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第40回 「ジョブ型人事制度の導入」 「オフィスを半分に」など、新しい挑戦が目指すものは?

富士通株式会社
総務・人事本部 労政部長
阿萬野 晋氏

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IT企業からDX(デジタルトランスフォーメーション)企業にシフトする──。昨年、そう宣言して注目を集めたのが富士通です。DX推進のために新たに導入されたのが「ジョブ型人材マネジメント」でした。組織デザイン、報酬制度、リソースマネジメント、人材育成の4本の柱からなるというその新しいマネジメントの仕組みについて、そして「オフィスを半分にする」ことが話題になった「ワークライフシフト」について、労政部長の阿萬野晋さんに解説していただきました。

富士通株式会社 総務・人事本部 労政部長
阿萬野 晋氏 プロフィール

1992年入社、以降一貫して人事業務に従事。営業部門(関西)、ソフト・サービス事業担当人事を経て2004年本社人事勤労部担当課長としてコンピテンシーベースの幹部社員人事制度企画。2006年より一般社員人事制度を含む労務政策の企画、労働組合対応担当。2009年Fujitsu Asia Regional HR Director(シンガポール)で現地人材マネジメントを経験。2013年帰任し人事本部シニアディレクターとしてグローバル人事プロジェクトを担当。2017年にプロダクト事業推進本部人事部長、2020年1月より現職。一般社員人事制度企画、ワークライフシフト、健康経営、両立支援を含む労務政策全体を統括。


「適材適所」から「適所適材」へ

2019年に就任された時田隆仁社長の「IT企業からDX企業にシフトする」というメッセージはインパクトがありました。

 ええ。そのメッセージに合わせて、富士通の存在意義をあらためて見直し、新しいパーパスを定義しました。それが、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」です。会社が変わる以上、人事の仕組みも変えなければなりません。そこで新たに導入したのが、ジョブ型人事制度です。

ジョブ型人事制度の具体的な内容をお聞かせください。

 新しい富士通が目指す「ありたい姿」は、「社内外の多才な人材が俊敏に集い、社会のいたるところでイノベーションを創出する企業へ」です。それを実現するには、グローバル共通の人事基盤がなければなりません。その基盤には3つの要素が必要であると私たちは考えました。すなわち、「チャレンジ」「コラボレーション」「ラーニング&グロース」です。「チャレンジ」とは、すべての社員が魅力的な仕事に挑戦できること、「コラボレーション」とは、多様・多才な人材がグローバルに協働できること、「ラーニング&グロース」は、すべての社員が学び続け、成長し続けることができることを意味します。

 その人事基盤を確立するために、人材マネジメントのフルモデルチェンジに取り組みました。新しいモデルは4つの柱からなります。「事業戦略に基づいた組織デザイン」「チャレンジを後押しするジョブ型報酬制度」「事業部門起点の人材リソースマネジメント」、そして「自律的な学び/成長の支援」です。

 一つめの「事業戦略に基づいた組織デザイン」は、ひと言で言えば、従来の日本型人材マネジメントの「適材適所」という考え方を、「適所適材」というグローバル共通のマネジメントの考え方に変えていくということです。

 つまり、「今いる社員をどのポジションに割り振っていくか」と考えるのではなく、「戦略やビジョンを実現するための組織設計がまずあって、その実現のために最適な人材をアサインする」と考えるということです。

 それによって、昇進・昇給における年功的要素は一切なくなります。これが二つめの「チャレンジを後押しするジョブ型報酬制度」の考え方につながっています。「人」を基準とするこれまでの仕組みを、職責の大きさや重要性による「ポジション」の格付けを基準とした仕組みに変え、これをまずは幹部社員を対象に導入しました。

 これまでの報酬体系は、コンピテンシーをベースとした3段階の職能区分がベースになっていました。これを、グローバル共通の「FUJITSU Level」というポジションの格付けに変え、月額報酬はレベルごとにまずは定額としました。ポジションの格付けがダイレクトに報酬につながることによって、より大きな職責へのチャレンジを促す。そんな効果がこの仕組みにはあると考えています。

年齢とコンピテンシーは関係がない

年功的要素がないということは、社歴や経験値とコンピテンシーには関係がないと考えるわけですね。

 そういうことです。これまでは、経験を積み重ねればコンピテンシーが上がるという仮説に基づいた人事マネジメントを行っていました。新しいマネジメントでは、コンピテンシーと年齢には一切関係がないと考えます。実力さえあれば20代で課長になることもできるし、50代になっても幹部になれない人もいるということです。

レベルごとの条件のようなものはあるのでしょうか。

 以前は、課長を目指す人が研修などで習得しておかなければならない要件が決まっていました。しかし、格付レベルが同じでも職種が変われば求められる要件も変わってくるし、人が持つ能力にも差があるので、それを一律に決めるのはナンセンスです。一方で幹部社員に当然求められるマネジメントの素養や基礎技能もあります。そこで、学習のためのプラットフォームをこちらが用意し、それを活用して自分が必要であると考える要件を自分たち自身で身につけてもらう仕組みにしました。

異動で職種が変わることによって報酬が減ることもあるのですか。

 欧米の多くの企業には、職種別賃金の体系がありますが、日本企業にはまだそのような体系は一般的ではありません。本来であれば、格付のレベルが一緒でも、例えばHRとセールスでは報酬の設定は労働マーケットに応じて変えるべきだと思います。その仕組みづくりは、この次のステップになります。

 したがって、現状の仕組みでは、職種が変わっても格付レベルが同じなら報酬は同じです。一方、レベル15の人が14になれば報酬は下がります。例えば、ベテランの部長が組織の期待に合致しなくなったとか、若い人が幹部ポストにチャレンジしたけれど、担い切れなかった。そんなケースでは、職責のレベルを下げて、それにともなって報酬が下がることはありえます。

役職定年も年功的仕組みの一つですが、そちらにも手をつけられたのですか?
 はい。私たちは役職離任と呼んでいましたが、年齢による一律の役職離任の仕組みも撤廃しました。年齢に関係なく、会社に貢献できる人には幹部職を続けてもらいます。逆に、貢献できなくなったと考えられれば、年齢に関係なくポストオフ、つまりそのポジションから解任となります。

重要なのは経営層やマネジメント層の覚悟

三つめの柱は「事業部門起点の人材リソースマネジメント」ですね。

 考え方のベースにあるのは、人員計画の権限を事業部門に渡すということです。これまでの人員計画は、人事部門が主導する事実上の採用計画でした。新卒を何人採用して、それをどの部門に何人配置するか。それを人員計画と呼んでいたわけです。事業部門からすれば、配置される人員はいわば所与のもので、配置された中で何とかやりくりするしかありませんでした。その人員計画を事業戦略にあわせて本部ごとに立てて、必要な要員を必要なタイミングで補充していくというのが、新しい人材リソースマネジメントの仕組みです。

 もう一つ、ポスティング(社内公募)を大幅に拡大することにしました。熱意とモチベーションのある人が、働きたいところで働けるようにすることが目的です。これによって人材が流動化し、オープンでチャレンジングな社内風土が醸成されると考えています。新任の幹部社員もポスティングにより登用されていくことになります。これは今年度から始まります。

最後の「自律的な学び/成長の支援」は、人材育成に関する仕組みと考えればいいですか。

 そうです。ポスティングの範囲を拡張したり、幹部になるための学習をそれぞれにやってもらったりするといっても、めいめい勝手に成長してもらい、その結果、大きく成長した人をリーダーにする、ということではありません。将来の経営者候補、マネジメント候補は、グローバル共通のタレントマネジメントの中で計画的、継続的に成長を支援していきます。
 ただし、学習の基本はあくまで自律です。オンデマンドで自主的に学習できるプラットフォームを会社が用意し、いつでも、どこでも、スマホからでも学べる仕組みをつくりました。現状では国内社員だけですが、富士通グループがもっているラーニングコンテンツに加えて、「Udemy for Business」などの海外のコンテンツを無料で使うことが可能です。また、社内の多様な人材が経験やナレッジ、思いをストーリーとして伝えることができる「Edge Talk」というコミュニティもつくりました。

誰が何を学んだかがわかる仕組みになっているのですか。

 ラーニングマネジメントシステムによって、コンテンツ利用の履歴は残ることになっていきます。しかし、それが昇格の主たる根拠にはなりません。参考指標程度ものだと考えています。

ここまでの仕組みを導入すると、HRBPの役割が非常に重要になりそうですね。

 従来の「御用聞き人事」「オペレーション人事」から脱却して、HRBPの役割を拡張していくことは必要だと思います。しかし、どのくらいまでの役割を果たしていくのかは現在検討しているところです。事業部門との役割分担など、具体的な設計をこれから進めていきたいと考えています。

幹部社員向けの新しい人事制度は一般社員の皆さんとも共有しているのですか。

 もちろんです。幹部社員の仕組みはこんなふうに変わります。みなさんもぜひ幹部ポストにチャレンジしてください──。そんなメッセージを発信しています。

これによって社員の意識も変わりそうですね。

 変わらないと困りますよね(笑)。自分で考えて、自分でアクションを起こす、そういう意識に変わっていくことを期待します。さらに重要なのは、経営層やマネジメント層の覚悟だと思います。社員が社長とダイレクトにコミュニケーションをとれる仕組みをつくったり、社長と本部長がセッションする機会を設けたりして、トップが覚悟を示したり、インタラクティブに対話するようにしています。社長の本気度を伝えるのに最も適しているのは、タウンホールミーティングです。各地の事業所に社長が足を運んで、事業所の社員たちに話しかけ、その映像を社内ウェブでも配信する。そんな取り組みによって、「これまでとは違うぞ」という空気を社員に伝えています。

今後、この新しい人材マネジメントの仕組みをグローバル全体に広げていくのですか。

 どちらかというと、日本のヘッドクオーターの人材マネジメントがようやくグローバルレベルに追いついたというのが実態に近いですね。2012年以降、グローバルHRの確立を目指してきたのですが、レベリングという世界共通言語を導入することで、その土壌がついに整ったという感じです。

ニューノーマルのリファレンスを社会に示していきたい

最近、「2022年度末までにオフィスの規模を現状の50%程度にする」と発表しました。これも話題を集めましたね。

 「オフィスを半分にする」というところだけに注目が集まってしまっていますが、私たちが目指しているのは、新しい時代に対応した働き方を私たち自身が実践し、その仕組みや方法を社会に提供していくことです。働き方改革は、制度や仕組みだけでなく、職場環境、ITシステム、職場におけるマネジメント、企業文化などを含めたトータルな改革であると私たちは考えています。当然オフィス環境の改革もほかの改革と並行して進めていかなければなりません。

その改革が、新型コロナウイルスのショックによって加速した面もあるのでしょうか。

 それは確実にあると思います。テレワークやフリーアドレスの仕組みはパンデミック以前からあったのですが、例えば、在宅勤務の割合は半分くらいが限度だろうと考えていました。あるいは、お客さまと相対する業務でテレワークはありえないし、製造拠点では出社が必須だし、研究開発部門の人は会社にある大きなディスプレイとスペックの高いマシンを使わなければならない。そんな思い込みがありました。しかし、それらの固定観念は、コロナショックによってすべて覆りました。工夫さえすれば、多くの仕事はリモートで行うことが可能であることに気づきました。

コロナ感染が落ち着けば、もとに戻る可能性もありそうですか。

 もとには戻さないというのが社長の思いであり、私たちの思いです。新しい人事の仕組みや新しい働き方をしっかりと実装し、私たち自身がニューノーマルの働き方のリファレンスを社会に提示していきたいと思っています。

 オフィスが半分になって、コスト削減ができてよかったね──ではなく、オフィスが削減されることによって、例えば、新しい働き方を支えるITインフラの開発が進んだり、イノベーションが起きたりすることのほうが重要です。富士通が目指していくベきは、そのような方向であると考えています。

御社の挑戦の成果から学べることが多くあるように思います。楽しみです。
本日はどうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2020年8月)

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