなく、さらなる成長を目指すのであれば、生産性を大きく向上させていくしかありません。そのために求められるのが、AIやロボットなど第四次産業革命によって生まれた最新のテクノロジーを活用していくことです。

AIやロボットなどのテクノロジーの普及によって、仕事は大きく4つのタイプに分かれることになると私たちは考えています。すなわち、「AI・ロボットを活用して新たなビジネスを生み出す仕事」「AI・ロボットとともに働く仕事」「AI・ロボットと住み分ける仕事」、そして「AI・ロボットに代替される仕事」です。

考えられるシナリオの一つは、AI・ロボットを活用して新たなビジネスを生み出す仕事がどんどん海外に流出し、従来の仕事がAIに奪われることで雇用が減り、多くの仕事が低賃金化していくというものです。そのような事態は何としても避けなければなりません。理想的なのは、AI・ロボットを活用して新たなビジネスを生み出す仕事に国内外のリソースが集積して層が厚くなり、新たな職業が誕生してそこに雇用が生まれ、単純労働はAIにほぼ任せることが可能になる。そんなシナリオです。

生産性を上げるためには、人々の働き方も変わらなければなりませんね。

ええ。従来の日本型雇用システムが大きく変わる必要があると思います。まず、従来の無限定な職務と長時間労働が是正され、多様な人たちが生き生きと働けるようになる必要があります。これは、2018年に成立した働き方改革関連法が目指しているもので、徐々に実現しつつあります。

次に、「新卒一括採用」「終身雇用」「年功序列」といった慣行も変えていかなければなりません。人材の流動性を高め、多くの人が自分に適した場所で働けるようになることが重要です。さらに、各企業が人材への投資を増やし、人材育成を強化していくことも重要です。それによってエンゲージメントが高まることが生産性の向上につながるからです。

エンゲージメントとは具体的にどのようなものですか。

コンサルティング会社のタワーズワトソン社は、エンゲージメントを「従業員それぞれが、会社が実現しようとしている戦略や目標を理解し、腹落ちして、そこに向かって、自らの力を発揮しようとする自発的な貢献意欲」と定義しています。日本企業におけるエンゲージメントは非常に低いのが現状です。米ギャロップ社の調査によれば、「熱意あふれる社員」は日本ではわずか6%で、調査対象139カ国中132位です。さらに、「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」が24%、「やる気のない社員」が70%もいます。これらを是正しなければ、生産性の向上は望めないでしょう。



個人の成長を企業・組織の成長につなげる

一方、働き手のニーズや価値観が多様化しているという現状もあります。

おっしゃるとおりです。フリーランサーやクラウドワーカーは年々増えていますし、企業に属しながらテレワークで働く人も増加しています。また最近では、兼業・副業のニーズも高まっています。

兼業・副業を認める企業は増えているのでしょうか。

そうでもありません。労働政策研究・研修機構の調査では、兼業・副業を「許可」もしくは「許可を検討」していると答えた企業は2割程度にとどまっています。政府は元々、「モデル就業規則」の中で「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定としていたものを改正し、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」、ただし「事前に、会社に所定の届出を行うものとする」と変えました。これにより、兼業・副業を促していく方針です。

「原則禁止」から「届け出制」への方針転換ということですね。兼業・副業を行うことにはどのようなメリットがあるとお考えですか。

「多様な経験を積むことができる」「本業の効率やモチベーションが上がる」といったメリットがあることが各種調査で明らかになっています。また、管理職や専門・技術職など思考・分析能力が必要とされる仕事では、兼業・副業の経験が本業の賃金増につながるという調査結果もあります。

職業が流動化し、兼業・副業の機会が増えると、働き手が学習しなければならいことも増えそうですね。

それもおっしゃるとおりで、これからは「一億総学び時代」になると私たちは考えています。リクルートワークス研究所の調査では、仕事に関連した学びをしていない人に、その理由を聞いたところ、「学ばないことに理由はない」という回答が最も多いという結果が出ています。「忙しい」「お金がない」といった理由で学ばない人はむしろ少数派なのです。

しかし、これからは「学ぶことに理由がある」時代、「学ばなければ働けない」時代になっていきます。政府は昨年「人生100年時代構想会議」を発足させ、教育の負担軽減・無償化、リカレント教育、大学改革などの検討を始めています。経産省も「人材力研究会」において、社会人の基礎力を「考え抜く力」「チームで働く力」「前に踏み出す力」とし、さらにそこに「何を学ぶか」「どのように学ぶか」「どう活躍するか」という視点を加えることを提唱しています。

社会人の基礎力とは、PCの「OS」に相当すると私たちは考えています。そのOSの上で、業界などの特性に応じた「アプリ」を稼働させる必要があります。人生100年時代の働き手には、そのOSとアプリを常にアップデートし続けていくことが求められると言えるでしょう。

働き手と企業・組織の関係はどう変わっていくとお考えですか。

これまで働き手と企業・組織は一種の依存関係にあったと思います。働き手は「一社一生」のキャリアを求め、企業・組織は「終身雇用」「年功賃金」の仕組みを提供する。それがこれまでのあり方でした。今後は、働き手は自らのキャリアビジョンを明確にし、一方の企業・組織は、柔軟な人事制度、職務の明確化、公正な評価、キャリア形成支援などを実現する。そして、働き手と企業・組織がエンゲージメントによって結びつき、個人の成長が企業・組織の成長につながる。いわば、成長ベクトルのすり合わせによって競争力・生産性を向上させる。そんなあり方を目指していく必要があります。



人材戦略はすなわち経営戦略である

「人材(ヒューマン・リソース)」と「テクノロジー」を組み合わせた「HRテック」という言葉を耳にする機会が増えています。

米国では、HRテックはすでに100億ドル市場になっており、22年には220億ドルの規模にまで成長すると予測されています。一方、日本のHRテックの市場規模はまだまだ小さいのが現状です。ミック経済研究所の調査では、日本における採用管理や労務管理のクラウドコンピューティング市場は、急成長しているとはいえ、100億円規模にとどまっています。

経産省は現在、HRテックの普及に力を入れており、昨年7月には他団体との共催で「HRソリューションコンテスト」を実施しました。これは、企業の人事上の課題をテクノロジーで解決するソリューションを募集するもので、103件の応募の中からグランプリなどを選出しました。

HRテックは、とりわけ中小企業において必要とされていると私たちは認識しています。中小企業の多くは、「採用が難しい」「離職者が多い」「情報が一元化できていない」などさまざまな人事労務業務の課題を抱えていますが、それを解決するテクノロジーの活用には未着手であるケースが少なくないからです。AIなどのテクノロジー活用のベースになるのはデータです。まずは、データを収集し、集計し、現状を把握する。そこから始めていく必要があると思います。

「働き方」は厚生労働省の領域であるというイメージがありますが、経産省にとっても大きな関心の的なのですね。

世耕弘成経済産業大臣は、「企業には"経営改革としての働き方改革"を進めてほしい」と常々語っています。人材戦略はすなわち経営戦略であるというのが経産省の考え方です。企業の競争力や付加価値創出の源泉はまさしく人材だからです。したがって、人材育成は「コスト」ではなく「投資」と考えられるべきであり、人材という資産のROA(投資対効果)を向上させることが企業を成長させることになると言えます。

人材の力を企業の成長に結びつけるためには、同質性を基軸とした日本型の雇用慣行を、多様性を基軸とする新しいモデルに変えていかなければなりません。新卒社員だけでなく、中途採用や再入社の社員がどんどん入ってきて、人材のスキル更新と配置転換が活発に行われるようなオープンで柔軟なモデルが主流になっていくべきです。

人事部門にも、採用、配置、評価、育成といった従来の機能だけではなく、エンゲージメント向上、HRテックの活用、タレントマネジメント、人事戦略と経営戦略の一体化といった新しい役割が求められるようになるでしょう。

動き始めた「働き方改革」が、労働者の生産性向上に貢献し、日本企業の人材や組織マネジメントを発展させ、それらが経営改革と繋がっていくよう、関係各省の垣根を超えて取り組んでいこうと考えています。

本日はどうもありがとうございました。

取材・文  二階堂尚
取材協力  楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)

(2019年4月)

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