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第45回 社内公用英語化の宣言から12年目。
楽天グループの現在地から改めて学ぶこと

楽天モバイル株式会社
執行役員 人事総務本部 本部長
葛城崇氏

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楽天が社内の公用語を英語にするという方針を打ち出したのは2010年のことです。それから12年目。今や英語は楽天グループの社内公用語として定着しています。現在に至るまで日本企業にはほぼ例のない画期的な取り組みを成功させることができた理由と、その効果について、社内公用語英語化を推進するプロジェクトの当時リーダーで、現在は楽天モバイルの人事総務本部長を務める葛城崇さんにうかがいました。

楽天モバイル株式会社 執行役員 人事総務本部 本部長
葛城 崇氏 プロフィール

東日本旅客鉄道株式会社に入社し、乗務員経験後、訓練シミュレータ開発を担当。
その後、楽天グループ株式会社にて人事部長、教育研修部長として人事制度設計・
運用、中途・新卒採用、社員教育等を担当。また、社内公用語英語化を推進するプロジェクトリーダーを担う。海外子会社、文部科学省出向、教育事業長、グループ会社代表取締役社長等を経て、現在は楽天モバイル株式会社の人事総務本部長を務めている。


「グローバル イノベーション カンパニー」になるというビジョン実現のために

三木谷社長が社内公用語英語化の方針を社内で宣言されたのは2010年2月と聞きました。その後、たいへん話題になりましたが、葛城さんはその時何を担当されていたのでしょうか?

 実は、その社内発表の時点で私は楽天にいなかったのです。楽天に最初に入社したのは2000年10月でしたが、その後08年に一度退社して、10年5月にまた楽天に戻ってきました。三木谷が社内公用語英語化の方針を打ち出して、そのプロジェクトが実際にスタートしたのが5月ですから、まさにプロジェクトスタートのタイミングと同時に楽天に復帰したことになります。そのために再度入社したわけではなかったのですが、そのプロジェクトをいきなり担当することになりました。その時点ではまだプロジェクトメンバーも決まっていませんでしたから、人集めから始ることになりました。

プロジェクトを任された理由は何だったのでしょうか?

 実は、楽天を一度辞めたのは、英語を使った仕事がしたかったからです。私が一度退社した08年の頃、まだ楽天はグローバル戦略に着手してなかったので、仕事で英語を使うチャンスはほとんどありませんでした。

 私は帰国子女でもないし、留学経験もありません。ですから、仕事で英語を使うためには、自分の英語力を向上させる必要がありました。そのため、日本で働きながら英語を勉強する苦労や、英語習得の過程でつまずきやすいポイントなど、実体験を通じて知っていたわけです。その経験を楽天の社内公用語英語化プロジェクトに活かしてほしいということだったようです。

 それに加えて、人事部長の経験もありましたから、社内にどのような人材がいるかをある程度知っていました。その知見やネットワークを活用することも期待されていたと思います。

日本企業が英語を公用語化するのは過去に例のないことであり、現在もそれを実行している会社はほとんどありません。社内公用語英語化に踏み切った背景はどのようなものだったのですか。

 楽天がグローバル展開を本格的に加速したのが2010年です。その後、「グローバル イノベーション カンパニー」になるというビジョンも掲げました。そのビジョンを達成するためには、社員が英語を日常的に使えるようになることが必須でした。日本人だけで集まって、日本語だけで仕事をしていたのでは、グローバルカンパニーになることはできません。もちろん、ネイティブレベルの英語を話せる必要はありませんが、ビジネスコミュニケーションができるレベルの英語力は全員が身につけていなければならない。それがビジョン達成の必要条件だったということです。

当時は、「日本人同士が英語で話すのは不自然なのではないか」といういう意見もありましたよね。

 もちろん、プライベートな会話まですべて英語を使わなければならないということではありません。しかし、オフィシャルな会議や打ち合わせは、出席者が全員日本人でも英語でやる。資料も英語でつくる。そこはプロジェクトの立ち上げ当初から現在まで徹底しています。

 

全員のTOEICスコアの平均点800点が目標値

英語を社会で定着させるのに苦労された点、工夫された点などについてお聞かせください。

 プロジェクトスタート当初は、英語を習得するためのサポートを会社からはあえて提供していませんでした。主体的に苦労して学習する方が真剣になるし、身につくスピードも速いだろうと考えたからです。

 しかし、プロジェクトがスタートしてから半年くらい経った頃にアンケートをとったところ、「会社からのサポートがほしい」という声が非常に多いことがわかりました。そこで、方向性を大きく変えて、研修プログラムを用意したり、業務時間内に英語を勉強できる仕組みをつくったりました。そこから習得が一気に進みましたね。

社内公用語英語化の方針自体に反対する社員はいなかったのでしょうか。

 その点もアンケートで聞いたのですが、私たちが予想していたよりも賛成派が圧倒的に多かった。実は、機会があれば英語を身につけたいと考えていた人がたくさんいたようです。

英語習得のKPIは設けたのですか。

 TOEICのスコア800点が一つの目標値でした。その目標に対して、全社員のスコアの現在値の分布を見える化し、自分がどのゾーンにいるかがひと目でわかるようにしました。プロジェクトスタート時の全社員の平均点は526点でしたが、2015年には800点を超えました。現在も、新入社員には原則TOEIC800点以上を求めています。

 それから、アンケートを随時とって、それぞれの人がどのくらいの時間を英語の勉強に充てているかという情報も共有しました。英語のレベルは、基本的には勉強時間に比例すると私たちは考えています。TOEICスコアの高い人の勉強時間を知ることができれば、それを参考にすることができますよね。

トップの本気度が伝わり、楽天の「成功のコンセプト」がうまく機能した

5年ほどで平均が300点以上アップして目標値に達したわけですね。プロジェクトがうまくいった要因は何だったとお考えですか。

 みんなが会社のビジョンを自分事化して、頑張ってくれた。それに尽きると思いますが、トップの本気度がみんなに伝わったことも大きかったと考えています。全社員が出席する月曜の朝会で毎回三木谷が話をするのですが、2010年4月からそのスピーチをすべて英語に切り替えました。もちろん会議でも三木谷は常に英語です。社長自身や経営陣が率先して英語化に取り組んだことによって、社員も「自分たちもやらなければ」という気持ちになったのだと思います。

 それから、楽天の「成功のコンセプト」が浸透していたことも、うまく機能した要因のひとつだと考えています。楽天では全社員が共有すべき価値観と行動指針である「楽天主義」を掲げています。「楽天主義」は「ブランドコンセプト」と「成功のコンセプト」の2つで構成されていて、「成功のコンセプト」は5つの項目、すなわち「常に改善、常に前進」「Professionalismの徹底」「仮説→実行→検証→仕組化」「顧客満足の最大化」「スピード!!スピード!!スピード!!」からなっています。

 そのうちの「仮説→実行→検証→仕組化」の考え方が、社内公用語英語化にいかされました。最初にあったのは、「グローバルにビジネスを展開しようとしたら、一部の人だけではなく、すべての従業員が一定レベルのビジネス英語を使えるようにならなければならない」という仮説です。それを実行し、検証したところ、「社員は英語習得への熱意はあるが、サポートが必要である」ということが明らかになりました。それを踏まえて研修プログラムなどの仕組みをつくったことによって、英語化の流れが加速したわけです。

 もう一つ、同じく「成功のコンセプト」の中の「常に改善、常に前進」では、次のように謳っています。

 「人間には2つのタイプしかいない。【GET THINGS DONE】様々な手段をこらして何が何でも物事を達成する人間。【BEST EFFORT BASIS】現状に満足し、ここまでやったからと自分自身に言い訳する人間。一人一人が物事を達成する強い意思をもつことが重要」

 この「GET THINGS DONE」、つまり何が何でも目標を達成するという姿勢を会社が貫いたことも、プロジェクトの成功の要因の一つだと思います。例えば、プロジェクト発足後の2011年4月に入社した新入社員は、TOEICスコアが800点になるまでは本当に現場に配属しませんでした。「掲げた目標を達成する」という方針を徹底したわけです。もちろん、マンツーマンレッスンなどのサポートもしっかりしました。

 絶対に目標を達成するという姿勢は、英語の習得だけではなく、あらゆる場面にいかされると三木谷は言っています。目標を達成する「癖」をつけることが大事なのだと。三木谷もハーバード大学留学に向けて英語の習得で苦労したと思います。そのような苦労を経て、自分は目標を達成した。人間には目標に向かって成長し続ける可能性がある──。それが彼の信念です。

 それだけでなく、三木谷は社員のキャリアについて真剣に考えています。これからの時代、日本語だけしかできなければ、キャリアの幅は非常に狭くなってしまいます。一人ひとりがビジネスで活躍できる人材になるためには、英語の力が必須であるということです。

役員クラスの皆さんも、もちろん英語の勉強をされたのですよね。

 そこも徹底しましたね。一切例外は設けませんでした。中には短期で海外のビジネススクールに通ってもらう役員もいました。その結果、英語がある程度できるようになるだけでなく、社内公用語英語化に消極的だった人が賛成派になって現場を引っ張っていくといった効果もありました。英語が使えることのメリットを体感し、英語化の先導者になったわけです。これは嬉しい驚きでした。

 また、役員クラスが必死に英語の勉強をする姿勢を見せて結果を出していくと、社員も言い訳ができなくなります。社員の中で一番多い言い訳は「仕事が忙しくて勉強できない」というものが考えられますが、忙しい役員が勉強して成果を出しているわけですから、その言い訳は通用しなくなります。

コミュニケーションに必要なのは英語だけではない

社内公用語英語化の成果についてもお聞かせください。

 当たり前ですが、やはり社員のほとんどがビジネス英語を使えるようになったことが最大の成果です。それによって、誰でも海外の展示会やセミナーにも参加できるようになりましたし、海外出張や海外赴任に行けるようになりました。三木谷が考えたように、社員のキャリアの可能性が確実に広がりました。

外国人採用にも良い影響があったわけですね?

 はい、外国籍社員が増えたのも大きな成果と言えます。英語が公用語であるということで日本語を話さない人たちにとっても楽天グループが選択肢のひとつになりました。現在ではグループ社員の2割ほどが外国籍で、出身国・出身地域は70を超えています。私の今の所属は楽天モバイルですが、エンジニアのトップは外国籍です。社内に外国籍社員がいることが普通になって、英語でコミュニケーションをすることが自然になっています。

なるほど。ダイバーシティが自然に実現したわけですね。ダイバーシティが進むと、言葉以外の面でもコミュニケーションの工夫が必要になりますよね。

 文化や考え方の違いを受け入れる土壌をつくることが大切だと思います。その理解促進のための知識やトレーニングプログラムの提供も行っています。「英語だけができればいい」と考えている社員は、現在ではおそらくほとんどいないのではないでしょうか。

 理解とは相互理解であるべきで、日本人が英語でのコミュニケーション力を磨き、相手を理解しようと努めるだけでなく、英語ネイティブの社員もできるだけわかりやすく英語を話し、日本人や日本の文化を理解しようとする努力が必要です。そのような相互の歩み寄りがあれば、言葉自体は多少たどたどしくてもかまわないというのが、私たちの考えです。

 私たちが社員に求めているのは、あくまでもビジネス会話に支障のないレベルの英語力であって、意図ができるだけ正確に伝わり、相手の意図を理解することができればいいわけです。例えば、海外から来日した観光客が、駅でたどたどしい日本語で電車の行き先を尋ねてきたりするケースがありますよね。日本語の文法が多少おかしくても質問の内容はわかるし、尋ねられた方としてもできるだけ意図を汲み取る努力をします。あれこそが、多様な人が集まる場所におけるコミュニケーションのあり方の基本であると私は考えています。

英語習得への取り組みは未来への価値ある投資

今年3月、三木谷社長が「英語を社内公用語にしなければ、楽天は終わっていた」と発言されていましたね。

 ええ。社内公用語英語化によって、日本的な企業風土を打破することができたし、本当の意味でのダイバーシティを実現することができた。世界中から強烈な才能がある社員が集まって、「つまらない会社」になることを免れた──。そんなことを言っていました。

 楽天はインターネットを武器にしてビジネスをしている会社であり、インターネットに国境はありません。また、テクノロジーやビジネスの最新事情も英語圏発のものが多いのが現状です。そう考えれば、楽天にとって社内公用語英語化はまさしく必須の取り組みであったと言えると思います。

最後に、これから従業員の英語力を上げていきたいと考えている企業の皆さんへのアドバイスをお願いします。

 英語を社員全員に習得させることは簡単ではありませんが、本気で取り組めば話題にもなり、世界中から優秀な人材を獲得できるようになります。また、社員のキャリアの可能性も大きく広がります。チャレンジする価値が大きい取り組みだと思います。

 重要なのは、継続性とリーダーシップ、それから取り組みに対する社員の理解です。加えて、人事担当者の努力も必要です。人事担当自身が英語の勉強をしている姿勢を見せるだけでなく、効果的な学習の方法や成功事例の共有なども人事主導で行うべきだと思います。英語習得への取り組みは、いわば未来への投資であり、経営戦略の一つです。そう捉えれば、時間とお金とエネルギーを費やす価値は間違いなくある。そう私は考えています。

本日はどうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2021年4月)

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