第9回 「タイヤ的重要性」と「デザイン的重要性」の違いが明確になっていますか?

人材育成が課題、という企業が多いという話を聞きます。皆様の会社ではいかがでしょうか?

このメールマガジンの第六回で紹介した、John Boudreau 氏の「Beyond HR」
という本。
(第六回メールマガジンの内容)

HR Technologyでの講演が非常に刺激的で興味深かったので読み始めました。

先日、来年4月ロンドンで行われる 「World HR Congress」というイベントでも、オープニング講演者の一人となっていることを発見しました。

今、人事の分野で、世界的に注目されている考え方と言えそうです。

そこで、何回かに分けて、今後の人事マネジメントのヒントになりそうだと感じたポイントをご紹介したいと思います。

「Beyond HR」の基本的な思想として、人事の分野でも、財務やマーケティングと同様に、科学的な決断をしていくための枠組みが必要だ、というものがあります。

構造としては、

専門的な活動  →  科学的な決断のための活動(Decision Science)
会計      →  財務
営業      →  マーケティング
人事      →  “Talentship”

(“Talentship”をどのようなに日本語にすることがその本質をゆがめないかまだわからないので、このままで使います。また「科学的」というのは「再現可能性」という意味で使っています。)

本のタイトルが、「Beyond HR」(人事を超えて)というのも、人事をこの構造の中で考える、ということことの表れでしょう。

そのため、例として「財務」や「マーケティング」における決断の考え方を人事のマネジメントにあてはめて考えようとしています。

例えば、ファミリーカーのタイヤとデザインについてです。

自動車にとってタイヤは安全性を守る非常に「重要な」要素です。この安全性を疎かにした車を売ったら、ビジネスそのものが成立しません。

では、とても「重要」だからということで、タイヤにどこまでも投資することがビジネスの成功につながっていくのでしょうか?

ここで「ビジネスの成功」とは?ということになりますが、そのひとつに販売台数の増加であることは異論がないところでしょう。

言い換えると、車にとって「重要な要素」であるタイヤの性能を上げていくことにどんどん投資することが、自動車の販売台数に貢献するのか?ということです。

一方、多くの購買者に聞くと、ファミリーカーの最終的な購入の決め手になっているのはデザインだということがわかってきました。

デザインも「重要な要素」だということです。

では、タイヤの重要性と、デザインの重要性は何が異なるのでしょう。

タイヤの重要性は、基準を超えているのが当たり前、下回ったらビジネスの危機を招くという意味での「重要さ」。

一方デザインの重要性は、その良さが上がれば上がるほど、購買者をひきつけ直接的な売上につながっていくという意味での「重要さ」。

もし、タイヤが一定の基準以上に達していたとしたら、今ある投資額をどちらに投入することがビジネスの成功につながるか、と言えば、「デザインに注力」ということになります。

これが、走り屋をターゲットにしたスポーツカーだったら、また異なってくるはずです。

私はこのあたりに明るくないので、あくまで理論上の「例えば」ですが、車のデザインは一定の基準(走り屋が求める)を超えているとあまり購買の最終決定要素にはならず、エンジン音とか、エンジンのスペックの善し悪しが、購買を決定づけているのかもしれません。

ともあれ。

マーケティングは、営業の活動を支えるために、このような考え方をしているだろう、と指摘しています。

ここまで読んでいただいた方には、「何て当り前のことを話しているんだ!」と思われているかもしれません。

しかし、こういった考え方の構造を、人事の活動、たとえば教育についてしっかりと持っているのだろうか、という問いを著者は投げかけます。

今、ここでかけようとしている教育費は、ファミリーカーにおける「タイヤ的重要性」の維持のために使われているのか、「デザイン的重要性」の更なる向上のために投資しているのか。

また、本当は「走り屋」にアピールすることがビジネスの成功なのに、ファミリーカーの理論、「タイヤvsデザイン」のロジックをそのまま使ってしまっていないか。

そもそも、何が自社のビジネスにとって「タイヤ的重要性」であり、「デザイン的重要性」なのかが明確になり、認識が共有されているのか。

いかがでしょうか?

(ちなみに、ファミリーカーにおける「デザイン」のような位置づけにある要素を、著者は「Pivot」と表現しています。少しの力で大きな変化をもたらす「てこの軸」といったところでしょうか。)

「教育の投資効果を知る」ということは人事の方々の課題になっていると思いますが、こういう視点から考えてみるというのは、意味のあることのように感じます。

そして、これらを明確にしていくためには、組織や人材が「何を」「どのように」「どうする」ことが、各社でユニールなはずの「競争優位性」や「マーケットでのポジション」の維持・向上に大きなインパクトがあるのかを、じっくり考え抜くことが求められます。

著者は皮肉を持って、こんな話をしていました。

GEのジャック・ウェルチの「20-70-10」システムが成功していることを知って、「ウチも導入しよう!」と決めた経営者は少なくない。その中で、同じシステムがエンロン(2001年に巨額の不正経理・不正取引が明るみに出て破綻)に導入されていたことを知っている人はほとんどいないのではないか。

どんな経営者であっても、GEのビジネスが成功しているからといって、自社のCFOに「GEと同じ財務状態にしなさい」とは命令しないと思うのだが。

何か、人事の活動にヒントになることがあるように思えます。

* 今回の話は、”Beyond HR , New Science of Human Capital” John W. Boudreau/ Peter M. Ramstad の内容をベースに、当メールマガジンの編集人がまとめたものです。

* 英語の書籍からの引用のため、当メールマガジン編集人の責任において翻訳をして執筆しています。原書のニュアンスを伝えきれない内容があった場合の責任は当編集人に帰します。

(2009年12月21日)

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