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第48回 長時間をかけた実践的な挙手型研修で、若手社員の成長を確実に支援する

アサヒ飲料株式会社
人事総務部長
相田幸明氏

相田氏

多くの企業が人材難に直面している現在、従来の階層別研修に代わる若手育成研修のプログラムを導入する企業が増えてきています。優れた能力を持つ若手の力をさらに伸ばし、将来に向けて幹部へと育てていくことを目的としたプログラムです。数年前から、入社3年目以降の20代と、30歳前後の社員を対象とした育成プログラムを独自に開発し、成果を出しているのがアサヒ飲料です。若手育成の取り組みを中心で担っている人事総務部長の相田幸明さんに話を伺いました。

アサヒ飲料株式会社 人事総務部長
相田 幸明氏 プロフィール

1995年大学卒業後、アサヒ飲料株式会社に入社。  支店営業、サプライチェーンマネジメント部門を経て、2010年から経営企画部門で企業提携、自販機事業、子会社経営管理を担う。 2015年人事総務部人事グループリーダーとして、人材育成戦略の再構築等を推進。 2018年から現職。人事制度改革等、人事戦略の推進並びに総務、法務領域のマネジメントを手掛ける。


研修を「生きた投資」にするために日々のアウトプットにつなげていく

どの企業でも若手社員育成が大きな課題となっています。アサヒ飲料は、階層別研修を廃止して、新しい研修の仕組みを取り入れているそうですね。

 階層別研修は2017年を最後に完全に廃止しました。きっかけとなったのは、2013年のカルピス社と経営統合です。その時点で、両社とも階層別研修はほぼ止めていたこともあって、統合を契機に新しい研修の仕組みをつくろうということになりました。

 もっとも、統合後すぐに新しい取り組みを始めるのは難しかったので、何回かは従来型の階層別研修を行いました。でも、「やはり違うな」というのが人事担当者としての実感でした。私自身、若い頃に階層別研修を受けたことがあったのですが、日常業務に戻ると研修の内容を振り返る時間もなく、3カ月後には何をやったかも忘れてしまいました。その記憶がよみがえった感じでした。

 研修は会社にとっては投資です。リターンが確実に見込める「生きた投資」にするには、いろいろな知識をインプットするだけでなく、それを日々の仕事のアウトプットにつなげ、キャリアの次の一歩を踏み出せるような研修にしなければなりません。それを実現できるプログラムをつくりたいと考えました。

新しい研修プログラムはどのようなものですか。

 世代ごとに4つのプログラムをつくりました。一番上は「経営層研修」、その次は、30代半ばから40代を対象にした「次世代経営者養成研修」です。それぞれ、親会社のアサヒグループホールディングスで行っていたグループ選抜研修のプログラム内容をベースに独自のプログラムを追加して開講しました。

 3つ目が30歳前後を対象にしたプログラムで、これは未来の経営幹部候補に10年後のビジネスを考えてもらう内容です。そして4つ目が、入社3年目以降の20代を対象とした部門リーダー養成プログラムです。これら2つのプログラムは、アサヒ飲料が独自に開発しました。

若手育成に該当するのは、3つ目と4つ目のプログラムですね。4つ目のプログラムで、「入社3年目以降」としているのはなぜですか。

  入社時のイメージと現実のギャップがはっきりしてくるのがその頃だからです。また、多くの人がまだ一つの部署しか経験していないので、どうしても視野が狭くなって、行き詰まりを感じるようになる時期でもあります。そこで、いろいろな仕事分野の情報を与えて視野を広げてもらい、これからのキャリアビジョンをあらためて考えてもらうとともに、リーダーに求められることを学んでもらうプログラム構成にしました。

完全な挙手型の若手研修 一年かけて社長へのプレゼンを実行する

研修プログラムには、「選抜型」と「挙手型」があるそうですね。

 上の2つは完全に選抜型で、若手向けの2つのプログラムは完全に挙手型です。若手向けに関しては、研修の内容を全社員にアナウンスして、手を挙げた人は基本的に全員研修を受けられるようにしています。ただし人数は決まっていて、一回の募集の定員は20人ほどです。希望者がそれを超えた場合は、男女比や部門のバランスを考えて15人を選び、そこから漏れた人は次年度に研修を受けてもらうことにしています。

若手育成プログラムの具体的な内容についてお聞かせください。

 「入社3年目以降向け」「30歳前後向け」ともに、トータルで半年から1年くらいのプログラムになっています。「入社3年目以降向け」は、前半で論理思考、経営戦略論、マーケティング、ファイナンスなど、ビジネスに求められる基礎的な知識を学んでもらい、後半ではそのインプットをベースにして、それぞれの部門のビジネス戦略を考えてもらいます。例えば営業担当なら、営業本部の戦略を数カ月にわたって構想することになります。最後に一人ひとりが社長以下役員に対してプレゼンを行って研修は修了となります。

 「30歳前後向け」は、入社3年目以降向けと基礎的な項目はほぼ同じですが、レベルはより高度にしています。それに加えて、会社全体の戦略を考えるベースになるマクロ環境や、社会のメガトレンド、マーケティングなどについてのインプットもあります。とくに重要なのがマーケティングの視点です。事業部門の範囲を超えて会社全体の長期的成長を構想するには、マーケティングの方法論が欠かせないからです。

 いずれもきつい局面のあるプログラムですが、自分から手を挙げて参加したモチベーションの高い人たちですから、みんな最後までやり切ってくれます。

研修は業務時間内に受けるのですか。

 そうです。原則月1回で、1回あたりの日数は2日間です。

月に2日間が研修の時間に割かれるとなると、現場の上司の中には、部下を研修に出すのを嫌がる方もいらっしゃるのではありませんか?

 それが実はほとんどないんです。4つの研修プログラムのうち、上位2つを先んじて走らせました。上長クラスが最初に研修を受けているので、部下が研修を受ける際も積極的に送り出す雰囲気になっています。プログラムを上位から段階的に導入したことの予期せぬ効果でした。

研修プログラムが4つもあると、事務局側の手間もかかりそうですね。

 ええ。これらに加えて、マネジメント研修など個別のプログラムもあるので、労力はかなりかかりますね。常に何かしらのプログラムを動かしている状態です。ただ、どれだけ手間がかかったとしても、人材育成は企業にとって必須の取り組みですから、必要な手間だと考えています。


30代から50代社員の自発的研修プログラムが課題

研修の効果を維持し、更に成長を促すために何か施策を打たれていますか?

 研修受講後は人事異動があることをある程度前提にしています。研修で学んだことを新しい環境で実践できるようにするためです。もちろん、すべての人が異動するわけではなく、本人のキャリアビジョンを聞き、10年後くらいを見据えてキャリアプランを立てた上で、異動した方がいいと判断される場合は異動するという感じです。個人的には、若いうちにはできるだけいろいろな仕事を体験した方がいいと思っています。新しいことをやることが刺激になって、成長が促されるからです。

優秀な部下は手放したくないと考える上司もいそうです。

 ビジネスに責任を持っている立場としてそう考える人もいますから、そこは話し合いですね。大切なのは、計画性のある人員配置です。4月と9月に定期異動があるのですが、来年の9月に異動させたい場合は、その1年前に本人と上司にそれを伝えておきます。そうすれば、今の部署でやっておくべきこと、今後に備えてやるべきことなどが明確になりますよね。

研修を受けた人とそうでない人では、やはりかなりの差がつくのでしょうか。

 正直、差はつきますね。しかし、それに対して若手社員の中に不公平感があるわけではありません。結局のところ、手を挙げたかどうかの違いですから。

 しかし、中堅からベテラン社員の中にはやや不満があるようです。30代から50代までの社員が自分の意志で受けられる研修プログラムがないからです。社員の構成から見ると、40代から50代半ばが65%を占めています。この層は、30代以降で大きなスケールで仕事をする機会が少なかった社員もいます。そのため、成長の機会を逃したという意識をもっている人が少なくありません。この層を対象にしたプログラムについては、現在検討しているところです。

研修を受けた人は、ハイポテンシャル人材としてプールされることになるのですか。

 そうなります。もちろん、研修を受けていない人の中にもポテンシャルが高い人はいるので、その人たちを含めて、人事のキャリア開発計画の中で将来会社の中心で活躍する可能性のある人材としてプールされます。会社の未来を考えると、各年代のトップクラス人材の能力をより高めていくことが必要で、研修にはそういう意味合いもあります。

トップ人材の育成はもちろん重要ですが、最近では、中間層に位置づけられるような人材の能力の底上げも必要という議論もありますよね。

 ええ。それも当然視野に入れるべきだと思います。その層を対象にした研修プログラムも検討しています。


人事部門がタレントマネジメントをしっかりグリップし、長期的育成を実現していく

研修を受けた皆さんにはどのような成果が見られますか。

 最近、いろいろな部署から「20代から30代前半の社員がとても優秀だね」という声が聞こえてきます。研修による能力の底上げができているということだと捉えています。

 アサヒグループホールディングスでも各年代の社員を集めた研修を行っているのですが、以前は、グループ企業の中ではアサヒビールの社員が圧倒的に優秀であるというのが定評でした。しかし、最近はアサヒ飲料の社員のレベルもとても高いと評価されています。これも社内研修の成果の一つであると考えています。

ホールディングスと個社で別々に研修を実施しているのはなぜですか。

 参加人数の問題ですね。ホールディングスでの研修に参加できるのは各社から数人程度となってしまいますので、自社に研修の成果を全体に及ぼすにはちょっと少なすぎるという判断です。

ホールディングスの研修で優秀な人材が見止められて、ほかの会社に抜擢されるケースもあるのでしょうか。

 そういうケースもあります。グループ全体の視点で優秀な人材を最適配置するという考え方ですね。もちろんその場合も、半年から1年前に相談があります。

アサヒ飲料として、優秀な人材を囲い込みたいという思いはありませんか。

 以前は囲い込みの文化があったように思いますが、ここ10年弱くらいは、優秀な人にはどんどん活躍してもらおうという雰囲気になっています。その背景には、人材活用を主導するのが各部門から人事部門になったことがあると思います。以前は、部門の現場のトップの意向が人事に大きく反映していましたが、今は、人事部門がタレントマネジメントをしっかりして、全社的視点で長期育成をしようという方針に変わっています。育成する中で「この人は、ホールディングスに行っても活躍できる」と判断されるなら、その可能性を閉ざしてはならないと思っています。


経営企画での仕事の経験が、戦略人事に活かされる

相田さんのプロフィールを拝見すると、人事以外の経歴が長いようですね。2015年に人事担当になられたのは、希望してのことだったのですか。

 いや、自分の意志ではありません。それ以前は、経営企画部門で経営戦略をつくっていたので、畑違いの部署への異動に最初は戸惑いました。しかし、人事部門で何年か働いてみて、明確な理由のある異動であることがわかりました。戦略的な人事には、経営企画の視点が活かせるからです。

 経営企画の仕事は戦略のプランニングですが、そのプランを実行するのは各々の部門です。プランが実現するかどうかは各部門にゆだねることになるので、実現可能性をコントロールすることが難しいと感じていました。

 しかし、人事が経営企画のプランニングを理解し、かつそれが実現するような人材を各部門に配置すれば、プラン実現の可能性は非常に高まります。絵を描く人とそれを実現に導く人が協力することによって、企業戦略は絵に描いた餅にならずに済むわけです。

なるほど。現在の人事部門には、ほかの畑から来た方が多いのですか。

 現在のメンバーは15人くらいですが、5人を除いてすべて人事部門以外から来た人たちです。なぜそれで成立しているかというと、給与計算などの専門領域をアウトソーシングしているからです。人事部員は、企業戦略やマーケティグ、あるいは各部門の事業内容のことをよく知っている人たちなので、その視点で人事戦略を進めています。とくに、マーケティングの視点が人事部員には必要だと思います。

人事でもマーケティングが重要なのですね。なぜマーケティングなのですか。

 採用活動はマーケティングそのものですし、社員をセグメントとして捉えて、それぞれの層を活性化させる施策にもマーケティングの方法論が使えます。人事とマーケティングには共通する要素が非常に多いと思います。

 もちろん、それぞれの人事部員が人事の専門的知識もある程度は知っておく必要はあります。それがないと、労務管理やコンプライアンスなどの面で誤りを犯してしまう可能性があるからです。どちらも必要、ということですね。

企業戦略と人事戦略を一体のものとして進めることは、重要だけれどたいへん難しいと思います。うまくいく方法論がありましたら教えてください。

 各年代のトップ層の人材をより高いレベルに引き上げていくことと、最適な部門やポストに配置すること。その2つだと思います。「育てる」だけでなく「最適に配置する」ことが大切で、それは人事が人材活用の全権を握っていないとできません。経営とコミュニケーションをしっかりとりながら、人事主導で適所適材の人員配置を行う。そんな社内の仕組みをつくる必要があります。

逆に言えば、育てて成果を出すところまでの責任を人事が負うということですよね。戦略人事の実践には覚悟が必要ということだと思います。

 おっしゃるとおりですね。一人ひとりの社員をしっかり見ていなかければならないし、社内からの風当たりも強くなります。当然、期待値も上がるので、それに応えていかなければなりません。

最後に、今後の見通しをお聞かせください。

 これからやるべきことの一つとして、データ活用があると考えています。社員個人の人事データをもっと収集、蓄積し、それをもとに適所適材の配置戦略を考える取り組みはまだ手つかずです。それができるようになれば、企業戦略の目標達成の確度が上がるだけでなく、一人ひとりの社員にもっと寄り添える人事が実現するはずです。これまでも新しいチャレンジをしてきましたが、できること、やるべきことはまだまだある。そう考えています。

本日はどうもありがとうございました。

取材協力: 楠田祐(HRエグゼクティブコンソーシアム 代表)
取  材: 大島由起子(インフォテクノスコンサルティング(株))
T E X T : 二階堂尚

(2021年10月)

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