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第38回 オンライン新入社員研修からみる、
オンライン活用の課題と可能性

KDDI株式会社
人事本部 人財開発部 部長
千葉 華久子 氏

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新型コロナウイルスの感染のピークは、ちょうど新入社員の研修の時期に重なりました。そのため、否応なく「オンライン研修」という未知の領域にチャレンジすることになった企業が少なくありません。KDDIもそのような企業の一社です。278人の新入社員全員の研修を完全リモートで行ったKDDI・人財開発部の千葉華久子さんに、オンライン研修のプラス面とマイナス面、今後の可能性と課題について伺いました。

KDDI株式会社 人事本部 人財開発部 部長
千葉 華久子 氏 プロフィール

1994年大学卒業後、国際電信電話株式会社(KDD、現KDDI)に入社。
法人営業、衛星通信サービスの企画等を経て、2013年から人事部においてグローバル人財育成を含むグローバル人事施策を推進。 2017年4月から人財開発部で採用、異動配置、育成、理念浸透を担当。 2018年4月から現職。


「完全オンライン研修」というチャレンジ

この4月1日に東京・多摩センターに研修センター「LINK FOREST」を開設されました。181の宿泊室と1500人が入れる大ホールを備えた大規模な施設とのことです。まずは、この施設を建設した理由をお聞かせください。

 DDI、KDD、IDOの3社が合併して現在のKDDIが生まれたのが2000年です。それから20年経って、あらためて社員同士の結びつきを深めていきたい。そんな思いをもって設立したのがLINK FORESTです。研修センターであるだけでなく、通信の歴史やKDDIの歩みを知ることができるミュージアムとしての機能も備えています。2020年度の新入社員研修をここで行うはずだったのですが、コロナショックによって使用を断念することになりました。

コロナショック下で、新入社員をどのように受け入れることになったのか、お聞かせください。

 2月中旬に、今年度の新入社員278人全員に中国への渡航は控えてほしいと伝えました。2月下旬には研修をオンラインで行う方針が決まったのですが、当初は、4週間の研修のうち最低でも1日は研修センターでマナー研修を行おうと考えていました。30人くらいずつに分散すればそれも可能だろうと。

 しかし、状況がどんどん悪化したため、3月に入ってすべての研修をオンラインで行うことを決定しました。入社自体を遅らせるという判断をした企業もあったようですが、入社は予定通り4月に行うことにしました。

オンラインで研修を行うことに対する不安はありましたか。

 これまで考えたこともなかった方法でしたので不安がなかったといえば嘘になります。しかし、これ以外の選択肢はありませんでしたから、無我夢中で取り組んだというのが正直なところです。まずはチャレンジしてみて、問題があればそのつど改善していけばいいと考えました。

実際に取り組んでみて、どのようなご苦労がありましたか。

 最初に問題になったのは研修内容以前のことで、通信環境でした。自宅にインターネット環境がない人もいましたし、そもそも自宅に自分のPCをもっていない人もいました。PCがない人にはこちらから支給し、ネット環境がない人には、スマートフォンでテザリング(スマホをWi-Fiルーターにする方法)してもらうようにしました。中にはスマートフォンを持っていない人もいたので、その場合もこちらから支給しました。

 研修コンテンツは、ビジネスマナーや社内ルールの周知などに関しては従来のものを使いましたが、それ以外は外部のオンライン研修コンテンツなどを積極的に活用しました。オンラインの外部コンテンツが豊富で助かりました。

 研修を実際にオンラインでやってみると、一人ひとりと向き合うことができないもどかしさがありました。集合研修でも、対面式の場合には、講義の合間に話しかけたり、休憩時間の様子を見たりすることで、一人ひとりに目を向けることができます。しかし、オンラインではそうしたことができませんので、今後オンライン研修を開催していく際の課題だと感じました。

 また、オンラインで活発なディスカッションを成立させることも難しいことに気がつきました。全員が一つの場に参加していても、結局順繰りに一人ひとりが話すことになるので、会話が交わっているという感覚がなかなか得られないのです。メッセージを一方的に伝える場合は現在のオンラインの仕組みでも問題はありませんが、アイデアを出し合ったり、ブレストをしたりする場合は、新しいやり方を工夫する必要があると考えています。

オンライン研修のプラス面とマイナス面

新入社員の反応はいかがでしたか。

 研修後にアンケートをとったところ、「自分が本当に研修内容を身に着けることができたかどうか不安」といった声が少なくありませんでした。リアルな研修なら、同期と顔を合わせて言葉を交わしたり、担当者に質問したりすることでそのような不安を解消することもできるのですが、それができませんから。

名刺交換なども、画面越しに練習するのですか。

 そうです(笑)。実際にできているのかどうか確かな手ごたえを得るのは難しかったと思いますね。

 一方、移動がなく、自分の部屋で自分のペースで研修が受けられることをメリットと考える人も多かったようです。毎年研修後にテストを実施するのですが、今年はテストの点数が非常に高いことに驚きました。おそらく、移動時間がないぶん、復習の時間を確保できたのだと思います。リアルなコミュニケーションで身につけるべきことはもちろんありますが、知識を学ぶことに関してはオンラインでも遜色のない研修ができるということなのでなはいでしょうか。

研修コンテンツには、リアルタイムでインタラクティブに行うものと、オンデマンドで見ることができるものがあるのですか。

 そうです。オンデマンドのコンテンツを積極的に利用している人も多かったです。自律的、計画的に研修を受けることができるのは、オンラインの大きなメリットだと思います。

ビジネスマナーなどは、あらためてリアルな場で身につけてもらう必要がありそうですね。
 配属後に通常業務が始まってからOJTで学んでもらうことが必要だと考えています。各部門にも、「今年の新入社員研修はオンラインでやっているので、足りないところがあると思う。温かい目で育ててほしい」とお願いしています。

各部門から不安の声は上がっていますか。

 状況が状況なので、仕方がないと受け止め、協力してくれています。人事本部にも4人の新入社員が配属されましたが、私自身、まだ直接顔を合わせたことはありません(取材日2020年5月29日時点)。今後は、在宅勤務と出勤を組み合わせながらの働き方になっていくと思いますが、その中でどうOJTを進めていくか。今後考えていく必要がありそうです。

OJTで学ぶべきことをオンラインで代替する方法はありそうですか。

オンラインで代替することは不可能ではないと思います。しかし、どのような方法が最適かはまだ模索中です。少なくとも、気軽に質問できる仕組みをつくるといった工夫が必要でしょうね。

フォローアップ研修も予定しているのですか。

 コロナ感染の状況を見つつですが、秋口くらいに例年よりも厚めに実施する予定を立てています。最初にお話しした研修センターを使って、2泊3日の日程で、ディスカッションや同期の結束を深めることができるプログラムを用意したいと考えています。オンラインでは制限のあったフェイストゥフェイスのコミュニケーションに重点を置きたいと思います。

オンラインでは、研修の動機づけの難しさもあったと思います。何か工夫された点はありますか。

 従来、研修期間中は朝礼と夕礼を実施しているのですが、これをオンラインでも欠かさず行いました。それから、5、6人のチームで課題を考えるなど、コミュニケーションが一方通行にならない方法を考えました。

 ただ、コロナショック以前に、今年は新入社員を30人くらいのクラスに分けて、入社数年目の若い社員にクラス担当になってもらうという企画を立てていたのですが、オンラインになって、急遽取りやめにしました。しかし、今になってみると、そのまま実施すればよかったと思っています。この仕組みがあれば、事務局担当者以外との双方向のコミュニケーションも実現し、新入社員の意欲にもプラスになったでしょうし、彼らの空気感のようなものも把握できたと思います。来年のことはまだわかりませんが、オンライン研修を継続するとすれば、こうした視点を入れていきたいと考えています。

固定概念にとらわれず、走りながら考えていくことが大切

これまでも採用活動などではオンラインを活用していたのですか。

 最終面接、合否判定まですべてオンラインで完結する仕組みをつくっています。

顔を合わせないと選考できないという人事担当者もいそうです。

 当初は、「一次面接、二次面接はオンラインでもいいけれど、最終面接は実際に顔を合わせないと」という声もありました。しかし、実際やってみると、問題なくできることがわかりました。学生にとっては、面接会場まで足を運ぶ必要がなく、無用な緊張もないというメリットがあります。また地方在住の人も少なくないので、面接時に交通費がかからないのも大きなメリットだと思います。一方、こちら側にも面接の場所を確保する必要がないといった利点があります。

キャリア採用はスペックが重視されるのでオンラインでも問題がないように思いますが、新入社員はポテンシャル採用なので、直接会わないと見極めができないのではないでしょうか。

 そこは慣れですね。正直、私自身も「会わないと無理」と考えていたのですが、慣れてくると、だんだん見るべきポイントがわかってきました。選考後半には違和感なく面接を進められるようになりました。もちろん、リアルでやったほうが得られる情報量は多いと思いますが、オンラインでも問題はないと考えています。

今後は、採用から研修、教育などの人事部門の活動は、オンラインとオフラインのハイブリッドになっていきそうです。オンとオフのバランスをどのようにとっていこうと考えていらっしゃいますか?

 これから模索していくしかないと思いますが、一つ言えるのは、今回のコロナショックで、「研修は集合して実施しなければならない」という固定観念が完全に覆ったことです。これまでオフラインが当たり前だと思われていたものが、実は当たり前ではなかった。コロナショックは、そのことに気づかせてくれる良いきっかけになりました。オンラインなら、地方からの参加も可能ですし、継続的なコンテンツ配信も可能です。これまでの常識にとらわれず、さまざまな可能性を探っていきたいと考えています。

思い込みを排することが大事ですね。

 そう思います。今回は否応なしにチャレンジするほかなかったわけですが、実際にやったことで見えてくることがたくさんありました。人事部門は「人」に関わる仕事をしていることもあって、石橋を叩いて渡る文化がありますが、今後は、守るものは守りながらも、固定概念に縛られずに、走りながら考えていくことが求められると思います。

オンラインの取り組みに苦労している企業の皆さんは多いと思います。最後に、そのような方々に向けてアドバイスをいただけますでしょうか。

 まずは、オンラインの環境をしっかりつくることです。自宅での環境は思いのほか様々です。コンテンツの整備と、通信環境やデバイスの見直し。それを同時に進める必要があると思います。

 そのうえで、まずはやってみる、ということではないでしょうか。はじめの一歩を踏み出してみれば、意外と進んでいくものです。最初から完璧な仕組みをつくることは不可能だとある程度割り切って、やりながら問題点を改善していく。そんなアジャイル型の取り組みを進めていくことが大切だと思います。

本日は、どうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2020年5月)

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