2019 / 11 / 06
第34回 企業と大学が連携して、学生の就職の成功と企業の採用の成功を実現したい。
学習院大学キャリアセンター 担当事務長
淡野 健(だんの たけし)氏
大学のキャリアセンターは、学生と社会をつなぐ重要な役割を果たす部署です。しかし、その活動内容は大学によって大きく異なります。一人ひとりの学生に寄り添うきめ細やかなプログラムでキャリア支援・就職活動をサポートしている学習院大学キャリアセンター 担当事務長の淡野健さんに、センターの具体的な取り組みや、企業と学生の両者に向けた思いについて語っていただきました。
学習院大学キャリアセンター 担当事務長
淡野健氏 プロフィール
1985年、学習院大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。新規事業・総務人事採用、営業事業部門長を歴任。その間、モチベーションマネージメントや就活テーマで企業講演・OB講演を経験。入社3年目より新卒採用経験を活かし、母校の『面接対策セミナー』を創設。以来、卒業生と大学との協働のセミナー運営に携わる。2009年、スポーツ選手のセカンドビジネス企業を起業。2010年4月より 母校の就職支援部署に戻り、学生の就職相談・講座ファシリテーター・セミナー運営・キャリア教育講座・企業関係構築を図る。米国CCE,Inc認定 GCDF-キャリアカウンセラー資格、文部科学省NPO法人『人財創造フォーラム』第2期社会人ゼミメンバー。
「就職弱者」である学生の立場に立ってほしい
- 2010年からキャリアセンターを担当されているそうですね。この10年ほどの間に学生の就職活動について教えてください。
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大前提として、経団連の採用指針の変化と対応があります。私がキャリアセンターで働き始めた頃は、採用の広報開始が大学3年時の10月1日、選考活動開始が大学4年時の4月1日という指針でした。そこから「12月─4月」に変わり、さらに「3月─8月」「3月─6月」と目まぐるしく変化しました。経団連はそうした指針を守らせるとは言っていたものの、個々の企業は選考活動開始よりも前に内々定を出してしまうのが実情でした。一方、2012年に発足した新経済連盟は、正々堂々と「経団連の指針は守らない。各社独自の方針で採用活動を行う」と明言。学生はそうした状況の下、様々な情報に晒されながら就職活動をしなくてはなりませんでした。結局、指針と実情の差が埋まらないので、最近になって国がルールをつくるという動きになったわけです。学生が過去最大のキャリア選択を落ち着いてできる環境になることを祈るばかりです。
10年間では、「オワハラ(就活終われハラスメント)」「内定辞退」「就職ナビの煽り傾向」などが起こっています。「オワハラ」という言葉が登場したのは、確か指針が「3月─8月」の頃だったと思います。ご存知のとおり、企業が内々定を出した学生に対して就職活動を終わらせることを強要する行為です。選考は真夏にスタートするから、学生は着慣れないスーツを着て汗でビショビショになって会社から会社へ走り回る。内々定が出れば、その企業から圧力をかけられる。本当にかわいそうでした。文科省から意見を求められたとき、私は「遵守できない指針は無くすべきだ」と提言しました。「ゼロに無くせないにしても、遵守させる具体策を提示し、これ以上学生を振りまわすのはやめてほしい」と。もう少し「就職弱者」(社会を未だよく知らない・働くの実感がまだない)である学生のことを考えていただきたいというのが大学のキャリアセンター担当者としての率直な思いです。
- 「就職弱者」とは?今は、売り手市場ということで、学生の立場は強くなっているのでは?
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おっしゃられたように、「売り手市場」「買い手市場」という言葉がありますよね。私は違和感と誤解を招く言葉と聞こえます。現在は売り手市場(単に求人倍率データで)、つまり学生に有利な市場になっていると言われている。だから、学生も親も企業の人事担当者も勘違いするケースもあるのではないでしょうか。ヒトを採用するケースでは、採用の実権を握っているのは常に企業の側(雇う側)です。 企業の採用意欲は高い、は実態と言えると思いますが、まるで学生が企業を選べるかのような誤解を招くような表現は慎むべき、と考えます。本学ではどんな環境でも学生と企業の立場は同等でお互いが選ぶ権利を持つ、と伝えております。
- 最近はインターンシップが盛んです。10年前には現在のようなインターンシッププログラムはありませんでしたよね。
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インターンシップの実態は大きく変化をした10年です。企業が本気でジョブ型採用をするのであれば、インターンシップは有効だと思います。例えば、企業でマーケティング職に就きたいと考えている学生を集めて、マーケティングをテーマにしたインターンシッププログラム(就業体験)を催す。そこで今迄の大学でのマーケティングと企業でのマーケティングに対する知見を高めてもらい、就業イメージを確認した後に、入社したらマーケィング部門の所属とする。あるヒトは更に10年くらい働けば、その分野のことをもっと専門的に学びたくなる人が出てくる。そういう人はいったん会社を辞めて大学院に入って勉強する。そして、より高度な知識を身につけて、前の1.5倍の年収で別の会社に入社してキャリアアップしていく。このような例はジョブ型のキャリアアップのひとつと思います。
このような採用の仕組みであれば、インターンシップにも大いに意義があると思います。しかし日本の新卒採用のほとんどがメンバーシップ型採用です。まだまだ就職【職に就く(ジョブ)】でなく、就社【会社に就く(適職を見極める)】ですから、インターシップが囲い込みのための手段になってしまいがちです。ルールや指針を遵守せず学生との接点を前倒し、学業を阻害するケースもある実質の説明会をインターンシップと呼称するだけなら、意味がないと私は考えています。特に学修期間中の実施(授業期間中)は企業側の都合が優先されていて、学生に負担となっています。
- 学習院大学のキャリアセンターの活動についてお聞かせください。
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まず、新入生に対し1年生全員を対象とした「新入生ガイダンス」を開催し最初の接点となります。そこで、つい最近まで高校生だった人たちに向けて、こう問いかけます。
どうして、皆さんはこの大学に来たのですか。本当はほかの大学に行きたかったのだけれど、受験に失敗したから学習院に来たという人もいるかもしれません、この大学に入ったのが不本意だとずっと思っているなら、もう一度ほかの大学を受験するか、就職した方がいいと思います。まずは、その気持ちをここで整理して確認しましょう。そして、この大学でやっていきたいと思うなら、覚悟を決めましょう──。
これは言ってみれば、新入生たちの気持ちを高めるための問いかけです。次に、メッセージとして「部活、サークル、アルバイトなど、何でもいいから組織の中で活動することを経験してください。そして、 "大学時代にこんなことをやった"というネタをつくってください」という話をします。 - それがのちのちの就職活動にいきるわけですね。
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そうです。ネタづくりはすぐにでも始められます。私は新入生たちに「一週間、学校に財布を持ってくるな」と言います。4月中はキャンパスではいろいろな部やサークルが新入生勧誘をしています。そこで先輩たちと知り合いになって、新入生歓迎行事に参加をして昼も夜もご馳走になりなさい、と。間違っても家にまっすぐ帰ったりするなよ、と。そうやってたくさんの人と話して仲良くなることが大学生活の基盤になると考えるからです。
もう一つ、ガイダンスでは隣の人とペアになって、「何のためにこの大学に入ったのか」「これからどんなことをしたいのか」を伝え合う時間を設けます。何がしたいのかなど、まだわからない学生も多いのですが、とにかく何かを伝える。これは「自分プレゼン」の場であり、「公開合コン」でもあります。これは毎年非常に盛り上がりますね。 - その次に学生がキャリアセンターと顔を合わせるのは......。
- 3年生の4月です。この時期は、4年間の大学生活の折り返し地点ですよね。そこでそれまでの2年間の学生生活を振り返ってもらいます。どんな学業や部活動やサークル活動に打ち込んできたか。アルバイトを一生懸命やったか。大学前半、何してたか?充実していたか?それともプラプラしていたか。プラプラしていたとしてもいいんです。それに気づくことができれば、ここからの残り2年間で何かに打ち込めばいい。今ならまだ遅くありません。しかし、来年のこの時期、つまり4年生の4月にそのような状態だったとしたら、挽回するのが困難な状況になります。
- この時点でのプログラムの内容は具体的にどのようなものなのですか。
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就職活動の正解は一つではありませんが、ある程度の道筋は教えてあげる必要があると考えています。そこで、就活には3つの柱があるということを伝えます。「自己分析」「志望動機」、そして「プレゼンテーション」です。もし就活で困ったらここに立ち返れ、ということを伝えます。
4月段階で、「何のために働くのか」についてのキーワードを出してもらい、複数名で議論してもらいます。もちろんキーワードは様々あっていいのですが、「自分のために働く」というのは就職活動におけるアピールにはなりません。では「会社のため」はどうか。これは率直に言って気持ちが悪いです。働いたことがない会社のために働くとなぜ言えるのか。一番望ましいキーワードは「社会のため」「世のため人のため」と考えます。なぜなら、企業活動の目的はまさしくそこにあるからです。でも最初から正解は教えません、これから1年ぐらいかけて自分で見つけて自分のコトバでプレゼンできるようにする、をゴールに置いた最初のスタート段階です。
- そうやって、学生は就職活動や「働く」ことのイメージをつくっていくわけですね。
- はい、やはり一番強いメッセージは、「大学時代にこんなことをやった」という実績をつくってほしいということです。1年生の4月に伝えたことと同じですよね。全学生共通で、3年生の夏の過ごし方が大事な時間となります、特に2年間で材料が無い学生は、特にここで何をやるかが勝負になります。「インターンシップに行くのもいいけれど、3年の夏にしかできないことをやりなさい」と学生たちに伝えます。3年夏の過ごし方のお勧めのひとつは「リゾバイ」です。
- 「リゾバイ」とは?
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リゾートバイトのことです。長野や山梨でもいいけれど、できれば沖縄とか北海道など、できるだけ遠いところの方がいい。行きの足代だけを親から借りて、帰りは自分で稼いだ金で帰ってきなさい。そうやって一度自分を追い込んでみなさい。そう伝えます。
数年前に卒業したある女子学生の実話です。彼女は自宅から通っていて、部活もサークルにも無所属で母親からも無理に就職しなくても?という状況、いわゆる世間から見る「お嬢さん」でしょうか。そこで彼女に、下田の旅館の住み込みバイトを紹介しました。厳しい仕事です。朝5時に起きて、掃除をして朝食の準備をして、片付けて客間を掃除してそれを片づけたらやっと少し休める。16時くらいになったら今度は夕食の準備が始まる。夕食は配膳して、食後は片付けて部屋の布団を敷き23時頃にようやく終わる。そこでやっと夜のまかないを食べて、温泉に入ってようやく一日が終わる。そんな日々が1ケ月半続きます。2人で1部屋の住み込み式ですが、一緒の部屋の子は2週間で逃げ出したそうです。だけど、彼女は頑張った。
夏休み後の彼女は別人になって帰ってきました。その彼女、今何をやっていると思いますか。大手航空会社のキャビンアテンダントです。関西ベースで国内を飛びまわり、その後グループ会社の国際線企業に転職をして海外を飛び回っています。結婚しても働き続けると言っています。イキイキした表情で働いています。もし、彼女が3年の夏に下田に行っていなかったら、おそらく親だけが安心するような就職をしているか、家事手伝いをしていたと思います。 - 社会人になるための自己変革を促したわけですね。素晴らしい。
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本学キャリアセンターでは、海外で体験を積むプログラムも用意しています。それが「ベトナムインターンシップ研修」です。ベトナムは今まさに上り調子で、国全体が元気です。そこに一週間くらい滞在して、海外で働くビジネスパーソンの話を聞き、企業現場で働く現地の方々の姿を見て、同世代の現地大学生と会話や作業をして協働したり、海外赴任の卒業生との懇親会に参加をしたりして交流します。
この全てをインターンシップ(社会との接点)と捉えています。この研修のキーワードは「ファーストペンギンになれ」、つまり、自分から率先して知らないところに飛び込んでいけということです。 - 学習院大学の伝統的なイベントとして「面接対策セミナー」もありますね。
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はい、「メンタイ」ですね。就活生が迎える大学3年時の最大のイベントです。全国からOB、OGが集い、2日間にわたって社会人と共に過ごし、働き様・生き様を学びます。勿論面接の実戦的なコツやプレゼンテーションのやり方も直接伝えてくれます。現4年生の就活経験者も多数参加をして経験談を聞き、指導を直接受けられる貴重な機会にもなります。
- 学習院大学のキャリアセンターは、単に就職活動に関する情報を提供するだけではなく、一人ひとりの学生に寄り添うということを徹底的に実践していると感じます。
- そう言っていただけると嬉しいですね。野球のチームで言うと、足が速い選手もいれば、肩が強い選手もいます。バッティングがいい選手もいれば、守備が得意な選手もいます。それを個別に見ていかないと、いいチームにはなりません。大学のキャリアセンターも同じだと思うんです。一人ひとりとしっかり対峙して、全体のパフォーマンスが上がるようにしていく。ひじょうに手間はかかりますが、それが私たちの役割だと思っています。
- 最後に、企業の人事部に求めることがありましたらお聞かせください。
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本学キャリアセンターは、企業からご連絡をいただいて、「会いたい」というご要望をいただいたときは、必ずお会いするようにしています。どんな実りある出会いの機会があるかわかりませんから、必ずお会いします。
少し残念なケースをお話しすると、実際にお会いしてみると、学習院大学に関する情報収集をされていないケースもあります。そういうときは、どうして情報収集をしていないのかお聞きします。何故ならもし面接前にその会社の情報を調べて来ない学生がいたらどう感じますか?と一緒だからです。そして、なぜ学習院の学生が欲しいのかという採用の理由をお聞きします。故にお互い事前に調べて有意義な出会いの機会とさせて頂きたい、がメッセージです。
2020年の五輪大会が終われば、日本の景気は不透明となり下降想定もあります。企業は、若年層の人口減でも企業活動を維持する上では人材不足は続いていきます。採用活動には引き続き注力していかなければならない。しかし景気が悪くなるから採用にかけられる予算は少なくなっていく。それが、今後の企業の人事部の課題になると私は見ています。予算がないなら、知恵を使って、工夫をしていくしかありません。その工夫の一つが、企業と大学のしっかりとした連携だと思います。
大学を単に知名度や偏差値のみで判断するのでなく、学生のキャリア支援や就職活動を本気でサポートしている大学と協力し合って、企業が本当に必要な人材を獲得していく。その結果として学生が満足のいくキャリア選択ができる。この3者の「三方良し」を目指していくのが、これからの採用活動の目指すべき方向ではないでしょうか。 - 本日は、どうもありがとうございました。
一週間、学校に財布を持ってくるな
大学時代にいかに「実績」を残せるか
企業と大学のいっそうの連携が必要になる時代に
取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取 材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚
(2019年10月)